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2012年2月26日 (日)

「減価貨幣ベーシックインカム」の新構想(2)

【2】 政府発行のクーポン券という考え方

 政府が日本円とは交換出来ないタイプの新しい政府通貨を発行して、国民に給付金として配ったらどうなるかという仮定で思考実験をしています。民主主義の政治体制下において、この新通貨の使用を国民に強制することは出来ません。であるならば、それが市場の持つ自律的な法則に従って、自然に流通するようになるということはあり得るでしょうか? いくら政府発行の紙幣と言っても、日本円と交換出来ないようなお金では、商品やサービスの対価として受け取るにはリスクが大き過ぎます。そのお金を受け取ってくれるお店や業者が、他にもたくさん存在するなら問題ないのです。そこから仕入れをしたり生活物資を買ったりすることが出来ますから。でも、自分から率先して新通貨を受け取るリスクは取りたくない。みんながそう考えるので、結局新通貨はいつまで経っても流通し始めません。しかし、ではこの政府紙幣はまったく使われないまま終わってしまうのかと言えば、まだ多少の可能性は残っているのではないかと思います。使えるお店が無いので、誰もがこの政府紙幣を財布のなかで持て余している。そこで目端の利く商売人がこんなことを考えるのです、「政府通貨を日銀券のような通貨と考えるから扱いにくいので、一種のクーポン券として客寄せのために使ったらどうだろう」。例えば、あるフレンチレストランが、1万円のコース料理を日本円7000円+政府通貨3000単位で提供すると宣伝する。これはお得な気がしますね。少なくとも最初にそれを始めたお店はアピール度が高い。

 昨年でしたか、インターネット上のクーポンを使って取り寄せた商品が、見本とは似ても似つかぬ粗悪品だったというのでニュースになったことがありました。ここ2、3年でクーポン発行会社の業績が急成長しているところを見ると、これを利用したいというお店のニーズには根強いものがあるのでしょう。この不況下で、なんとしてでも客を呼びたいという店側の気持ちはよく分かります。しかし、外資系の民間企業であるクーポン発行会社に、高い手数料を支払うだけの価値を、その店は得ているのだろうか。常識的に考えても、クーポンに釣られてやって来た客が優良顧客(リピーター)になるとは考えにくい。バーゲンハンターならぬ「クーポンハンター」が集まって来るだけでしょう。値引きと手数料のダブルパンチで経営を苦しくしているお店も多いのではないでしょうか。クーポンで大幅なディスカウント(9割引きとか)をすることは、客質を落とすだけの愚かな営業戦略でしかないと思いますが、一方で適切な割引率のクーポンには潜在的な需要を掘り起こす可能性があるのも確かです。問題は、クーポンを利用した消費が、そのクーポンによって新たに作り出された需要に基づくものなのか、それとももともとあった需要に基づくものなのか、その判断がつかないということです。前者ならクーポンにはプラスのGDP効果があったことになるし、後者なら逆に(ディスカウント分だけ)マイナスのGDP効果を発揮してしまったことになる。例えば、繁華街で「生ビール1杯無料」というクーポンを配られて、それならちょっと居酒屋に寄って行こうかと考えて店に入ればGDP的にはプラス、もともとどこかの居酒屋に入るつもりだった人がそのクーポンを使っただけなら(生ビール1杯分の)マイナスになるということです。もっともクーポンを配っているお店の側から見れば、この両者の違いに意味はありません。

 マクロ経済的に見て、需要を新たに生み出すクーポンを「良いクーポン」、すでにある需要を割り引くだけのクーポンを「悪いクーポン」として区別してみましょう。もちろんこれは消費者の使い方の問題なので、クーポンそのものに良い・悪いの区分がある訳ではありません。それでもある条件のもとではクーポンが「良いクーポン」としての振る舞いをする傾向にあるということが分かれば、政府が(または自治体が)その条件を満たす公的なクーポン券を発行することで、景気浮揚を図るというアイデアもまんざら荒唐無稽ではなくなると思うのです。では、「良いクーポン」の条件とは何か? 例えば、クーポンを使える対象の商品を贅沢品に限るというアイデアはどうでしょう? クーポンを日常の必需品に使われたのでは、新しい需要の喚起にはなりにくい、つまり悪いクーポンで終わってしまう。ふだんは消費しないちょっと贅沢なもの(先ほどのフレンチレストランのような)に使ってもらえるならば、それは新たな需要の喚起である可能性が高く、良いクーポンとしての役目を果たすことになる。でも、それを制度化することは不可能です。政府がある種の商品やサービスに限定してクーポンを使わせるルールを作れば、それは特定の事業者を利することになり、制度の公平性という点から許されることではないからです。それにもともと政府通貨や政府クーポンというものは、国内の地産地消を促進するために導入されるものなのですから、輸入ブランド品や海外旅行などの贅沢消費に使われても困ります。(まあ、海外の有名ブランドを扱うお店や海外旅行専門の旅行代理店が、日本政府クーポン券を受け取るとは思えませんが…)

