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2010年12月26日 (日)

今年のブログ記事を振り返って

 このブログを始めたのは2005年の秋のことですから、もう五年以上が経過したことになります。飽きっぽい自分としてはよく続いている方だと思います。週末に一度だけブログ記事を書くという習慣も自分のなかではすっかり定着しました。相変わらずアクセス数は伸び悩んでいますが、それでも以前よりは少しずつ増えて来て、最近は一日に平均して百人くらいの方がアクセスしてくださいます。更新頻度の低いお堅い内容のブログとしては、まあ上出来だと言えるのではないでしょうか。ただ、これだけはいつも落胆してしまうのですが、ここを訪問してくれる方のなかには、リピーターがほとんどいないのです。何故そんなことが分かるのかと言えば、ブログの管理人向けに下の図のような画面があるからです。これを見ると、たった一度立ち寄っただけの〈一見さん〉が全体の92.4%、訪問回数が3回以下の人だけで全体の98%を占めていることが分かります。これには愕然としてしまいます。(もしもこれを読んでくださっているあなたがこのブログの常連さんだとしたら、あなたは極めて珍しい変わった方だということになります。笑) インターネット検索でたまたま引っ掛かったページをクリックして開いてみたら、いきなり改行もほとんど無い長文が目に飛び込んで来て、あわてて検索画面に戻るというのが一般的な行動パターンのようです。管理人用には、訪問者の滞在時間を知ることの出来る画面もあって、多くの方がほとんど数秒で立ち去ってしまうことからそういう傾向が読み取れるのです。

Repeatrate

 今年最後の日曜日ですから、この一年間に自分が書いた記事を振り返ってみたいと思います。以前からこのブログには「過去の記事一覧」というジャンル別のインデックスを付けてあります(このページの右上にリンクがあります)。今回これとは別に、掲載日順のインデックスを作ってみました。こうして自分が書いて来た記事のタイトルを日付順に眺めていると、なかなか感慨深いものがあります。その時の気分に合わせていろいろなテーマを取り上げているつもりですが、主なテーマはほとんど三つか四つしかないのですね。たまには気分を変えてスポーツネタや芸能ネタでも…なんてことは、このブログでは決して起こりません。なにしろ管理人がスポーツにも芸能にもまったく疎い人間ですから(そのことで実生活では少なからず難儀をしています)。そんななかで1月に書いた『これが巷間哲学者流「競馬必勝法」だ!』という記事は、ちょっと異色なだけでなく、今年の記事のなかでも自薦の一篇です。今までに書いた記事のなかで、これほど読者の方からのコメントを期待したものはありませんでした。と言うのも、この記事の隠されたメッセージは、「私と組んで競馬必勝法を開発しませんか?」というものだったからです。今からでも遅くないので、競馬好きでプログラム開発に自信のある方からのコメントをお待ちしています。私信としていただいたコメントは公開しませんのでご安心を。(笑)

 政権交代が起こった昨年は、政治関係の記事にもそれなりに熱っぽいものが多かったのですが、現在の政治状況を反映するように今年は湿った記事が多かった気がします。ほんとうにこの国の政治的空白はいつまで続くのだろうと嘆息せずにはいられません。一部の識者の意見では、日本という国は政治が強い指導力を発揮しなくてもやって行ける国なのだそうです(例えば山崎元さんの最近の記事)。しかし、そういう思考法はあまりに呑気過ぎると私は思います。激しい反政府運動や国民のモラル低下が表面化していないからと言って、社会が総体的にうまく回っているとは絶対に言えない。そのことは先進国随一の自殺率を長年に亘って記録し続けていることからも明らかです。私はもう民主党にも自民党にもまったく期待していませんが、来年からの政治に対しては大きな期待を抱いています。そしてもしもこの小さなブログで何か出来ることがあるとすれば、たとえ実現性の乏しいものであっても、一国民の目線で建設的な政策提言をして行くことしかないと思っています。今年の記事のなかで政策提言をテーマにしたものを挙げると、『子ども手当から民主党の政策を考える』、『基地問題こそ国民投票で』、『私の考える休日分散化案』、『まずは総理大臣の選び方から見直そう』、『政府ではなくこの国を救う徳政令』といったところでしょうか。特に私の提案した休日分散化案なんて、この国の生産性を落とすことなく余暇消費を最大化する画期的なアイデアだと思うのですが、残念ながら注目されることはありませんでした。そう言えばおすすめの政策提言をカタログ化した『巷間哲学者流「日本を救う10の方法」』なんて記事もあったっけ。

