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2012年12月 9日 (日)

「マイナス投票」の可能性について

 毎週楽しみにしている小田嶋隆さんのエッセイで、選挙の話題が取り上げられていました。小田嶋さんはどうもあまり模範的な有権者ではないようで、これまでの人生で有効な投票をしたことが一度も無いなんて驚愕のカミングアウト(笑)をしている。まあ、選挙権というのは、その名のとおり国民の権利ではあっても、決して義務ではないのですから、目くじらを立てるようなことでもないでしょう。面白いと思ったのは、そのなかで「マイナス投票」というアイデアについて触れられていた点です。これは私も以前から考えていたことで、確か過去の記事で取り上げたこともあったと思います(これです)。今回、もう一度このアイデアについて考えてみたいと思います。どうせこの時期は、選挙以外のことについてはあまりアタマが働きそうもありませんから。

 マイナス投票というのは、選挙で当選させたくない人に反対票を投じられるという制度です。例えば候補者の名前を書く小選挙区での投票で、投票用紙にマルとバツが印刷してあって、当選させたい候補者をマルの欄に、落選させたい候補者をバツの欄に書くといったイメージのものです。票の重みづけを、マルをプラス2点、バツをマイナス1点としてカウントすれば、結果としてトータルでの投票数は投票者数とイコールになります。もしもマイナス票の威力を弱めたければ、プラス1.5とマイナス0.5という配点にしてもいいし、逆にプラス3点とマイナス2点というようにすれば、相対的にマイナス票の影響力を大きくも出来る。ここは議論とシミュレーションを重ねて、最適な重み付けを探って行けばいいのです。現在の投票制度は、マイナス点の配分がゼロに固定されたプラス点のみの方式と見ることも出来ます。つまり候補者の信任権はあるけれども拒否権は無い方式という意味です。これが選挙制度として最適なバランスのものであるかどうかは、もう一度よく考え直してみる必要があります。

 もしもここで私が数式を使って「当選者が1人しかいない小選挙区の選挙では、最も死に票の出ない信任票と拒否票の組み合わせはプラス1.7対マイナス0.7である」といったことを数学的に証明出来ればかっこいいのですが、出来ません(笑)。ただ、自分のような文科系アタマで考えても、投票制度というものは複雑にすればするほど死に票が出にくくなるということは言えそうな気がします。自分の支持する候補を当選させることは出来なかったけれども、どうしても当選させたくない候補を落選させることには成功した、それも一種の有効票とカウントすれば、有効票の幅が広がるのです。いたずらに選挙制度を複雑にして何のメリットがあるんだという批判もあるかと思いますが、実は複雑化のメリットというのはあるんです。いまの日本のように多政党乱立の複雑な政治状況になると、有権者の1票に籠める思いも複雑なものにならざるを得ない。それを受け止めることが出来る投票制度であることが望ましいので、昔ながらの「当選させたい人に1票」というだけの単純な制度では、もはや有権者のニーズに合わなくなっているとも考えられます。もしもいまマイナス投票制度というものを導入したら、そこにはどんなメリットがあるか、思い付くまま挙げてみます。

1.政策本位の投票が可能になる

 簡単な例を挙げましょう。ある選挙区に5人の候補者がいて、そのうち1人だけが原発推進派で残りの4人が原発反対派だったとします。その選挙区の有権者の7割が原発反対派だったとしても、票が多党に分散されてしまえば、推進派の候補者が当選する可能性は大いにあります(今回の衆院選で起こりそうなことです)。この時、信任票だけでなく不信任票を投じることが出来れば、その候補者は落選するでしょう。これは落選すべくして落選するのです。何故って、7割の有権者が原発に反対しているのだから。これは正当なことだと思います。特に小選挙区制のもとでは、似たような政策を持った政党が並立すればするほど、その政策は政治に反映されなくなるという矛盾がある。そんな時に投票で拒否権を表明出来れば、より公平に民意を政策に反映出来るのではないかということです。これは1回の投票で2段階の選別が行なわれるということでもあります。まず不信任票で賛成出来ない政策の候補者を振り落とし、信任票で似たような政策を掲げる候補者の中からより信任したい人を選び出すという、2つの意思を1枚の投票用紙で表現することが出来るのです。これはまさに今日の有権者が求めていることだと思います。現行の選挙制度では、例えばリベラル派はリベラル派同士で、保守派は保守派同士で足を引っ張り合うということが頻繁に起こっている筈です。

