« 持続可能な社会のためのエネルギー政策 | トップページ | ボツになったアフォリズム集(4) »

2011年7月10日 (日)

「Fukushima」は「福島」のままで

 言われてみて改めて事の重大さに気付くということがあります。今週の火曜日、朝日新聞朝刊の読者投書欄を読んでいたら、ジョン・ルヤットさんという弁護士の方のこんな投書が載っていました。以下、全文の引用です。

『福島の県名、変えるべきかも

 原発事故発生から25年たつ今も「チェルノブイリ」と聞くと、「怖い」「汚染された」という印象しか浮かばない。「Fukushima」も同じと言えないか。福島第一原発が「福島」の名を使っていたのは残念だ。現在、「Fukushima」は、チェルノブイリ以来史上最悪の「レベル7」の原子力事故しか連想させない。
 今から25年後、福島県全域が安全になっても、外国人観光客らは「今度福島のスキー場に行く!」と言い出しにくいのではないか。福島を愛する人たちにはそんな気持ちはわからないかもしれない。「福島」を「チェルノブイリ」に置き換えてみればわかるだろうか。
 そこで、県名を変えてはどうだろうか。「福島は安全」という観光パンフレットをいくら発行しても、一般の人にとって福島と聞いた時の第一印象は変わらない。しかし、県名を変えれば、印象は一変する。例えば「磐梯県」に変えれば、原発事故でなく、「美しい山々の景色」が浮かぶのではないか。福島県の安全性について宣伝するより、県名を変えることの方が効果的ではないかと思う。』

 原発事故については、いろいろな人の文章を読みましたが、こういう提案は初めて目にしました。なかなか日本人では思い付かない発想だと思います。日本には54基の原発があって、立地している16箇所の地名がその名に冠されています。その中で県名が使われているのは、福島と島根の2箇所だけです。確かにもしも福島第一原発が、立地する町名にちなんで「双葉原発」というような呼称であったなら、福島県が蒙った(また今後も蒙るであろう)風評被害の深刻さは、かなり緩和されたものになっていたかも知れません。でも、そんなこと、原発を建てる時には思い付きもしませんでしたよね。現在国内で稼働している13基の原発のなかには、「島根原発」の1基も含まれています。こちらはまだ間に合うかも知れない。島根県は福島の教訓を活かして、島根原発を例えば「鹿島原発」と改称することを検討してはどうでしょう。国内の原発の命名ルールとしては、むしろそちらの方がふつうなのですから。(松江市鹿島町の皆さん、ごめんなさい。)

 しかし、すでに世界にその名を轟かせてしまった「Fukushima」の方は、ルヤットさんもおっしゃるようにもう手遅れです。改めて事の重大さに気付いたというのはそのことです。ただ、だからと言って県の名前を「磐梯県」に改称するというのも、私には違和感があるのです。そういうのを日本語で何というんだっけ? そうだ「姑息」だ、それは姑息な手段ではないかと思う訳です。例えばチェルノブイリが、マイナスのイメージを払拭するために全く別の地名に改称したとしたら、世界中の人々はチェルノブイリ事故のことを忘れてくれるだろうか? そんなことはありませんよね、私たちはその新しい地名をしっかり頭に刻みつけるでしょうし、それはチェルノブイリのイメージをさらに悪化させるだけだと思います。福島が磐梯に変わっても同じこと。「気の毒な福島」のイメージが、「気の毒で姑息な磐梯」のイメージに変わるだけのことではないかと思う訳です。(磐梯町の皆さん、ごめんなさい。)

 朝日新聞がこういう投書を載せる時、そこには新聞社からの暗黙のメッセージがあります。つまり「反論募集」ということです。「こういう意見がありましたが、あなたは福島の県名を変えることに賛成ですか?」 これに対して日本人の読者から、「いや、福島の名前はこの先もずっと残すべきだ」という反論が返って来る。たぶんもう新聞社にはそういう主旨の投書がたくさん寄せられている筈です。そして数日後には、そのうちの一通が掲載されてこの話題はおしまいということになります。それが読者投書欄のお約束なのです。よろしい、福島県の改称問題には私もひとこと言いたい気がするので、新聞社の思惑に乗せられていることを承知の上で、自分でも投稿してみることにしましょう。で、ルヤットさんの投書が掲載された翌日に、以下のような文章をメールで新聞社に送ってみました。(実はこれまでにも何回か投稿したことはあったんですが、採用されたことはありません。笑) 

『福島に新たなブランド価値を

 先日の声欄にジョン・ルヤットさんという方の「福島の県名、変えるべきかも」という投書が載りました。事故後25年を経た今も「チェルノブイリ」という地名には、マイナスのイメージだけがつきまとっています。福島が同じ轍を踏まないためには、例えば県名を「磐梯県」に変えてみてはどうかという提案でした。
 福島に住む人たちだけでなく、多くの日本人読者が、この記事を読んで胸をつかれるような思いをしたのではないかと思います。明治の廃藩置県から百四十年、私たち日本人にとって47の都道府県の名は、そのひとつひとつが格別なふるさとの響きを持って心に刻まれているものです。そのどれかひとつが欠けても、祖国の一部が失われたような気がするのは私だけではないと思います。
 福島県は、むしろ世界的に有名になってしまった「Fukushima」の名を、新しいブランドイメージとして再構築していく方向を模索すべきではないでしょうか。地震、津波、原発事故の三重苦を乗り越えて、いかに美しいふるさとが再生したか、それは世界遺産にも匹敵するアピール度を持つはずです。その時ルヤットさんには、ぜひ新生フクシマの観光大使になっていただきたい気がします。』

