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2012年5月13日 (日)

政界再編を気を長くして待つ

 民主党の小沢元代表が無罪判決を受けて、これからの政界再編に向けた台風の目になるのかと思ったら、なんと控訴されて再び刑事被告人の立場に逆戻りしてしまいました。誰もが意外なことに思った筈です。もともと今回の事件は、検察が起訴を断念したものを、検察審査会の判断で強制的に起訴させたものです。検察審査会というのは、国民のなかから抽選で審査員を選び出し、起訴権を持つ検察を市民の目で監視するために作られた制度だそうです。要するに裁判員制度と同じで、素人判断を司法の場に持ち込むための制度です。その検察審議会が、小沢氏に対して「起訴相当」という判断を下した。ところが検察自身は起訴を諦めているのだから、起訴する主体が存在しない。裁判所から任命された指定弁護士が検察官の役を務めて、形式的な裁判が行なわれた訳です。茶番劇のようなものだという気がしますが、そういう決まりなのだから仕方がない。ふだんは被告人の無罪獲得や減刑のために奮闘している弁護士が、心ならずも検察官の立場に立たされるなんてお気の毒なことだ、そう思っていたので、今回の事件は無罪判決で一件落着するものと思っていました。まさか国選弁護人、じゃなかった、国選検察代理人が控訴するなんて想像もしなかった。

 もちろん検察の立場として事件に関わった結果、被告人が有罪であることを深く確信するようになったのかも知れませんし、弁護士という職業柄、控訴などすべきではなかったとは言いません。しかし、私がおかしいと思ったのは、会見した担当弁護士が政治への影響については考慮しないように努めたとコメントしたことです。現在の政局は、消費税の増税をめぐって緊迫した状況にあります。小沢一郎という政治家に対する好き嫌いはあっても、この人がいまの政局において重要な立役者であることは間違いありません。ここで控訴を選択するということは、まさに国政に対する非常に大きな影響力を行使することに他ならない。もしも今回の担当弁護士が、司法に政治的な思惑を絡ませるべきではないという言い訳を用意しているなら、それこそ世間知らずの法曹人の非常識だと言わざるを得ない。いや、そんな言い方をする私の方が世間知らずかも知れませんね。当然、そこには政治的なウラがあると読むべきなのかも知れない(今回控訴に踏み切った3人の弁護士の政治的な素性はどういうものなのでしょう?)。いずれにしても、国民の信託を受けた訳でもない一介の司法官が、国政にこのような大きな影響力を持つこと自体に違和感があります。もしも検察審査会という制度があるなら、今回の控訴が妥当なものであったかどうか、それをこそ審査させるべきではないだろうか。

 そう、こんな感想を書いている私は、小沢氏の政界完全復帰を待ち望んでいたのですね。小沢一郎という政治家を私はあまり信用していませんし、過去に批判的な記事を書いたこともありました。しかし、政局ここに至っては、大義は小沢氏の側にあると思わざるを得ないのです。2年半前の選挙で私たちが民主党に政権を預けたのは、増税内閣を成立させるためではなかった筈です。消費増税は党として決めたことなので、党員はそれに従うべきだなどとうそぶく野田総理や岡田副総理のコトバを聞いていると、私はどうしても怒りをこめて言いたくなる、「この裏切り者め!」と。少なくとも自民党の総裁がコロコロ替わった時だって、私たちは政策面で大きく裏切られたと感じたことは無かったと思います(期待が裏切られたと思うことはあっても)。私は野田総理と同い年で、野田さんは私たちの世代が生んだ最初の総理大臣ということになるのですが、だからといって親近感などはみじんも感じません。むしろ平気で前言を翻せるその人間性が気持ち悪くて仕方がない。誰かがいまの民主党のなかには「良い民主党」と「悪い民主党」が同居していると言っていましたが、私もそんな気がしています。民主党はこの2年半で、有権者の期待を大きく裏切りました。しかし、それはマニフェストが間違っていたからではなく、それを完遂する能力や実行力に欠けていたからです。まだ1年半の任期があるのだから、矢折れ力尽きても最初の国民との約束にあくまで突き進むべきではないか。それを諦めるなら、その時点ですぐに解散すべきでした。

 政界再編のもうひとりの台風の目、橋下大阪市長も私の嫌いな政治家ですが、政策面では支持したい部分が多いと思っています。消費増税に断固反対していることは心強いし、原発再稼働にストップを訴えているのも頼もしい。政治手法が強引だという意見もありますが、それはこの人の性格や人間性によるもので、政策や政治的信条とは分けて考えるべきでしょう。近い将来、もしも維新の会が政権を取って、橋下さんが総裁になったらたいへんな独裁者が誕生するのではないか、そう心配する向きもあるようですが、これは杞憂に過ぎないだろうと思います。橋下さんは小泉元総理のような国民的人気を勝ち得ることは出来ないだろうと私は予想します。何故なら、橋下さんには小泉さんの持っていたような天性の明るさが無いから。基本的に陰湿な性格の人だから。そういう人は政界再編の立役者になることは出来ても、主役を務めることは難しいでしょう。たとえ総理大臣になっても、長続きはしないだろうと思います。もしも〈天の配剤〉ということがあるのなら、いまこういう人が出て来たことにはそうした隠された意味があったのかも知れない、そう考えたいほど私たちはいまの政治に絶望している訳です。

 今年か来年に行なわれる総選挙では、たぶん私は大嫌いなこのふたりの政治家に一票を投じることになるだろうと思います。それは次の政権への信認の一票ではなく、ふたりの「壊し屋」にひと暴れしてもらって、政界再編を促すための一票です。このままズルズルと行けば、自民党と民主党というふたつの〈死に体政党〉のもとで、日本はほんとうに沈没してしまう。前回の総選挙のテーマが「政権交代」であったとすれば、次回のテーマは「政界再編」です。それだけは間違いがない。昨年の大震災でも証明されたように、日本は政治がダメでも困難の時代を乗り越えられる。国民は本当に信頼出来る政府が誕生するまでに、まだまだ何年でも待つことが出来ます。次の安定期までには、まだまだ長い時間が必要になるだろう、そういう長い目でいまの政局を判断することが重要だというのが今回の私の結論です。

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