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2012年9月 9日 (日)

政治に関する憂鬱な感想

 今週は、維新の会と民主党が相次いでマニフェスト(らしきもの)を発表しました。「維新八策」の方はまあ内容も発表時期も予想の範囲内ですが、突然現れた民主党の「マニフェスト素案」っていうのはいったい何でしょう? まだあと1年も政権期間が残っていて、3年前のマニフェストだってほとんど実行出来ていないのに、もう次のマニフェストってどういうこと? おそらく「近いうち」の解散総選挙を睨んでのものなのでしょうが、政権与党たるもの、現在のマニフェストを反故にして新しいマニフェストを発表するなんて、絶対にあってはならんことだと思います。せめて解散が決まってからにすべきでした。と、まあ、終わってしまった政党にいくら文句を言ったところで仕方ありませんね…。それにしても、国民の期待をこれだけ大きく裏切ったのに、民主党幹部の人たちの表情には反省の色も慚愧の色も見えない、これには有権者として呆れる他ありません。

 維新八策の方は、だいたい予想通りの内容だったとは言え、正直なところがっかりしました。期待していた原発の廃止と消費増税の白紙撤回ということが、言葉を濁されて明確に語られていなかったからです。実を言うと、私は心のなかで5%くらいは橋下さんに期待する気持ちを持っていたのです。この人が持っている新自由主義的な傾向、つまり教育にも福祉にも市場原理を持ち込んで、競争によって社会に活気を与えようとする発想は、正直もう古いと思っているし、まったく賛成しかねるのですが、橋下徹という人は、民主党が成し遂げられなかった「既得権構造の打破」ということに特異な才能を持った人かも知れない、そんな期待をひそかに持っていたのです、つまり「壊し屋」ということです。こんな閉塞した時代には、そんな〈突然変異体〉の登場が必要なのかも知れない。ところが、このところの橋下氏の動きを見ていると、意味もなく野田総理を褒めそやしてみたり、安倍元総理に秋波を送ってみたり、公明党と選挙協力で合意してみたり、妙に権力に擦り寄ろうとする態度が目立つ。政界のミュータントが、単なる政局の人に成り下がってしまったという印象です。

 それにしても維新八策というのは、それなりの時間をかけて練り上げたものの筈なのに、まるで中身の無いメモ書きのようなものでしたね。なんとなく有権者にアピールしそうなキャッチコピーを寄せ集めただけという感じ。「道州制」も「首相公選」も「ベーシックインカム」も「議員定数削減」も「グローバル人材育成」も「ワークライフバランス」も「国民総背番号制」も「憲法改正」も何だってある。どれも耳当たりはいいけれども、実際の政策として取り組むには困難を極める課題ばかりです。維新の会は各界の識者と言われる人たちをブレーンとして引き込んでいるようですから、その人たちの意見を参考にしていたらこんなごった混ぜのちゃんこ鍋のようなマニフェストが出来てしまった、そういうことなのでしょう。民主党政権3年のあいだに私たちが学んだことは、いくら立派なキャッチフレーズを掲げても、政治はキャッチフレーズだけでは動かないということでした。維新八策を読んで分かることは、橋下さんという人がまぎれもなくタカ派の新自由主義者であるということと、維新の会がたとえ政権を取ったとしても、民主党の下手くそなカリカチュアくらいにしかならないだろうということです。

 日本の政治がますます混迷を深めて行くなかで、私が懸念していることがふたつあります。ひとつは「道州制」という空手形が世間に広く流通して行きそうなこと、もうひとつは「憲法改正」に反対する政治勢力が風前の灯であるということです。今回発表された民主党のマニフェスト素案には、道州制が謳われています。2009年のマニフェストにも、地方分権化という方針はありましたが、道州制の文字は無かった筈です。調べてみると、公明党、国民新党、新党日本、みんなの党、新党改革の各マニフェストや政策綱領のなかにも道州制という文字が入っています。自民党はすでに小泉政権時代に「道州制ビジョン懇談会」というものを立ち上げ、道州制担当大臣を置いていましたから、これが基本的な政策方針のひとつだと考えていいでしょう。まさに、猫も杓子も道州制という感じです。おそらくこれは「道州制」というコトバがまだ手垢にまみれておらず、有権者にアピールしやすいと考えられているからだと思います。実際、道州制導入に真っ向から反対を表明している人は、政界にも言論界にもほとんどいないようです。