 昨年に続いてベーシックインカム関連の記事もたくさん書きました。昨年のテーマは社会信用論(BI)と自由経済思想(減価貨幣)のカップリングということでしたが、今年はもう少し現実路線に歩み寄って、現在の日本の財政状況のもとでBIは実現可能かどうかという点で考察しました。中心となる記事は『政策としてのベーシックインカム論』で、連載5回の長編になりました。オリジナルだと自負するいくつかのアイデアが盛り込まれています。BIの創設にともなって公的年金をどうするかという問題に対する試案、企業からの雇用税の徴収と最低賃金法の廃止という考え方、そして極めつけは連載の最終回に書いた、BIを将来の相続税と相殺するという名目で支給する『負の相続税』の発想です。これはBIという制度をモラル面で基礎づけると同時に、国内で凍りついている1500兆円の個人資産を市場に引っ張り出す効果もある画期的なアイデアだと思うのですが、残念ながら読者のコメントを喚起するには至りませんでした。この連載の追補として、『「負の相続税」に関するくさぐさの考察』という記事も書きました。興味のある方は参照してみてください。ちなみにいまインターネットで"負の相続税"あるいは"マイナスの相続税"というコトバで検索してみても、私のこの記事以外にはほとんど用例は見付かりません。ということは、これは私の発案と言っていい訳ですね。ベーシックインカムについては、もうひとつ重要な問題が積み残されています。それはこれからの時代に目指すべき〈生産性〉とは何かという問題です。これは来年のテーマのひとつになります。

 今年書いたもうひとつの連載記事が、先週完結した『ゼロから考える司法改革』です。今年は検察組織の内部から犯罪事件が発覚したり、政治家がらみで検察審査会の決定がニュースになったりと、検察問題で揺れた一年でした。もちろんそれに触発されたという面もあるのですが、実は司法改革というテーマは私にとって長いあいだの懸案事項でもあったのです。というのも、裁判員制度に反対するという点では私は最右翼のブロガーのひとりだと自負していましたし、それをネタにたくさんの記事も書いて来た訳ですが、では裁判員制度に反対する立場の者として、従来の日本の裁判制度を支持していたかと言うと、全然そんなことはなかったからです。むしろ裁判員制度の導入とともに、従来からの司法制度の本質的な矛盾が明らかになる筈なので、これを機会に根本的なところから司法改革を行なって行くべきではないかと考えていたのです。(死刑廃止はその一要素ではありますが、中心的な議題ではありません。) 私の司法改革の基本理念は、司法の〈脱道徳化〉というコトバで表されるようなものでした。しかし、裁判員裁判という名の人民裁判が定着して、厳罰化がますます加速される風潮のなかで、私のような意見が広く共感を得ることは絶望的に難しいだろうとも覚悟していました。「犯罪事件に対しては、処罰ではなく処理をもって対応すべきだ。そのためには裁判での判断はたまたま選ばれた少数の裁判官と裁判員に任せるのではなく、よく練り上げられた精密な量刑基準に従うべきであり、その最終判定はコンピュータに任せるべきだ」、こんな主張に対して、あなたならどんな感想を持ちますか? 詭弁? 屁理屈? 机上の空論? でも、私は本気なんです。

 「巷間哲学者の部屋」と題されたこのブログには、もうひとつ「哲学論考」と名付けられた小部屋があります。本室の方では時事ネタや比較的軽い話題をその時の気分にまかせて書いているのに対して、この別室の方では私が生涯のテーマだと思い定めている少し重い問題を扱っています。それは哲学でいうところの自己同一性の問題、およびそこから派生する道徳の問題や死に関する問題などです。こちらはもう30年以上も考え続けているのに、解答らしきものに近付いているという実感がまるで無い、そもそも建設的に考えをめぐらすということがどういうことであるかすら分からないような問題です。(だからこそ哲学者が探求すべき第一級の問題なのだと勝手に思い込んでいる訳です。) 今年もこのテーマにおいては何も進展がありませんでした。ただ、昨年来〈死の恐怖〉ということをモノローグ的に書きつけているなかで、ALSという病気のことを取り上げ(『ALSと安楽死をめぐる臆病者の断想』)、そこから〈安楽死〉の問題についてかなり論争的な記事を3本書きました(『逝くものの言い分と送るものの言い分』、『安楽死に関する議論を深めるために』、『安楽死法制化に反対する思考の矛盾』)。記事のなかで取り上げた川口有美子さんの著書、『逝かない身体―ALS的日常を生きる』は、その後まもなく大宅壮一賞を受賞して作品としても優秀であることが証明されましたね。医療における安楽死という問題も、司法における死刑制度の問題と同じく、私たちの社会にとって試金石ともなる先鋭的なテーマですが、これについて議論をされることはあまりに少ないという気がします。

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