 いや、でも、ひょっとしたらそんな小細工など必要無いのかも知れません。最近はインターネットクーポン業者の跋扈によって、悪いクーポンばかりが目立っていますが、もともとクーポンというのは、自社の商品やサービスに自信があって、それを広く知ってもらいたいと考えている事業者にとっての道具だった筈です。自社の製品やサービスを一度体験してもらえば、必ずリピーターになってもらえる、そういう信念を持つ事業者が発行するクーポン券は良いクーポンである可能性が高い。良いクーポンというのは、消費者の潜在的なニーズとそれに応える質の高い商品・サービスをマッチングさせるためのものです。それは出会いの場を提供するものなので、利用される機会は1回だけでも構わない。むしろ毎回使えるようなものであってはまずいのです。インターネット上には、いつでもダウンロード出来るクーポンが氾濫していますが、このいつでもダウンロード出来るという点が悪いクーポンの特徴をよく表しています。お店がインターネットの人気サイトに手数料を払ってまで、クーポン券付きの紹介記事を載せてもらう理由は、そこが人の多く集まる場所だからです。自店のサイトを立ち上げて、そこにクーポン券を掲載しても、誰もダウンロードなどしてくれませんから。しかし、有名サイトにクーポンを載せるということは、継続的なディスカウントを前提に商売をするという縛りを自らに課すことでもある訳です。ライバル店もそれをやっているから、途中でやめる訳にはいかない。デフレ経済のなかでのチキンレースのようなものです。そしてそれを煽るクーポン業者だけが懐を肥やしている。とても健全なビジネスのありようとは思えません。

 こう考えると、政府がクーポンを発行する意義やメリットも、はっきりして来るのではないかと思います。それは優良な商品やサービスを提供しているけれども、知名度がいまひとつで苦戦している小規模な事業者を応援するという意味を持つのです。いや、これは私の期待をこめた予測に過ぎませんが、政府クーポンはそうした零細な事業者にも利用しやすい仕組みであることは確かです。最初からクーポンそのものの知名度は抜群だし、クーポン発行会社に委託するのと違って手数料もかかりませんしね。「政府クーポン券使えます」の看板を出せば、誰でもすぐに取り扱い業者になれる。クーポン券の配布にも、まったく手間賃がかかりません。国が国民全員にもれなく配ってくれるのですから。政府クーポンを使えるお店を検索出来るホームページも、公営のものを用意しましょう。お店の宣伝や口コミ情報などは不要です。最低限の情報とリンク先のアドレスを載せておくだけでいい。もちろんそれだけで千客万来とはいきませんが、この公営サイトにはそれなりのアクセスがある筈です。なにせ国民の誰もがこのクーポンの使い道には困っている訳だから。さらにクーポン券そのものの〈稀少性〉という点でも、政府クーポンはインターネットクーポンとは一線を画します。例えば国民ひとりに、1か月当たり1万円分のクーポンが配布されたとしましょう。クーポンで客を呼びたい事業者は、その1万円の顧客内シェアをめぐって競争をする訳です。消費者も限られたクーポンをなるべく有効に使うために、商品やサービスを厳選するようになるでしょう。ここのところがダウンロードすれば何枚でも印刷出来る民間のクーポン券とは異なる点です。これは商品やサービスに自信がある事業者にとってチャンスになります。

