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2011年8月28日 (日)

為替レートをターゲットにせよ!

 今回は連載を1回お休みして(もう息切れ?)、現在の超円高に対する処方箋について書きます。大震災で経済が大きく傷ついたにもかかわらず、今週日本円は米ドルに対して史上最高値の75円台をつけました。復興のために経済の回復を急いでいる日本にとっては、まさに弱り目に祟り目といった事態です。米国債の格下げやEU諸国の財政悪化などを背景に、ドルやユーロに比べて「相対的に」安全と見られている日本円に世界のマネーが逃避して来ているのです。変動相場制における為替レートは、もはや実体経済を映す鏡ではありません。「円買いドル売り」などというのは、まさにカネでカネを買う実体の無い取引であって、実際の貿易額などよりはるかに巨額のマネーが通信回線上を駆け巡っている。それが為替レートを変動させているのです。しかし、その結果は実体経済を直撃するのですから、金融取引になど縁のない私たちにとっても無関係な話ではありません。

 これに対して政府はすでに為替介入をしているようです。円を売ってドルを買い戻すことで、円高を抑えようというのです。つまり政府自らが為替トレーダーとなって市場に参加している訳です。馬鹿げたことだと思います。すでに日本は世界最大の外貨準備高を持っており、しかもそれで何十兆円もの含み損を抱えているのです。為替市場において、日本政府は常に最高のお客様でした。つまりカモです。私たちの税金をアービトレージャー(サヤ取り屋)に貢いでいるという構図ですね。むしろいま政府がなすべきことは、高くなり過ぎた日本円を量的に「薄める」ことによって、円高に歯止めをかけることだと思います。すなわち日本円を追加発行するということです。日本円の独歩高を説明するための一番簡単な理屈があります。モノが高騰するのは、そのモノの供給量が足りない時である。日本円が世界的に高くなっているのは、日本円が供給不足に陥っているからだ。だからもっと通貨供給量を増やしてやれば、円安方向に振れるというのです。私はこの理屈を支持します。で、今回の記事の主旨は、政府・日銀は一定の為替レートの目標値を決めて、それに向けて量的緩和を進めてはどうだろうというものです。「インフレターゲット」ならぬ「為替レートターゲット」という考え方です。

 日本経済は20年以上も続くデフレから抜け出せずにいます。日銀がインフレターゲットの導入を宣言して、ゼロ金利政策に踏み切ったのは1999年のことでした。その後、ITバブルによって一時的にゼロ金利は解除されますが、すぐにバブルが崩壊、次に日銀が踏み込んだのは、非伝統的金融政策と言われる量的緩和政策でした。2001年のことです。民間銀行が持つ国債を買い入れて、市場に大量の円を供給したのです(「カネ余り」だとか「ジャブジャブ」といった言い方はこの頃始まったのですね)。しかし、それでも日本経済が上向くことはありませんでした。金利が低く、資金が潤沢にある状況なのに、お金は実体経済への投資に向かわず、金融投資に向かったからです(これが米国のサブプライム問題を引き起こしたという説があります)。こういう経緯があって、インフレターゲット論はいまはもう流行りません。むしろゼロ金利によっても量的緩和によっても、デフレ経済を脱することは出来ないという、一種の諦めの気分がこの国の経済を覆っている。そこでターゲットを変えようという提案です。もともと日本のような大規模な経済圏において、デフレをインフレに転換させるのは容易なことではなかったのです。そこには様々な要因が複雑に影響し合っているでしょうし、巨大な慣性エネルギーを持つ国内経済の方向転換には時間もかかる。日銀が金利を下げたから、すぐにインフレに転じるといったものではないのです。ところが為替レートは違う(たぶん)。こちらは実体経済よりも、金融市場の思惑で瞬時に動く性質のものですから、政府の発表に対しても機敏に反応する筈です。仮に政府・日銀が、望ましい為替レートを1ドル=90円と設定して、その目標に向けて(ドルを買うのではなく)円を追加発行すると発表すれば、そのアナウンスメント効果だけでも円高には歯止めがかかるのではないでしょうか。

 通貨発行のやり方も簡単です。多くのリフレ派エコノミスト(デフレ脱却を最優先に考える人たち)が提案しているように、政府が発行する国債を日銀が直接買い取れるようにしてやればいいのです(法律の改正または国会での決議が必要です)。日本円を追加発行するために、お札を刷る必要も無ければ、国債の証券を発行する必要もありません。国債の引き受けと言っても、その実体は償還期限も無ければ利子も付かない借金です。単に政府の当座預金口座に何兆円かが振り込まれ、日銀のバランスシートの貸方残高に何兆円かが記帳される、それだけのことです。日銀の帳簿上に記されたこの金額は、日本国が続く限り永久に残ることになります、日本政府の愚かな財政運営の証として、あるいは日本国の輝かしい経済的繁栄の記念として。政府がこの降って湧いたお金をどう使うかという点についても、議論は不要です。政府は現在でも年間40兆円くらいの国債発行で財政予算を補填している訳で、この借金もその一部として組み込まれるだけのことだからです。それは子ども手当やベーシックインカムのようなものとして国民にバラ撒かれるのでもなく、被災地の特別復興資金として拠出されるのでもない、税収と同じように歳入として一般会計予算に算入されるだけです。よく日銀の国債直接引き受けは、財政規律を乱すものだという人がいますが、浅薄な意見だと思います。財政規律云々を言うなら、歳入の半分を新規国債発行に頼っている現在の国家財政そのものが、規律以前のレベルであることをまず認識すべきです。またシニョリッジの発動は、日本円の信認を損なうものだという人もいますが、これも事実の反面しか見ていない意見だと思います。現在の行き過ぎた円高は、日本円が過剰に信認され過ぎていることの表れであって、シニョリッジ政策によってそれを適正なレベルに落ち着かせるという見方も出来るからです。

 先ほど、日本円の適正な為替レート目標値(対米ドル)を90円と仮置きしましたが、これはインフレターゲットと同様、日銀が決定すべき数字でしょう。それは信認が揺らいでいる米ドルに対してだけでなく、各国の通貨(通貨バスケット)を基準に決定するのが良いと思います。またその数字は、国家の最高機密であって、決して公表してはならないものです。それを公表することは、サヤ取り屋を利するだけのことですから。日銀は、その時々の経済状況に合わせて適正な円レートを設定し、そこに向けて追加の量的緩和をするとアナウンスするだけでいい。また、適正な為替レートをターゲットにすると言っても、その過程でインフレが予想以上に進む可能性もありますから、インフレ率が一定基準を超えたら、目標の為替レートに達していなくても、量的緩和を停止するというルールも必要でしょう。これまでリフレ派は、実態のよく分からないデフレギャップだとか、効果があるのかどうかも判然としないインフレターゲットなんてものを掲げて、デフレからの脱却を主張して来ました。しかし、10年以上も論争を続けて、一般国民からの理解や支持が得られないということは、その議論にはやはり十分な説得力が無かったのだと思います。為替レートというのは、誰にでも分かりやすい、ごまかしの利かない指標です。そして現在の為替レートが、実体経済よりも金融市場の思惑で変動している以上、これを金融政策を通じてコントロールすることは、主権国家としての権利でありまた義務でもあると考えるのですが、いかがでしょうか?

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