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2012年8月26日 (日)

「少年の有期刑引き上げ」に反対する

 いつものように通勤電車のなかで朝刊を開いたら、「少年の有期刑引き上げ」という見出しが目に飛び込んで来ました。金曜日の朝日新聞1面に載っていた記事です。内容は、法務省が少年犯罪に対する有期刑の最高年数を引き上げる検討をしているというものでした。「早ければ9月にも法相が法制審議会に諮問し、来年の通常国会に改正案を提出する方向」なのだそうです。日本では18歳未満の少年の犯罪に対して、成人の犯罪よりも刑を軽くするよう法律で定めています(当然のことですね)。成人なら死刑に相当する犯罪であれば無期刑に、無期刑に相当する犯罪であれば15年以下の有期刑に、有期刑に相当する犯罪であれば年数の上限(10年)を設けた不定期刑にといった具合です。ところが、2004年の刑法改正で成人に対する有期刑の上限が30年に引き上げられたことの結果、成人犯罪と少年犯罪のあいだで刑の不均衡が発生してしまった(と考える人がいるらしい)。これが今回の少年法改正の理由だそうです。「09年にスタートした裁判員裁判を経験した市民からは『少年事件で思ったような量刑が選択できない』といった不満が出ていた」と新聞記事は伝えています。裁判員制度というものは、端的に言って刑事裁判の厳罰化を狙って導入された制度であるというのが私の理解です。とすれば、今回の法改正は法務省にとって既定路線なのでしょう。

 日本を除く先進国(民主主義国と言っても同じです)では、死刑は廃止される方向にありますし、懲役刑の刑期も短縮される方向にあります。ところが日本だけは、死刑存置がまず大前提で、それとバランスを取るかたちで懲役刑の最高年数を引き上げ、さらにそれに合わせるかたちで少年法までもが厳罰化されようとしている。脱原発には熱心な市民も、この問題に対しては無関心という態度で信認を与えているように見えます。たいていの人は、最近は少年犯罪が増加しており、しかもその内容が凶悪化しているのだから、厳罰化も仕方ないのではないかと思っている。ところが、統計的に見ると、少年犯罪の増加だとか凶悪化だとかいうことの裏付けとなる数字はまったく見付からないのですから奇妙なことです。しかし、これは実は単純な理由によるものだろうと私は考えています。犯罪自体は増えてもいないし、凶悪化している訳でもない、ただ私たちの犯罪に対する〈感受性〉が昔より敏感になっているという事実があるのです。いや、これは犯罪に対してだけではありませんね、たとえば政治家のちょっとした失言に対しても、芸能人のちょっとした不行跡に対しても、世間にはこれを許さないという空気がまんまんとみなぎっている。もちろんマスコミがそれを煽っているという面もあるのでしょうが、おおもとは私たちの持っている倫理的な感受性が、時代とともにどんどん過敏になって来ているというところにあります。

 そろそろ私たちは、こうしたむきだしの倫理的感情に身をゆだねることが、まったく倫理的なことではないという事実に気付くべきではないでしょうか。少年犯罪について考えることは、そうした反省をする機会を私たちに与えてくれます。18歳になったばかりの少年が殺人を犯し、死刑を宣告されることに世間は何も違和感を感じていないように見える。しかし、参政権も与えられていない、まだ一人前の人間として扱われていない子供が死刑判決を受けるなどということは、少なくとも民主主義を標榜する国ではあり得べからざることです。もしも少年法を改正するなら、厳罰化よりもまず少年の定義を二十歳未満とするのが先決ではないか。「少年事件で思ったような量刑が選択できない」とコメントした裁判員の方には、何があなたの考える「思ったような量刑」なのかを聞いてみたい気がします。裁判員に選ばれる可能性のある私たち大人には、子供を教育し、社会の一員として育てて行く義務があるのです。もちろん犯罪を犯した少年には、しかるべき刑罰を与えることが必要ですが、それは〈教育刑〉という名目のものでなければならない。成人の場合と比較して量刑がアンバランスだから少年法を改正して厳罰化する――そんなロジックを大新聞までもが追認しているのは、まったく恥ずべきことだと思います。

