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2011年11月20日 (日)

「Buy Domestic」を消費者の行動規範に

 結局、野田首相はTPP交渉への参加を正式に表明してしまいました。ご本人は「最後は自分の判断で決断した」とご満悦の様子ですが、「誰があんたなんかの判断にこの国を任せた?」というのが、まずおおかたの国民の偽らざる感想ではないかと思います。そもそも国民の審判を一度も受けたことのない横すべり首相に、そんな独断を許すこと自体、ルールのあり方として間違っています。もしもこの国の首相にそれだけの強い権限があるのだとすれば、首相辞任の際には必ず解散総選挙をすべきなのではないか。しかも、野田さんの問題はそれだけではありません。この人の優柔不断なもの言いは、さっそく米国とのあいだで「言った、言わない」の意見対立を生じさせている。これは危うい。鳩山さんや菅さんの時にも同じような危うさを感じましたが、どうも民主党の党首の人たちには、国を代表して外交の場に臨むということに対する基本的な心構えや鍛練が出来ていないように見受けられます。(企業人なら、そんなことは入社1年目に叩き込まれることだと思いますが。) こういう人は、ほんのリップサービスのつもりでとんでもないことを口に出し、周りはその尻拭いに翻弄させられるということを繰り返すものです。野田さんが何故TPPにそんなに強い思い入れを持っているのか分かりませんが、世界の選りすぐりのタフ・ネゴシエーターたちが集まる交渉の場に、こんな人を送り出すのは非常に危険なことである、私たちはそういう認識を持った方がいいと思う。 

 TPPを利用して、あるいは外圧を利用してこの国の産業構造を変革するという考え方に、私は真っ向から反対する意見を持っています。変革が必要だとしても、それは外圧によるものではなく、内発的なものでなければ本質は何も変わらないと思うからです。もちろんTPPのようなものに対する危機感が、産業界に内発的な改革への動機を与えるということはあるかも知れない。しかし、それを期待してTPPに参加するというのは本末転倒でしょう。このことは前回も書きましたね。私が今回もう一度このテーマを取り上げたいのは、もしも政治的な方針として今後もグローバリズムの流れが加速されるのであれば(本当はその流れを変えるために政権を交代させた筈だと思うのですが…)、これに歯止めをかけるのは私たちひとりひとりの自覚ある消費行動に頼るしかないということを言いたかったからです。TPPを中心になって推し進めているオバマ政権だって、2、3年前には自国民に向かって「Buy American!」なんて言っていた訳じゃないですか。ところが日本ではどうだろう。TPPに加盟するまでもなく、国内産業を外国資本や輸入製品によって蹂躙されるままに放置して来たのは、私たち国内の消費者だったのではなかったろうか? ここ20年くらいのあいだ、日本はデフレスパイラルから抜け出せずにいます。その原因を金融政策の失敗のせいだという学者もいるし、新興国の急速な経済成長のせいだという評論家もいる。確かにそれもあるのでしょうが、もっと根本的な理由は、私たち日本の消費者が値段が安いという理由だけで国産品よりも輸入品を好んで購買していたからです。地元の商店街がさびれて行くのは寂しいと言いながら、一方で郊外の大型ショッピングセンターに毎週通っていたのは誰だったか?