2.ポピュリズムに対抗するツールになる

 衆愚制なんてコトバは使いたくありませんが、とにかくひとりの有権者として腹立たしいのは、政治の世界で何の実績も無い芸能人や著名人が易々と選挙に勝ってしまうことです。もちろんタレント議員がすべてダメだと言いたい訳ではありません。しかし、現在の選挙制度のもとでは、とにかく有名であればたとえそれが悪名であろうが選挙には有利なのです。これでは真面目に地道に政治活動を行なって来た候補者にとってはたまらない。私たち有権者としても、この傾向は良くないと分かっているのですが、どうしようもないのです。もしもマイナス投票というものを、有権者の意識の低い国で実施すれば、それは却って衆愚制に輪をかけるものになってしまうかも知れない(マスコミ主導のネガティブ・キャンペーンが大々的に行なわれるでしょう)。でも、日本の有権者はもう十分にマイナス投票を使いこなせるレベルに達していると私は思います。劇薬には違いありませんが、ポピュリズムに対抗する有効なツールになり得るということです。これは例えば、ポピュリズムの権化のような人物を3期連続で都知事に選んでしまった東京都民なら、実感をもって同意してもらえることではないでしょうか?

3.選挙におけるフィードバック・メカニズムの進化

 今週の読者投稿川柳にこんな句がありました、「投票に行く気が失せる予想数」。これも最近の傾向だと思うのですが、新聞各社は選挙前になると大規模な聞き取り調査を行なって、それをもとに選挙結果の予想を詳細に発表するようになりました。またこれが当たる訳です。そうすると川柳にあるように、もう投票所に行く気も失せてしまう。選挙前から結果は出ているのですから。マスコミ各社は、自分たちの予想の正確さを誇るより、それによって投票率を下げているという現実にもっと自覚的であって欲しい。しかし、事前予想を公表することを禁止するなんてことは現実的ではないし、正しいことでもないでしょう。私はむしろ、マスコミの予想を利用して有権者が自分の投票戦略を変えるようなことが一般化すればいいと思っています。例えば、個人的にはA候補に投票したいのだが、予想ではこの人に当選の可能性はないので、セカンドベストなB候補に投票するとういうような投票行動を指します。たぶんこれには反撥を感じる人もいるだろうと思います。そんなひねくれた投票をされたのでは、却って選挙結果が歪められるとか言って。が、それこそステレオタイプな衆愚制の構図を押し付けようとするものです。マスコミが世論を誘導しようとしているなら、有権者はその逆手を取ってそれを利用させてもらう(私はこれを「投票2.0」と名付けたい)。経済の分野では、よく株価はすべてを織り込み済みだと言いますが、「私の投票はすべてを織り込み済みです」というのが、投票2.0を目指す人の合言葉になるのです。

4.投票率が上がる

 なんと言っても、マイナス投票が可能になると、これまで投票所に足が向かなかった人たちを選挙に駆り出すことが出来るようになる、これが最大のメリットでしょう。選挙に行かない(行っても有効票を投じない)と公言している小田嶋さんですら、マイナス投票が出来るなら選挙に行ってもいいと言っている。今回の選挙でも、投票率は低迷するだろうと予想されています。私たちにとって関心の高い政治課題が多いのに、何故投票率が上がらないかと言えば、支持したい政党や候補者が見当たらないからでしょう。でも、そんな人にも「こいつだけは当選させたくない」という候補者はいる筈です。その思いを投票にぶつけられるなら、これは魅力的なことに違いない。現代は政治不信の時代だと言われます。しかし、考えてみれば、政治不信の時代になればなるほど投票率が下がるというのは、不幸なジレンマです。政治不信というのは、無関心とは違います。それは鋭い政治批判であり、国民の政治的意識の高さを表すものだとも言えるからです。これを無駄に放置しておくことはもったいない。日本の政治がいつまで経っても閉塞状態を抜け出せない理由は、案外そこにあるのではないかという気がします。マイナス投票によって、いまの政治に対する潜在的な批判票を掘り起こすことが出来れば、「民高政低」のいまの状況に終止符を打ち、国民の民度にふさわしい政治が実現するかも知れないのです。

 ということで、マイナス投票のメリットについて考察して来ましたが、もちろんそこにはデメリットもあるだろうと思います。例えば、マイナス票が恐いので、候補者が明確な公約を打ち出さなくなるとか、対立候補に対するネガティブ・キャンペーンが激しくなって、選挙運動の品格が落ちるとかいったことならあるかも知れない。しかし、それらはすべて現行の選挙制度と比較した場合のトレードオフの問題であって、マイナス票の重み付けを変えることで最適なトレードオフを探るという健全な調整過程のなかで自然に解消される問題だとも考えられます。端的に言って、現行の選挙制度は、国民の政治意識が進化するのに合わせた進化の仕組みを内包していないのです。選挙制度の問題と言えば、1票の格差問題ばかりがクローズアップされますが、そんなものは氷山の一角に過ぎない。有権者の多くは、いまの選挙制度に漠然とした不満を持っている筈です。その不満がどこから来るのかをこそ考えなければならないので、マイナス投票というアイデアは、そのための重要なヒントを与えてくれるものだと私は考えるのです。