 まだ本日(7月10日)までのところ、くだんの反論投書は掲載されていないようです(私の読み違えだったかな?)。ともあれ、ひとりの外国人の方からの親身で率直な、それゆえ少し残酷に感じられる提言は、私たち日本人に対して貴重な教訓を与えてくれたと思います。それは、今回の震災で日本を取り巻く状況は大きく変わってしまい、もう後戻り出来ないところまで来てしまった、そういう事実を直視しなければならないという教訓です。3月11日を境に、日本人の思想、というか歴史観が深いところで地殻変動を起こし始めているのを感じます。これまで原発反対派を目の敵にしていた保守派(右翼)の人たちの中に、原発に対する態度を見直す動きが出ているのだそうです。考えてみれば、これまでこの国の中で続いて来た保革対立の構図がおかしかった。何故「この国のかたち」を何より気にかけている筈の保守派が、原発建設や米軍基地維持に親和的なのか? これまで惰性で続いて来たこの奇妙なねじれの構図が、原発事故をきっかけに崩れようとしている。これは大きなチャンスだと思います。これからの国のあり方を党派性や先入観にとらわれずに考え直すためのチャンスという意味です。そして、復興なった福島が、この国の未来を先取りしていたことに世界中が気付く日が来れば、「フクシマ」の名前はヒロシマやナガサキと同様、特別な意味を持って人類の記憶のなかに残ることになるのでしょう。

|

« 持続可能な社会のためのエネルギー政策 | トップページ | ボツになったアフォリズム集(4) »

コメント

今朝(7月12日)の朝刊にお約束の記事が載りましたね。投稿者は福島市在住の62歳高校講師の方。内容は予想どおりのものでしたが…、そうか、ひとつ読み違えてました。投稿者は福島県民でなければならなかったんですね。考えてみれば当たり前のことでした。読みが甘かったです。(笑)

投稿: Like_an_Arrow | 2011年7月12日 (火) 22時56分

記事を拝読致しました。
名前を変えた核施設と言えば、イギリスの
ウィンズケール→セラフィールド→ソープ工場でしょうか。

再処理工場ですが、事故を起こす度に名前を変えていました。
パッケージを替えても、中身が従来通りでは、意味がない様な気がします。

投稿: とと | 2011年8月23日 (火) 00時28分

日本人ではなく外国人の方が提言すると言う事は、震災と事故が海外での注目が高い事も言えますね。
ただ戦争で原爆投下された広島や長崎で、「原爆の印象を消すために県名を変えよう」と言う運動が、終戦直後にあったと聞いた事がありません。大相撲で言う「ゲン直し」的な意味合いですが、県名変更をする場合は法律的な手続きが大変面倒になりますね。前例がないので。
実現はかなり難しいですが、「世相を変えるために元号を変えたらどうだろうか?」と言う意見も最近よく聞きます。昔は天変地異や政変の時にはよく改元をしていました。現代では根本的に法律を変えないとできません。
「改元によるコンピューターのシステム移行が大変面倒くさい」と言う反論も聞きます。
「不祥事を起こした芸能人が反省のために芸名を変えた」と言う前例も少ないですね。

投稿: えびすこ | 2011年9月14日 (水) 08時47分

補足です。都道府県名の改称は現在の数になってからは前例がないですが、地名の改称ならいくつかあります。
東京都の「亀有」は元々は「亀無」でしたが、ゲン直しと言う事で「亀有」になりました。
「静岡」は元々の地名が響きが悪いと言う事で、明治時代に「静岡」になりました。
「大阪」も元々の「大坂」が縁起が悪いと言う事で、「大阪」に字を変えています。
でも、天変地異で地名を変えた前例ではないです。

投稿: えびすこ | 2011年9月15日 (木) 08時41分

改称ではありませんが、平成の大合併ではたくさんの町や村の名前が消えました。その伝でいけば、道州制を導入することによって、福島県の名前を地図上から消すというやり方もありますね。

私としては、フクシマの名前が「大いなる再生」の象徴として記憶される日が来る、そちらの可能性の方に賭けたい気がしますが…

投稿: Like_an_Arrow | 2011年9月15日 (木) 23時29分

なるほど。この10年間の市町村合併で「自治体」としての地名がたくさん消えましたね。
旧町・村名を区名にした市もあります。
住民の側から(番地改称を含め)「改称要請」があった自治体はあまりないですね。あっても「隣県にある地名と似ていて紛らわしい」と言う様な理由でしょうか。

投稿: えびすこ | 2011年9月25日 (日) 22時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138790/52166764

この記事へのトラックバック一覧です: 「Fukushima」は「福島」のままで:

» 被曝し続ける福島市民にほんとに癌は増えないの?そりゃ増えるに決まってるけど、、 [背面飛行がとまらない]
年間100mSVまでの被曝では有為に癌は増えないという、眉唾物のエビデンスが一人 [続きを読む]

受信: 2011年8月 2日 (火) 03時16分

« 持続可能な社会のためのエネルギー政策 | トップページ | ボツになったアフォリズム集(4) »