« 「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(3) | トップページ | 「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(5) »

2012年3月11日 (日)

「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(4)

【4】 政府クーポンは究極のデフレ対策

 そもそもクーポンというものは、価格競争をしている市場のプレイヤーが、ライバル企業を出し抜くために利用する営業ツールですから、これを汎用的な政府通貨として発行しようという発想自体に矛盾があります。仮に仕組みとしてそれが有効に機能したとしても、すべての企業がこれを競って採用すれば、結局その分だけ日本円の経済を縮小する(つまりGDPを押し下げる)ことにしかならないのではないか。もちろんクーポンには、取引価格を割り引くという機能と、消費を新たに喚起するというふたつの機能がありますから(前者を悪いクーポン、後者を良いクーポンと呼んだのでしたね)、政府クーポンが一概にGDPを悪化させる要因になるとばかりは言えません。しかし、現在のような長引くデフレ不況のもとでは、クーポンは新規の需要を掘り起こすよりも、既存の需要を食ってしまう可能性の方が強いような気がします。もしもそうだとすれば、政府クーポンというのは、デフレ経済をさらに悪化させるだけの愚かな政策ということになってしまう。今回は、まずこの問題から考えてみることにします。

 私たちは景気の良し悪しだとか、国内経済の見通しだとかいったことを、日本円の尺度でしか判断する習慣を持っていません。しかし、ここで考えてみなければならないのは、仮に日本円の経済の1割が新しい政府通貨によって食われてしまったとして、それで日本の経済は1割縮小したと言えるだろうかということです。貨幣というものは、それ自体の流通に価値があるものではありません。貨幣の流通にともなって、商品やサービスがそれを必要とする人の手に届けられること、そこにこそ実体経済が生み出す本当の価値がある訳です。インフレやデフレというのは、この本来の意味での実体経済に対して、法定通貨のレートが上がったり下がったりする現象に過ぎないとも言えます。例えば国がデノミネーションを行なって、現在の日本円を100分の1に切り下げたとしても、それでこの国のGDPが100分の1に縮小したとは言えないのと同様に、デフレ経済下でGDPが伸び悩んでいる(あるいは縮小している)というのも、実は錯覚に過ぎないかも知れないということです。確かに数字の上では、日本のGDP(名目GDP)は10年以上に亘って横ばいを続けているように見えます。が、その間も日本円の為替レートは上昇を続け、空前の円高を記録している訳です。GDPを計る物差し自体が伸び切っているのだから、見かけのGDPが縮んで見えるのも当然です。そう考えれば、バブル崩壊以降の「失われた20年」などという言い方だって、鵜呑みにせずに疑ってみた方がいいかも知れないのです。確かにデフレ経済には、社会にさまざまな歪みを引き起こすという一面があります(特に雇用問題などにおいて)。しかし、それだってデフレそのものが原因というよりも、新興国の経済発展と国内産業の空洞化ということが大本の原因としてある訳でしょう。デフレは原因ではなく、結果であると言った方が正確ではないかと思います。

 企業や店舗が発行するプライベートクーポンは、単に値引きをアピールするための広告の一種に過ぎませんから、それが取引の証跡として残されることはありません。企業によってはクーポンの受け取り実績を記録して分析しているところもあるかも知れませんが、通常は使い捨てられてしまうだけのものでしょう。ところが、政府クーポンは通貨として業者間を流通するものであり、また必ず銀行口座を通して受け渡しがされるものなので、たとえ値引きのツールだったとしても記録が残ります。するとどういうメリットがあるか? 政府クーポンによって日本円でカウントされるGDPが減少したとして、その規模がはっきり数字として残るのです。デフレをともなう不況のなかで、国内のあらゆる取引の現場で〈値引き〉への強い圧力がかかっています。下請け企業は顧客である大手企業からの要求に屈して、理不尽とも言える値下げを飲まねばならない。そうしなければ取引を止められてしまうからです。企業間の価格交渉は、それこそ密室の出来事ですから、そこでどれだけ国内の取引高が削られたかということは誰にも分かりません。マクロのGDP数値として事後的に現れて来るだけです。昨年と同じ商品を同じ量だけ売って、価格を10%引き下げたとすれば、GDPは端的に10%減少しますが、その実態が直接的には見えないのです。ところが、ここに政府クーポンというものが一枚噛んで来ると、事情が違って来る。デフレ経済のなかでの値引きへの圧力を、政府クーポンがある程度吸収することになるので、値引きによるGDPの削減幅は、政府クーポン(エコ)の流通量によって推し量れるようになると考えられます。さらに円とエコの取引総額を実質的なGDPと見なせば、デフレによって日本のGDPが目減りしてしまうという錯覚にも陥らずに済む、これが今回私が提示したいアイデアです。

