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2010年9月12日 (日)

まずは総理大臣の選び方から見直そう

 自民党が安定与党だった時代に比べて、総理大臣という職責の重要性が増したような気がします。自民党時代には、総理大臣というのもいわば年功序列の結果であって、誰がなってもさほど大きな違いは無かった。その安定感が崩れたのは、小泉純一郎という人が総理になった時からでしょうか。確かに「自民党をぶっ壊す」だとか「郵政民営化のためなら命も要らない」なんて決め台詞を吐きながら、思い切った政策を次々に繰り出すパフォーマンスは国民にとって見物でした。その記憶が鮮明だったからこそ、それに続く歴代の総理大臣はみな国民の期待に応えられず、不人気であることがすなわち政権の短命さにそのままつながるようになったのです。賞味期限はせいぜい半年、政権の寿命はわずか1年です。鳩山さんが突然総理を辞任して、そのあとに菅さんが就任した時、民主党政権への支持率は10%台からいきなり60%台に跳ね上がりました。大きな政策転換があった訳でもないのに、この支持率の変化は理解出来ないと新聞の社説は書きました。しかし、こんな理解しやすい話はないと私は思いました。要するに国民は新しい役者を求めているのです。政策を求めているのではないのです。だから舞台に新しい人が上がれば、とりあえずは拍手を送って期待の大きさを示してみせる。ほら、この観客の期待に応えるような演技を見せてごらん、つまらなかったらすぐに舞台から引きずり降ろしてやるから。

 嫌な時代になったものだと思いますが、それが現実であるなら仕方がありません。問題はそれほど重要なものになった総理大臣というポジションが、政党の内部人事として決まってしまうことです。今週の火曜日には新しい総理大臣が決まります。菅さんが続投するのか、小沢さんが新しく選ばれるのかで、おそらくこの国が向かう方向は相当違ったものになる。にもかかわらず、それを選ぶのは民主党議員と党員・サポーターというごく限られた人たちなのです。さらに民主党の場合には、自民党や共産党などと違って、外国人でも党員・サポーターになれるそうですから、大多数の国民を差し置いて、一部の外国人が日本の総理大臣選びに関わるという信じがたい事態も起こっている。私はもう民主党には大して期待もしていませんが、政界再編で民主党の次に現れる政権政党には大いに期待しているので、まだいまは無いその政党に向けて総裁選びのやり方を変えることを提案したい。つまり議員や党員の思惑ではなく、とにかく国民が支持する人物という基準で新しい総裁=総理を決めるという方法です。支持率が低下すれば、どんなに優秀な総理大臣であっても政権を維持することは出来ない、それはここ数年私たちが目撃して来たとおりの事実です。またこれは(たぶんに衆愚政治に近いとは言え)この国で民主主義が正常に機能していることの証左でもあります。であるならば、最初から国民の人気投票で総理大臣を決めるという考え方もあっていいのではないか。

 日本でも国民が直接総理大臣を選べる〈首相公選〉の制度を採り入れよう、そんな意見も一部にはあります。しかし、ここ数年のあいだに何人もの首相が交代するのを見て来て、私たちがつくづく感じたことは、リーダーの資質というのはその人を実際にリーダーに据えてみなければ試せないということです。(小泉さんがあれほど舞台受けする政治家だったことを、安倍さんがあれほどひ弱な政治家だったことを、鳩山さんがあれほど常識はずれの〈宇宙人〉だったことを、誰があらかじめ予想出来たでしょう?) アメリカの大統領選が合理的であるのは、長い選挙期間を通して、候補者の思想や資質が徹底的に試され、国民にとって未知数の人物をいきなりリーダーに据えるというリスクを制度的に回避している点にあります。仮に日本で首相公選の制度を導入しても、単にその時点での人気投票というかたちで制度設計をしたのでは、相応しくない人物が頻繁に代わる現状を大きく変えることは出来ないと思います。では、どうすればいいか? アメリカの大統領選のように競わせればいいのです。かつて自民党の最盛期には、派閥同士の対立や駆け引きのなかで政治家は鍛えられ、その中から総裁に相応しい人物がふるいにかけられて行く仕組みが出来上がっていたと言います。もう今は派閥の時代ではありませんから、古い自民党方式を復活させることは不可能です。であるならば、それに代わる新しい仕組みを考え出す必要がある。

