« 「集団的自衛権」という大ウソ | トップページ | 「電王戦」と「将棋2.0」 »

2014年4月13日 (日)

原石を磨かなかった私たちの責任

 もうこの話題には触れまいと思っていました。しかし、今週は国中がほとんどこの話題で持ち切りだったし、気が付くと自分でもこの件について、何とか腑に落ちる解釈を見付けたいと脳細胞が活動しているのが分かる。要するに、それ以外のことが考えられないのです。STAP細胞の論文に関する疑惑について、渦中の小保方晴子さん自身が記者会見を開きました。私はその様子をニュースのダイジェスト版でしか見ていないのですが、インターネット上にたくさんの情報や意見があふれているので、それがだいたいどのような内容のもので、世間の反応はどうだったかは分かりました。

 この記者会見を見た小田嶋隆さんは、そこで印象に残ったのは「女子力」だけだったという視点で、名物コラムをまとめています。小田嶋さんの文章は、とにかく読んで面白いし、いろいろ新しい視点を与えてくれるので毎回楽しみにしているのですが、今回の印象を「女子力」のひと言で括ってしまうのはやはり乱暴だし、問題の本質を隠してしまうのではないかと感じました。我々のようなブロガー(またはコラムニスト)は、ひとつの単語に引きずられて、当初の思惑とはまったく異なる方向で整合性を持った文章を書いてしまうことがあります。今回の会見について、私はとにかく「痛々しさ」しか感じられなかったのですが、もしも小田嶋さんが(これも最近の流行語でいう)「イタさ」という視点で記者会見の印象を語ったなら、もっと思いやりのある文章になったのではないかと思うのです。私はこういう事件について書く人は、すべからく渦中の本人がその文章を読んだら…という点を心に刻んで書くべきだと思う。そういう視点で見れば、今回の小田嶋コラム、小保方さん本人にはとても読ませられないように感じるのです。

 以下、まとまりもなく感想を書き連ねます。先週、理研の調査報告を聞いた時には、罪を小保方さんひとりに着せるような発表の内容に腹が立ちました。その気持ちはいまも変わらないのですが、もっと罪が重いのは彼女に博士号を出した早稲田大学ではないかという気がして来ました。彼女は(私や小田嶋さんのようなおっさんが若い頃には無かった)AO入試で早稲田に転入したそうです。AO入試というのは、いわば原石を見付けるための仕掛けです。受験生のなかから、磨けば光る玉を拾い出すのが目的の制度だった筈です。私はこの制度の基本的な考え方には賛成です。しかし、AO入試を採用する大学は、それと同時に「原石を磨く」という責任を負っていることを忘れてもらっては困る。理研の共同研究者の先生方も、まさか早稲田の博士号を持った気鋭の研究者が、論文の書き方の基本も学んでいない「困ったちゃん」だったとは想像もしていなかったに違いない。聞くところによれば、早稲田理工学部の博士論文には、他にも剽窃(コピペ)がたくさん見付かっているらしい。だとすれば、今回の事件で教育機関としての早稲田大学の罪は重いと言わざるを得ません。

 私はどうも、日本の歪んだ教育行政の犠牲者だという視点で小保方さんを捉えようとしているようです。30歳にもなった大人を、しかも博士号まで取得して、それで給料まで得ているプロフェッショナルの研究者をそんなふうにかばうことには反論もあるだろうと思います。もちろんそのような厳しい見方も必要であることは私も認めます。しかし、人間は歳をとったからと言って、自然に誰もがバランスの取れた大人になるとは限りません。むしろ天才的な才能を持った人、人並みはずれた大きな夢を持った人は、世間一般の意味でのバランスのいい大人にはなりにくいというのが、私たちが経験的に知っているところです。そこを飲み込んだ上でのAO入試だった訳ではないですか。おそらくAO入試というものが無ければ、STAP細胞なんて発想が科学界に持ち込まれることもなかったのではないかと思います。そういう意味で、これはAO入試制度の大きな成果だとも言えるのです。(それが科学的に実証されるかどうかはまた別問題です。) すべての教科の平均点が、一定の基準をクリアしているだけの優等生からは出て来ない発想が、この制度から生まれたことを私たちは評価すべきだし、それが将来の驚くべき発見につながるという希望を持つことは、この国の自然科学の進歩にとってプラスに働くだろうと考えるのです。

 今回の事件に関連する文章で、私が一番心を動かされたのは、共同研究者である山梨大学の若山教授がSTAP細胞発見にまつわるエピソードを語った言葉でした。アナウンサーである梶原しげるさんが、捏造問題が発覚する前に行なったインタビューの記事を、小保方さんの記者会見の翌日に発表したのです。この問題について意見を述べようとするなら、これは必読の記事だと思います。そこには世紀の大発見に挑む科学者の奮闘ぶりがヴィヴィッドに描き出されている。常識破りの新発見が、常識にとらわれない「異能の人」によってしか成し遂げられないということの消息が、読み手にもよく伝わって来る文章です。若山教授と言えば、捏造疑惑が起こった時に、いち早く論文の取り下げを小保方さんに勧めた人ですね。おそらくとても誠実な方なのだろうと思います。が、この記事を読んでしまった私は、若山教授には論文の撤回を勧告するよりも、「小保方さんは私のところでもう一度研究者として鍛え直す」くらいのことを言って欲しかったと思うのです。だって小保方さんの異能ぶりを一番身近に見て知っているのは若山さんなのだし、こういう才能をこういうかたちで殺してしまうのが何より惜しいと感じているのも若山さんに違いないのだから。人の好すぎる感想でしょうか? でも、きっと小保方さんの後ろには、まだ芽の出ない異能の若者たちがたくさんいる筈なのです。彼らの未熟さや稚拙さを責めるのではなく、原石として磨き上げて行くこと、それは私たち大人の責任でしょう。今回の世間やマスコミの騒ぎ方を見ていると、この国は寄ってたかってそうした才能をつぶそうとしているようにしか見えないのです。

|

« 「集団的自衛権」という大ウソ | トップページ | 「電王戦」と「将棋2.0」 »

コメント

小保方さんの異能ぶりというのがよくわからないのですが、彼女はなにか素晴らしい仮説かなにかを立てたのですか?
ただの頭の悪い科学者にしか見えないのですが。

投稿: | 2014年4月30日 (水) 12時00分

STAP細胞なんて着想にあそこまでのめり込んで、世間を騒がすこと自体が異能と言ってもいいのでは? 彼女が「ただの頭の悪い科学者」だったかどうかは、歴史の判定にゆだねればいいことだと思います。

投稿: Like_an_Arrow | 2014年5月 1日 (木) 05時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138790/59461910

この記事へのトラックバック一覧です: 原石を磨かなかった私たちの責任:

« 「集団的自衛権」という大ウソ | トップページ | 「電王戦」と「将棋2.0」 »