« 生活保護の廃止から始める社会改革(3) | トップページ | 生活保護の廃止から始める社会改革(5) »

2012年8月 5日 (日)

生活保護の廃止から始める社会改革(4)

【4】 生活保障を受けるための条件について

 果たしてこのような施設が日本全国に出来たとしたら、そこへ入居する人はどのくらいの数になるでしょう? もしも現在の生活保護世帯がそのまま共同住宅に移ったとしたら、とりあえず145万世帯、200万人の人がそこに住むことになります。が、おそらく全員は移らないのではないかという気がします。生活保護というのは、いったん受給を認められれば毎月決まった額の現金を貰えるというたいへん嬉しい制度ですが、共同住宅の方はそれと比べるとずっと魅力に乏しい。基本的な衣食住は保障されているとは言え、入居者には原則として施設内での労働が義務付けられる上に、自由になる現金もほとんど持てない生活を強いられるからです。しかし、この制度の導入後は、従来の生活保護制度は廃止される訳で、本当に生活保障を必要としている人たちは共同住宅に移らざるを得なくなります。つまり、ここで現行の生活保護受給世帯がいったんふるいにかけられることになるのです。これは大事なポイントです。もちろん不正受給をしているような人たちは、真っ先にふるいにかけられてしまうでしょう。生活保護以外にも現金収入を持っていて、生活費の一部を生活保護で穴埋めしている人たちにとっては考えどころです。現金収入の一部(一応、7割としました)を納めれば、そこに入居することは出来ます。でも、それはこれまでの自由気儘な生活と訣別することを意味します。どちらを選択するかは本人次第です。乏しい収入でも自活する道を選ぶ人も多いだろうと思います。もちろん、いったん決意したものの、やはり自活は難しいということになれば、施設はいつでもその人の入居を歓迎します。

 この施設に入居するためには、行政の資格審査を経なければなりません。それは現行の生活保護制度でも同じです。ただ、審査の基準は生活保護よりもだいぶ緩いものとなります。資産の制限について言えば、現行の生活保護は数万円以上の現預金を持っていると受給は難しいようですが(それを使い果たしてから申請するよう指導されるそうです)、共同住宅の方は50万円までなら現金を所持していても問題ありません。但し、それは最初から自立支度金として専用の口座に預けられることになります。つまり、ここではひとり50万円という制限内で資産(自立支度金)を合法的に保有することが出来るということです。ですから、例えば年金収入やアルバイト収入を持っている人も、この50万円の枠を利用して貯蓄が出来るものとしましょう(但し、それは自分の手に残る3割分から積み立てるもので、しかも退去時にしか引き出せません)。またここでは生活保護のように、親や子や兄弟が資産や収入を調査されるといったようなこともありません。生活保障の審査対象は、あくまで本人および本人と生活を共にする家族に限られますから、その他の親族に気をつかう必要は無いのです。家財道具などの現物資産に関しては、施設の居室に無理なく持ち込める範囲でなら所有が認められます。それは将来の自立の際にも必要なものですから。携帯電話や個人名義の固定電話も持ち込むことが出来ますが、料金の支払いは個人の負担になります。ひとり1台、自転車の所有もオーケーです。自動車の所有は原則禁止ですが、これはこのあとすぐに説明する「資産の預かり制度」を利用すれば、手放さずに済みます。宝石や貴金属のような換金性の高い資産も同じです。難しいのはペットの持ち込みをどうするかですね。常識的に考えて、それは許可出来ないような気がしますが、可愛がっていたペットと別れがたくて、生活保障から漏れてしまう人が出たのではまずい。とりあえず何軒かに1軒くらいの割合で、ペット可の施設を作ることでどうでしょう。

 問題は土地や家屋を持っている人の扱いをどうするかです。現在でも、現金は無いのに家を持っているために生活保護を受給出来ないというケースは多くあるようです。自治体によっては、不動産を担保に生活費を貸し付けるリバースモーゲージという制度を設けているところもあります(これは生活保護のような公的扶助制度とは別物と考えるべきものです)。共同住宅でもこれと似た制度を採用します。それが資産の預かり制度です。つまり、入居に当たって、本人が所有する不動産を行政が預かって管理するのです。これは退去時に返還されることになりますが、もちろん無条件に返還される訳ではありません。入居期間中にかかった生活費(1か月6万円とします)の合計またはその時点での不動産の評価額のどちらか少ない方を支払えば、資産を請け出すことが出来るのです。これは宝石や貴金属、自動車などの現物資産についても適用されます。ふつう、施設に入居した人が資産を請け出すお金を持てる筈はありませんから、この制度は無意味だと思われるかも知れません。しかし、現物資産を所有しているが故に生活保障を申請出来ない人というのは、その資産を手放すこと自体に心理的抵抗がある訳ですから、その救済策としては有効ではないかと思うのです。行政に抵当権は設定されてしまうけれども、所有権は手放さずに済むのですから。本当に退去時に請け出したいのなら、ローンを組むことだって出来ます。それだったら最初から資産は子や孫に譲ってしまい、身軽になってから共同住宅に入居した方が合理的ですね。相続する資産があるような金持ちが、共同住宅に入居していいのかという疑問はあると思いますが、この制度では入居時の個人資産しか見ませんから、これは合法です。まあ、ある程度のまとまった資産と相続人を持っている人は、ふつう共同住宅には入って来ないだろうと思いますが。

 入居のためには資産制限だけでなく、収入制限も当然あります。これは現在の生活保護でも同じだと思いますが、世帯構成や地域によってその金額は異なって来ます。その限度額を決めるのは今回の記事の守備範囲ではありません。例えば都内の施設に入居する独身者なら、月の収入が12万円未満なら資格があるのに対し、地方ではそれが10万円になるといったイメージです。いずれにしても、その境界線はさほど重要なものではありません。生活保護と違って、それが天国と地獄を分けるようなものではないからです。月に12万円の手取り収入を持っている人は、8万4千円(7割)を払えば施設に入居出来ます。要するに、その金額で3食・個室付き(但し風呂とトイレは共同)の独身寮に入居したのと変わらない。これはそんなに魅力的な選択肢でもないでしょう。むしろ収入による入居制限ということは、別の観点から必要になるかも知れません。共同住宅に入居を希望する人は、現在の居住地以外の地域の施設を希望することも出来ます。施設は日本全国どこにもありますから、部屋の空きさえあれば、どこに住むのも自由です。ただ、それぞれの施設のあいだで、労働力や運営予算に偏りが出るのは問題があります。ある施設では寝たきりの老人ばかり多くて、施設内の働き手がほとんどいないというのでは困る。またある施設では年金収入が多い人が多く、そこに入れば食事も豪華らしいという噂が立って、施設間の格差を助長するのも良くない。このバランスを取るためには、入居者の年齢や収入を見て、行政がある程度入居者を振り分けることも必要になります。基本はなるべく本人の希望に沿ったかたちで入居施設を割り当てるのですが、希望に沿えない場合もあるということです。

 次に入居後の資産形成についてです。すでに何度も説明しているとおり、ここでは自立支度金というかたちで預金をすることが出来ますし、またそれが奨励されてもいます。が、それ以外の資産を貯め込むことは基本的に禁止です。もちろん年金や労働賃金などで一時的に現金を手にすることはある訳ですが、それは個人の生活費(娯楽費や交通費や電話代など)として持つことが出来るお金であって、そこから(自立支度金以外の)貯金をすることは許されていないのです。つまりタンス預金はダメということです。理由はいくつかあります。①この施設は最低限の生活保障をするためのものであり、収入の7割を入居費として払った上に、さらに貯蓄をするほどの余裕を持った人なら、そもそもこの施設に居るべきではないということ。②入居者のタンス預金を黙認してしまうと、施設を出て自立することに対するモチベーションが低下してしまい、自立支援という施設本来の機能が失われてしまうこと。③入居者のあいだの資産格差が大きくなり過ぎると、コミュニティのなかでの公平感が保てなくなるということ(ある入居者は毎年家族で海外旅行に行く、なんていうのはやはりまずいでしょう。夫婦なら100万円までの自立支度金を貯められますから、施設を退去した後でゆっくり旅行に行けばいいのです)。要するに「隠し資産」というものは、施設の運営上も規律上もよろしくない影響を与える可能性があるので禁止したいということなのですが、いかがでしょう?

 自立支度金以外に所持してもいい現金の上限を10万円とするなら、それ以上の所持金は没収の対象となります。または没収に応じられないなら、施設を退去するという選択肢もあります。(例えば高額の宝くじが当たった場合などは、賞金がいきなり没収される訳ではなく、そのお金を持って退去するくらいの時間的猶予は与えられるということです。) もしも現金をすでに現物資産に代えてしまったあとだったら、預かり資産として差し出していただきましょう。すでに遊興費として使い果たしてしまったあとだったら、もう仕方がありません。実際問題として、入居者のタンス預金を調査することは不可能ですし、行政としてそれを摘発することに労力をかけることはしません。共同生活を送る施設というものの性質上、ふだんの生活が不自然に奢侈であったりすれば、他の入居者にそれと気付かれる筈ですし、また気付かれない程度の贅沢なら別に黙認しても実害はないのです。宝くじが当たったにせよ、倹約して貯金したにせよ、ある程度のまとまった資産を持った人は、やがてこの施設を出て行くことでしょう。それは厳密な意味で自立とは言えないかも知れませんが、国の生活保障から抜けるということでは歓迎すべきことです。共同住宅制度が始まると、この制度を利用していろいろ悪知恵を働かせる人も出て来ると思います。例えば、施設に1年間入居して、数十万円のお金を貯めたあと、物価の安い国に行ってそこで半年くらい遊んで暮らすとか。若いうちなら、それを繰り返すのもなかなか面白い生き方だという気がします。自立支度金をそんなふうに使われるのは制度の主旨には反しますが、もとは本人が労働の対価として稼いだお金ですし、そこは大目に見ましょう。むしろこの制度は、人々に多様な生き方の選択肢を与えるというプラスの面も持っている、そんなふうに捉えていただければ制度設計者としては本望です。

 多様な生き方と言えば、ここでの生活上の規則についてもひと言ふれておく必要があります。以前の記事では、共同住宅に入居した人は、一切のギャンブルも禁止と厳しいことを書きましたが、これも小遣いを商品券でなく現金で渡すことに決めた以上、撤回せざるを得ません。競馬やパチンコにはまっている人は、生活保障を受けている身の上だからと言って、それをきっぱり止められるものでもないでしょう。どうせやるなら大いに勝っていただいて、大金を稼いで施設を出て行くなり、仲間の入居者に余禄をふるまうなりしていただきたいものです。二十歳以上の入居者であれば、居酒屋に行くのも、施設の中で酒を飲むのも自由です(もちろん小遣いの範囲内で)。先ほど海外旅行は違和感があるというようなことを書きましたが、ひとり10万円までの現金所持は合法ですから、ちょっとした国内旅行くらいなら誰も咎める人はいません。また積み立てている自立支援金はふだん自由に使えるお金ではありませんが、どうしても必要だと施設側が認めた時には、その一部を預金から引き出して本人に渡すことが出来るものとします(例えば慶弔費だとか盆と正月の帰省費だとか)。もしも積立金が不足する場合には、一時的に施設がお金を貸す仕組みも用意しましょう。このへんは管理人の恣意に任されるのではなく、明確なガイドラインとしてまとめておきます。なにしろ不特定多数の人々がここで暮らしを共にするのですから、規則はきちんとしておく必要があります。規則と言っても、役人的発想で「あれもダメこれもダメ」というようなものであってはいけない、入居する人と入居する可能性のある人(つまりすべての国民)が納得出来るものでなければなりません。すなわち、ここでの規則というのは、憲法の定める「最低限の健康で文化的な生活」を具体的に規定したものでなければならないということです。

|

« 生活保護の廃止から始める社会改革(3) | トップページ | 生活保護の廃止から始める社会改革(5) »

コメント

簡単な話なんですが、生活保護を受ける人らをどう見なすかでしかないように思います。
やっかい者、なまけ者、人様の世話になって生きてる(だけの)者。
この視点では、制度から受ける支援は施しであり、制限はペナルティでしかありません。
生活保護制度を人生のピットインシステムと見なせば、制度も変わってきます。
ピットインシステムと、身より無い老人の生存保障システムとを同一軸に置いていいかどうか、
医療費免除が問題視されるのもこの辺りからだと思います。
人生を再構築可能な世代のピットインシステムと、終の住処としてのコミュニティは、
思想を分けたほうがスッキリするのではないでしょうか。
ただ、どちらにおいても共生のために働くというベクトルは一にする、
哲学者さんの考えには同意します。

一つの思考実験として、
震災後に作られた仮設住宅とおそらく生活保護に移行したと思われる入居者の方々を、
その人らがどうあれば希望を持った生き方が再構築できるか、
そこら辺をターゲットに思考されれば、もっと深い考察がなされるのではないかと
考えてます。

投稿: turusankamesan | 2012年8月 6日 (月) 02時28分

> 人生を再構築可能な世代のピットインシステムと、終の住処としてのコミュニティは、思想を分けたほうがスッキリするのではないでしょうか。

この点は、思想がどうこう言うより、社会的なリソースの効率的な配分の問題なんです。一方に介護を受ける必要のある高齢者が多くいて、一方に職にあぶれて生活もままならない若者が多くいる。だったら両者をカップリングしてしまうことは、最も簡単なソリューションです。

もちろん生活保護を受けている現役世代の人たちが、みんな介護や福祉の仕事に適性を持っている訳ではないので、これは机上の空論かも知れません。それでも超高齢化社会は現実にすぐそこまで来ている訳で、共同住宅が介護の仕事に適性を持った人を発掘する役目を果たせば、それはそれで意味があると思うのです。

問題は、介護や福祉といった仕事が構造的に低賃金で、たとえ生活保護受給者から見ても魅力的な仕事には映らないという点ですね。この問題になると、ベーシックインカムのようなものがどうしても必要だという結論になってしまうのですが…

投稿: Like_an_Arrow | 2012年8月11日 (土) 17時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138790/55357758

この記事へのトラックバック一覧です: 生活保護の廃止から始める社会改革(4):

« 生活保護の廃止から始める社会改革(3) | トップページ | 生活保護の廃止から始める社会改革(5) »