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2012年3月 4日 (日)

「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(3)

【3】 業者間取引は減価する電子クーポンで

 理論的な考察が続いたので、このへんで具体的な政府クーポンの導入方法について見て行きましょう。(この連載では、法的な強制力が無い独立通貨のことをクーポンと呼んでいます。) 実はこの点については、私はすでに以前の記事でアウトラインを描いています。今回はこれをもう少し整理しながら、現時点で最も現実的と思われるアイデアを示します。それは消費者には紙幣のかたちで政府クーポン券を配ったあと、業者間の取引には電子マネーを使うというやり方です。最終的には、国民ひとりひとりが電子マネーを持つことを目指すのですが、今回は導入のためのステップということも念頭に置きながら考えたいので、そのファーストステップという意味です。

 今日、市場には様々な種類のクーポンが溢れています。紙に印刷されたものだけでなく、インターネットのページをプリントアウトするものや携帯電話の画面に表示させて使うもの、店頭で秘密の合言葉を伝えるだけなんてものもある。また多くの小売店が採用しているポイントカードなども一種のクーポンと見なすことが出来ます。かたちは違っていても、値引きで客を集めて囲い込むという目的は同じです。ところで、もしもクーポンを通貨の一種と考えるなら、その裏にあるお金の流れはどうなっているのでしょう? クーポンには大きく分けて、小売店が発行するもの(ストアクーポン)と製造元が発行するもの(メーカークーポン)とがあります。またまれには〈エコポイント〉のような政府が発行するものもある。いずれの場合にも共通している原則は、値引き分の金額を負担するのはクーポン発行者であるという点です。ポイントカードを含むストアクーポンの場合、値引きはそのお店が負担するだけなので、クーポンがそれ以上〈流通〉するということはありません。メーカークーポンの場合は、店頭での割引金額を一時的に小売店が立て替えて、クーポン券と引き換えにあとでメーカーが精算するという流れになっている。つまりそこではクーポン券が一種の通貨の役目を果たしています。しかし、それを厳密な意味で通貨と呼ぶことは出来ません。小売店にはクーポンを拒否する選択肢も無い代わりに、クーポンを扱うことで損も得もしない仕組みになっている、単にメーカー値引きの代行をしているに過ぎないからです。そこには業者間で利得を分かち合うという、商取引において当たり前の仕組みが欠けています。

 これは従属通貨方式でも独立通貨方式でも同じなのですが、一般に地域通貨というものが業者間取引にまで広まって行かない理由は、この〈利得を分かち合う〉仕組みが、通貨そのものに組み込まれていないからではないかと私は考えています。先に紹介したソル・ヴィオレットのことを思い出してください。ソル紙幣を仕入先への支払いに使えるなら、小売店としては大助かりです。しかし、この場合、5%の損失はそっくりそのまま仕入先に移ってしまいます。地域通貨やクーポン券というのは、簡単に言えば値引きを餌に消費者に購買を促すためのものです。本来なら、そこで発生する損(マイナスの利得)は、小売店・流通業者・メーカーが共同で引き受けるべきものでしょう。客寄せのためのバーゲン品として、ある商品が採算度外視の安売りをされている。小売店が独自の判断でそれをしているのだとしたら、メーカーにとっては迷惑なことです。自社のブランド価値が損なわれてしまいますからね。逆に小売店がメーカーや流通業者とタイアップをして、それぞれが値引きで発生する損を分担するような仕組みがあれば、もっと戦略的な値引きやキャンペーンのようなものが仕掛けられる可能性がある。ただ、それを実行することは不可能ではないとしても、非常に手間とコストのかかることです。仮に合同の営業戦略会議のようなものを開催したとしても、対象とする商品の選定や各業者の負担率といったことで、侃々諤々の議論になってしまうに違いない。スピードが命である今日の小売業において、それではライバルに勝てません。ところが、各業者の意見を調整しなくても、それぞれが自らの思惑で勝手に利得を追求するだけで、自然にバランスのとれた協力体制が出来上がってしまう、そんなうまい方法があるのです。それがすなわち「減価するクーポン」というアイデアです。