 もしも社会の道徳性が時代とともに進歩して行くものならば、進むべき方向は法の厳罰化ではありません。むしろその反対です。去年ノルウェーで起こった乱射事件では、77人もの人が亡くなりました。ところが犯人に言い渡された刑は、たったの禁固21年というものでした(ノルウェーでの最高刑だそうです)。そのことでノルウェー国民が、法の厳罰化を求めたり、死刑の復活を訴えたりしているというニュースは聞きません。その殺戮の現場にいて生き延びた10代の少女の言葉を、死刑廃止論者の森達也さんが伝えてくれています(これも朝日新聞の記事からです)、「一人の男がこれほどの憎しみを見せたのなら、私たちはどれほどに人を愛せるかを示しましょう」。これは事件当時、ノルウェーの法務大臣だった人が、森さんのインタビューに対して答えるなかで引用した言葉だそうです。なんて美しい言葉なのだろうと私は思います。が、きっとこれに対しても反感を感じる人が多いのでしょう。彼らは言います、「それでは被害者の人権はどうしてくれるんだ」と。これに対する答えは簡単です、「犯人に厳罰を与えることが被害者の人権を守ることにつながる訳ではありません。これからの時代、被害者の方も道徳的に進歩して行かなければならないのです」。きれいごとに過ぎない? だけど日本にだって昔から「罪を憎んで人を憎まず」ということわざがあったのではありませんか。それが少年の犯した罪ならなおさらのことだと何故誰も考えないのでしょう?

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コメント

微妙に思考の襞をくすぐる記事ですねえ。
哲学者さんは日本人の感受性にまで思考が行き着いてるけどあえて書かない、んではないかと勘繰ります。
民族気質は否定できない程に有ると思ってます。
どこからどのようにそれが醸成されたか、のトレースはできないけれど「有る」のは確かでしょう。
その気質を加速させてるチカラは何か、誰か。
その先に待っている世界は何か。

寛容の精神と重罰の責務
「少年」という物理的時間軸だけでしか、その尺度を当てはめるしかない枠組みを否定はしません。
でも、できるなら、もう一つ、
その重罪性にて年齢をも超越する領域を確保しその不可侵を犯したなら年齢による酌量も認めない、神聖領域の確立が欲しいところです。

見せしめとしての量刑と、
スコアリング方式での量刑と、
是対不可侵の量刑と、
多次元尺度での法体系があっていいと考えてます。


投稿: ロシナンテ | 2012年9月 6日 (木) 01時37分

ロシナンテさん、こんにちは。

> 「その重罪性にて年齢をも超越する領域を確保しその不可侵を犯したなら年齢による酌量も認めない、神聖領域の確立が欲しいところです。」

って、そんなこと不可能ですよ。例えば、5歳では無理かも知れないけど、10歳の子供は時として非常に残酷になり得るでしょう。10歳の子供が驚くほど残酷な方法で3歳の幼児を殺害したとする。これは「その重罪性にて年齢をも超越する領域」に該当するのですか? だからいかなる酌量も認めないと?

日本では二十歳未満の者は子供と見なして、大人と同等の権利や義務を認めていないのです。それなのに受ける刑罰だけは、18歳で大人並みというのは、単に制度設計としてミスがあるのではないだろうかと私は考えています。

法務省のアンケート調査では、少年犯罪だからと言って刑を軽くする必要はないと答えた人がかなりいたそうです。驚くべきことに、なかには少年犯罪に対しては刑を重くすべきだと答えた人も一定の割合でいたらしい。これっておかしいと思いません? 私はとても常識的なことを言っているだけのつもりなのですが。

投稿: Like_an_Arrow | 2012年9月10日 (月) 00時08分

少年法だけでなく、交通関係などいろいろな法律が厳罰化されたり、新たに罰則が新設されたりしています。
刑罰を厳しくすれば、犯罪が減るわけでないことは証明されていますし、被害者感情の名のもとにやたらと厳罰化されて弊害の方が大きくなってると思います。

投稿: なお | 2013年5月 8日 (水) 08時04分

社会とは人を悪くするものです。
少年法改正、厳罰化、これはまだまだこれからです。
海外の事例を連ねたり、子供の権利条約を持ち出したり、更生や冤罪という全体主義者の特別用語を持ち出す人が一部にいます。

少年法の厳罰化は少年たちが望んでいることです。
社会が好きなのでしたら、少年社会が望んでいることです。

少年法の欠陥は、少年を死刑することではなく、死刑にならないことが問題なのです。
少年犯罪が減少しているという偏ったデータを持ち出してもなんの意味もありません。
厳罰化しても犯罪は減らないという意見も意味がありません。
犯罪件数が減らないから刑罰をやめればいいと云うわけにはゆきません。

愚かな人たちが学校というパブリックな場をソーシャルに変えてしまいました。
従って、愚かな人たちがつくった社会に合わせるには厳罰化という記号論しか通用しないのです。

投稿: ジョン | 2016年7月31日 (日) 00時59分

あの

少年法厳罰化は少年が望んでいることだと知っていますか?

お話しを言いたい方々のために左右されるべきではありません。

制度として語るからおかしくなる
原理として理解してください。


都合が悪ければ公開しなくてもいいですよ<笑

投稿: ジョン | 2016年8月10日 (水) 23時09分

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