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2010年9月19日 (日)

代表選の結果に思うこと

 政治の変わり目では、これまでにもいろいろと政局絡み、選挙絡みの話題について記事を書いて来ました。今後の政界予測のようなことを書いたこともありますが、読み返してみると予測はほとんどはずれています。これはきっと政治に対する自分自身の過大な期待を織り込んでしまうからだと思います。私がいまの政治に対して抱いている期待というのはただひとつ、実現性を担保された真に魅力ある政策の選択肢を国民に示して欲しいということだけです。二大政党が基本的な政策をめぐって理を尽くした議論の応酬をしている、あるいは与党のなかで対立する陣営が真剣な政策論争を戦わせている、そういう当たり前な政治の風景を見てみたいというだけです。「政治とカネ」なんてことでいくら論戦を重ねても、そんなものはこの国の将来に何も資するところはない。そんな議論は国会の外でやってくれと言いたくなります。それなのに現在の国会で我々が目にするのは、国民そっちのけで相手のスキャンダルを追及するような場面ばかりです。せっかく政権交代が実現したのに、政治をそこまで堕落させてしまった鳩山・小沢両氏の罪はまことに重かったと言わざるを得ない。

 今回の民主党の代表選というのはいったい何だったのでしょう? それは昨年から続く政権交代劇の第二幕であり、今も権力の中枢に居座り続ける〈自民党的なるもの〉との最終決戦なのだ、そんなことを先日の記事に書きました。まあ、ちょっとしゃれた警句を吐いてみたかっただけなのですが、そんなコトバでは何を言ったことにもなりませんでしたね。今回の代表選ではっきりしたことは、いまの日本を代表する二人の政治家が、これからの政治が向かうべき方向について何ひとつ具体的なビジョンを持っていなかったということです。一応、政策論争らしきものはありました。政策オンチの菅候補からは、ほとんど支離滅裂なコトバしか聞かれませんでしたが、対立する小沢候補からは、ある意味驚くべき政策構想が飛び出して来た。「無利子の永久国債を発行して、それを財源に地方に高速道路を作る」、「地方自治体に配るお金を一括交付金にして総額を削る」――マジすか? これを聞いた時、一瞬自分が昭和の御代にタイムスリップしたのかと思いましたよ。もしやこれが実行に移されたかも知れないと思うと、ほんとに〈無策の〉菅氏の方が勝ってくれて良かった。もっとも最初から「選挙戦が終われば、どちらが勝ってもノーサイド」なんて言ってるようじゃ、政策論争もどこまで真剣だったのか分かりませんが。

 これはツイッターにも書いたことですが、菅さんが首相の座にいる限り、必ず1年以内に再び小沢待望論が出て来るだろうと思います。もしも今回の代表選で菅氏が敗れていたとしても、国民のあいだに菅待望論は出て来そうにありませんから、今回の勝負はどちらに転んでも菅氏にとって分が悪いものだったのです。「一兵卒に戻って頑張ります」と言う小沢氏の表情に現れた余裕は、負け惜しみや強がりではなかった筈です。代表選によって菅さんの人気は多少持ち直したようなところがあると思いますが、このまま菅内閣が過去3か月に見せたような政権運用を続けたとしたら、間違いなく国民の支持率はまた急低下するでしょう。個人的な期待を言うなら、私は今回の代表選の結果を受けて、小沢党が民主党から離脱してくれればいいと思っていました。いまの民主党と自民党の顔ぶれを見れば、もう一度政界再編を起こさない限り、安定した政権基盤は出来ないだろうと思っているからです。が、その期待が叶えられることはありそうもない。小沢氏にしてみれば、今回の選挙で十分存在感をアピール出来た訳ですし、菅内閣が迷走して支持率が地を這っている頃には、検察審査会の不起訴決定が出て、政治とカネの問題にも決着がついているだろうという読みがある筈です。そうなれば、自分から立たなくても国民が自分を立たせずにはおかない。国民は今回の選挙が露払いの前哨戦に過ぎなかったことをあらためて思い知ることになるのだ。

 信念を持って推し進めるべき政策構想など無いが故に、派閥も立場も異にした政治家たちが呉越同舟でいられる、なんという貧しい政治の風景でしょう。実を言えば、現在の日本で最優先に実行すべき政策はたったひとつしか無いと私は考えています。それは税金の無駄遣いをどう減らすべきかとか、経済成長と格差是正のどちらを優先すべきかとかといったような問題よりも、もっとずっと本質的かつ喫緊な課題への対応です。バブルが崩壊して以来、日本はずっとデフレ不況にあえいで来ました。デフレというのは、単純に言えばモノよりもお金の価値が高くなって、そのために人々がモノよりもお金を欲しがる状態のことです。当然モノは(売りたい値段では)売れなくなって、逆にお金は貯め込まれる一方になる。そういう状態のことをデフレと呼ぶ訳ですから、日本は「デフレによる不況」に見舞われていると言うより、「デフレという不況」に閉じ込められていると言った方が正確です。菅総理は代表選の翌日、大規模な為替介入を行なって円高に歯止めをかけました。これは評価されていい決断だと思いますが、そもそも何故このところずっと日本円だけが独歩高になっているのかを政治家は考えなければならない。それは日本が比較的サブプライム問題の影響を受けなかったからでもなければ、アメリカなどに比べて外国からの借金が少ないからでもない。モノの値段が高くなるのは、需要に対してそのモノの供給が少な過ぎる時です。全世界的に見て日本円の値段が高騰しているのは、要するに日本円の供給が不足しているからだと考えられる。つまりデフレを脱却するためには、政府(と日銀)が日本円を増発する方向に政策を転換しなければならないのです。

 日本では長いあいだ実質的なゼロ金利政策が続けられて来ました。ゼロ金利の下では、それ以上の金利引き下げによって景気を刺激することが出来ません。それで次に政府と日銀が採用したのは、〈量的緩和〉という政策でした。これは銀行などが持っている国債を日銀が買い取って、市場に流通する日本円を増やす政策でした。しかし、それはすでに発行されている市中の国債を日本円に両替するだけですから、日本円そのものが増発されている訳ではありません。いま求められているのは、これから発行される国債を日銀が国から直接買い取る政策です。もっとはっきり言えば、政府が国債を発行する代わりに、日銀が日本円を発行することで税収不足を補う〈打出の小槌〉政策の採用です。これならば日本円そのものが増える訳ですから、円高は抑えられ、デフレはインフレに転じ、その上政府の借金も減るという三つの成果が期待出来る。もちろんこれは尋常の金融政策ではありませんから、反対する人も多いに違いありません。が、いまこの国が置かれた状況そのものが尋常ではないのですから、これに対応するのに尋常ならざる政策を採用することにためらいは要らないと思います。つまるところ、それは財政破綻に至る前にどこかで実行すべき政策であって、問題はいつ誰がそれを実行するかということだけです。私はもう菅政権にそのこと以外を期待する気持ちはありません。

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