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2011年4月 9日 (土)

リフレ派休戦宣言

 原発推進派と反対派が震災前と変わらない議論を戦わせているように、リフレ派と反リフレ派も相変わらず党派性まるだしの議論を繰り返しています。いや、震災によりその対立はいっそう尖鋭化したようにも見えます。被災地の復興や傷んだ生産・物流ラインの復旧には、20兆円くらいの財政支出が必要だという試算もあるようです。年間50兆円を超す赤字国債を発行しなければやっていけない財政事情のなかで、どこからそんな復興予算が捻出出来るというのか、いまこそ十兆円単位での復興国債を発行して、それを日銀に直接引き受けさせるべきだ、これがリフレ派からの緊急動議です。それに対して反リフレ派の主張はこうです、日銀の国債引き受けには国会の決議が必要であり、その議案を提出するということ自体が「国債は危ない」(引き受け難の懸念がある)というシグナルを市場に送ることに他ならない、その時点で国債は暴落し日本経済はインフレに突入するだろう。リフレ派と反リフレ派の争点は、政府が日銀に国債を引き受けさせる政策、あるいは政府紙幣を発行する政策でも同じですが、要するに政府が〈通貨発行特権〉を発動する政策(シニョリッジ政策)を採ることによって引き起こされるであろうインフレが、果たしてコントロール可能なものかどうかという一点に集約されると言っていいと思います。リフレ派はマイルドなインフレ誘導は可能であると主張し、反リフレ派はハイパーインフレが起きると主張するのです。

 経済学の専門家ではない私には、どちらの主張が正しいのか判断することは出来ません。しかし、素人には素人なりの知恵の働かせ方があるので、世の経済学者と呼ばれる人たちのあいだでもこの問題に関しては意見が対立しているところを見ると、どちらが正しいかは誰にも分からないというのが真実に近いのではないかと考えています。私自身は直感的に、数十兆円程度のシニョリッジ、しかも使途が震災復興と限定されているシニョリッジによってハイパーインフレが起きる可能性はほとんどないと考えています。その考えは、震災発生以来、日銀がすでに100兆円以上のマネー供給を行なっている(つまり市場で国債を買っている)にもかかわらず、また一部の物資が非常な供給不足を起こしているにもかかわらず、インフレの兆候が見られないことからも確信に近いものになっているのですが、まあ素人の直感について書くのはやめときましょう(もう書いてるけど。笑)。また反リフレ派が主張するように、日銀による国債引き受けを国会が決議した場合と、それをせずに復興国債を発行して実際に引き受け難が起こった場合を比較した場合、どちらがマーケットに与えるショックが大きいかという点もここでは措きます(問題提起はしておきます)。そうしたリフレ派にとって有利な条件を考えに入れても、それでもいまは拙速なリフレ政策を提言すべきではないというのが今回私の書きたいところなのです。

 理由はふたつあります。ひとつめはリフレ派が常日頃から主張しているデフレギャップに関する議論です。日本は供給能力に比べて需要が不足しているので、そのギャップを通貨発行によって埋めることが経済を正常化するためにも必要だというのですが、その前提が今回の震災被害と今後長く続く電力不足によって崩れた可能性があります。逆に考えれば、これまでデフレギャップが大きかったからこそ、震災後も日本中がモノ不足でパニックに陥る事態にまではならなかったのかも知れません。が、そのバッファーも震災で使い果たしてしまった可能性がある。もうひとつの理由は、ここに来て世論が増税に対して容認的になっている点です。少なくとも震災復興の名目で期間を限って増税することには、多くの人が仕方がないと思っている。リフレ派にしても反リフレ派にしても、増税によって復興財源が手当て出来、しかもそれが経済を停滞させる要因にならないと分かっていれば、望ましいのは国債増発よりも増税であるという点では考えが一致しているのではないかと思います。いや、増税によって経済にブレーキがかからない筈はない、という声が聞こえて来そうですが、今回に限っては逆の効果が期待出来る理由もあるような気がするのです。つまり消費税を10%に引き上げ、アップした5%を復興税と位置付けて、それ以外の使途には使えないように法律で縛れば、自粛ムードで凍りついた消費が動き出すかも知れない、そんな気がするのです(当然、宮城・岩手・福島の三県は増税の対象外です)。経済学の教科書ではあり得ないことでも、庶民の感覚からすれば大いにありそうなことです。

