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2014年3月 9日 (日)

クルマでの避難に国民的議論を

 東日本大震災から3年が経とうとしています。この時期、テレビや新聞では防災関係の特集を多く見かけます。そんななかで、津波警報が出た際の避難方法について報じていたニュースが目に留まりました。多くの自治体では、徒歩による避難を前提に避難計画を立てていますが、場合によってはクルマによる避難も考慮すべきだという研究者の報告を紹介したものでした。常識的に考えても、これは当然のことですね。地域によっては安全な高台に避難するのに、徒歩では遠過ぎるという場合もあるとあると思いますし、いくら自治体が徒歩による避難を勧告していても、いざ地震が起こったら、自家用車で逃げようとする人たちを止めることは出来ない。むしろクルマによる避難というのも、計画の一部に組み込んでおくべきではないでしょうか。

 そう考えた場合、クルマによる避難のルールというものがほとんど検討されておらず、ましてやそのための避難訓練も行なわれていないことが気がかりです。インターネットで検索すれば、避難に自動車を使う場合の課題について言及した政府の検討資料なども見付かります。ただそれは具体的なルール作りにまで踏み込んだものではないようです。今回は津波警報が出た場合のクルマによる避難について、いくつかのアイデアを書き付けておこうと思います。素人の思いつき以上のものではありませんが、今後の議論に向けた課題提起にでもなればと思うからです。

1.道路の緊急時通行ルール

 津波からの避難にクルマを使うことの第一の問題点は、交通渋滞によって避難が遅れることでしょう。皆が一斉に高台に向けて押し寄せれば、いたるところで渋滞が起き、なかにはクルマを乗り捨てる人も現れるので、道路は完全にマヒします。これは容易に想像出来ることです。これを防ぐためには、津波警報が出されたとき限定の交通ルールを、全国統一で制定しておく必要があります。津波警戒区域では、平常時の道路通行ルールとは異なる「津波警報発令時の通行ルール」を定めておき、それをすべての運転者に周知しておくということです。

 基本は、「津波警戒区域のすべての道路を一方通行にする」という考え方になります。上り車線と下り車線というルールは一時的に廃止されます。行政はあらかじめ緊急時の道路の混雑状況をシミュレーションによって予想しておき、混雑が均等になるように地域内のすべての道路(小さな路地も含めて)に「緊急時一方通行」のルールを定めます。運転者が自分の判断で道を選んで逃げようとすると、それが渋滞の元になりますが、このルールに従えば、少なくともパニック的な交通マヒは防げる筈です。

 津波が予想される地震が起こると、すべてのクルマが高台に向かう訳ではなく、海岸に向かうクルマも現れるでしょう。家族を助けに行く人たちのクルマです。しかし、これがパニック的な交通マヒを引き起こします。私が提案する緊急時の通行ルールでは、海岸に向かうことは理由のいかんを問わず禁止となります。海岸に近い家に取り残された家族の避難は、徒歩または近所のクルマに相乗りさせてもらうなどの方法によって別途考えておくべきことです。とにかく津波警報が出たら、クルマを運転する人は絶対に自分で道路を選ぶことをせず、決められた「一筆書き」のルールに従って走るだけです。それが自分と自分の回りの多くの人の生命を救うための最も合理的な行動となるからです。

 緊急時一方通行のルールは、特別な道路標識や路面に描かれた方向指示のマークによって運転者に周知されます。これはもちろん自治体ごとに定めるのではなく、交通行政が全国統一のデザインで定めて、国内すべてのドライバーが学習すべきものとなります(免許の取得や更新の際の必修科目です)。これらの標識は、ふだんは何の効力も持ちませんが、警報発令時にのみ有効になります。そのことを周知徹底しておかないと、却って平常時の交通トラブルのもとになるので注意が必要です。また、この交通知識を持っていれば、地元のドライバーでなくても緊急時の避難行動で問題を起こすことは少なくなるでしょう。(信号をどうするかということは、別途検討が必要ですね。津波が迫っている時に信号が守られるかという問題もあります。)

2.誰がクルマで逃げるべきか

 警報発令時にクルマで逃げることを禁止したり、許可制のようなものを作っておいても無駄です。津波がそこまで迫っている時に、そんなルールを守る人はいません。それでもあらかじめクルマで避難すべき人たちを決めておき、その他の人たちは徒歩避難にするというルールを作成しておくことは意味があります。誰にとっても、一番重要なことは自分と自分の家族が助かることであり、そのためには徒歩避難の方が確実であることが納得出来ていれば、緊急時にもそれに従って行動することは難しいことではない筈です。

 クルマによる避難を優先されるのは、もちろん徒歩による避難が難しい高齢者や幼児、身体が不自由な人たちです。効率的な避難という観点に立てば、クルマはうまく使えば有効な避難ツールになり得るものです。そのためには、乗車率を高めるというのも重要なことになります。5人乗りの乗用車には5人が乗って避難するということです。ふだんから住民同士で、どのクルマに誰が乗るかということを決めておきます。夫婦ふたり暮らしの世帯なら、空いている3人分のシートに誰を乗せるか、この点について行政の指導も含めて個別に決めておきます。乗車率を高めれば、当然道路混雑の緩和にもなります。

 このようにして行政に登録されたクルマには、緊急避難用車両を表すステッカーを貼るのもいいと思います。実際の緊急時にそれが何か効力を発揮するかどうかは疑問ですが、緊急避難時には運転者に、自分が公共的な避難ツールを操っているという自覚を持ってもらうことが重要であり、ステッカーによる認定はその自覚を促すために多少は役立つのではないかと思います。