 デフレスパイラルという言葉が表しているように、日本経済における価格下落の圧力は、放っておけば自然に均衡して止まるというものではないようです。その背景には、急速に経済発展を遂げつつある新興国の安い製品と安い人件費という構造的な問題が横たわっているからです。最近では中国国内でも人件費が高騰する傾向があるそうですが、中国の次にはベトナムやタイやインドといった国々が控えている訳ですから、先進国の国内経済におけるデフレ傾向は当分のあいだ熄む見通しがありません。こうした大きな構造的変化に対しては、中央銀行の金融緩和策だけで対抗しようとしても効果は限られています。そのことはここ20年間の日本を見れば明らかでしょう。もっと強力な政策が必要だったのです。今回取り上げている「政府クーポン」(国内限定通貨と言っても同じです)という政策は、国内のデフレ圧力に対するガス抜きとして有効なだけでなく、もっと積極的に国内産業の保護と育成という点でも効果を期待出来るものです。そのことは、このブログの以前の記事で何度も説明して来ましたが、簡単におさらいをしておきましょう。仮にあなたが小さな町工場の経営者だったと想像してみてください。大手メーカーに部品を納めるのがあなたの仕事です。客からは毎月のように値下げの要求が来るだけでなく、最近では海外への工場の移転を勧められるようになりました。現地の安い人件費に切り替えれば、価格をもっと下げられるし、利益だって確保出来るだろうというのです。しかし、それは要するに国内の工場と社員を見捨てろということです。あなたが廃業まで考えていたちょうどその時、国民に一律に配られる政府クーポンという制度が始まりました。これはあなたの会社にとって、起死回生のチャンスとなり得るだろうか?

 これまであなたの会社は、あなたが気付かぬうちに新興国の部品メーカーや、すでに海外移転を果たしたライバル企業との価格競争にさらされて来た訳です。客先からの値引き交渉でも防戦一方でした。でも、もしかしたらこの政府クーポンというもので巻き返しが図れるかも知れない。顔を合わせれば値引きを要求して来る取引先の購買担当者に、例えば支払いの2割を「エコ」で受け入れるとこちらから提案してみたらどうでしょう。これは海外のライバル企業には真似の出来ない交渉です。交渉相手のメーカーにしても、国内の消費者に対して政府クーポンでの支払いを部分的に認めなければ市場シェアを落としてしまいますから、手元にはそのままでは使えないエコが貯まっていると想像出来ます。もちろん企業は受け取ったエコを使わずに、口座のなかで減価するに任せておいても構いません。その場合は、政府クーポンは単なる値引きツールとして使われただけのことになります。が、それでは厳しい価格競争を勝ち抜くことは出来ないでしょう。少なくともエコを調達資金の一部に使えるなら、そうしたいと考える筈です。すると次に何が起こるか。これまでは仕入値を下げるために海外の調達先にばかり目を向けていた大手メーカーが、ふたたび国内に調達先を探し始めるのです。これは画期的なことではありませんか。そんなことは過去20年間に一度も無かったことですからね。しかもこれは製造業に限ったことではありません。海外からの安い輸入品に押され気味だった日本の農家や水産業者にとっても巻き返しのチャンスになるし、さらに言えば、私たち国内の労働者にとっても、新興国の労働者と価格競争で張り合える可能性が出て来るのです。

 あなたの会社が売掛金の2割をエコで受け取るためには、それなりの企業努力が必要になります。まず自身の調達先のなかにエコを受け付けてくれる会社を探さなければならない。しかし、特に工業製品のサプライチェーンでは、上流に行くほどそれは難しくなるでしょう。資源に乏しい我が国では、サプライチェーンの最上流まで行くと、天然資源の輸入業者に行き着いてしまう訳で、彼らがエコを受け入れられる余地は極めて小さいと考えられるからです。それでも例えば同じ鋼板を仕入れるのでも、これまでは安い中国製を使っていたのを、国内の製鉄所から買うことで、支払いの一部にエコを使えるようになるかも知れない。国内の素材業者の方でも、積極的にエコを受け付けることで国内販売が拡大するのであれば、そこは努力のしがいがあります。ところで、我が国の経済のなかで、最もエコ通貨に馴染みやすい領域は何かと言えば、それは人件費ではないかと思います。つまり私たちが受け取る給料や賃金のことです。天然資源には恵まれていないこの国も、勤勉で優秀な労働者には恵まれています。これこそが最大の純国産資源です。しかもこの資源は石油や鉱物資源のように枯渇するということがない。これからの日本の経済戦略には、これを最大限に有効活用するという思想が根幹になければならない筈です。ところが、現状はこの貴重な資源が二束三文に買い叩かれているのです。非正規雇用の拡大であるとか若者の就業率の低下といったことは、単なる社会問題というだけではなく、この貴重な資源のおそろしい浪費であると捉えるべきなのです。「よろしい、それでは我が社だけでも社員の給料を上げることにしよう」、社長であるあなたはそう決心をしました、「但し、賃上げ分はエコで支払うこととし、逆に日本円部分の給料は減額することとする。」