 さすがにここに来て、行き過ぎた自粛は自粛しよう(?)という声があちこちで聞かれるようになりました。非常に古臭い硬直した道徳観の持ち主である石原都知事が、今年は花見を自粛するよう都民に通達を出しました。これほど誤ったメッセージもありません。むしろ今年こそ、いつにも増して盛大に花見をしよう、その際に出来れば東北産のお酒と食べ物を持ち寄ろう、そして花見の宴のなかではそれぞれの仲間でぜひ義援金を募って欲しい、そういうメッセージを発するべきでした。政府も行き過ぎた自粛に陥り過ぎないようにというコメントを出していますが、そんな平板なコトバでは国民の心には届かない。こういう時こそ、政治家は国民の心に訴える魅力あるコトバを紡ぎ出すべきなのに、総理大臣はじめそれが出来る政治家がひとりも存在しないというのがこの国の不幸です。原発問題に対する会見でメディアへの登場頻度が圧倒的に高くなった枝野官房長官のことを、次期総理大臣候補と目す人もいるようですが、私に言わせれば全然ダメです。発するコトバに魅力が無いから。枝野さんは弁護士出身だそうですが、無難な答弁をするというのは官僚に求められる資質であって、政治家に求められているのはもっと別の何かです。

 話が脱線しました。脱線ついでにもうひとつ今週目にとまった新聞記事の話題を。火曜日の朝日新聞オピニオン欄に、会計検査院の飯塚正史さんという方の復興財源に関する提案が載りました。震災発生以来、私が読んだ新聞記事で最も重要なことが書かれていると感じたのがこの記事でした。「決算剰余金寝かさず使え」と題された記事の要旨はこういうことです。2010年度の政府の決算剰余金は約30兆円ある、これは通常なら2012年度の予算に当てられるものだが、それを1年前倒しで今年度の予算に組み入れれば、国債や増税に頼らずとも復興財源は手当て出来るというのです。これにはびっくりしました。どこにびっくりしたかと言えば、まず第一に国の年間予算を決算してみたら剰余金が30兆円も出たということ。これは特別会計も含めた予算全体の話で、この30兆円というのはいわゆる〈霞が関埋蔵金〉ともかぶっているのだろうと思います。埋蔵金なんて民主党政権になってあらかた掘り尽くされてしまったのだろうと思っていたら、全然そうじゃなかったんですね。さらにびっくりするのが、剰余金は翌年度に繰り越されるのではなく、翌々年度まで寝かされるのがこれまでの慣習だったということです。国の決算が確定するのは7月なので、翌年度の予算編成には間に合わないという理由なのでしょうが、財務省が赤字財政と増税の必要性をこれだけ喧伝しているご時世になんと悠長なやり方なのだろうか。要するに、剰余金を隔年で繰り越せるほど国の財政にはまだ余裕があったということなんですね。

 この話が事実なら、政府は真っ先にこの提案を検討すべきです。増税や復興国債の検討はその後の話でしょう。剰余金の隔年繰り越しを廃止するという政策決定も、たった一度しか使えない〈奥の手〉ではありますが、それは決して〈禁じ手〉ではない筈です。そしてそれを実行するために法の見直しが必要ということであれば、これは紛うかたなく政治家に課された課題である訳です。実は私も震災後の記事で、政府は今こそ100兆円規模の国債を発行して、それを日銀に引き受けさせるべしなんて書いてしまったのですが、この考えは撤回します。リフレ政策が妥当であったのは、あくまでデフレギャップによって経済が停滞していた状況においてです。しかし、状況は変わってしまった。国内の供給能力が大きくダメージを受けてしまった以上、これからの経済政策はインフレ圧力がかかる中での舵取りになるだろうと予想されます。そんななかでシニョリッジを発動させれば、それこそハイパーインフレを引き起こすきっかけになってしまうかも知れない。だから増税政策が正解だと言いたい訳ではありません。状況が変わったのは、増税に対しても同じです。経済が縮小するなかで、増税によって財源を確保することが無謀であるのは理の当然だからです(復興税を設けるにしても、1年間くらいの期間限定にすべきです)。それより優先して検討すべきなのは、これまで眠っていたストックを有効に活用する政策です。剰余金の30兆円はそのために最も手を付けやすいストックでしょう。リフレ派も反リフレ派も、いまは平時の教条主義を捨てて、現実に則した第三の道を探るべき時だと思います。

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