 市民運動として、例えば脱原発を訴える人たちは多いのに、何故「Buy Japanese!」を叫ぶ声は大きくならないのだろう? これだけ国内消費が低迷していて、デフレの原因だって分かっているのに、それを政府や日銀の無策のせいにばかりするのは、成熟した市民の態度とは言えないような気がするのです。と、こんなことを書くと、それじゃあお前は外国製品を排斥するのか、いまさら保護主義に戻れと言うのか、というお叱りの声が聞こえて来そうです。いや、私も高い関税を復活して、政策的に貿易を制限すべきだと言い張るつもりはありません。そんなことは世界情勢から見ても許される筈がない。しかし、個々の市民の行動規範というか、賢い消費者のふるまいとしては、国産品の購買を優先するという考え方は十分受け入れられると思うのです。むしろこれからの持続可能な社会のためには、それを新しい常識にすることが必要だとさえ私は考えています。ちょうど節電やゴミの分別やマイバッグの持参といったことが、現代人の行動規範として認知されているようにです。国内製品を優先して買うことが、何故持続可能な社会を実現することにつながるのか、その理由はいくつか挙げられます。例えば輸出入が減ることで、生産物の輸送にかかるコストが低減されます(ここでコストというのは、経済的なものだけでなく、環境負荷などの見えないコストも含めて考えています)。また生産されてから消費されるまでの時間が短くなることで、品質保持にかかるコストも低減されます(例えば水産物を冷凍保存したり、農産物にポストハーベスト農薬を使う必要が少なくなるでしょう)。さらに生産地を集積させずに世界各地に分散させておくことは、ある地域が大きな災害を受けた時に世界経済が受ける打撃をやわらげるという意味を持ちます(現在タイを襲っている大洪水のようなものは、今後さらに増えるに違いありませんから)。

 しかし、何と言っても「Buy Domestic」運動の最大の意義は、これが全世界的に問題になっている経済格差の拡大に歯止めをかけられる可能性を持つということでしょう。私たちが新興国から輸入された安い製品を買う時、誰が豊かになり、誰が貧しくなっているのかを考えてみれば分かります。ユニクロとダイソーとニトリですべての生活用品を買い揃え、休日はマクドナルドで外食しているような家庭が、はたして豊かな生活を送っていると言えるだろうか?(我が家のことですが。笑)。これらはここ10年間で最も成長した企業です。おそらく円高効果もあって、いま最高の利益を上げていることでしょう。日本にも豊かになった人はいる訳です。それでは生産地である中国や東南アジアの国々ではどうでしょう。確かに輸出産業が牽引して、これらの国は急速な経済成長を遂げている。が、農村から工場に出稼ぎに来ている労働者が、豊かな生活を送っているとは決していえない。はっきり言って、彼らも搾取されている訳です。誰に? 国際資本に。いま中国では新興の富裕層が誕生していますが、これは早いうちからうまく国際資本と結託することが出来た人たちでしょう。決して中国版のスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツが生まれている訳ではない。何も新しい価値を生み出している訳ではありません。要するにバブルです。昔、鄧小平氏が市場解放政策に転じた時、「先富論」というのを唱えました。裕福になれる者から先に裕福になれというのです。これが中国の驚異的な経済発展につながったのは確かですが、結局裕福になれなかった大部分の国民は、単に貧しいだけでなく、奴隷のような生活に落ち込んでしまっただけでした。

 いまニューヨークを中心にして広がっている「99%の我々」運動というのは、1%の金持ちが99%の貧乏人を搾取する現在の社会構造に対する抗議である訳です。デモに参加している若者は、金持ちに重税を課すことを政府に求めているのかも知れませんが、これは一国の税制を見直すだけで是正出来るような問題でもないと思います。税というのは経済活動の結果に対して課せられるもので、一部の富裕層にのみ富が集まるように構造化されている現在のグローバル資本主義を根本から変えるものではないからです。グローバリズムに対抗するには、むしろ徹底したローカリズムを私たちの行動規範にすることの方が有効ではないかというのが今回の私の主張です。「Buy Domestic」というのは、そのための標語のひとつということなのです。――「それじゃあ、お前は今日から外国製の商品を一切買わないんだな? ショッピングセンターではなく、地元の商店街で買い物をするんだな?」、そう問い詰められるとちょっとつらい(笑)。値段のことはともかく、衣類や日用品なんて、そもそも国内で生産された製品を探すことの方が難しいくらいですからね。あらためて身の周りを見回してみると、いかに自分の生活が輸入品(と思われる製品)で囲まれているかに愕然としない訳にはいきません。「Buy Domestic」以前に、「Produce Domestic」を復活させなければならない。そのためには私たちの自覚的な消費活動だけでは間に合いそうもありません。この問題を考え始めると、やはり有効な対策は、〈国内限定の第二通貨〉しかあり得ないのではないか、そう思ってしまうのですが…

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