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2011年4月17日 (日)

仮設住宅は復興のベースキャンプとなり得るか?

 震災から1か月余りが過ぎて、避難所生活を送る人たちのためにようやく仮設住宅が建ち始めました。大災害が起こった後に毎回繰り返される光景です。新聞によれば今週末現在で避難所で暮らす人は13万7千人、必要となる仮設住宅は7万2千戸と見積もられるのに、昨日(4月16日)までに完成したのはわずか276戸。入居者を決める抽選では50倍を超す当選倍率になっていると言います。避難所となっている体育館や公民館では、いまも広い板張りの床で、たくさんの人たちがふとんと毛布と段ボールだけの生活を続けています。劣悪な環境のなかで、体調をこわす人や亡くなる人も多く出ています。仮設住宅を建てるなら、何故もっと早く建て始められなかったのでしょう。避難所を確保して最低限の食事を配給しても、次にやって来るのは避難生活者の健康問題であることはあらかじめ分かっていたのですから、国は震災の翌日からでも仮設住宅の手配を始めるべきでした。特に避難所から出て行くことが難しい人たちのなかには、身寄りの無いお年寄りや体の弱い人も多いのではないかと思います。そういう人たちを1か月以上も体育館の床に放置しておくというのは、明らかに人為的に作り出された第二の被災であり、行政の責任が問われる問題です。この地震大国で過去の教訓が活かされていない点にも憤りを感じます。

 この1か月間に日本の各地で被災者を受け入れる動きが見られましたが、とっても奇妙だと思うのは、受け入れ先でやはり被災地と同じような「体育館の床にふとんと毛布」という光景が繰り広げられてしまうことです。埼玉県は福島県双葉町の被災者を町ぐるみ受け入れる決定をしました。ところが受け入れに使ったさいたまスーパーアリーナでも、その後移された廃校になった高校の校舎でも、被災者を待ち受けていたのはプライバシーの全くない床の上での生活でした。そりゃあ物資の面でも医療の面でも被災地よりはずっとマシなのは確かですが、これは被災者を受け入れる自治体側の態度としては無情と言うか非礼なことではないか、そう私には思えてしまうのです。1億2千万人が住むこの国で、わずか十数万人くらいの被災者に対して、何故すぐに部屋を用意出来ないのでしょう? 生活を再建するためには、仮の住居であってもまずはプライバシーの守られた部屋を保障されることが第一条件でしょう。たとえ震災という特殊な状況下にあっても、憲法に謳われた「健康で文化的な」最低限の生活が保障されなくていい訳はありません。全国には空き部屋になっている公営住宅がたくさんありますし、かんぽの宿や東京電力の保養所のようなところだって利用すればいい。もしも国が震災後ただちに毅然とした決定を下していたなら、避難所で失われたいくつもの命が救われたかも知れないのです。

 もちろんなかには、故郷を遠く離れて知らない土地の公営住宅に仮宿するよりも、故郷の小学校の体育館の方がいいという人もいるに違いありません。しかし、十数万人もの人たちがいまだに避難所生活から抜け出せない理由は、それだけではないようです。営業を終えて今は使われていない赤坂プリンスホテルが被災者の受け入れを行なっています。ところが入居した人の数は募集数を大きく下回っているのだそうです。高級ホテルでの避難生活は、少なくとも物理的には快適なものだろうし、希望者が殺到してもおかしくないと思うのですが(なんたって赤プリですよ!)、そうならなかったことには単純な理由がありました。被災地の避難所では食べ物や生活物資の配給があるので、とりあえずお金が無くても生活出来るのに対し、営業していないホテルの部屋を提供されても、食費や生活費は自分で賄わなければならないので、お金が無い人は入居出来ないというのです。同じような話が他でもありました。避難所として提供された公営住宅に行ってみたら、空き部屋には鍋釜も無ければもふとんも無く、まずは家財道具を買い揃えなければ生活が始められないことが分かった。悪いジョークのような話です。建設中の仮設住宅にどのような家財道具があらかじめ揃えられているのか知りませんが、これまで真面目に税金を納めて来た国民に対しては、国として取るべき最低限の「礼」というものがあるでしょう。いまの状況を見ていると、行政府の無能さというのはこういうところに端的に現れて来るものだとつくづく感じます。

