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2011年12月18日 (日)

「派遣法を問え」に賛成!

 先日、テレビのニュースを見ていたら、タイにある日系企業の工場から、現地人の管理者や熟練工を呼び寄せて、日本国内の工場で生産を行なう企業が増えているということが伝えられていました。長引く洪水の影響で、タイにある工場が再開の目途が立たないからです。異国に来て、工場のラインに配属された彼女たちの顔には(どういう訳か女性が多いように見えました)、慣れた仕事に対する自信の表情が窺えました。このニュースを見て、複雑な思いを持った人は多かった筈です。自然災害を乗り越えようとする企業の挑戦のドラマとして見るなら、これはひとつの「いいニュース」と見えないこともない。しかし、日本国内で製造を再開するのに、何故わざわざタイの工場から人を呼び寄せなければならないのか? 日本で何の技能も持たない派遣労働者を雇うよりも、すでに製造の技術を身に付けたタイ人労働者を使った方が効率がいいというのが企業の判断なのでしょう。このニュースを国内の製造現場で働く派遣社員の人たちはどういう気持ちで見たことだろう。なるほど国内産業の空洞化というのはこういうことだったのかと、その実態を目の当たりにしたような気がしたのです。

 いま国内の雇用問題が危機的な状況にあるということは、誰もが共有している認識だと思います。その根っこには、急速に工業化が進んでいる新興国と我が国とのあいだの激烈とも言える〈通貨格差〉の問題がある。日本円に換算して時給100円以下で働く外国の労働者に、私たちは太刀打ち出来る筈がないのですから。これまで私はそういう考えをこのブログのなかで書いて来ましたが、そこにはもうひとつ見落としていた重要な視点があるのではないかいう気がして来ました。それはここ10年くらいのあいだに、日本の企業のなかで働く人たちの仕事に対するモチベーションが急速に低下して来ているのではないかということです。これは派遣法が改正され、企業のなかで派遣社員が急増した流れと軌を一にしています。実態の無い人材派遣業という業種の企業に所属して、自分とは無関係な他所の企業の作業現場に送り込まれる派遣社員が、仕事に対するモチベーションを持ちにくいことは誰にでも想像出来ます。一方、派遣社員を指導したり教育したりする立場の正社員の方だって、部下や後輩を育てることで自分も成長するという企業人としての正規ルートを奪われている訳で、これもモチベーション低下の大きな要因になっている。特に2004年に小泉政権下で製造業への派遣が解禁されたことの影響は大きかったのだろうと思います。「現場」の強さが日本の製造業の強さの源泉だった訳ですから、そこで働く人たちの意欲を喪失させるような政策が、国内産業の衰退に結びついたことは容易に想像出来ます。なかには断固として派遣労働者の採用を拒否した気骨ある経営者もいたのかも知れませんが、ほとんどの大手製造業は安く使い捨てが出来る労働力というものの誘惑に負けてしまった。

 というような見解は、すでに多くの人が語っていることで、ことさらいま記事にするような事柄ではないのかも知れません。実は今回の記事は、最近インターネット上で読んだエッセイにとても心を動かされるものがあったので、それを紹介したい気持ちで書いているんです。たまたまTPPと農業の問題について調べていて、山崎マキコさんというライターの方の『時事音痴』と題された連載を知ったのです。読んでみるとこれが面白くて、いっぺんにファンになってしまった。特に強く心を打たれ、私に労働者派遣の問題について書かなければならない気持ちにさせたのは、そのなかの『派遣法を問え』という一文でした。私のこんな記事を読むより、いますぐそちらのリンクに飛んでもらいたいのですが、労働者派遣が持つ最も根本的な問題が、自らの体験を通してストレートに問題提起されています。日本の貧困問題をテーマに取り上げて来た山崎さんは、自ら求職者として労働の現場を見てみようとします。「するとどうなったか。行く先々で待ち構えていたのが、『人材派遣会社』だったのである。」 日本年金機構(旧社会保険庁)に派遣されて、キーパンチャーとして働きますが、「初日から現場に放り出されたような格好で、研修らしきものは小一時間ぐらいしかなかった。派遣の仕事というのは『専門性の高い仕事』に限られるとどこかで耳にしたように思うが、これのどこが専門性が高いのか、問いたい。」 時給は交通費を差し引けば東京都の最低賃金にも抵触しようかという額で、しかもベテランの派遣社員でもその金額は変わらないのだそうです。「しかし現実問題としていま職探しをしていると、必ずぶち当たるのが派遣会社なのである。いまや一大産業といってもいい。直接雇用なんてのは、風俗があったぐらいのものだ。どうしてなんだ。どうして人の労働から中間マージンを差っぴくだけの企業が、これだけ林立できるんだ!」

 なるほど、正規社員と非正規社員のあいだの格差の問題といったことでは片付けられない、もっと生臭い現実的な問題があったんですね。それは戦前の『蟹工船』の時代にあった「周旋屋」にも似た中間搾取業者が法的に認可され、いまや一大産業となっていることです。ここにも先に取り上げた農業の流通問題に似た構造的な問題が横たわっている。それは自らはほとんど何も付加価値を生んでいない企業や組織が、立場の弱い個人の生産者や労働者が汗水垂らして生み出した価値を平気で横取りしているという問題です。日本の産業や経済が衰退して来た最大の要因は、実はここにあるのではないか。おそらく派遣業者のなかにも、福利厚生や研修制度などを充実させるといった良心的な取り組みをしているところは少なくないのでしょう。しかし、人材派遣業が本質的には現代の「周旋屋」であることに変わりはないのです。山崎さんの文章から、結論部分を引用します。私はこの彼女の意見に100パーセント賛成します。「確かに仕事がなければ企業は人を雇えない。しかし、その中間マージンを差っぴく企業の林立、これがわたしには許せない。直接雇用の道を取り戻して欲しい。いまの国会で、派遣法を審議しようとしているらしい。しかし改正とはいえ、事実上の派遣是認であるようにも思える。だからわたしは願う。派遣自体を容認するな、と。」

 労働者派遣という制度を容認する人たちは、かつてのような終身雇用の制度に戻れば、この国の企業は国際競争のなかで生き残っていけないだろうと言います。またもう少しうがった見方になると、長期間あるいは長時間に亘って仕事に縛られない働き方は、むしろ現代の労働者のニーズに合っているなどという人もいる。仮にそれが正しかったとしましょう。でも、そのことは労働者派遣業の存在を正当化する理由にはまったくなりません。企業の直接雇用のもとでも、臨時社員や契約社員として雇うという選択肢はあるからです。事実コンビニのアルバイトだって、店長の面接を経て採用される訳だし、自分で採用したアルバイトに対しては丁寧に仕事を教えようという気にもなるものでしょう。ところが派遣社員というのは原則面接禁止で、派遣業者から一方的に送り込まれて来るものなのです(もちろん一定の条件は採用企業が出す訳ですが)。それが労働の現場に悪影響を与えない訳がない。端的に言って、派遣業がこれだけ隆盛を極めている背景には、企業が〈直接雇用〉の努力を放棄しているという事実があるのだと思う。「人を雇う力」を失った企業は、「人を育てる力」も同時に失って行きます。最近のニュースによれば、民主党の提出した派遣法改正案は野党や財界からの反対で骨抜きにされてしまったのだそうです。が、そもそも制度としての派遣というものに対して、政府だけでなく企業の側もノーと言うところからしか、国内産業の復活は無いと思うのです。

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