 日本円との交換が出来ないクーポン券は、最初から発行者がひとりで値引き額を全額負担することを前提に設計されている訳ですが、これを生産者から小売店までのサプライチェーン全体で負担する仕組みに変更出来ないものだろうか? 私が最初に考えたのは、回数券形式のクーポン券というものでした(記事はこちら)。例えば100円分のクーポン券が、ミシン目で切り取れる5枚のスリップから出来ていて、それぞれに20円という額面が付いている、そんなイメージのものです。小売店は顧客から額面100円のクーポン券を受け取り、端の1枚を切り取って、80円のクーポンとして一次卸業者に渡します(実際には受け取った側がスリップを1枚切り取って買い手に返すという手続きになります)。この時点で、小売店は100円の値引き額のうち20円を負担したことになります。同じ要領でクーポン券は、切り取られながらサプライチェーンを遡上して行く訳です。これには難点がいくつかあります。まず商品の種類によってサプライチェーンの長さは異なるので、5分割というように固定するのは無理があること。各業者が負担する値引き額は、売価に対して同じ比率であることが望ましく、固定された額面額では不公平が生じること。そして何よりも各業者の経理事務が煩雑になってしまい、効率面から受け入れられないだろうということです。ところが、これらの問題を一挙に解決する名案がある。つまりクーポンを電子化して、その電子マネーを時間の経過に沿って一定の比率で目減りさせるというやり方です。その電子マネーを業者間の取引に使えば、サプライチェーン全体での平準化されたクーポン負担が実現する。しかもそのための仕組みは、大した追加投資も無く実現出来ると思われるのです。具体的に説明します。

 この新しい公共クーポンを取り扱おうという業者は、口座を持っている銀行(メインバンク)にクーポン専用の口座を開設しなければなりません。これは通常の取引に使う当座預金や普通預金とは異なる新しいタイプの預金口座で、その仕組みは銀行が用意します。どこが新しいのかと言うと、この口座に預けるお金は日本円ではないのです。ちょうどいいタイミングなので、ここでこのクーポンの通貨単位を決めておきましょうか。エコロジーとエコノミーをかけて「エコ」でどうかな? すでにどこかの地域通貨にありそうですが、とりあえずこれで行きましょう。今後この記事のなかでは、「円」と「エコ」を使い分けることとします。エコ建ての口座と従来の円建ての口座との間では相互に送金は出来ません、エコ口座からは他のエコ口座に対してのみ送金が行なえます。エコ口座は、円口座に付随する〈第2口座〉の位置付けなので、口座番号も円口座と同じで、ただ口座区分だけが異なるものとなります。従って当該銀行に円口座を持っていない企業が、新しくエコ口座だけを開設することは出来ません。また当初はこの口座を開設出来るのは法人のみに限定しましょう(後日個人にも開放されます)。エコ口座に預けたお金には、毎日利子が付きます。但しマイナスの利子です。利子率もここで仮決めしておきましょう、1日当たりマイナス0.741%とします。これは1か月(30日間)複利で回してマイナス20%に相当する減価率です。つまりこの口座に100エコを預けると、1か月後には80エコに目減りしているのです。減価処理は、銀行業務が停止している深夜3時に一斉に行なわれます。

 銀行がこの仕組みを提供するためには、もちろんコンピュータシステムの修正が必要になるのですが、その規模は小さなものだと予想されます。すでに日本のすべて銀行は、コンピュータによる口座管理システムを導入しており、銀行オンラインと呼ばれる仕組みで相互に結ばれています。その資産をそのまま利用出来るからです。口座数と振込データの件数が増える分、ハードディスクの容量やサーバーの台数は若干増強が必要かも知れません。口座種別の追加や減価の仕組みを組み込むために、プログラムにも多少の追加が必要です。でも、例えば銀行の合併に伴うシステム統合などと比べたら、ごく軽微な修正で済むと思います。振込データをやり取りする仕組みも、日本では全国銀行協会というところが定めたいわゆる全銀協フォーマットが標準規格になっているので、そこにエコ口座間での振込データの区分を追加するだけで良い筈です。ついでに付記するなら、エコでの振込を行ないたい企業にとっても、システム改修は小規模なもので済みます。すでに円建ての振込データを作成するプログラムはある訳ですから、それをちょっと修正してエコ建ての振込データを作成するプログラムにすればいいだけです。振込先の口座番号を新たにマスタ登録する必要もありません、口座番号は円建ての口座と同じ番号を使うというルールがありますから、これをコピーするだけでいいのです。すべての銀行が新通貨対応を行なった場合、その費用をどこが負担するかという問題があります。公共クーポンを発行する国や自治体が補助金を出すことも考えられますが、最終的には口座の維持費や振込手数料などによって回収出来るものなので、各銀行に負担してもらうのがいいと思います。対応は法的に強制されるものではありません。しかし、他行と足並みを揃えてサービスを提供しなければ、顧客にメインバンクを他行に移されてしまうおそれがあるので、結局すべての銀行が一斉に対応することになるでしょう。