 新聞に発表される数字を見ていると、避難所生活をしている人の数が日に日に減って来ていることに気付きます。震災直後には50万人以上いた避難所生活者が、十日後には40万人、そしていまは14万人以下に減っています。それはそれで結構なことだと思いますが、まだ本格的に仮設住宅が提供され始めた訳でもないのに、避難所を離れる人がそれだけ多いということは、一見平等に見える避難所生活の中にも、冷厳な経済格差の原理が働いていることを想像させます。お金のある人たちは、部屋を借りるなり縁故を頼るなりして、新しい生活への一歩をすでに踏み出している筈です。すると避難所にいつまでも残ってるのは、身寄りの無い貧しい人たちばかりということになる。もしかしたら、国が仮設住宅の建設を遅らせたのは、避難所にいる人たちのなかで〈自助努力〉によって出て行ける人とそうでない人をふるいにかけ、必要な仮設住宅の戸数を節約する意図があったのではないか、そんなふうに勘繰りたくもなるのです。また避難所にいる人たちのなかには、親類の家に身を寄せて肩身の狭い思いをしたり、なけなしのお金をはたいてアパートを借りるよりも、今は避難所生活に耐えながら仮設住宅が出来るのを待った方が得だ、そういう算段を働かせている人もいるかも知れない。もしも国が被災者にそんな無意味な根くらべを強いているのだとしたら、それも罪深い話です。

 もっとずっと簡単で、速効性・実効性のある救済策があった筈だと私は考えます。こういう時のためにこそ、日本には「生活保護」という制度があったのではなかったでしょうか? いや、分かっています、住民台帳も失われてしまった被災地では、受給資格の認定を正しく行なうことも難しいでしょうし、そもそも本人の戸籍確認が出来ない人だって多いに違いない。でも、そんなことがこの非常時に重要な問題だろうか? 家も家族も何もかも失い、生活の手立てを何ひとつ持たない人たちが実際に目の前にあふれているのです。本人の申請に基づいて、震災見舞金としてひとり一律30万円、生活保護費として月に8万円を支給すれば、被災者が不当に長く避難所に固着してしまうという弊も避けられた筈なのです。たとえ50万人にその金額を支給したとしても、1年間に必要となる予算は6300億円程度のものです。震災後、最初の1、2週間は緊急物資の提供やボランティアによる炊き出しが必要なのは当然のこととして、その後の生活の再建に必要なのはやっぱりお金でしょう。それは被災した人たち自身に、これからの生活に対する選択の自由を与えるものだからです。仮設住宅というのは、入居費がかからない代わりに、入居期間は2年間までと決められているのだそうです。しかし、産業も復興していない地域の仮設住宅に住まわされて、2年間でどう生活を立て直せばいいのでしょう? もしも生活保護を受けられるなら、被災地に留まって復興作業に取り組むことも出来るし、それが叶わなければ別の土地に移って新しい生活を始めることも出来ます。