 しかし、私はすでに最近の記事で、道州制というものはこれからの日本にとって有害無益であるという意見を述べています。その時の議論をここで繰り返すことはしません。ただ、次の事実にだけは注意を向けておきたいと思います。いま、何かと言うと霞が関を中心とした官僚組織が悪者に仕立てられる傾向がありますが、この10年間くらいのあいだに、中央官庁の組織はほんとうに情報公開が進んで、透明度が増したと感じています。だからこそ、これまでは見えなかったアラも見えて来た訳です。それと比較すると、都道府県以下の地方自治体は、いまだに伏魔殿…とまでは言わないまでも、透明度が低いのが実態です。これは当たり前の話で、マスコミにしても私たち国民にしても、全国の自治体を監視するためには「目が足りない」からです。(私たちは国会の動きはよく知っていても、もっと身近な県議会や市議会の動向についてはほとんど知らないのが普通です。) 道州制というのは、端的に言って、行政を再び国民の監視の目の届かないところに隠れさせてしまう制度だと思います。いつの時代でも、立法権と徴税権は政府の権力の源でした。それを全国の10の地域に分散させてしまうなんて、納税者にとっては悪夢のような話です。

 憲法改正の方はさらに差し迫った問題です。安倍政権の時に国民投票法が制定されてしまっていますし、いまや自民党や民主党の有力議員はほとんど改憲派で占められています。維新八策では、憲法改正のための国会決議を、従来の三分の二から二分の一の賛成で可決するよう提案しています。竹島や尖閣諸島の問題で(悪性の)ナショナリズムに火が付いている状況のなかで、憲法改正に反対する人は非国民呼ばわりされそうな状況です。私が憲法改正に反対する理由については、むかしこのブログに書きました。私の立場は簡単で、憲法を改正するのは構わないけれども、それは日本国内の米軍基地をすべて撤退させた後にすべきだというものです。現在の日本国憲法は、日本がいまだにアメリカの軍事的属国であることを、国際社会に向けて証明した身分証明書のようなものです(それはそうでしょう、それは敗戦直後にアメリカから押し付けられたものなのだから)。軍事的属国であるという事実はそのまま変えずに、身分証明書の方だけを破り捨ててしまうのが得策でないことは、誰が考えても明らかだと思うのですが、安倍さんや橋下さんのような人にはそういう考えは思い浮かばないようです。

 護憲派であり原発廃止派である自分のような有権者には、ほんとうに次の選挙での投票先がありません。もちろん社民党という小さな受け皿はあるし、共産党だって一種のオンブズマン政党としては頑張っていると思います。この2党が、過去のしがらみや名前を捨てて、持続可能な社会の実現という方向を向いて統合されるような動きがあれば、支持する層は決して小さくはないと思うのですが、そうした大きな構想と実行力を持った人はいつまで待っても現れないらしい。そう言えば、中沢新一さんが提唱していた、例の「みどりの党のようなもの」の構想はどうなったのでしょう? 政治の問題は理念だけではどうしようもありません。中沢さんが自ら党を立ち上げて、比例区にひとりでもふたりでも候補者を立ててくれれば、私はその人が誰であろうと〈みずてん〉で一票を投じる用意があるのですが…

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コメント

もう、マニフェストに類する「~~します」は要らないです。
それ以前に、その党なりその人なりが考えてる「これが問題と考えている」リストをいただきたい。
『変える』
つう言葉の響きはいいけど「なんで変えたいの?」な疑問には答えていない。
『変えたい・変えねばならない』前に『これが、この仕組みがこのようにマズイからこんな結果(=問題)を生んでいる』
そんな、橋下氏が呑んでいる問題なるものを先に提示して欲しいですね。
民主は、もうどうでもいいな。

投稿: ロシナンテ | 2012年9月11日 (火) 02時57分

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