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2012年12月 2日 (日)

脱原発の種を蒔こう!

 難しいテーマにのめり込んでいるあいだに、世間がだいぶ騒がしくなって来ました。野田総理の突然の解散宣言で、まさかの年内選挙。都知事を辞職した石原氏と大阪市長の橋下氏が連携したかと思ったら、袖にされた河村名古屋市長が亀井静香氏と組んで新党を結成したり、国民新党や民主党を離党した女性議員が中心になって緑の党を旗揚げしたり、滋賀県知事の呼びかけに応じて小沢一郎氏率いる一派が脱原発政党に合流したり、12月16日の投票日に向けて、政界はてんやわんやの状況です。まだまだこの国の政治の混迷はこの先も続くのかと思うとげんなりしますが、いま以上に政治が悪くなることはあるまいと達観して見れば、有権者にはなかなか面白い見世物だとも言えます。めまぐるしい離合集散劇のなかで、それぞれの役者がどう振る舞うか、観客は息を殺して見つめています。

 今回の選挙の争点は、消費税の増税やTPPへの参加をどうするかといった問題よりも、これからこの国が脱原発に向けて舵を切れるかどうかという一点にあると見ます。消費税やTPPは重要な問題ではあっても、所詮は一時の国内問題に過ぎません。いや、脱原発だって国内問題には変わりありませんが、資源に乏しい日本がもしも原発を卒業して代替エネルギーにシフトすることが出来れば、そのことが世界に与える影響というのは小さなものではない筈です。もしもそれが経済合理性を備えた転換であるなら、これからの世界の向かう方向を日本が身をもって示すことになる。ほとんど人類史的なエポックを画す重要な選挙だと言っても過言ではないのです(いや、過言だな。笑)。反「脱原発」派の人たちは、原発が無くなれば電力料金が上がって、日本はますます国際競争力を失うと言います。そんなのは近視眼的な見方に過ぎません。火力発電の比率が高まって、電力料金が上がるのはむしろ好ましいことなのです。何故なら、そのことで代替エネルギーの開発が加速される筈だから。ものごとにはすべて表と裏があります。災いを転じて福とするのも人間の知恵です。福島の事故があったおかげでこの国は大きな方向転換を果たすことが出来た、そう回想される日が来ることを心に思い描いて、私たち脱原発派の有権者は投票所に向かいます。

 ほんとのことを言えば、私自身は脱原発派というより、国内のすべての原発の即時廃炉を求めたい反原発派なのです。これは以前の記事にも書いたことですが、動いている原発というのはほんとうに危ないんです。福島のような事故を二度と起こしてはならないとみんなが言うけれども、それではまだ認識が甘いと思う。福島の事故なんて、原発事故としては大したものではなかったのです。とにもかくにも地震の直後に原子炉は止まったのですから。怖いのは稼働中の原発を直下型地震や断層亀裂が襲って、原子炉が暴走してチェルノブイリ型の事故になった場合です。日本のどの原発にも使用済み核燃料が大量に貯蔵されていますから、事故の影響はチェルノブイリをはるかに超えたものになる。私たちが福島の事故から学べる一番の教訓は、「福島は不幸中の幸いだった」ということです。今回の選挙では、嘉田滋賀県知事を代表に据えた日本未来の党でも、みどりの風でも、新党日本でも、みんなの党でも、新党大地でも、老舗の社民党でも共産党でもどこでもいい、原発再稼働を体を張って阻止してくれそうな政党・候補者に一票を投じたいと思います。民・自・公の議員のなかからは、選挙目当てで脱原発を掲げているだけの野合だという批判の声も聞こえて来ます。いいじゃないですか、脱原発政党は今回の選挙で政権を取ろうとしている訳ではないのです。その他の政策で一致していなくても、原発政策で一致団結してくれるなら、脱原発派の有権者としてはそれで十分です。

 日本未来の党では10年後の原発廃止を目指すのだそうです。ということは、10年間は再稼働する原発もあるということですよね? 賛成出来ません。10年後にこの党が存続している可能性なんてほとんどゼロじゃないですか。まず公約として掲げるべきなのは大飯原発の即時停止、そして国内54基の原発の廃炉に向けた工程表を引くことです。しかし、公示日を2日後に控えて、いまさらそんな注文をしても手遅れです。ここは私たち自身の投票に向けた戦略を考えることの方が大事ですね。私は今回の選挙は政権の選択でも政策の選択でもなく、将来のための種蒔きの選挙だと思っています。つまり、どれだけたくさんの脱原発派の議員を国会に送り込めるかということです。おそらく選挙後にも政界再編の動きは収まることはないでしょう。たとえすぐに日本未来の党が分裂してしまったとしても、そこに所属していた脱原発派の議員は最長4年間は国会に留まる訳です。蒔かれた種がすべて枯れてしまうということにはならない。今回の選挙では自民党が第一党に返り咲いて、原発再稼働に向けて政策転換するのはほぼ確実ですから、せめてそれに対抗出来る勢力が国会内で結集出来るよう、布石を打っておく必要があるのです。この3年間で、私たちは政党のマニフェストなんてものがいかに信用ならないかを学びました。やはり有権者としては、政党で選ぶのではなく、地元の選挙区の候補者ひとりひとりをよく見て選ばなければならないということです。今回、脱原発政党に鞍替えした議員のなかには、世論の風を見て「にわか脱原発派」をかたっているだけの人もいる筈です。シロアリを退治すると言いながら、当人がシロアリだったというような人物を選ぶことだけは避けなければならない。

