« 「リアルすごろく旅アプリ」というアイデア | トップページ | 都知事選の結果について »

2014年2月 2日 (日)

原発を再稼働すべきでないたったひとつの理由

 東京都知事選の投票日まであと1週間に迫りました。私自身は都民ではありませんし、候補者のうち誰が最も都知事に相応しいかといったこともよく分かりません。分かっているのはただ、日本が原発の再稼働を思い止まれるとすれば、これが最後のチャンスかも知れないということだけです。都内に住む有権者の方のなかには、都知事選の争点を原発問題というシングルイシューにされることに不快感を覚えている人も多いだろうと思います。でも、これは他のすべての政治的課題とはレベルが違う重大かつ喫緊の問題なのです。すでに私はこのブログでそのことについて何度か記事にしているのですが、今回もう一度だけ書いておきます。投票日までの1週間のあいだに、この記事に目を止めてくれる有権者の方がひとりでもいるかも知れない、そういう気持ちが私を急き立てるのです。

 原発問題を選挙の争点にすることに多くの人が違和感を感じているのは、すでに脱原発の方向性については大多数の国民の合意が出来ていて、いまさら政治的な決断が求められているような問題ではないと考えているからではないでしょうか。最近の反原発派は「即原発廃止」なんてスローガンを掲げていますが、原発を即時廃止しなくても、新しい原発を建設しなければ、遅くとも40年後くらいには自然と脱原発の状態になっている訳です。その頃には再生可能エネルギーの発電効率も、現在よりはるかに向上している筈です。だったら何もあわてていますぐ原発を止める必要はないではないか。原発事故が起こった3年前ならいざ知らず、いまでも一部の原理主義者たちがヒステリックに即原発廃止などとわめいているのにはうんざりだ。そういう見方で今回の選挙戦を見ている人も多いのではないかと思います。

 しかし、40年かけての緩やかな脱原発と政治的決断による原発の即時廃止とを比べた場合、ひとつの点で決定的な違いがあります。それは「動いている原発と止まっている原発とでは、事故を起こした場合の影響度がまったく違う」ということです。原発反対派の人たちは、フクシマの事故を風化させてはいけないと言います。あの事故を過小評価すべきではないというのです。私はむしろフクシマを過大評価すべきではないと思います。チェルノブイリの事故と比べてみれば明らかですが、福島第一で起きたことは原発事故として最悪のものではありませんでした。水素爆発で原発建屋が無惨に吹き飛んだので、印象としてはさも重大な事故のように感じられますが、なにはともあれ原子炉本体は破壊を免れたのです。チェルノブイリの事故では、原子炉が爆発して、むき出しになった核燃料が10日間にわたって燃え盛ったと言います。このため、国際原子力委員会の基準で同じレベル7の原発事故であっても、チェルノブイリではフクシマの10倍近い放射性物質が大気中に吐き出されたのでした。福島第一には、使用済み核燃料も含めると、事故を起こしたチェルノブイリ原発の10倍もの核燃料が貯蔵されていました。にもかかわらず、放射性物質の放出量が10分の1で済んだのは、地震の瞬間に原子炉の安全装置が作動して、核分裂反応を止めることに成功したからです。事故はその後、想定外の津波によって電源が失われたことで、原子炉の冷却が出来なくなったことにより起きました。

 地震の揺れを検知して、自動で運転中の原子炉を止めるのが制御棒と呼ばれる装置です。これは稼働している核燃料の隙間に、四角いパイプ状の金属棒を差し込んで核分裂を止めるという、ある意味とてもプリミティブな仕組みです。問題は、この制御棒にも耐震性能があるという点です。原子炉を想定以上の強烈な地震波が襲うと、制御棒の挿入がうまくいかなかったり、挿入時に却って核燃料を傷つけてしまったりといったことが起こり得る。これと同時に冷却システムもダウンすれば、核暴走から原子炉の爆発という一連の流れを食い止めるものはありません。原発の耐震性は、私たちが地震の揺れを測るときに使う「震度」ではなくて、重力加速度を表す「ガル」という単位で表します。日本の原発は700ガルの揺れにも耐えられる構造になっている、そんな使い方をします。しかし、原発の耐震性能は、建物や配管がどれだけの揺れに耐えられるかについては査定しているけれども、制御棒の作動条件を保証するものではないようです。この問題についてもっと詳しく知りたい方は、インターネットで「制御棒、ガル」といった語で検索してみてください。専門家の信頼出来る情報がたくさん見付かる筈です。