 この仕組みを使って、企業間でのエコ通貨の流通がどのように行なわれるのか、次にその点を説明します。まず消費者は毎月配られる紙のクーポン券を、任意のお店で使います。受け取った小売店は、自社の支払日までにクーポン券を銀行に持ち込んで、エコ口座に入金します。この時、銀行は〈入金日〉を〈持ち込み日〉とは別に指定出来るオプションを提供することが必要です。どういうことかと言うと、銀行に持ち込んだ日から減価が始まってしまうと、預け主は支払日までに減価損をかぶることになるので、支払日の当日に持ち込みたいと思うでしょう。そうすると、支払日の重なる月末に銀行の窓口がいま以上に混雑することになる。これを回避するためには、実際にクーポン券を持ち込んだ日と入金日を分ける必要があるのです。つまり、その間は銀行がクーポン券をそのまま(減価させずに)預かるという形になる訳です。当然、入金日は支払日当日に指定されることになるでしょう。ただ、そうするとクーポンを扱う小売店は、受け取ったエコをそのまま当月の支払いに使えることになる。せっかく減価する口座の仕組みを作って、業者間で平等にクーポンを負担させようとしているのに、これはうまくありません。そこで、最初に紙のクーポン券を預け入れる場合に限って、預け入れ時に20%を減価させるものとします。100エコを銀行に預けても、入金日には80エコしか入金されないということです。差額の20%は銀行が手数料として徴収する訳ではありません、単に減価するだけです。そこから先のエコの流れは、口座内での毎日の減価と、月に一度の口座間の振込だけになります。するとどの業者も(平均)1か月はエコを自社の口座で寝かせなければならず、(平均)20%の減価損をかぶることになる。

 業者ごとの支払日のバラツキについても考えておく必要がありますね。支払日というのは、企業が独自に決めているものですから、大半の企業が月末支払いのところを、自社だけは月初の支払いにすれば、減価損は1日分で済むことになります。日本円の場合、取引先への支払いはなるべく遅らせるのが定石ですが、エコではこれが逆転するのです。なるべく口座に寝かせないで、早く支払ってしまった方が得だからです。なかには支払いを月単位ではなく日単位にして、日払いにしようとする業者も現れるかも知れない。最終的には、取引をする企業の力関係で、強い業者が弱い業者に減価損を押し付けるということになってしまいそうです。これではまずい。この問題の解決策は簡単なことで、エコの振込日を全国一律で決めてしまえばいいのです。もともとエコは公共通貨なのですから、そのくらいの強制力は働かせてもいいでしょう。例えば銀行業務が立て込む月末・月初は避けて、毎月15日をエコの支払日ということにする。クーポンの入金日は、口座主が指定しなくても、自動的に次の15日になります。銀行は15日が来たら、まずは預かり分のクーポンを口座に入金し、次に各口座から送金するための振込データを作成し、それを銀行オンラインを通して送信した後、受信した振込データを各口座に入金するのです。こうすればすべての業者が公平に20%の減価損を引き受けることになる。持ち越すエコ残高が次月の支払金額とぴったり合えば、減価損は最小で済みます。そこは企業のクーポン戦略の巧拙が現れるところです。そして、エコを扱う各企業が、持ち越しのエコ残高を最小に保とうと努力すれば、サプライチェーン全体を通して、公平かつ最適なクーポン流通に近付くことになるだろうというのが今回の私の仮説なのです。

 これまでの民間のクーポンというのは、特定の企業の販売戦略に従って発行されるもので、サプライチェーン上の他の企業の利益や戦略を無視したものでした。場合によっては、他社にとって迷惑なものでしかない場合も多かったと思います。(小売店の販売計画を狂わせるメーカークーポンだとか、メーカーのブランドを傷つけるストアクーポンだとか。) そこにさらにグルーポンのようなクーポン専門業者が絡んで来ると、健全なサプライチェーンの機能そのものが阻害されてしまう可能性すらあります。政府発行の減価クーポンならば、これらの問題をすべてクリア出来る訳ではありませんが、少なくとも同じ商品を消費者に届ける業者同士が、お互いに利益を少しずつ削って(「三方一両損」の精神で?)、サプライチェーン全体としてクーポンを支える仕組みの基盤が整います。実を言えば、電子マネーであるエコが減価貨幣であることが、各業者がクーポン負担を分担することを保証している訳ではありません。仮に減価しない政府通貨であっても、例えば各業者が円建ての売価の1割を新通貨で受け付けるという暗黙のルールを採用すれば、公平なクーポン負担は実現します。エコを減価させる理由は、これを扱う事業者がエコでの支払いを優先するようにプレッシャーをかけることと、政府クーポンの仕組みそのものを持続可能なものにするというふたつの理由からです(後者については、また改めて説明します)。さて、ここまでの説明に付き合ってくださっている読者の方はほとんどいないと思いますが(苦笑)、まだ検討していなかった政府クーポンというものに関する本質的な疑問について、答えておく必要を感じます。すなわち、政府クーポンは現在のデフレをさらに昂進させるだけではないかという疑問です。

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