 例えばこれまで手取り給与が18万円だった社員が、15万円+5万エコという手取りになったとしたら、これは昇給でしょうか、それとも減給でしょうか? それは5万エコの政府通貨が、どれだけ購買力を持つかで決まります。それが日本円の5万円と同等に使えるなら何も問題はありません。しかし、それは現実的には難しい話でしょう。エコが使える店は増えて行くとしても、売り値の25%までエコを受け付ける店はそうは現れないでしょうから。給料の4分の1がエコになってしまうと、ふだんの買い物にも不便をしそうです。おそらく労働組合の力が強い大企業などでは、エコでの給与支払いということに対するハードルは高いかも知れません。しかし、多くの中小企業では、そんな贅沢は言っていられないと思います。会社を潰さないためにも、社員は自ら進んでエコを引き受ける覚悟を決めなければならない、きっとそういう場面が多く現れるでしょう。けれども、そのことを悲観的に捉える必要はないというのが私の考えです。というのも、現在の日本円万能の経済環境下では不利な立場にある人たち、搾取される立場の人たちがエコの主要な所有者になれば、そこには新しい〈エコの経済圏〉というものが形成される筈だからです。なにしろそこに所属するのは、社会の多数派を占める「99%の私たち」なのですから。経済的に豊かな先進国のなかでも、その豊かさから疎外されている国民が多数を占めているという現実がある以上、エコの経済圏という発想には現実味があると私は見ています。これまで日本円(または米ドル、またはユーロ)の経済圏でおいしい立場にいた人たちは、この新しい市場のことを「プアマンズマーケット」などと呼んで揶揄するかも知れません。しかし、プアマンズマーケット、大いに結構じゃないですか。そこには外国製の高級ブランド商品は置いていないかも知れませんが、生産者の顔の見える安全な食品や血の通った温かいサービスがある。

 読者のことを顧みずに、だいぶ早口でしゃべっていますね(笑)。まだここまで話を進めるための前提条件を説明していませんでした。政府クーポン(エコ)は、最初はクーポン券(紙幣)として個人に配られるのですが、国民がそれに慣れた頃合いを見計らってカード型の電子マネーに切り替わります。それと同時に個人が銀行にエコ口座を作れるようにもなります。企業が給与の一部として支給するエコは、そこに振り込まれる訳です。逆に言うと、国から個人に支給されるエコが紙幣であるあいだは、企業はエコを給与支給には使えないということです。この間はいわばエコ通貨の本格稼働に向けた助走期間であり、企業間でエコによる取引ルールを整備するための準備期間という位置付けになります。この時期には市場でのエコの流通量も、爆発的に拡大するといったことにはならないでしょう。個人用のエコが電子化されると同時に、企業に対してエコでの給与支払いが解禁される訳ですが、当然そこにもルールがあります。給与にどの程度の割合までエコを含めるかということは、労使双方の合意によって決められなければならない、これが基本です。その上で、例えば総支給額の10%までといった上限が法律で定められます。たぶん最初はそんなものでしょう。そして市場でのエコの流通の状況を見ながら、徐々にその限度額を上げて行くというのが良いと思います。要するに企業や個人のエコ口座のなかで、流通せずに滞留しているエコ残高の比率を一定範囲内に収めるという観点で、ルールを設定して行けばいいのです。電子マネーによる政府通貨というアイデアが優れているのは、通貨の流通状況をほぼリアルタイムに監視しながら、政策の微調整が行なえるという点にあります。――さて、次回はいよいよ私たちひとりひとりに配られるカード型電子マネーの仕組みについて説明します。

|

« 「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(3) | トップページ | 「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(5) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138790/54196375

この記事へのトラックバック一覧です: 「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(4):

« 「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(3) | トップページ | 「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(5) »