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2011年3月21日 (月)

大震災についての無力な断想

 発生から10日を経ても、今回の震災被害の全貌はまだ見えて来ません。死者・行方不明者の数は毎日上昇を続けています。昨日はとうとうその数2万人を超えましたが、それが最終的にどこまで達するのか、また何時それが判明するのかも見当がつきません。福島の原発ではまさに命をかけた現場での対応が続けられていますが、それが第二のチェルノブイリにならずに済むのか、いまだ予断を許しません。国を挙げてのこの非常時に、いつもの(平時の)テーマを取り上げてブログ記事を書くなんてことは出来ないと感じます。かと言って、ここで沈黙することも社会問題をネタにして来たブロガーとして自ら許せることではない。とりあえず今後の思索のための覚書として、今回の震災について思いつくままに断想を書きつけておきます。

■ 震災からの復興について

 今回の震災には、過去における大規模災害とは決定的に異なる性質があると思います。同じく大きな被害を出した阪神大震災においては、「復興」ということが国を挙げての共通の目標になりました。が、今回はおそらく単純に復興という目標を掲げることは出来ないし、それでは政策を誤ることになると思う。もちろん被災地にはいち早い復興が必要です、それは間違いありません。しかし、人口の半分が失われた地域、しかも高齢化が進み、観光が産業の柱であった地域を震災前の状態に戻すことは現実的に不可能です。美しい自然と豊かな海の幸に恵まれた三陸の町々、それはそこに住む人たちにとってのみならず、私たち日本人にとっても欠けがえのない故郷の原風景でした。でも、そのノスタルジーだけでは被災地の新しい町づくりは出来ない。むしろ発想を変えましょう。これは人口減少と高齢化が同時進行する我が国にとって、新しい地域開発の格好のモデルケースになり得ると捉えるのです。国は単純に復興資金をそこに投じるのではなく、国民から広くアイデアを募り、都会の若者が移住したくなるような町づくりを目指すべきです。

■ エネルギー政策転換の前に

 今回の震災は、様々な点でこの国に不可逆的な変化をもたらすことになるだろうと思います。エネルギー政策もそのひとつです。今後新たな原発の建設は、国民の反発があってほとんど不可能だろうという意見を読みました。おそらくその通りでしょうが、これは実は非常に危険なことではないかとも思うのです。事故を起こした福島原発は、稼働し始めてから40年という老朽化した原発で、ほぼ耐用年数ぎりぎりのものだったそうです。もしここで新規原発の建設がストップすれば、全国各地にある古い原発が退役することも出来ずに無理に延命させられる可能性がある。もしも今回の事故で、国内にあるすべての既存原発をすべて廃止するところまで世論が動けば別ですが、おそらくそれはあり得ません。電気のある快適な暮らしを求める一方で、新たな原発の建設を拒否するということは、第二、第三の原発事故を誘発する要因になり兼ねない。むしろ、今回の事故の教訓を活かして、日本は真に安全な原子力発電所の設計やその運営、また停止と廃炉の方法までを研究し直すべきではないだろうか。エネルギー資源の乏しい日本にとって、望ましいことではないとしても、原子力との共存は今後も避けられない選択肢ではないかと思います。

■ 津波への備えについて

 過去においても三陸地方は津波の被害を多く経験していたし、そのために防災意識は他の地域に比べても高かったのだろうと思います。だからこそ地震の大きさに比して、それでも死傷者の数は少なかったのかも知れません。しかし、生々しい津波の映像を見ながら、私は不謹慎ですが津波から命を守る手立てはもっとあったのではないかという気がしてなりませんでした。日本の木造家屋は、地震に対しても津波に対しても非常に弱い。おそらく津波に呑まれて倒壊した家の中にいた人たちが、最も高い確率で命を落としたのではないかと想像します。ところが一方で、水に呑まれた人の中には流れて来た浮遊物につかまって助かった人もいたし、自動車ごと波にさらわれた人の中には車体が浮かんだまま流されて助かった人もいた。これは素人考えですが、もしも津波の危険性のある地域では、例えば水に浮くライフジャケットをすべての家に配備しておいて、避難訓練でその使用法についても練習しておけば、死者数はかなり減らすことが出来たのではないでしょうか。日本という国に住む以上、地震や津波という災害を避けることは出来ない。これから本格的な復興が始まれば、被災地にも新しい家が建ち始めるでしょう。その際に従来の工法での木造住宅を建てたのでは今回の教訓が活かされないことになります。すべての建築物を鉄筋コンクリートにすれば良いというものでもないと思います(それは場合によっては津波の威力を倍加することかも知れません)。それよりも例えばなるべく瓦礫を出さない建築物、倒壊せずに水に浮く住宅といった方向性の方が現実的かも知れない。地震国である日本は、安価で安全な住宅設計において世界の最先端を行くべきです。