 しかし、ほんとにそんなにうまく行くのだろうか? 政府クーポンは「良いクーポン」として市場で流通してくれるのだろうか? まだそのことが十分に証明されたとは言えません。日本円と交換出来ない政府通貨(それを今回の記事では政府クーポンと呼んでいます)に関しては、これまでにもこのブログで何度か記事にして来ました。市場原理に任せておけば、政府クーポンは自然に流通し始めるだろうというのが私の仮説で、議論の出発点でもありました。それはこういう理屈です。最初は政府クーポンを使えるお店が1軒も無かったとしても、どこかのお店がこれを扱い始めたら、競合店は追随せざるを得なくなるだろうということです。例えばどこかのスーパーマーケットが、政府クーポンで5%の割引をするという広告を出したとする。〈新しいお金〉を持て余している客は、一斉にその店に押しかけるでしょう。そうすると次に起こるのは、政府クーポンによる値引き合戦です。折り込みチラシには、商品の値段だけでなく、今日はどの商品でいくら分までクーポンを使えるといった情報が掲載されるようになる。消費者は、いままで以上にスーパーのチラシを真剣に眺めるようになるでしょう。しかし、これが果たして「良いクーポン」の使われ方と言えるだろうか? 実を言えば、その視点がこれまでの私の記事からは抜けていたのです。「発行元が政府だからといって、良いクーポンとして使用されるという保証は何も無いではないか」、そう指摘されれば返す言葉がありません。生活必需品を扱うスーパーマーケットを例として挙げたのが間違いだったというのは苦しい言い訳で、この不況下で消費者はまず生活必需品にこそクーポンを使いたいと考えるでしょう。政府クーポンは、居酒屋のクーポンにも劣る、悪いクーポンに成り下がってしまう可能性があるのです。

 この問題にいますぐ結論を出すのは控えたいと思います。というのも、私が構想している新しい公共通貨(発行元は国ではなく自治体であっても構いません)には、さらに「電子化」、「減価性の付与」、「業者間取引の仕組み」、「人件費への適用」、「企業会計と税制」といった多くのテーマが結び付けられねばならず、そのトータルのあり方のなかで評価して行く必要があるからです。今回の連載で、私はどんな小さな疑念でも放置したまま、議論を強引に進めることは避けたいと思っています。大事なのは自分のアイデアをアピールすることではなく、その実現性について中立な視点で検証することです。その結果、やっぱり箸にも棒にもかからないとなったら、いさぎよく撤回してまた別の方向性を考えればいい。今回の記事は、良いクーポンと悪いクーポンというコトバを中心に考えをめぐらしている訳ですが、これは地域通貨や政府通貨というテーマに特有の問題ではありません。それをもっと敷衍すれば、良い経済と悪い経済という問題に行き着く。つまり、社会に新しい価値を生み出し、私たちの生活をより良いものにしてくれる実体経済と、そこからかけ離れた場所で〈サヤ取り〉だけを目指している金融経済との対立という構図です。今朝(2月26日)の朝日新聞の朝刊一面には、コンピュータを使った「高頻度取引」の話題が取り上げられていました。実体経済の取引額の100倍を超す金融取引が毎日行なわれている現代は、まさに悪い経済によって良い経済が乗っ取られてしまった時代だと言えます。もう一度、生活者のための経済を取り戻すことは、「99%の私たち」にとって緊急の課題です。私のこの論考も、その一環としてのささやかな試みに過ぎません。

 おっと、議論のゆくえがあやしくなると、話題が急に抽象的になる。悪い癖ですね。今回キーワードとして挙げた「良いクーポンと悪いクーポン」という概念は、意外に重要な問題を含んでいるように感じますので、この先も考察の手がかりにして行きたいと思います。本連載のテーマは、減価する貨幣によるベーシックインカムだった筈なのに、脇道に逸れていると思われるでしょうか。この点について言い訳と今後の見通しを述べて、今回の記事を締めくくりましょう。前回の記事で私は、日本円と兌換性を持つ地域通貨(従属通貨)は、通貨というより、せいぜい金券か商品券のようなものでしかないと書きました。一方で、日本円と兌換性を持たない地域通貨(独立通貨)の方は、金券や商品券と呼ぶことすら出来ない、せいぜいがクーポン券程度のものに過ぎないとも言えます。少なくとも、政府が政府通貨を強制的に市場で流通させる法律でも作らない限り、政府通貨(すなわち国内限定の公的な地域通貨)は多少なりともクーポン券のようなものとして流通せざるを得ない。政府通貨をベーシックインカムの原資として利用しようというアイデアは、必然的にクーポンのようなものに矮小化されざるを得ないというのが私の見通しなのです。しかし、そこにはメリットもあるような気がします。日本政府が新たに政府通貨を発行すると宣言すれば、内外に大きな波紋を広げずにはいないでしょう。しかし、最初から政府クーポンを発行するという言い方をすれば、それは通貨発行特権(シニョリッジ)の発動にも当たらないので、国内的にも国際的にも受け入れられやすいのではないかと思う訳です。地方が発行することを考えても、自治体通貨ではちょっとキナ臭いけれども、自治体クーポンなら国政の目をごまかせる可能性がある(笑)。ということで、公的クーポンの可能性についてもう少し探求を続けます。

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