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2014年1月14日 (火)

ビットコインから学べること

 「ビットコイン」というインターネット上の仮想通貨が話題になっています。これについてはケインズが構想した世界通貨「バンコール」につながるものだと激賞する声がある一方、インターネット時代の新手のネズミ講に過ぎないと切って捨てる声も聞かれます。いろいろ調べてみた結果、自分としてはどうも後者の見解に傾いているのですが、その発想の斬新さや可能性については認めない訳にはいかないとも感じています。今回は、昨年からの補完通貨に関する考察の延長で、ビットコインについて少し考えてみたいと思います。あらかじめお断りしておきますが、私自身はビットコインに手を出したことはないし、そのテクニカルな仕組みに対してコメント出来る立場にもありません。来るべき〈多重通貨時代〉に向けて、何か役立つアイデアをそこから借用出来ないものかと考えているだけです。

 ビットコインの新しさは、何よりも「発行者も管理者も要らない通貨」というその基本コンセプトにあると考えます。これまで発行されたどんな時代のどんな通貨にも、そんな特徴を備えたものは無かったのではないでしょうか? 最も手間のかからない通帳型のコミュニティ通貨でさえ、通帳を発行したり会員を管理したりする運営母体は必要な訳です。ところがビットコインには、それを管理する人も組織も存在しない。あるのはただ、通貨の仕組みに関する基本的なアイデアと、それを形にした不特定多数の作者によるパソコン用プログラムだけです。そのプログラムは誰でも無料でダウンロード出来るし、ソースコードも公開されているので、知識があれば修正することさえ出来る。プログラムを自由に修正することが出来るということは、通貨を勝手に発行したり偽造したりすることも出来そうなものですが、それを巧妙な方法によって防いでいるのです。

 その方法というのは(私の理解したところでは)「ネットワーク上に存在する〈悪意〉よりも〈善意〉の方が数において優勢であるという事実によって、通貨の正統性を保証する」ということのようです。いや、もっと正確に言えば、ビットコインの正統性を守ろうとする善意のハッカー(および善良な一般利用者)の組織力は、ビットコインを特定の方法によって偽造しようとする悪意のハッカーの組織力を常に凌駕する筈だという信認の上にシステムが成り立っているということです。そもそもビットコインには、創設者も運営者もいないのですから、盗まれようが偽造されようが誰も責任を取れないし、被害届を提出する先も無い訳です。にもかかわらず、多くの人がこの通貨に信認を与えているのは、単純にネットワーク上の善意の優勢を信じるオプティミズムが背景にあるからでしょう。すでにビットコインの利用者は世界中に広がっていて、善意の(と言うか順法的な)ネットワークを形成しているのですから、これが破られる可能性は限りなくゼロに近いのだろうと思います。ここまではビットコインの発案者が意図したとおりです。

 と言っても、危うさはあると思います。仮にどこかのコンピュータ・サイエンティストが世界最高速のスーパーコンピュータを使って、ビットコインのシステムをクラッシュさせようと思えば、出来ないことではないかも知れません。またはビットコイン・ソフトウェアに感染するウィルスを作って、それを拡散することに成功すれば、意外に簡単にシステムを乗っ取れるかも知れない。まあ、このへんは素人のコメントする領域ではありませんし、その程度のことはビットコインの発明者のなかでは織り込み済みであってもおかしくない。しかし、不可能を可能にするということに対する情熱が世界中のハッカーを駆動していることを思えば、どんなシステムであっても、その物理的または論理的な仕組みだけで磐石なセキュリティを維持することは難しいだろうと思う訳です。例えば、日本銀行券は世界一偽造の難しい紙幣であると言われますが、日本円の信用はそんなことで支えられている訳ではありません。現実に日本円の信用を支えているのは、通貨の偽造を重い罪と見なす日本の法律と、その法律を破る者を摘発する警察権力の存在です。それがあればこそ、私たちは安心して日本円を持っていることが出来るのです。ビットコインを持つ人は、常に価値暴落の可能性に対して怯えていなくてはなりません。この一事があるだけでも、ビットコインには本質的に通貨としての資格が無いのです。

 この先ビットコインはどのような運命をたどるのでしょう? 仮に上に述べたようなシステムのクラッシュが起きなかったとすれば、国際経済のなかで一定のシェアを維持していけるものなのでしょうか? たぶんそれも難しいだろうと思います。ビットコインにはあらかじめ〈埋蔵量〉が論理的に決められていて、それが通貨の価値を担保する仕組みになっているようです。初期の頃には個人でも比較的容易にビットコインを〈採掘〉出来たものが、いまでは1台のパソコンで新たなビットコインを掘り当てることはほとんど不可能になっていると言います。これは今後ビットコインが投機商品としての魅力を失って行くということを意味します。ビットコインに投機的な目的で参戦していた人たちが離脱したあとに、純粋に通貨としての利便性が評価されて、安定した交換レートで存続して行くことが出来れば、その時に初めてビットコインは国際通貨としての地位を確立するのではないかと思います。ただ、純粋な利便性という観点から見た場合、ビットコインには致命的な欠陥があると思います。それは取引の正統性を確認するために、インターネットからの信用保証の通信が返って来るまでに10分間程度の時間がかかるという点です。お店のレジでひとりのお客に10分間の時間をかける訳にはいきません。クレジットカードの信用確認だって、それほどの時間はかからないでしょう。とすると、これが利用出来るのは、インターネット通販といった分野に限定されることになりそうです。

 ここからは我田引水的な考察になりますが、ビットコイン的な「口座間の相互参照的な信認供与」の仕組みは、私が提案しているような減価する補完通貨にこそ向いているのではないかという気がします。というのも、稀少性を排除した補完通貨では、セキュリティのためにあまり大きなコストはかけられない訳ですし、かと言っていくら稀少性の少ないお金だとしても、あまりに簡単に偽造されるようなものであっては通貨として成り立たない。ここで私が考えているのは、ビットコインが備えているようなコンピュータの演算能力を極限まで酷使するような認証の方式ではありません、コミュニティ内のリアルな取引関係のなかで相互に認証を与えるような人間系の仕組みのことです。(例えばインターネット・オークションの「評価」のようなものですね。まだ具体的な仕組みとしてのアイデアがある訳ではありませんが…)。お金そのもののデータのなかに信用情報を組み込んで、それを取引の際に相互参照するということ、これがビットコインの画期的な新しさであり、そのアイデアは今後の補完通貨の設計に活かせるのではないかというのが今回の記事の主旨でした。

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