■ これから明らかになる経済的ダメージ

 まだ社会の関心は被災地の人々や原発事故に向けられているけれども、今後各企業が受けた大きな経済的損失が社会問題化するでしょう。東北に生産拠点を持つメーカーは、生産ラインの復旧までにまだまだ時間がかかるだろうし、これは日本人のメンタリティにも関係することだと思いますが、こうした非常時には生活必需品以外の消費を控える傾向にあるので(企業自らがコマーシャルを自粛していることからもそれは明らか)、これまで以上の深刻な需要不足に日本経済は悩むことになる筈です。当然、倒産する企業は激増するでしょうし、失業率も大きく上昇するでしょう。もしも政府の大規模な経済支援が無ければ、民間経済は壊滅的な状態に追い込まれると想像されます。いまこそ100兆円規模でのシニョリッジを発動すべきと前回の記事で書きましたが、そこで発行されるお金は被災地の復興に向けられるだけでなく、操業停止に追い込まれている企業の従業員に対する賃金補助などにも使われるべきでしょう。ここ十年余りのあいだ、日本は経済のグローバル化だとか国際会計基準の採用だとかいった方向に突き進んで来ましたが、それも根底から見直しが必要だと思います。こんな状況でも円高が更進しているのを見ても、日本経済が世界中の投機家に食い荒らされてしまっていることは明らかです。世界から見捨てられる日本経済に必要なのは外資を呼び込むことではなく、いかに自給自足の経済にシフトして行くかだと思います。

■ この国の新しいかたちを考えよう

 深刻な被災の現場にあってさえ、モラルハザードに陥らない日本人に対して世界中が目をみはりました。この日本国民の民度の高さは、これから国の再建にとって大きな無形の財産となるでしょう。が、残念なことにそれだけでは国を建て直すことは出来ないと思います。いくら世界から称賛の声が届いても、今回の震災で日本という国のブランド価値は大きく損なわれたと見るのが妥当です。今後海外からの観光客は大幅に減ることになるし、日本が地震国である以上、もはや観光を産業の柱にすることは将来に亘って諦めなければならない。原子力プラントの輸出はもちろん凍結されますし、鉄道や道路などのインフラ輸出においても、後々のメンテナンスのことを考えれば日本に発注することは不安があります。それ以前に、日本企業がリスク管理の観点から海外シフトをさらに進めることも確定的です。ひと言で言うなら、日本は世界のなかで「尊敬すべき可哀想な国」というポジションに落ち着くことになるのです。この現実を直視するなら、もはや経済大国としての誇りは捨てて、国内の生活産業に経済のリソースを集中すべきだと思います。ガラパゴス化、大いに結構。これからの高齢化社会に向けて、いかに国内の労働力を効率的に活用し、それを評価出来る経済の仕組みを再構築出来るか。私は以前から国内限定の第二通貨の提案をしていますが、震災によりその必要性はさらに高まったと見ます。

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コメント

覚書にケチつけるのは申し訳ないですが、
>真に安全な原子力発電所の設計やその運営、また停止と廃炉の方法までを研究し直すべきではないだろうか。<
文脈を読んだ上で、これはあり得ません。
原発に限った話ではなく、技術は運用も含めて技術。通常時は当然として非常時においても。
技術である限り完成形は無い。
最終的には、技術がもたらすリスクをどこまでコンセンサスとして容認するか、でしょう。
そのリスクを容認せず、社会合意が"不要"と見なしたならば、それでいいのでは?
「技術は制度に従属する」と考えてます。

投稿: turusankamesan | 2011年3月22日 (火) 20時11分

turusankamesanさん、こんにちは。

①今回被害を受けなかった既存の原発もすべて停止・廃炉にする。もちろん新規原発の建設も完全中止。
②耐用年数に近づいた古い原発から停止・廃炉にし、安全性の高い新規原発に置き換えていく。
③新規原発の建設は凍結するが、既存原発は可能な限り長く使い続ける。

という3つの選択肢があった場合、①を採るか②を採るかは人によって意見が違うでしょうが、③の選択肢は明らかに間違いだと思います。それは世論をかわしながら危険を先送りするだけの選択です。でも、政治が世論に流されるだけだと、何も行動しない③の選択肢に落ち着きそうです。

この記事を書いた時には、私も②の考えに傾いていたのですが、連日のニュースを聞きながらやはり①が正解ではないかと思い始めています。自分の不勉強を棚に上げて言えば、原発の建屋の中に使用済みの核燃料が数千本も、単に水に浸して置いてあったことが驚きです。問題は原子炉本体よりもこちらの方ですね。その総量はチェルノブイリの比ではないそうです。福島原発事故の深刻さに関して、こちらに専門家の方の記事があります。http://bit.ly/hxHO1R

投稿: Like_an_Arrow | 2011年3月23日 (水) 23時34分

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