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2014年1月19日 (日)

都知事選に対する個人的予想

 細川元首相が立候補の名乗りを上げたことで、都知事選がなんだか面白くなって来ました。特に面白いと思うのは、細川さんの出馬に対しては賛成・反対の意見がまっぷたつに分かれていることです。インターネット上でいろいろな人の意見を読んでみると、賛成派は諸手を挙げて細川候補を歓迎しているのに対して、反対派は細川さんがまるで気が狂ったかのような言い方で今回の立候補を批判している(「晩節を汚す」だとか「ご乱心」だとか、ひどいコトバが飛び交っています)。そんな世論の対立のなかで、結果として細川さんが選挙の主役にのし上がり、もうひとりの本命候補である舛添さんの影が薄くなってしまった感があります。

 もちろん細川さんの立候補が大きな話題になっているのは、小泉元首相が強力にバックアップする姿勢を見せているからです。このふたりの総理大臣経験者は、福島原発の事故のあと、熱心な原発反対派に転向したようです。「名宰相」として功成り名を遂げた小泉氏と、政界を引退して「趣味人」として悠々自適の暮らしをしていた細川氏、ともに70歳を越すおふたりが、原発反対を訴えて東京都知事選という場違いなところで最後の勝負に出た。これはインパクトがあります。もともと自民党のなかにも民主党のなかにも、原発の再稼働に反対する議員はかなりいた筈なのに、それが政治的な勢力としてまとまることはなかった。つまり政治的な空白地帯があった訳です。そこに狙いすましたように布陣する小泉さんの政治家としてのセンスは、やはり当代随一のものだと思います。

 都知事選の争点に原発問題を持って来ることには批判の声があります。それは尤もな批判だとは思うのですが、だからと言って6年後のオリンピックや地震対策を争点にするのにも違和感があります。オリンピックは、確かに招致を決めるまでは政治的な課題でしたが、開催が決まった以上もはや政治的な決断が必要な場面はほとんど無い筈です。誰が都知事になったとしても、オリンピックの準備は粛々と進むだろうし、そこそこの成功を収めるに違いない。そんなことは都民も国民も心配していません。ひとつ不確定要素があるとすれば、2020年までに首都直下型地震が起きて、オリンピックの開催どころではなくなるというケースですが、こちらも誰が都知事になったところでそれを防げる訳ではない。地震対策だって、誰が都知事になろうと粛々と進めるだけのことで、いまさら政治的な争点にすることには無理があります。

 原発を持たない東京都が、原発問題を都政の争点にすることに対しての批判もあるようですが、これは現実に大きな政治的決断を求められている課題であって、都知事選のような影響力のある選挙の争点として相応しいものだとも考えられます。考えてもみてください、もしも今回、小泉・細川陣営が勝ったとしたら、東京都は国政に対して非常に強い発言力を持つことになるのです。私は都民ではないので、投票出来ないのが残念ですが、これは有権者にとってとても魅力的な選択肢だと思います。だって、細川さんを選べば、もれなく小泉さんが付いて来るんですよ(おまけに進次郎氏まで付いて来るかも知れない。笑)。つまり東京都の政治的地位が格段に高まることが期待出来るのです。舛添氏を選んでもそうはならないのは、考えてみれば誰にでも分かることでしょう。

 今回の選挙は、細川氏と舛添氏の一騎討ちだと見られているようですが、それは間違いです。確かに開票してみれば、この両者の接戦になるのかも知れない。しかし、それは反細川票が舛添氏に回ったというだけのことです。本質的に今回の都知事選は、細川氏を選ぶか選ばないかの二者択一の選挙であると言えます。そして個人的な予想では、原発に対するいまの世論の動向からして、細川さんが思いのほか大差をつけて勝つのではないかと思います。原発反対派の票が、宇都宮健児氏とのあいだで割れることを心配する声もありますが、それも大した影響は無いでしょう。細川さんが出ることで投票率はかなり上がる筈ですから、宇都宮さんの得票率なんてそれでカバー出来てしまうのではないか。このブログで、これまで私はことごとく選挙予想を外して来ましたが、今回はなんだか当たりそうな予感がします(笑)。

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コメント

昨年夏まで横須賀に住んでました。
衆院選、王国の王の息子には投票しませんでした。
今の引っ越し先が東京。
そして、やっと神学論争にひとつのケジメをつける所に立ち会うのも皮肉なもんです。

やはり原発の是非は神学論争だと思います。
今、仮に大地震が起きてまたどこかの原発がクラッシュしたなら、国民は完全にNOと言うでしょう。
ただ、そう考える事じたいが終末論です。
原発是非を議論する人らは、自分こそが冷静である、皆そう思ってる。
一方はひとたび事故が起きれば国が滅ぶと言い、
もう一方は鉄壁の安全を図っているから大丈夫、と言う。

ただし、
東京都という大きな都市で、民主制に則って是非の意思表示を決める、という意味は大きいです。

結果がどうあれ、その結果を都民や国政が受け入れられるかどうか、そっちのほうが疑問です。
なんかこの辺りの、結果-行動を受け入れる想像力とか覚悟とか、そう言うもん関係ねーよ、俺の考えは曲げないよ選挙ってのに、民主制の限界みたいのを感じてます。

投稿: ロシナンテ | 2014年1月28日 (火) 01時20分

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