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2012年7月 8日 (日)

小沢一郎氏のための演説原稿 Part.2

 民主党の小沢元党首と消費増税に反対する議員50人が離党しました。今週中には小沢氏を中心とする新党が発足するそうです。とりあえず、この動きは歓迎です。消費増税に反対で、原発の再稼働にも反対の立場の自分としては、もはや民主党を支持する理由は何ひとつ無くなった。次の選挙で投票するなら、何を措いても脱原発を掲げる政党に一票を投じたい、そう思っているので、選択肢が増えることは望ましいのです。同じように感じている有権者は多いのではないかと思います。もちろん、新党結成はそれを狙ってのことなのでしょうが、有権者のニーズを汲み取るのも政治家としての重要な資質だとすれば、これは批判の材料にはならないと考えます。むしろ消費増税と原発再稼働にひた走る民主党に、大多数の議員が留まろうとしていることの方が私には奇異に思えます。

 まだ民主党が政権交代を果たす前に、当時の民主党代表だった小沢さんのための演説原稿という記事をこのブログに書いたことがあります(こちらです)。もしも自分が小沢氏のスピーチライターだったとしたら、彼にこんな演説をさせてみたいという主旨の記事でした。献金疑惑で公設秘書が逮捕され、小沢さんに民主党代表を降りるべきだという世論が高まっていた時のことです。いままたこの人は、マスコミや世論(の大勢)を敵に回して窮地に立たされている。構図は3年前と何も変わっていません。しかし私は、小沢一郎を政治的に抹殺したいと考えている勢力のことを考えると、どうしてもこの人に加担したい気持ちを抑えることが出来ないのです。今回もまた、自分としては小沢一郎という政治家が好きではないと前置きをした上で、それでも新党結成に当たっては小沢さんの口からこんな演説を聴いてみたい、そういう思いでスピーチ原稿の草案を書いてみます。

『民主党からの離党と新党結成の宣言をして以来、周囲の人からよくこう言われます、「小沢さん、顔色が前より良くなったね、表情も明るくなったみたいだ」。なかには「昔の小沢一郎が戻って来た!」なんて言う人もいました。確かにこの1週間、私はここしばらく味わうことのなかった心の張りを感じています。それと同時に、この3年間、自分の心がいかに大きなストレスで抑え付けられていたかをあらためて知りました。2009年5月に突然秘書が逮捕されて以来、私は政治家としての活動よりも、検察と闘うことにエネルギーを吸い取られて来ました。翌年には私自身が強制起訴をされ、現在に至るまで私はずっと刑事被告人の身分なのです。これは民主党が政権交代を果たし、その後迷走を重ねた時期とぴったり重なっている。最初の起訴を受け、私は党代表やすべての役職を降り、一兵卒として民主党に尽くすと誓いました。ところが、私が一兵卒でいるあいだに、民主党はもはや政権交代を果たした昔の民主党ではなくなってしまったのです。

 今回、私が志を同じくする方々と民主党を出て、新党を結成しようと決意した理由は単純です。それは有権者の皆さんに政策の選択肢を持ってもらうためです。私は、これまでの長い政治家人生のなかで、日本にもイギリスやアメリカのような二大政党制を根付かせたいという悲願を持って活動をしてまいりました。それが民主党による政権交代でようやく実現の緒についた。この悲願達成の喜びに比べたら、自分自身が新政権のなかで重要なポストに就けなかったことなど苦でも何でもなかったのです。民主党は、それまでの自民党の政策に対抗して、公共事業の縮小や福祉政策の充実を掲げて皆さんの支持を得ました。もちろん増税には反対の立場でした。これはいま振り返っても有効な政策上の対立軸だったと思います。ところが民主党の総裁が代わるごとに、この対立軸は曖昧にされ、とうとう三代目の野田総理のもとで、民主党は政策的にはかつての自民党とまったく区別のつかないものとなってしまった。選挙前にはマニフェストに書いていないことは実行しないと力説していた野田総理が、何故急進的な増税論者になってしまったのか私は知らんが、これは戦後の政治史のなかでも他に例を見ないほど、露骨で悪質な国民への裏切り行為であると思います。

 我々の新党は、消費税増税への反対と原発再稼働への反対を旗じるしに掲げています。これは世論に迎合した結果ではありません。それは本来ならば民主党が掲げるべき方針だった筈なのです。増税よりも歳費削減、大企業よりも国民生活を優先するというのが政権交代の理念であり、大義であった訳ですから。私どもはその原点にもう一度立ち戻ろうというのです。週刊誌などでは、私がむかし税制改革論者だったことをあげつらい、政策的に一貫していないと非難する向きもあるようです。しかし、私は私なりに一貫しているつもりです。実のところ私には、いま日本が消費税増税に動くべきなのか、原発は即時全面停止した方がよいのか、明確な信念の言葉で語ることが出来ないのです。正直に言って分からない。そんな定見なき男に政治家が務まるのかというご意見もあるでしょう。だが、実は私の政治的信念はそれとは別のところにある。それは増税や原発問題をめぐって国論がまっぷたつに分かれている以上、政治はその両方の受け皿を用意せねばならないという信念です。私自身、増税や原発再稼働を主張する人が許せない訳ではない、政策の選択に関してはさまざまな意見があるのは当然のことです。ただ、民・自・公が3党合意などといって国民から政策の選択権を取り上げてしまった、そのことが許せないのです。これは議会制民主主義の深刻な危機であると危惧しておるのです。