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コメント

マイナス票が使われない最大の理由は、囮候補の乱立です。

例えば、マイナス票を喰らいそうな某政党「我が党首の私腹を肥やす党」から、
・本命の「我が党首の私腹を肥やす候補」
・マイナス対策の「我が党首の私腹を肥やすだけでは飽き足らず、この国を無駄に滅ぼす候補」
の二候補をだせば、有権者は「無駄に滅ぼす候補」に一票しかない貴重なマイナス票を投じざるを得ません。
すると、某政党の本命にまでマイナス票を投じることが出来なくなります。
勿論、マイナス票の数を「一人3票」とかに増やした所で、某政党も囮の「無駄に滅ぼす候補」を3名に増やすだけです。
それどころか
「一人の有権者の持つ複数のマイナス票を、一人の候補者に集中して良い(累積投票)」
なら、囮候補をあまり増やさなくても良くなります。
多くの有権者は「票割れ」を恐れ、折角の複数票を纏めて一人の候補に集中するからです。

勿論、ここまでアカラサマに本命候補が分かるなら、幼稚園児より賢い有権者なら囮候補を無視して本命にマイナス票を集中するでしょう。
しかし、
・教祖様の私腹を肥やすカルト団体の候補1号
・同上二号

・同上100号
と、候補が沢山いてどれが本命でも構わない場合はどうでしょう?
マイナス票はこのカルト候補百人に分散して、その効果が1/100になってしまいます。
勿論、このカルト団体を支持する人のプラス票も分散の危機に直面します。
しかし、教祖様の強い統制下にあるカルト団体であれば、投票が締め切られる直前数時間前に
「候補39号が本命である!」
と教祖様が配下の信者に携帯メールを配信する事により、カルト団体の組織票だけは100分割される事無く本命候補に集中します。
元々、カルト団体の支持票の殆どはその団体の組織票です。
結果、本命候補を投票締切り直前に組織に伝達する事により、カルト団体の本命候補はマイナス票だけを99%無効化出来るのです。

これらの弊害が容易に予測できるため、近代以降の選挙でマイナス票が使われた例は、東欧とソビエトと韓国だけです。

このうち東欧とソビエトでは、囮候補を乱立させてもマイナス票が分散して効果が薄まらないように
「一人の有権者は一人の候補者に一票しか票を投じられない」
「一人でいくらでも無制限にマイナス票を投じることが出来る(実際は、前項の制限により候補者数が限度)」
二分型投票 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/Approval_voting
として、マイナス票を拡張しています。
出典…二分型投票の世界的権威が書いた論文
http://www.nyu.edu/gsas/dept/politics/faculty/brams/theory_to_practice.pdf
ちなみにこの二分型投票自体が、非常に優れた物です。
最良の選挙制度(多数決編)
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n42126

あと、そんなに制度を複雑にしなくても、死票を(なんと!)0票にする事が出来ます。
オーストラリアなどで使われている
単記移譲式投票 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%98%E8%A8%98%E7%A7%BB%E8%AD%B2%E5%BC%8F%E6%8A%95%E7%A5%A8
です。
なぜ死票0票が達成できるかというと、落選者の得票を、まだ落選の決まっていない候補に配分し直すからです。

しかしちょっと考えれば、この様な「死票を0に出来る制度」があっても、民主主義の役に殆ど立たない事が分かります。
例えば、北朝鮮で「死票を0に出来る制度」を使って
・金将軍様に忠誠を誓う候補一号
・同上二号

・同上100号
「だけ」を候補者として選挙をしたら、
「死票が0だ! 民主主義の金字塔を、偉大なる将軍様は成し遂げられた!」
と言えますか?

最近、イアン・シャピロ(シャピーロ)という政治家が
「熟議より競争の方が、民主主義には重要である!」
という論を展開しているそうです。
「プラス票を入れられる候補者がいない」
という低レベルな競争を改善できなければ、マイナス票導入の意味はありません。

投稿: A-11 | 2012年12月16日 (日) 20時14分

A-11さん、示唆に富むコメントをどうもありがとうございます。

マイナス投票というのは、著名人だというだけで当選してしまう候補者に対してハードルを設けるものなので、無名の囮候補を立ててもあまり票を分散する役目は果たさないのではないかと思います。例えば、橋下氏が国政選挙に出馬するとして、東国原氏を囮に立てるというなら、結構有効だという気がしますけど。(笑)

「二分型投票」や「単記移譲式投票」のことは知りませんでした。選挙制度批判をブログに書こうという人間なのに、不勉強なことですね。なかなか興味のある話なので、改めて勉強させていただこうと思います。貴重な情報をどうもありがとうございました。

投稿: Like_an_Arrow | 2012年12月17日 (月) 23時56分

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