« 仮設住宅は復興のベースキャンプとなり得るか? | トップページ | 孫正義さんを支持します »

2011年4月24日 (日)

原発事故をめぐる楽観論を検証する

 福島第一原発の事故に関しては、評論家やマスコミの論調が悲観論と楽観論とに大きく二分されつつあるように見えます。いろいろな言説(風説?)が飛びかっていて、私たち国民はいったい何を信じていいのか分からなくなっている。せめて子供だけでも東京を脱出させた方がいいのか、とりあえず原発から30キロ圏外なら幼児でも安全なのか? 原子炉が水素爆発を起こす可能性はどのくらいあるのか、もしもそれが起こった場合には東京にも住めなくなってしまうのか? 出荷制限を受けていない野菜や乳製品であれば、この先ずっと食べ続けても大丈夫なのか? 海に垂れ流されている放射性物質の影響はどのくらいなのか、関東東北の大平洋沿岸で獲れた海産物はこの先何年も食べられなくなってしまうのか? この夏は関東一円でも海水浴を控えるべきなのか? ――とにかくすべてが分からないことばかりです。こんな時は信頼出来る専門家の意見を参考にしたいと思うのですが、そういう人たちの意見もてんでんばらばらなので判断に困ってしまうのです。

 こういう時に楽観論を信じるか、悲観論に傾くかということは、ほとんどその人の気質の問題に帰されるような気がします。私自身は生来の(?)悲観派なので、どうしても楽観論には懐疑的になってしまいます。特に原発事故に関する政府の発表は信用が出来ません。今週はとうとう原発周辺の半径20キロ以内が立ち入り禁止区域になってしまいました(立ち入れば罰せられるのです)。放射能汚染が時とともに次第に深刻になって来たというなら分かります。が、福島原発からの大量の放射性物質の放出は、地震のあとの数日間に集中的に起こった出来事なのです(今のところは)。その時点でフクシマはすでにチェルノブイリと同じレベル7に相当する重大事故の条件を備えていた。政府と東電は知っていた筈です。ところがレベル7の認定が発表されたのは事故から1か月以上経ってからでした。それも統一地方選挙が終わった後のタイミングで発表された訳ですから、そこには何らかの政治的意図が働いていたと見るのが自然でしょう。この期に及んで国民の安全よりも政局の方が大事な政権与党と、危機管理能力がゼロの総理大臣のもとで、震災はいまも人災としての被害を拡大しつつあります。

 今回は原発事故に関して流布している楽観論を検証してみたいと思います。断るまでもなく、私は原発や放射能の問題に関してはまったくの素人です。でも、にわか勉強の素人目に見ても明らかにおかしいと思われる言説が多いのです。これから書く私の考え方が間違っているなら、その方がずっと好ましいことです。どうかこの問題に詳しい方がいらっしゃったら、私の間違いをご指摘いただきたい。そしてもしも私の考えに同意してくださる方がいらっしゃったとしても、ここに書かれていることをそのまま鵜呑みにせず、ご自身で情報を集めて考えていただくようお願いします。

【楽観論1】

「同じレベル7でもフクシマの放射能汚染はチェルノブイリの10分の1に過ぎない。」

 原子力施設から放出された放射性物質の総量によって事故のレベルは決められているのだそうです。決めているのは国際原子力機関(IAEA)です。原子力事故の深刻さをレベル1から7までの7段階に設定しているのです。チェルノブイリでは520京ベクレルの放射性物質が放出されたのに対し、福島原発では原子力安全委員会の試算で63京ベクレルの放出量だったそうです(京って兆のひとつ上の単位でしたっけ?)。どちらもレベル7の基準を満たしますが、その規模は10倍も違います。ただここで注意したいのは、福島の事故はまだ現在進行中であることです。チェルノブイリの520京ベクレルというのは、事故から25年間に放出された放射性物質の総量であって、事故から1か月しか経っていない福島を同じ基準で比較すること自体無理があります。むしろ考えておかなければならないのは、チェルノブイリの事故が原発1基だけだったのに対し、福島は3基の原発と4か所の核燃料プールが同時に被災して、その全てがまだ収束していないという点です。そこに蓄えられていた放射性物質の総量はチェルノブイリの10倍にも上るそうで、ということは事故の規模という点でもフクシマはチェルノブイリの10倍のポテンシャルを持っているということです。