 これまで私は政界の「壊し屋」などと呼ばれて来ました。確かに新しく政党を立ち上げては解散するということを繰り返して来たのは事実です。しかし、それは私が政界をかき回すことが好きだったからでもなければ、自分自身の権力欲のためでもない、自民党の一党独裁体制を崩し、民意を反映出来る健全な多党制に移行したいという一念から行動して来た結果です。「小沢は政局の人ではあっても政策の人ではない」、――ことあるごとに私に向けられて来た批判の言葉です。小沢一郎が政策立案能力において劣っていることは本人が一番よく承知しておる。けれども私は決して政局をもてあそんで来た訳ではない。私にとって重要なのは、個々の政策論争よりも、正しく民意を反映した政策論争を戦わせることの出来る政治の基盤づくりだったのです。ところがこれに関しては、私自身の見通しも甘かった。民主党による政権交代は、そのまま健全な二大政党制にはつながらなかった。そのことはこの3年間の民主党の迷走ぶりで誰の目にも明らかになりました。本当なら私は、民主党と自民党による二大政党制の行方を見届けながら、無役のまま政界を引退するつもりでした。そしてもしも可能であるなら、これまで迷惑をかけどおしだった妻とも和解し、家庭人としてももう一度やり直したかった。が、政局ここに至っては、それも叶わぬ夢となってしまった。戦後六十有余年を経てやっと実現した二大政党制を、絵に描いた餅のままで終わらせる訳にはどうしてもいかない。

 国民の皆さんにお願いします、どうか新党を小沢一郎の党だと思わないでください。今回、増税法案に反対し、将来の保証もない新党に馳せ参じてくれたのは、ほんとうの憂国の士と呼べる議員の方々だ。いや、おそらく民主党のなかにも自民党のなかにも、政策的に我が党に近い考えをお持ちの方はたくさんいる筈です。この党を、そういう議員の方たちの受け皿にしたい。そのために小沢一郎という名が邪魔であるならば、私はいつでも第一線を退く準備がある。当面、最長老の私が党代表を勤めることになりますが、選挙後はまた一兵卒に戻る覚悟であることを皆さんにお伝えしておきます。昨年の東日本大震災とそれに続く原発事故は、我が国にたいへんな試練を与えました。しかし、これを経ることによって、これからの社会が向かう方向について、ほんとうに意味のある政治的な対立軸が見えて来たのも事実です。このチャンスをいま逃してしまったら、そして3党合意のまま実質的な官僚支配がこの先も続くなら、もう我が国に希望の持てる未来は無い。いま連日のように官邸の周囲を原発再稼働反対の人たちのデモが取り囲んでいます。誰が組織したものでもない、インターネットや口コミの呼び掛けで集まったふつうの人たちです。この季節にちなんで、あじさい革命なんて呼ばれているらしい。政治は彼らの声を置き去りにしてはなりません。私たちの党は、お金も無いし、後ろ楯となる組織も無い、次の選挙で何人が議員として残れるかさえ分からない弱小政党です。が、ここで政治家が動かなければ、市民発のあじさい革命も梅雨明けとともに自然消滅してしまうだろう。そうさせないためにも、どうかいまだけは皆さんの心のなかの「小沢一郎嫌い」をいっとき封印していただけまいか、これが本日皆さんにお伝えしたかった私の心からのメッセージなのであります。』(笑)

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コメント

おそらく小沢氏には政治理念とかビジョンとか思想性みたいのは無いでしょう。
橋下氏と似てるかもしれない。

小沢氏は、意思決定メカニズムをシステマティックにしたい、ではないでしょうか。
何かを議論し決める道筋を時計の歯車のように固めたい、を望んでるように感じました。

合議制の名の元の談合を排除、明文化したルールにのっとってモノゴトを決定したい、そんな感じです。
いわば、政策決定のインフラ基盤システム屋 をしたいのでしょうかね。

橋下氏はどうでしょうかねえ。
若い分、理念ぽさへの憧れもあるかもしれません。

一六戦争とかもなんとなくですが感じ取れました。
併せて、スコアリング方式での判決を提唱したArrow氏が小沢を無視しないのもなんとなく。

小沢に意思決定メカニズム構築を任せて自分はビジョン実現に邁進する政治家、なんて居ないわなあ。
今の時代において必要な人ではあるけどメカニズム構築だけでは足りないでしょう。それを前提にどこを目指すかのビジョンも必要。つうかそれが先。
小沢氏の指向ベクトルは手段であって目的ではない。

その手段すらグダグダな現状は最悪なのかもしれません。

投稿: ロシナンテ | 2012年7月12日 (木) 01時43分

ロシナンテさん、こんにちは。

小沢さんがシステマティックな思考に従って行動しているとはとても思えないのですが、結果的に官僚制度への大きなアンチテーゼとなっている点は面白いですね。誰かシステマティックな考え方の出来る優秀なブレーンはいないのでしょうか。

霞が関から蛇蝎のごとく嫌われている、その一点だけでも存在意義があると私なんか思います。もしも今回の造反劇が無く、あっさり3党合意のまま法案が通ってしまったら、マスコミだってネタ切れで困ったんじゃないですかね。

投稿: Like_an_Arrow | 2012年7月13日 (金) 00時06分

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