 私の試案はこうです。政権政党の議員で現役の閣僚である人全員に対して、総裁に立候補する権利を与えます。我こそ次期総理に相応しいと思う大臣は、いつでも立候補することが出来るのです。立候補の届出があった時から総裁選に入ります。但し、これは投票の無い選挙戦です。投票ではなく、何で総裁を決めるのかと言えば、世論調査による国民の支持率で決めるのです。立候補があった翌月の初めに第1回目の世論調査を行ない、立候補者の支持率が現総理の支持率を5ポイント以上上回っているなら、総裁選は翌月も続行されます。もしも対立候補が5ポイント以上上回れないようなら、その立候補は取り下げられ、その人はその後1年間立候補の資格を失います。そして3か月連続で5ポイント以上のリードをキープすれば、その時点で自動的に総裁交代、新総裁が新総理になり、ただちに内閣を解散して組閣を行なうという流れになります。同時期に複数の閣僚が立候補することも出来ます。この場合には、支持率が3か月連続で現総理を5ポイント以上上回るという条件の他に、その3か月のあいだに対立候補を抑えて常にトップの支持率を保つことが条件として加わります。例えば現役総理Aに閣僚Bが挑戦して、2か月連続で5ポイント以上のリードを保ったとしても、3か月目に対立候補Cが立候補してBを上回る支持率を獲得したなら、Bの挑戦は失敗に終わるのです。(総理大臣の任期切れや辞任の際の総裁選びの方法については、また別にルールを定める必要があります。単純にその時点で立候補者を募り、支持率が最も高かった人を暫定的に総裁にすればいいと思います。)

 閣僚人事は総理大臣が決めますから、もしもこの方式を採用すると、新総理は自分の派閥に属する政治家だけを集めて組閣し、対立候補が現れないようにするかも知れません。そうなるとそこでまた政治が停滞してしまいます。そこでもうひとつルールを追加します。内閣の支持率が3か月連続で20%を割ったら、その時点で内閣は総辞職しなければならないことにするのです。新総理が極端な派閥人事で安定政権を作ろうとしても、それは国民が許しません。このルールがあれば、死に体のレームダック政権がダラダラと延命して、日本の政治が空転することも無くなります。注目していただきたいことは、以上のような改革は、国の法制度を変えなくても政党の内規を変えるだけで実現出来てしまうということです。民主党のあとに来る新政党が、こんなルールを引っ提げて登場したら、それだけで国民からは絶大な支持を得られるのではないだろうか。ひとつ違和感を持たれる点があるとすれば、この政党では選挙ではなく世論調査で重要な決定がなされるという点でしょうか。しかし、党所属の議員や党員だけで行なわれる選挙よりも、世論調査の方がよっぽど国民の意思を正しく反映していると考えるのは私だけでしょうか。それどころか、投票率が60%くらいしかなく、若者の政治離れが言われる昨今では、国政選挙よりも世論調査の方が民意を正しく吸い上げられる方法であると言えるかも知れない。もちろん世論調査は第三者機関が公平かつ厳密な方法で行なうことが大前提です。

 ここ何年ものあいだ、日本では何人もの総理大臣がコロコロ代わり、それが国際社会での日本の信頼を傷つけて来たと言われます。今回私が提案した〈世論調査に基づいた下克上方式〉による総裁選びが実現したら、これまでよりもさらに総理大臣の任期が短くなるという心配はあるでしょうか? これは私の個人的な観測ですが、おそらく国民の人気投票によってふるいにかけられたリーダーは、派閥選挙の結果として国民に押し付けられたリーダーよりも長持ちするのではないでしょうか。いずれにしても、現代の民主主義では国民の支持率が政権の安定性を決めているのですから、最初から国民の支持率に従って政権や総理大臣を選んだ方がボタンのかけ違いも少なくなるだろう、それが理屈です。その結果、第二、第三の小泉純一郎が現れ、この国の政治に力強さが戻って来るだろうと予想します。但し、それによってこの国がより望ましい方向に向かうかどうか、それは分かりません。そこまでの担保を世論に求めることは無理というものです。世論が政治家ではなく、政策を正しく選択出来るようになるのは、まだまだ先のことだろうと思うからです。

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