 これが東日本大震災のような、原発から震源地の遠い地震ならまだいいのです。激しい本震が来る前の予震の時点で、制御棒が挿入されるという期待もありますから。危険なのは直下型の地震が原発を襲った時です。だから原発にとって本当に恐いのは南海トラフ地震ではありません(もちろんそれも十分恐いですが)、もっと頻繁に起こるふつうの内陸型地震です。原発の耐震性能は700ガル程度ですが、日本では最大の揺れが1000ガルを超すような地震が日常的に起こっています。マグニチュード6程度の中型地震でも、局地的にはそのような激しい揺れを記録することがあるのです(世界中の地震計がこれまでに記録した最大の揺れは、2008年の岩手・宮城内陸地震の4022ガルというもので、これはギネスにも認定されています)。週に一度は有感地震が起きているこの国で、原発を再稼働することを正当化する理由が私にはまったく分かりません。たとえ原発を再稼働しなかったとしても、今後も福島第一クラスの原発事故は起こる可能性があります。54基の原発には莫大な量の使用済み核燃料が水に浸されただけの状態で保管されているのですから。私たちはいつも「あの程度の事故」に対しては覚悟しておかなければならない。が、地震国での原発の再稼働は、それとは比較にならない重大事故(最悪チェルノブイリの10倍の放射性物質拡散)の可能性に道を拓くということであって、これは絶対に許してはならないことだと思うのです。

|

« 「リアルすごろく旅アプリ」というアイデア | トップページ | 都知事選の結果について »

コメント

今回の都知事選、誰に投票するかはもう決めてます。
その割には、原発反対を唱えてた都民の人達の白けぶりが妙な感覚です。
あんなにデモ行進してた人等からの声が聴こえない。
後ろがアレだからコレだからって理由で声を上げない、スタンスを示さない、煮え切らない。
結果、彼らの意を語らない者が選ばれた後、また原発反対の意思を唱えるなら、オマエラ一体どうしたいんだって毒吐きたい気分です。
沖縄が、札束で横っ面張られてもNOと言った。
それだけの覚悟無き反対運動だったのでしょうか。

投稿: ロシナンテ | 2014年2月 3日 (月) 22時56分

追記です。
福島事故がチェルノブイリ程でなかった、は結果論でしょう。
3号機が水素爆発した後の倒壊寸前の状態に、日本は終わるか、と思い続けてました。

運が良かった、
としか言い様がありません。
使用済みペレットがそこらじゅうに散乱したなら、1号機2号機の海水冷却もままならず、チェルノブイリ以上の最悪事故、東日本放棄に近かった。

東京ってところは、ちょうちん行列が似合う街なんでしょうかね。

投稿: ロシナンテ | 2014年2月 3日 (月) 23時29分

結局、反原発候補の一本化も実現しなかったし、細川さんや小泉さんの演説もなんだか迫力が無いですね。
「原発無しでも経済成長はできる」――そんなスローガンじゃダメなんです。それでは原発廃止がイデオロギーになってしまう。原発を再稼動してはいけない理由は、ただ「危ないから」です。イデオロギーなんて関係ないんです。

投稿: Like_an_Arrow | 2014年2月 7日 (金) 23時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138790/59059758

この記事へのトラックバック一覧です: 原発を再稼働すべきでないたったひとつの理由:

« 「リアルすごろく旅アプリ」というアイデア | トップページ | 都知事選の結果について »