 今月初めのニュースで、生活保護を受けている人の数が200万人に近づいたと報じられていました。1990年代には100万人くらいでしたから、わずか15年ほどの間に倍増したことになります。今回の震災で直接被災した人たちばかりでなく、経済の悪化により職を失って、生活保護に頼らざるを得なくなる人たちの数は今後さらに増えると予想されます。生活保護制度に関しては、私は以前から現金支給をやめて現物支給に切り替えるべしという意見を持っています。つまり生活保護世帯向けの共同住宅を建設して、そこに生活物資を供給するというやり方です(参考記事はこちら)。入居者は世帯ごとに個室を与えられますが、風呂やトイレは共同、食事も食堂で一律に供されることになる。この方法のメリットは、現金支給に比べて一人当たりにかかる費用が格段に安くて済むこと、そして生活保護を受ける人たちにすぐに仕事を提供出来るということです。食事を作るのも、設備の修繕をするのも、高齢者の介護をするのも、すべて入居者の仕事です。それぞれの得意分野を活かして出来ることをすればいい。施設内の仕事にも賃金が出ますが、それは現金で支給されるのではなく、その人の自立資金として口座に貯められることになります。こうして生活保護からの自立の道も確保されることになるのです。被災地においては、ここをベースキャンプにして地域産業の復興が始まります。入居者が自分の家を建てられるようになるのは、産業によって現金収入が得られるようになってからのことです。

 いま被災地に必要なのは、形だけの個室を備えたバラックのような仮設住宅などではなく、このタイプの共同住宅ではないかと思います。抽選に当たる人だけが入居して、はずれた人は避難所に留まるか別の土地に移住するしかない、そんな支援策ではその土地のコミュニティを弱体化させて、復興を願う人々の活力を奪ってしまうだけです。菅総理は復興会議なるものを立ち上げて、高台を切り拓いての宅地造成だとかエコタウン計画だとか言っているようですが、絵空事です。被災地の人たちに必要なのは10年後の夢ではない、現下の住む場所と仕事です。もしも被災地をこれからの日本の新しいモデルとしたいなら、他に選択肢は無い、これまでの生活保護制度に代わる「コミュニティ維持型の生活支援制度」の導入によって地域再生の成功モデルを作ることです。いまの財政状態では、どっちみち従来の生活保護制度は維持出来ないのです。私たちが今回の震災のなかで見た唯一の希望は、被災地の人たち、いやすべての日本人が持つ「絆」の強さということでした。そこに根差さない限り、どんな復興策も絵空事だと私は思う。東北の町々から、そこで生まれた小さな新しいコミュニティ施設から、これからの日本が変わって行く。つらいことだけれども大震災の教訓がこの国の再生に活かされたと評価されるためには、その方向しかないのではないかと私は思っています。

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コメント

こんにちわ。
あれから一ヶ月が過ぎました。
非常時に平時のマニュアルで対応することで、
人を守る為にある法律が逆にその妨げとなっている
理不尽さにもどかしさを感じます。

もし、ベーシックインカムが導入されていたなら。
この地震を経過してさらに強く思いました。
もちろんそれで事足りるとは少しも思いませんが、
それでもこんな状況だからこそ、ほんの小さなもの
でもいくらかの支えになったと思います。

もし、ベーシックインカムを寄付金に活用できたなら、
もっと多くの人たちの善意をすぐに、また継続的に
届けることができたと思います。

いまだ余震が続くし、今回の災害人災がいつどこで
起こっても不思議でない現実なだけに、すぐにでも
ベーシックインカムを導入してほしいものです。
少なくともこの先の見通しが立たない被災地は今、
特区として行ってもいいのでは、と強く思います。

投稿: あかみどり | 2011年4月21日 (木) 11時50分

あかみどりさん、こんにちは。ご返事が遅くなってすみません。(って、遅くなり過ぎですね。笑)

震災でいろいろなことが変わってしまったと感じています。ベーシックインカムの実現という観点からは、それが一層遠のいてしまったのではないかと思います。BIというのは、豊かさがあり余っている国において、その豊かさをすべての国民に分配するという思想ですが、今回の震災で日本は(一時的にせよ)豊かな国ではなくなってしまったのですから。

やはりいま必要なのは、被災した方々を救済するための緊急時の政策だと思います。被災地を生活保護の特区とするくらいなら、今の政権でも簡単に実現出来ると思うのですが…

投稿: Like_an_Arrow | 2011年5月 8日 (日) 07時45分

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