 放射性物質の飛散は、三つの原子炉建家で立て続けに水素爆発が起こった3月12日から15日に集中的に起こったと見られています。その後は現場の作業員の方たちの文字どおり決死の対応によって小康状態が続いています。もしも事故の収束までこの状態が続くなら、現在避難区域・警戒区域に指定されている場所以外では、ふつうに生活を続けることに問題は無さそうです。問題は次に何か起こった時です。水素爆発によって原子炉の格納容器が破壊される、再臨界が進んで燃料プールの底が抜ける、余震で再び冷却機能が失われる、そのどれが起こってもチェルノブイリ級の事故に発展する可能性がある。もしもそれが複数の施設で連鎖的に起これば、チェルノブイリどころではなくなる可能性だってあるのです。原子炉建屋が爆発した時には、放射性物質は2、3日で関東にまで届きました(私たちはずっと後でそのことを知らされました)。関東と東北に住むすべての人が3日間以内に西日本や北海道に避難することは物理的に不可能です。たいへんなパニックが起きるでしょう。それを考えれば、将来の危険を見越して西日本に疎開している人たちは、正しい判断をしているとも言えそうです。たとえ結果的にそれが取り越し苦労に終わったとしてもです。(最悪の事故に発展してしまえば、日本の何処に逃げても同じことでしょうが…)

【楽観論2】

「1960年代には大気中の放射線量は現在の1万倍もあった!」

 この話を最初に知ったのは、広告で見た週刊紙の見出しからでした。さっそく気になって立ち読みをしてみると、こういう話です。1950年代から60年代にかけて、米ソは地上で数多くの核実験を行なっていました。その時に大気中に放出された放射性物質の量は莫大なもので、60年代の前半には現在に比べて最大1万倍の放射能が地上に降り注いでいたというのです。60年代前半と言えば、ちょうど私が幼少期を過ごした頃ですが、その時代の子供たちの多くが癌にかかったという事実はありません。だから今回の事故で発生している程度の放射線を過度に怖れる必要は無いというのです。ちょっと調べれば分かりますが、これもひどいゴマカシのロジックです。ふだん私たちが年間に浴びている放射線は2.4ミリシーベルト程度です(日本では1.5ミリシーベルトという観測結果もあります)。その大半は宇宙線や鉱物中の放射性物質に由来する自然放射線です。では、1960年代にはその1万倍の2万ミリシーベルト(20シーベルト)を超す放射線が毎年地上に降り注いでいたのでしょうか? だったら人類はもうとうに絶滅している筈です。(人間は5~10シーベルトの放射線を浴びれば死にます。) では何が現在の1万倍だったのか? これはセシウム137およびストロンチウム90という特定の放射性物質の濃度が、自然放射線と比べて数百倍から数千倍だったということなのですね。ところがセシウム137やストロンチウム90なんて、もともと自然放射線の中にはほとんど含まれていないものなので、それだけを取り上げて1万倍などと言っても意味は無いのです。