3.有効な避難体制の確立のために

 津波に襲われる前には、大きな有感地震が起こるのがふつうですが、最近の研究では必ずしもその地域で感じられる地震の強さと津波の大きさは比例していないということが分かって来たようです。問題は、いつ通常の交通ルールから緊急時の交通ルールに切り替え、それを通行中の運転者に知らせるかということです。基本は地域の行政が管理しているラウドスピーカーによる報知になります。それもコトバによるお知らせではなくて、津波警報のサイレンを全国標準で決めておき、それが鳴ったら交通ルールの切り替えが行なわれることを誰もが知っておくことが重要です。

 難しいのは、交通量の多い道路での車線の切り替えですね。そのサイレンが鳴った瞬間、下り車線が上り車線に切り替わる。この切り替えがスムーズに行なえなければ、せっかくの一方通行ルールも混乱を助長するだけになってしまいます。方向が切り替わる車線を走っているクルマは、右側車線のクルマの通行を妨害することなく、左側の空き地や側道を利用してUターンすることになります。その際に側道から出て来るクルマと鉢合わせする可能性がありますから、その場合のルールも必要でしょう。場合によっては、海岸に向かって走っていたクルマは、邪魔にならない場所に移動して、乗り捨てる勇気も必要かも知れません(特に大型車両などは)。

 このように考えて来ると、徒歩の場合と同じく、クルマを使った避難訓練というものがどうしても必要だという気がして来ます。徒歩による避難訓練なら、私たちはそれがどういうものか身をもって知っています。しかし、クルマを使った避難訓練となると、誰も経験したことはないし、そんなものを実際の道路を使ってやってみようという発想すら無い。それには前もっての周到な準備と大規模な交通規制が必要になるからです。また訓練自体が危険を伴うものであるという意見も出て来ると思います。しかし、だからと言って、避難ルールだけを作って、あとはぶっつけ本番というのではあまりに危うい。現実問題として、津波の危険性のあるすべての町でクルマによる避難訓練を行なうのは不可能でしょう。が、ある町で実験的に行なった結果を映像に収め、その視聴をすべての運転者に義務付けることなら不可能ではありません。免許更新時の講習カリキュラムに組み込めばいいのです。来るべき南海トラフ地震に備える意味でも、これは検討に値する課題だと思います。

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コメント

津波から避難するために自動車による避難のルールを決める(法律?)と言っても、今回の様な東日本の太平洋側で起こる大地震は今回だけでは無いことは昔の歴史や最近の地質調査でも明らかにされているいる様に数100年単位で繰り返されています。先人も津波が38m高さまで来たところに石碑を作り子孫に警鐘を残しています。
いま、法律(?)で自動車による避難のルールを決めたからと言って、そのルールが数100年後も存続しているかあやしいと思います。数100年前と言えば、徳川幕府時代です。徳川幕府が作ったルールが現在まで継続していることは想像できません。
東京湾に大津波が押し寄せて来たとき、東京の人たちは自動車避難ルールで退避出来るでしょうか?狭い東京に1,200万人もの人が住んでいます。また、地震で怖いのは火災です。火災で道路の寸断や逃げ後れる人たちも続出することも考えなくては成りません。
南海トラフト大地震は70%の確率でいつ起こっても不思議ではないと言われています。今地震対策のルールやインフラをやったところで、100年後には、そのルールやインフラも風化または劣化し使いものならなく成っている可能性は非常に高いと思います。100年後には人は震災のことを忘れ、海沿いに住む様に成っている可能性も高い様な気がします。
数100年は地質学的に見れば、ほんの誤差みたいなものです。しかし、人は自分の寿命の数倍以上のことには関心が行かない動物の様に思われます。

投稿: おじい | 2014年3月10日 (月) 10時08分

クルマによる避難ルールが、百年後にも有効なものである必要はないと思います。もしも自動車が発明される以前の時代なら、人は徒歩で避難するしかなかった訳だし、現在の状況のなかでは、クルマと徒歩をうまく組み合わせて避難計画を作成するのが合理的だと思います。30年後くらいには、自動運転の技術が確立していて、運転者が何をしなくもクルマが勝手に最適なルートを選んで避難するような技術が実現しているかも知れません。災害対策のルール作りは、常にその時の状況のなかで最善の方法を模索すべきものだと思います。
東京の都心部を津波が襲った場合には、クルマでの避難が最善の選択とは言えないような気がします。歩行者は高い建物に逃げ込むことが基本でしょう。ではクルマを運転中の場合はどうすればいいのだろう。乗り捨てて近くのビルに駆け込む? 高速道路を通行中のドライバーはどうする? ここでもやはりルール作りを急ぐ必要がありますね。

投稿: Like_an_Arrow | 2014年3月10日 (月) 23時18分

良い考えですね。手段よりも平時と非常時とで運用ルールを分ける、その考え方に賛同です。
311の時も、今は平常時のように振る舞えって空気がおかしかった。そのギャップが買い占めにも波及した。
非常時は誰が見ても非常事態。それに沿った運用が必要。
主さんもIT系ならその辺の運用体制はご存じのはず。
手段は個人の車か専用車か、どこで乗り付けるか、手荷物はどこまでか、ペットや寝たきり病人をどうするか、
まあ、こんなことは非常時運用ルールとして決定すれば済む話。
「見捨てない。置き去りにしない。」
その一点に絞れば非常時運用制度が有ってしかるべきと思ってます。

投稿: ロシナンテ | 2014年3月17日 (月) 04時55分

震災から3年も経つのに、この問題がマスコミでクローズアップされないことが不思議です。クルマを運転しているのは、地元のドライバーだけではないのだから、海辺の町には避難方向を示す標識だけでも整備しておいて欲しいところです。そんな準備さえ出来ていないところに、南海トラフ地震が襲って来たら、そう思うとゾッとしますね。

投稿: Like_an_Arrow | 2014年3月17日 (月) 23時11分

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