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2010年10月 4日 (月)

金融緩和政策について簡単なおさらい

 たまたま読んだ本の影響もあるのでしょうが、このブログに書いた最近の記事を読み返してみると、自分がかなりコアなインフレターゲット論に傾いていることに気付きます。とにかく今の日本にとって最優先の課題はデフレから脱却することであって、そのためには政府と日銀が協調してインフレへの転換を宣言し、断固とした金融緩和政策を実行して行く必要がある、そういう考え方です。金融緩和政策と言っても、すでにゼロ金利に近い状況では金利引き下げによる金融緩和には限界がありますから、残された手段は〈量的緩和〉ということになります。つまり日銀が銀行などから国債を買い上げる政策のことです。

 ここで簡単におさらいをしておきましょう。1990年のバブル崩壊以降、日本経済は長い停滞期に入りました。「失われた10年」と呼ばれた時期です。不景気が深刻化するなか、1999年2月に日銀はゼロ金利政策に踏み切ります。それ以降、数字の上ではゼロ金利がわずかに解除されることもありましたが、10年以上に亘って日本はほぼ金利ゼロの経済を続けて来ました。これは主要国のなかでも際立って異例な事態です(例えばこちらの資料の推移グラフを参照)。さらに異常なのが2001年3月から2006年3月まで5年間に亘って継続された量的緩和政策で、これは従来の金融政策のセオリーから外れているという意味で「非伝統的金融政策」などとも呼ばれるものでした。よく資金供給で金融市場をジャブジャブにするなんて表現を見かけますが、要するにそれが量的緩和の結果なのです。2006年にこの政策が解除された背景には、消費者物価指数の上昇が確認されたという事実があるそうです。しかし、2010年の今日の目から見れば、その時点で日本がデフレから脱却したなどとは全く言えなかったことは明らかです。

 ゼロ金利政策や量的緩和政策が期待されたほどの効果を上げず、日本経済をデフレから引き上げることが出来なかった理由については、いろいろと議論があるようです。よく言われるのは、民間に資金需要が無ければいくら日銀が資金を供給しても、お金は銀行に滞留するだけで、経済の活性化にはつながらないというものです。(貸し出し先の見付からない資金で、銀行は再び国債を買うことになるのでしょう。政府が莫大な借金を抱えているにも拘わらず、国債が売れ続けて来た理由のひとつはこれだと思います。) それと対立するもうひとつの考え方は、日銀が過去に行なった量的緩和策は、投入した金額も少なく、期間も短過ぎたというものです。氷水を張った風呂にヤカン一杯分の熱湯を注いでも冷水のままだけれども、継続的に熱湯を足して行けば、やがてはちょうどいい湯加減になる時が来る筈だ、そういう議論です。なんだか卵が先か鶏が先かというような話ですね。それでも私が量的緩和策に希望を託したいと思うのは、もうそれしか残された手段は無いだろうと考えるからです。ゼロ金利政策も構造改革も、デフレ脱却には無力だったことは事実が証明しています。

 自分でも混同していたところがあるのですが、量的緩和=日銀が国債を買い取る政策のなかでも「買い切りオペ」と「直接引き受け」とは分けて考えなければならないもののようです。買い切りオペというのは、すでに説明したとおり日銀が民間銀行の持っている国債を市場を通して買い上げる政策です。国債を買う原資は、日銀が新たに刷った紙幣です。つまり日本円の総量がその分だけ増えることになります。但しそれはマーケットを刺激するためのもので、政府の財政には直接は関わりません。これに対して国債の直接引き受けの方は、日銀がマーケットを通さずに政府から国債を買い取る政策のことで、早い話が政府が自ら紙幣を発行することと本質的には変わらないものです。いや、買い切りオペだって、民間に供給されたお金が最終的に国債を買うのに使われれば、結果は同じとも言える訳ですが、少なくとも本来の目的は景気を刺激するためという大義がある。ところが日銀による直接引き受けということになれば、その目的は政府の財政赤字を埋めるため、もっとありていに言ってしまえば、政府の借金棒引きのためと言っても過言ではないようなものです。もちろん国債である以上、保有者が日銀に代わったところで利払いは発生する訳ですが、日銀に納められた利息は国庫納付金という名目でそのまま政府に戻って来るのだそうです。もしもこれが民間企業であったなら、明らかな粉飾決算と呼ばれるようなものです。

 そういう事実を理解した上で、それでも日銀は直接国債を引き受けるべきだというのが今回の私の意見です。民間に資金需要が無いのに、いくら従来のような買い切りオペを続けてもお金は世間に回って行かない。定額給付金や子ども手当のようなもので国民に直接お金を配っても、消費には回らず貯蓄に回されてしまうだけです。ところが、一方で莫大な資金需要を抱えていながら慢性的な資金不足に陥っている経済主体がある。すなわち政府と地方自治体です。私たちは政府や自治体が抱える莫大な借金を、放漫な財政支出や無駄な公益法人のようなものの結果だと思っています。もちろんそういう面は大いにあるに違いない。が、たぶん、ことの本質はそこにはないとも思うのです。これは常識的に考えても当たり前のことに思えるのですが、もしもある国の国民が一斉に貯蓄に励んだとすれば、そうした国では国民の貯蓄率が高くなるのと反比例して政府の借金は大きくならざるを得ない。一部の産油国などを除けば、基本的に国民経済はプラスマイナスゼロでバランスするものだからです。つまり現在のいびつな日本経済のかたちを是正するためには、インフレによって国民の資産を目減りさせると同時に、一種の徳政令を採用して政府の借金を減らす必要がある。もしも政府がそれに二の足を踏むのなら、むしろ国民が先に立ってこの政策を断行させる必要があるとさえ私は思っているのです。

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