 それに「1960年代の放射線は現在の1万倍」と言う時の「現在」というのは、あくまで今回の原発事故より以前のことなので、これも誤解を与える表現です。事故後の放射線濃度ということでは、山梨日日新聞の記事にもっと信憑性のある(と私には思われる)記述がありました。東京でも3月21日~22日の降雨で放射線量が大きく増加しましたが、その時に観測されたセシウム137の降下量は24時間で5300メガベクレル/平方キロメートルで、これは1963年に観測された1年間のセシウム137の降下量の2.8倍に当たるのだそうです。なんのことはない、今回の事故によって、東京ですら1960年代の年間放射線量の3倍近い放射線(セシウム137)が「1日で」降って来たのです。さらに原発事故が核実験による放射線放出よりも深刻であるのは、核実験ではほとんど出ないヨウ素131が大量に放出されるという点にあります。子供を中心に甲状腺癌を発症させることが分かっているヨウ素131は、都内の浄水場でも基準値を上回る値が検知されて、大騒ぎになりました。多くの国が日本国内に滞在している自国民を帰国させると同時に、帰国出来ない人たちにはいち早く安定ヨウ素剤を配りました。ところが日本政府は原発周辺に住む子供たちにすら予防のための薬を配ることをしていない。そして「ただちに健康に影響が出る値ではない」などと無意味な説明を繰り返すばかりでした。これはもう政府による犯罪と言ってもいいほどの危機管理の甘さです。

【楽観論3】

「M9.0の地震でもこの程度の被害で済んだ日本の原発はやはり安全だ。」

 今回の地震がほんとうにマグニチュード9.0に相当するのか、その評価にも政治的思惑が働いているのではないか、その問題はとりあえず措きましょう。確かなことは、今回の原発事故は地震よりも津波によるものであったということです。阪神大震災などと比べてみれば分かりますが、東北3県でも地震そのものによる建物の倒壊は少なかったように見受けられます。これは地震の種類が海溝型であって直下型ではなかったからです。もちろんそれによる津波の被害は筆舌に尽くせないものだった訳ですが、原発から見れば今回の震災は最悪のハードアタックという訳ではなかったのです。原発事故の際には、「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」の3つが重要だと今回教わりました。福島第一原発では、原子炉を止めることには成功したが、その後の冷やす、閉じ込めることに失敗したのだと。もしも最初の止める作業にも失敗していたら、運転中の3基の原子炉は核燃料プールもろとも大爆発をして、津波の被害どころではない大量の死傷者を出していたかも知れない。この場合には西日本や北海道も深刻な放射線被害を免れなかった筈です。そうならなかったことは不幸中の幸いでした。

 私たちはわずか3年前に起こった宮城内陸地震のことをもう忘れかけています。M7.2という〈日本としては〉ふつうの規模の地震でしたが、山がひとつ消えてしまったほどの激しい地震ということで当時は話題になりました。震源が山間部だったために奇跡的に被害が少なかった訳ですが、この時に地震計が記録した4022ガルというすさまじい加速度はギネスブックにも認定されているそうです。こんな直下型地震が、全国に54箇所もある原発の近辺で起こったら? 日本の(というより世界中の)原発は耐震設計になっていますが、想定しているのはせいぜい600ガル程度の揺れです。地震の際に原子炉を止める仕組みは、運転中の核燃料に制御棒(250本もある)を差し込むことが基本です。今回のような震源が遠い地震では、制御棒も正常に作動したと思われますが、直下型地震で1000ガルを超すような揺れの中でも原子炉を正常に止められるかと言えば、常識的に考えて無理だと思います。(1000ガルは重力加速度を超える値なので、地表にただ置いてあるものはどんなに重い物体でも宙に浮きます。) 私たちが今回の震災から学ばなければならない一番の教訓はそれです。つまり今回はラッキーだったけれども、次回はそうは行かないかも知れないということです。M9.0の地震にもなんとか耐えた日本の原発などという言い方は、たくさん現れた震災妄言のなかでも最悪のものだと私には思われます。

|

« 仮設住宅は復興のベースキャンプとなり得るか? | トップページ | 孫正義さんを支持します »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138790/51477431

この記事へのトラックバック一覧です: 原発事故をめぐる楽観論を検証する:

« 仮設住宅は復興のベースキャンプとなり得るか? | トップページ | 孫正義さんを支持します »