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2011年3月 6日 (日)

財政破綻によるリセットを容認してはいけない

 まるで出口の見えない政治の混迷が続くなかで、財政破綻ということだけが唯一確定した未来のように語られ始めています。いくら国の借金が大きくても、毎年の財政収支を黒字にすることが出来れば、財政破綻はとりあえず先送り出来る。ところが国の一般予算の半分以上を毎年赤字国債で補っているというような状況では、誰が考えても日本経済は大丈夫だなんて言える訳がない。先日テレビを見ていたら、日本の財政破綻でひと儲けしようとたくらんでいるアメリカのヘッジファンドの社長がこんなことを言っていました、日本経済にはもういかなる処方箋も無い、チェックメイトだ、と。たとえ財政破綻が免れないものだとしても、こいつにだけは儲けさせたくないと思いました。サブプライム問題だって、すべての人が財産を失って路頭に迷った訳ではない、それをネタにひと山当てた連中だってたくさんいたのだろうと思います。彼らは次の大きなチャンスとして、日本の財政破綻を涎を垂らして待ち構えているのです。

 フランスの経済学者・思想家で、元欧州復興開発銀行総裁という肩書きを持つジャック・アタリ氏が、来日して経済誌のインタビューに応じています。この人の診断結果も同じでした。さすがに日本経済がチェックメイトだとは言わないけれども、破綻に陥るまでの期間は向こう5年以内、もしも5年以内の破綻が予測されれば実際には2年以内に起こるかも知れないという厳しい見立てをしている。アタリさんによれば、日本と同様に1990年代に債務超過の危機に陥ったカナダやスウェーデンは、歳出削減や増税を断行することで見事に危機を脱出したのだそうです。日本だけが20年ものあいだ打つ手も無く債務を膨らまして来たために、世界中でも他に例を見ないような深刻な事態に陥ってしまった。いや、日本の有権者だって何もせずに手をこまねいて見ていた訳ではありませんよね、私たちだって大きな危機感を持っていたし、それが一昨年の政権交代を実現させた訳ですから。ところが期待を背負った民主党政権は、本来だったら〈破産管財人〉の立場で国政に当たるべきだったのに、あろうことか自民党政権時代をさらに上回るようなばらまき予算を組んでしまった。それが2010年のことです。この時に日本という国の命運は決まってしまったと私は考えています。

 新政権がやるべきことは決まっていました。例えば公務員給与の2割カット、公共事業の3割カット、公的年金や福祉予算の1割カット、そしてその痛みを国民に納得してもらうために国会議員の議員報酬を5割カットするというようなことです。(5割カットでも彼らの年収は1千万円を超えています。) 沖縄の基地問題が公約通りに進まなかったことは仕方無かったとしましょう、相手のあることですからね。しかし、国内予算の削減は定数の三分の二を与えられた与党なら実行出来た筈の政策です。それをしなかったことが現在の支持率の低さの原因なのであって、菅総理の不人気だけが理由ではないと思います(もちろんそれも大きな理由のひとつだけど)。アタリさんによれば、財政危機が克服出来ないのは政治的な勇気の問題なのだそうです。うまいこと言うと思います。民主党政権に一番欠けていたのは公約を実行する勇気だったと言えば分かりやすい。何故、事業仕分けでノーを出した事業に対しても相変わらず予算をつけているのだろう。あれだけ国民が支持したのに、既得権者の抵抗に出会うとすぐに腰砕けになってしまう。ダム建設ひとつ、役人の天下りひとつ廃止出来ない。国民の期待に対する裏切りがこれだけ続くと、いっそ小泉政権時代が懐かしくさえなって来ます。

 今度解散総選挙があっても、国民のあいだには何ひとつ盛り上がる要素は無いでしょう。政治に期待が持てないということは、この国の未来に希望が持てないということと同じです。希望の無さは、無力感や投げやりな気分につながり、さらにそれはひそかに破局を待ち望む気持ちにまでつながっていく。いま政治家や官僚のあいだには、誰もはっきりそれとは言わないけれども、財政破綻待望論が静かに広がっているのではないか、そんな気がします。財政破綻は天災のようなもので、誰も責任を問われないという読みがあるからです。いや、政治家や役人だけではない、国民のあいだにさえ、いまの閉塞感を打ち破るためなら財政破綻でも何でも起こってもらって構わない、そんな気分が蔓延しつつあるのかも知れない。少し以前に、いまの格差社会をリセットするために戦争を待望するという若者の論説が話題になったことがありましたね。あれと同じ気分です。戦争は極端だとしても、財政破綻なら生命まで脅かされる訳ではないし(たぶん)、それにいったん財政破綻をしたロシアやギリシャのような国だって、その後順調に復興しているように見えるではないか。だったら日本も早いところリセットをして、20年以上も続く停滞から抜け出す道を選択した方が正解なのではないか?

 しかし、そのアナロジーは間違っていると思います。そもそも戦争によって社会の格差が無くなって、全国民が同じスタートラインに立てるなんてことは幻想ですし(特権階級は戦争のさなかでも財産を保全するし、子息が戦場に送られることもない)、財政破綻によって富裕層が資産の大半を失い、私たち貧乏人の借金が棒引きされるというのも錯覚でしかない。一部の無防備な金持ちが資産を目減りさせることはあっても、大きな破局を生き延びるのはやはり富と権力を持った人たちであり、我ら庶民はなすすべもなく大波に飲み込まれるしかないというのが現実でしょう。いま財政破綻が起こっても、戦後の焼け野原からスタートした時のような成長の余地がある訳でもありません。おそらく終戦の日の晴れた空を、多くの国民は大きな解放感をもって眺めたことでしょうが、財政破綻の日(円と株が暴落し、銀行の窓口に人々が殺到する日)には、誰も解放感など味わわないに違いない。それは開戦の日ではあっても終戦の日ではないからです。もしかしたらそれはこの国が滅亡に向かうきっかけの日であるかも知れない。いまもしも総選挙が近付いているなら、今度の選挙のテーマはどちらの政党がより多くの議席を獲得するかという点にはありません。当面の財政破綻を回避するためには、どの政党を選ぶかよりも、どういう経済政策を持った政治家を選ぶかの方が重要なテーマになるだろうと思います。

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コメント

全く同感です。
財政赤字が頭上に重くのしかかり思考不能に陥っています。
特に社会のリーダー層の体たらくは目を覆うばかりです。
福沢諭吉は痩せ我慢を説き勝海舟を批判しましたが、いまの日本、痩せ我慢をしてなにを守るのか。
破局を期待するのは、自分の知性に全く信頼を置けなくなったエリートたちです。

投稿: kiri | 2011年3月 8日 (火) 18時28分

守るモノが居る(ネコ2匹)貧乏人は破局を望まない。( ̄ー ̄)ニヤリ

投稿: turusankamesan | 2011年3月10日 (木) 21時46分

kiriさん、コメントありがとうございます。いつもコメントのご返事が遅くてすみません。

今回の大地震で国会のなかには増税論が力を増しているようです。とんでもない話です。私はいまこそ災害対策特別国債を発行して、日銀に引き受けさせるべきだと思う。この非常時に誰も反対する人はいない筈です。今週はリフレ政策について書くつもりだったのが、大震災で何も手に付きませんでした。そのトピックはまた改めて。

turusankamesanさん、こんにちは。地震は大丈夫でしたか? やはり災害に備えてキャットフードは多めに備蓄しておくべきですね。

投稿: Like_an_Arrow | 2011年3月14日 (月) 16時00分

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