« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »

2014年8月15日 (金)

謝罪の仕方を間違えた朝日新聞

 先週、エポックメーキングな出来事がありました。朝日新聞が、32年前の従軍慰安婦に関する記事について、誤報であったと謝罪する記事を載せたのです。この問題については、産経新聞など保守派のマスコミからの強い批判があり、またもともとの記事のソースが捏造されたものであったことが判明しているという事実もあって、朝日新聞は世論からも追い詰められていた訳です。長年、朝日新聞を購読して来た者としては複雑な心境です。なんだかだまされたような、あるいは共犯者にされたような気分になった。事実を知るまでは、自分も韓国の人たちの怒りに一部で共感していたし、従軍慰安婦など歴史上の捏造だと言い張る右派論客に対しては嫌悪感さえ抱いていた訳ですから。

 それにしても、今回の朝日新聞の謝罪記事は、謝罪の仕方として最悪なパターンの見本だったように思います。下手な謝罪は却って顧客の怒りを掻き立てることになる、そんなことはいまどきの企業人にとって常識でしょう。今日のようにCSR(企業の社会的責任)ということに世間が神経をとがらせている時代に、日本を代表する大新聞社のこの脇の甘さはいったい何だろう? 謝罪記事のどこが悪かったのかは改めて説明しません。いろいろな人がすでに書いていますからね。そこには言い訳や開き直りや論理のすり替えや、謝罪の際に絶対にしてはならないことがすべて揃っている。こんな謝罪ならしない方がマシでした。今回の記事は、企業としては非常に大きな決断だったと思いますが、そこにアドバイスする外部のブレーンはいなかったのだろうかという疑問が浮かびます。最近はCSRコンサルタントなんて肩書きを持つ専門家もいる訳ですから、いくらでも知恵を借りることは出来た筈です。謝罪するのに外部の専門家を雇うなんて不誠実ですって? そんなことはありません、謝罪というのは誠実さの問題である以上にテクニックの問題なのですから。

 もしも私が朝日新聞から委嘱されて、従軍慰安婦の誤報に対する謝罪キャンペーンを請け負ったとしたら、どんな企画を立てるだろう、そんな想像をしてみました。(ちなみに私はCSRコンサルタントではありませんが、企業人として過去に豊富な謝罪実績を持っています。笑) まず、謝罪の基本方針を明確にしましょう。御社の犯した罪は、ひとりのジャーナリストの嘘の証言をもとに、戦時中に日本軍が韓国人女性を組織的に強制徴用して、官製の慰安所に送り込んだというデマを流したこと、そしてその情報がデマだと分かってからも、長年に亘ってこれを撤回することを怠ったまま今日まで来てしまったことです。その影響たるや甚大なものでした。なにしろそれは今日の冷え切った日韓関係の端緒を作り、世界各国で韓国が繰り広げる半日キャンペーンにお墨付きを与えてしまったのだから。日本国内を見ても、時代錯誤としか思えない韓国人排斥のヘイトスピーチや嫌韓論の盛り上がりがある。それらのすべてが御社の責任だとは言いませんが、その大きな要因となったことは疑えません。

 となると、謝罪する相手は、決して朝日新聞の講読者だけではありませんね。すべての日本国民、さらにすべての韓国国民が対象になります。ということは、新聞本紙に謝罪記事を出したのでは不十分だということです。本紙とは別刷りの「号外」にして、街頭で配りましょう(もちろん本誌にも折り込みます)。発行日は特別な日、そうですね、いまなら終戦記念日に合わせましょうか。内容はとにかく事実の検証と謝罪に限定して、一切の言い訳や責任転嫁は無しです。それと同時に責任者の処分を発表します。ことの大きさからすれば、役員全員の退任くらいの決断があってもいいと思いますが、それが無理なら向こう1年間役員報酬をゼロにするくらいのことは発表したいところです。謝罪というものは、中途半端なものであってはいけません。関係者の誰もが「何もそこまで…」と思うくらい徹底したものでなくてはいけない。またこれに関して、すでに社を離れている元社員の責任を追及したり、訴訟を起こしたりするのもお門違いです。もう32年も経って、直接の関係者は社内に残っていないかも知れませんが、そんなことは関係ありません。お詫びはあくまで現在の朝日新聞社がするのです。

 号外の発行は、日本だけでなく韓国国内でも行ないます。こちらの内容は、誤報に対する単純な謝罪記事ではありません。いま韓国の一部の人たちは、日本の侵略戦争の犠牲になった慰安婦の像を世界各地に建てようとしている。朝日新聞には彼らに向かって直接語りかける責任があります。誤解を解くためではありません、そのような誤解を与えてしまったことに対する謝罪のためです。従って韓国版の号外には、どのようにして今回の誤報が発生してしまったかを説明するにとどめて、慰安婦像の問題や最近の日韓関係に関する懸念などには一切触れないものとします。そして自分たちの報道が、今日の韓日間の不幸な反目の原因になってしまったことに対する慚愧の念だけを前面に出すのです。またこれと同時に、この問題に対する意見を募るホームページも作りましょう。これは日本語版と韓国語版、出来れば中国語版も同時に開設します。そしてどこに投稿しても、残りの二つの掲示板にも翻訳されて、三つの掲示板が常に同じ内容を示すようにするのです(当然、投稿された意見の公開に当たっては、サイト運営者の事前チェックが必要になりますが、これは仕方ありません)。こういったページが出来ると、これは日中韓の国民が直接対話するための基盤になるでしょう。これはかなり画期的なことではありませんか?

 誰かも言っていましたが、今日の朝日新聞の迷走は、日本のリベラルの迷走をそのまま体現したものでもあります。この先も朝日新聞が国民の信頼を保ち続けるためには、新しい時代のリベラルのあり方を自らが切り拓いてみせなければならない。そのために今回の謝罪記事は、御社にとってひとつの大きなチャンスとなり得るものです。これをごまかしの小さな記事などで済ませようとしてはいけない。これを機会に、御社自身が大きな歴史的転換を遂げるくらいの覚悟で向かわなければならないのです。(…ところが実際には、そのチャンスを活かせず、ますます信頼を失う結果に終ってしまった訳ですね。終戦の日に当たり、そんなあり得ない空想をめぐらしてみました。)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »