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2012年7月31日 (火)

生活保護の廃止から始める社会改革(3)

【3】 財政面から見た共同住宅の現実性

 いくら生活保障を現物支給に切り替えると言っても、お金とまったく無縁の生活というのは、今の時代考えられません。しかし、入居者に現金を渡すことには、いろいろと問題があります。いわゆる「貧困ビジネス」のようなものに狙われる危険性がありますし、小遣いをすべてギャンブルに費やしてしまう可能性もある(生活保障を受けている人がギャンブルをしてはいけないのかという議論もありますが)。逆に小遣いをコツコツ貯めて、許される限度以上の隠し財産を築いてしまう人も出て来るでしょう。これらの問題に対する対策として、現金ではなく有効期限のある商品券のようなもので小遣いを渡すというアイデアを以前の記事で書きました。理論的にはそれが正解だと今でも思いますが、今回の記事の目的は現実的な政策提言をすることですから、ここはシンプルなやり方に変更しようと思います。入居者向けの商品券なんて面倒なものは作らない、現金で小遣いを渡すことにします。但し、厳しい財政から拠出するのですから、大きな金額は出せません。18歳以上の入居者ひとりに対して、一律月額5千円という金額でどうでしょう。たとえ寝たきりのお年寄りであっても、毎月5千円のお小遣いを受け取れるということです(寝たきりの高齢者をこの施設に入れるかという問題もありますが)。これが基本です。それ以外にも入居者が独自の収入源を持っているなら(国民年金や障害年金やアルバイト料や印税収入といったような)、そこから70%を入居費として控除された残りが、入居者が自由に使えるお金ということになります。この点については前回すでに説明しましたね。

 入居者のなかにも経済格差(小遣い金額の格差)が生じますが、これは仕方がありません。ただ、年金やアルバイト料などの〈副収入〉を持たない人でも、小遣いを増やす方法はあります。施設内の労働に対する報酬は「自立支度金」として積み立てられると書きましたが、その一部を現金で受け取れるオプションを作るのです。本人の希望により、報酬額の最大3割までなら現金で受け取れるものとしましょう。(私がここで3割だとか5千円だとかいう数字を出しているのは感覚的なものなので、実際の制度設計に当たってはもっと厳密な検討が必要になります。) ポイントは施設内で働く人と、施設外に働きに出る人のあいだで公平感が保たれるようにすることです。施設内での労働に対する月額報酬額の上限は5万円ということにしました(ここでは時間外手当はありませんから)。するとそこから最高1万5千円(3割)までは現金で受け取れることになります。基本の5千円と合わせて2万円が月の小遣いということになる。一方、施設外で働いて月に10万円のアルバイト収入がある人は、7万円を入居費として納めた残りの3万円が自由に使えるお金になる。基本の5千円と合わせて3万5千円が小遣いになります。一見両者には格差があるように見えますが、前者は小遣いの2万円以外に3万5千円を自立支度金として積み立てている訳で、そう考えればどちらがより優遇されているとは言えないと思います。この施設に入居する人は、最初は施設内の労働に従事して自立支度金を貯め、それが限度額に達する前に徐々にアルバイトやパートに切り替えて行き、最後にその企業に社員として採用されて(契約社員や派遣社員でも構いません)、施設を円満退所するというのが理想的な流れになるだろうと思います。それを期待してお金の設計もする訳です。

 自立支度金が限度額(50万円)に達してしまった人は、それ以上施設の中で働いてもわずかな小遣い銭にしかなりませんから(実質的な時給は、200円の3割で60円です!)、そこで勤労意欲を失ってしまうかも知れません。ただ、切り捨てられる賃金(最高3万5千円)の一部は施設の運営費に組み入れられ、そこで暮らす人々の生活向上に役立てられるということにすれば、まったく働き甲斐がなくなってしまう訳でもありません。それは共同体にとって二重に意味のある労働になるのです。つまり労働を通して施設の運営に直接寄与するだけでなく、経済的な支援にもなるということです。入居者のなかには、このように貧しい人たちが互助的に支え合う共同体が気に入ってしまって、ここに居ついてしまう人も出て来るかも知れません。私はこの共同住宅を、新しいコミュニティ社会の核となるものと位置付けたいのですが、その理想に近づけば近づくほど、入居者の「定着率」は高くなってしまうことも考えられます。しかし、そのことを問題視する必要はありません。これから社会の高齢化が進むに従い、入居者の高齢者比率もどんどん高くなって行くと予想されます。そんななかで、バリバリ働ける現役世代の人が施設に留まってくれることは歓迎すべきことなのです。一方、自立支度金を貯める必要が無く、施設内の労働時間も少ない高齢者にとっては、この施設は持っている収入の7割を支払うことで入居出来る老人ホームのようなものとなります。現在、少ない年金収入しか持たないお年寄りが、個室のある老人ホームに入ることはなかなか難しいと思いますが、ここなら条件さえ揃えば誰でもすぐに入居出来るのです。最近問題になっている孤独死ということに対する制度上の予防線にもなります。

 問題は、それが現在の生活保護制度と比べて、経済的に安上がりで済み、また将来的にも持続可能な制度として成立し得るのかということです。それを確認するために簡単な試算をしてみましょう。施設の建築費に関しては第1回目の連載で見積もりました。そこで必要になる10兆円という金額は、今回の計算からは除外します。あくまで運用費としてかかる部分の費用を比較します。現在の生活保護予算は3.7兆円、受給者は200万人ですから、ひとり当たりの年間経費は185万円、月当たり15万4千円くらいになります。ひとり当たりの運用費がそれ以下で済めば、とりあえず新制度の財政面での実現性は確認出来たものと考えていいでしょう。共同住宅でかかる主な費用の費目は、食費(食材費)、光熱水費、通信費、設備の補修費や什器の購入費、それに入居者に支払う賃金(自立支度金)と娯楽費(小遣い)といったところでしょうか。食材費は多く見積もってもひとり1日千円、月に3万円も見れば十分でしょう。光熱水費と通信費は合わせて、ひとり当たり1万5千円くらい(通信費には個人持ちの携帯電話料金や公衆電話代は含みません)。補修費や什器購入費、その他の雑費は読みにくいところですが、とりあえずひとり1万円ということにしときましょう(毎度のことですが、全然試算になってませんね。笑)。ここまでで5万5千円。それに娯楽費が一律5千円ですから、合計6万円。難しいのは施設内の労働に対して支払う賃金です。これは最高額が月に5万円と言っても、入居者全員がフルタイム労働をする訳ではないので(高齢者や子供、それに外部に働きに出る人もいるから)、平均して2万5千円も見ておけばいいと思います。これでひとり当たり8万5千円という見積り額が出ました。現行の生活保護制度と比べて、はるかに安い金額で収まります。さらに入居者が受給している年金やアルバイト収入の7割が運営費に加算されるのですから、財政面ではとても余裕があると言えそうです。

 と、ここまで書いて、あわてて付け加えておくべきことがあります。それは現在の生活保護予算の半分近くは、医療費として支出されているという事実です。ひとり当たり15万円強の生活保護費のうち、7万円以上が医療費で占められているのです。これは驚くべきことです。生活保護を受けている人のなかには高齢者や病気がちの人が多いとは言え、果たしてこの金額は妥当なものなのだろうか? よく指摘されるように、生活保護受給者は医療費が無料であることから、必要以上に頻繁に医者にかかっているという事実があるのかも知れません。それはそうでしょう、時間はあるのにお金が無いという境遇の人にとっては、医者に行くことだって数少ない娯楽のひとつでしょうから。おそらく医療機関にとっても、安定した診療費収入の見込める生活保護受給者は良いお客さんだという持ちつ持たれつの関係が出来ているのだろうと思います。そのことをけしからんと言っても始まりません。むしろこれも制度設計の欠陥であると見るべきです。共同住宅の入居者にとっても、医療費は無料であることが前提ですが、現在のように外部の医療機関を自由に受診出来る仕組みは見直すべきでしょう。定期的に担当医が回診に来て、そこで診察と簡単な薬の処方を行なえるようにする。外部の医療機関の受診が必要かどうかも担当医が判断します。もちろん病気によっては定期的な通院や入院が必要な場合もありますし、そこでの医療費も生活保障の一端として支出する必要がある訳ですが、可能な限り在宅医療で、すなわち施設での看護で対応したいところです。将来的には入院設備も備えた複合的な機能を持つ共同住宅の建設ということも視野に入れます。

 増大する医療費の問題は、年金や生活保護と並んでこれからの政治にとって最重要なテーマです。国の医療費負担が大きくなっている背景には、高齢者や生活保護受給者の気軽な通院ということ以上に、「社会的入院」と呼ばれる長期入院患者の増加があります。例えば精神科医院への入院ということで言えば、日本は先進国のなかでも圧倒的に1回当たりの入院日数が長いのです。そこには家族や地域社会が、退院して来た患者を受け入れられないという現実があるのでしょう。よろしい、それならば私たちのこの共同住宅でそうした患者さんも受け入れようじゃありませんか…と声高に言うことはしませんが、地域社会に根ざしたコミュニティが有効に機能し始めれば、社会的入院といったものは自然に減って行くのではないかと思う訳です。生活保護費や医療費が財政を圧迫している背景には、経済格差の拡大や少子高齢化の進行ということだけでなく、社会のなかから健全なコミュニティ機能が失われてしまったことがあるのではないかと私は思っています。コミュニティの復活ということは、多くの人が課題として共通に認識していることであり、そのためにいろいろな取り組みもされている筈ですが、それを大きな社会的運動にまで起爆して行くためには、そのための原動力と言うか、共通の情念のようなものが必要ではないかと思うのです。現代の市場万能主義の社会のなかで疎外され、貧困に追いやられた人々の怒りの連帯こそ、次世代のコミュニティ形成の核となり得るものではないか。そんな言い方をすると過激思想と受け止められてしまうでしょうか。

 話がいささか脱線しました。以上の大雑把な考察からだけでも、生活保障のための共同住宅構想が、生活保護と比較して財政的にも有利なものであることは説明出来たのではないかと思います。しかし、私が強調したかったのは、単年度の予算を比べての優劣ではありません。生活保護では受給者が固定される傾向にあるのに対し、共同住宅では入居してから再び自立するまでの道筋を示すことが出来、そのための強力なサポート体制が整っている、その違いが大きいと言いたいのです。これから社会の高齢化が進むにつれ、生活保護世帯は増えこそすれ減ることはないでしょう。若い世代のなかにも無年金の生活保護予備軍がたくさん控えています。200万人という数字を基準に制度を設計しても、すぐに限界に来てしまうことは明らかです。生活保障のための共同住宅は、人の出入りの激しい場所になるだろうと思っています。生活保護と比べて入居のための資格審査は緩いし、(私の考えでは)入居に対する心理的抵抗も小さいと思われるからです。例えば、自立支度金を50万円貯めた人が、アパートを借りて自活を始めたけれども、仕事が続かず半年後には施設に戻って来てしまったとする。まったく構いません。そのチャレンジ自体が価値あることだし、少なくとも半年分の生活保障費を節約することには役立った訳ですから。ここでは入居や退去のための引っ越し費用だってかかりません。それも施設が提供するサービスメニューに含まれているからです(引っ越しの手伝いも既存の入居者が行なう仕事のひとつで、規定の賃金が支払われるのです)。現在の日本には、生活保護水準以下で生活する貧しい世帯が数百万の単位で存在しています。その人たちが生活保護になだれ込んで来ることを行政は恐れている筈です。共同住宅はむしろそういった人たちが気軽に利用出来る施設を目指すのです。さて、次回はこの施設への入居資格や入居後の制約事項などについてもう少し考えてみます。

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コメント

>入居者のなかには、このように貧しい人たちが互助的に支え合う共同体が
気に入ってしまって、ここに居ついてしまう人も出て来るかも知れません。
私はこの共同住宅を、新しいコミュニティ社会の核となるものと位置付けたいのですが、
その理想に近づけば近づくほど、入居者の「定着率」は高くなってしまうことも考えられます。<
それは多いにあり得ることと想像します。

>問題は、それが現在の生活保護制度と比べて、経済的に安上がりで済み、<
ここが問題ですかね。
安上がりにする理由は無いと思います。
哲学者さんの考えている生活保障制度が、貧困者への塩漬け装置の破壊 という思想が有るならばそれでいいのではないでしょうか。

>共同住宅では入居してから再び自立するまでの道筋を示すことが出来、
そのための強力なサポート体制が整っている、<
>例えば、自立支度金を50万円貯めた人が、アパートを借りて自活を始めたけれども、
仕事が続かず半年後には施設に戻って来てしまったとする。まったく構いません。
そのチャレンジ自体が価値あることだし、少なくとも半年分の生活保障費を
節約することには役立った訳ですから。<

この2節にはまったくもって同意します。

投稿: turusankamesan | 2012年8月 6日 (月) 02時00分

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