 安倍自民党が単独過半数を取るのか、維新の会と連立するのか分かりませんが、次の政権はかつてないほど急進的な右翼政権になることが予想されます。かつて自民党が安定政権を築いていた時代には、与党の内部にも中道派やリベラルに近い考えを持つ人たちがいて、バランスの取れた政権運用が成り立っていたと思います。それが戦後半世紀以上に亘って自民党が政権を担って来られた一番の理由でしょう。決して一党独裁体制だった訳ではないのです。しかし、いまの自民党にそのようなバランス感覚を求めてもおそらく無理です。いまの我が国には、一党でそのようなふところの広さと言うか、層の厚さを持った政党は存在しない。それは私たち有権者が、政権交代のある政治を選択したことの当然の結果でもあるのです。国民のなかにはかつての自民党政権を懐かしむ気持ちもあると思いますが、もうあそこには帰れないことは自覚しなければなりません。民主党がダメだった以上、それに代わる第二極(第三極ではないですよ)がどうしても必要だということです。その対立軸としての脱原発というのは、とても分かりやすい構図です。――実を言えば、私は今回の選挙では何か「どえらいこと」が起こるのではないかという予感がしているのです。それは何かと言うと、脱原発ということを軸として、これまではサイレントマジョリティだった「女性票」が選挙の帰趨を決するのではないかということです。世の男どもは、福島の事故がどれほどこの国の母親たちに大きな衝撃を与えたか、そのことに無頓着過ぎる。選挙の結果が出れば、いやでもそれを思い知ることになるだろうと、(多少の個人的希望も交えながら)予想します。

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コメント

新宿駅から東京駅に行く方法には、いろいろ考えられる。
JRの中央線を利用する方法や、地下鉄・丸ノ内線を使う方法など、多数が考えられる。
個人の好みもいろいろ違う。

だが、団体行動をとる場合には、どれか一つに決める必要がある。
方法を一つに決めるか、指導者を決めてその人の決めてもらうかである。
矛盾のある方法は、あらかじめ排除しておく必要がある。

多数決で、民主的に決めると良い。
どっち道、東京駅に行き着くのだと考えて、小異を捨てて、大同につくのである。
東京駅に行きたくない人は、この団体には加わるべきでない。
そうでないと、団体全体が混乱する。

政治の場合も同様である。
遠い未来の行き着く先の世界を個人個人に描いてもらう。
そして、その現実対応策を述べてもらう。

現実対応策にはいろいろあろうが、民主的な方法で決める。
民主的な意思決定に同志は道を譲らなくてはならない。
共通の夢を実現するという強い望みが譲りを与える原動力になる。
小異を捨てて、大同につくことにより未来社会の建設に協力が可能になる。

長年月をかけて目的に一歩一歩近づくことができる。政治哲学が生きてくる。
目的の達成には、金もかかる。固い団結はシニア層にも安心をもたらし、彼らの金にも使い道ができてくる。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2012年12月 2日 (日) 16時33分

エールを送ります。巷間さん。

投稿: kiri | 2012年12月 2日 (日) 18時37分

原発政策論争は宗教論争です。
民主的に決着をはかりたいなら選挙しかありません。
小泉政権登場も民主政権交代もネガ・ポジあれどもシングルイシューでした。

TPP、消費税、外交、社会保障、他すべていずれは答えの出るものです。
しかし、原発だけは答えは出ない。利害境界が不分明だから。本来なら政策にはならない論点。

でも、もっと大きな枠組み、
『自分はどんな生き方を望むか』
で考えれば、
ビジョンとしてのシングルイシュー選挙にする価値は十分にある。
時期的には遅かったと思います。菅辞任時にぶちかます勇気が有ったなら、今回の選挙はもっとシンプルになったはず。

『自分はどんな生き方を望むか』

政策論点にした候補者はいないようですね。
雑多な政策を並べたて混在させ、投票者の理念を問う姿勢からみんな逃げた。

こんなクソ選挙で卒原発言われても、で、俺たちはどうあって欲しいのか、まで訴える人はいない。

理念・ビジョンの無い選挙は、もううんざりです。

選挙の時期すら政争の道具にされ、されてることも自覚できてない私たち。
それを自覚できてない私たちが決める次の彷徨。

ペシミスティックにならざるを得ません。

投稿: ロシナンテ | 2012年12月 5日 (水) 02時22分

原発の再稼動可否は決して宗教論争ではありませんよ。極めて現実的なリアルポリティクスの問題です。利害関係も別に不分明という訳ではありません。それは経団連会長が一貫して原発を支持していることでも分かります。

仮に使用済み核燃料の問題が無ければ、原発問題は現役世代によるリスクテイクの問題と捉えても良かったのかも知れません。しかし、実態はそうじゃないんです。原発というのは、リスクを将来世代に押し付けることで成り立っているのです。そのことにようやく私たちは気が付いた。でも、気が付くのが遅過ぎたんです。

投稿: Like_an_Arrow | 2012年12月 6日 (木) 01時32分

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