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2010年8月15日 (日)

既得権解除装置としてのベーシックインカム

 こう暑い日が続くと、難しいことを考えようとしてもアタマがさっぱり回りません。終戦記念日なので、何かそれに因んだ話題でもと思うのですが、何も書くことが思い浮かばないのです。で、どういうことなら脳味噌が少しは興味を持って動き始めるかと言うと…、相変わらずベーシックインカムのことなんですね。BIのことを考えている時だけ、涼しい風がアタマの中を吹き抜ける気がする、というのは表現がちょっとオーバーですが、他に書きたいテーマも見付からないのだから仕方が無い。先日来考え続けている「政策としてのBI」の問題に関連して、書き足りなかったことが少しありますので補足しておこうと思います。それはBIをどうやって実現するかということではなくて、BIによって何を実現するかということについてです。最近はBIについていろいろな人が語っていますが、BIという政策が実は目的ではなくて手段だという視点は、まだまだ一般的ではないような気がします。

 では、BIを導入することの本当の目的は何なのかと言えば、現代社会のなかに網の目のように張り巡らされている既得権益の構造をいったんご破算にすることだ、というのが私の今の考えです。つまりBIを〈既得権解除装置〉として機能させるということです。ここでいう既得権というのは、高級官僚が天下りをして多額の給与や退職金を手にしている、そういう典型的な例ばかりではありません。同じ職場に正社員とアルバイトがいて、同じ内容の仕事をしているのに正社員の方が高給を取り身分も保障されているというのであれば、それも一種の既得権になるでしょう。要するに制度や地位の継続性によって、貢献度や生産性を査定されることなく一定の報酬を保障されている状態のことです。BIの導入によって労働市場の流動性が高まるというのはよく言われることですが、これは働く人の多くが今の正社員の地位を失って、成果に応じた報酬を得る契約社員のような立場に立たされる、そういう圧力が企業のなかで働くということです。未経験のアルバイトと同じような仕事しか出来ない正社員は、首にならないとすればアルバイト並みに給料を下げられることになります。逆に優秀な正社員並みに仕事が出来るアルバイトの給料は上がるでしょう、上がらなければ別の会社に転職してしまうだけだからです。成果主義万能の、せちがらい世の中になる? でも、その感想はつまるところ既得権者側からの感想に過ぎません。

 最近、企業の中にいるフリーライダーという存在がよく話題にされています。ろくに仕事はしないくせに、給料だけは人並みに取っている〈ただ乗り〉社員のことです。企業の中の既得権者と言ってもいいでしょう。これがBIによって一掃されるとは言わないまでも、かなり減ると考えられます。企業が首を切るより前に、おそらく自発的に辞めて行く人が多いのではないかと想像します。フリーライダーという生き方は、決してはたで見るほど気楽なものではなく、むしろ針の筵の上に座らされているような辛いものだからです。(私にはフリーライダーの気持ちがよく分かります。笑) 40万円の給料を得ている社員が、実力的には20万円の成果しか生み出せない人だったとすれば、実際のところ彼が生み出す成果は、20万円どころかほとんどゼロに近いものかも知れません(フリーライダーでいることだけで労力を使い果たしてしまうので)。そういう人が20万円の仕事に転職したとしたら、これまでよりもずっと生き生きと仕事をして、20万円(以上)の成果を生み出すのではないでしょうか。なにしろそれは彼の実力に見合った仕事なのですから。ところが、そういう幸福な転職を阻んでいるものがある。それが既得権の構造です。もしもひとりに7万円、夫婦で14万円のBIが受けられるとすれば、安心して自分に相応しい仕事に転職出来る人が増えるのではないかと思います。これは端的に社会全体の生産性を高めます。そのためには法律や制度面でもこれをバックアップするような方向への転換が必要です。

 BIが既得権の構造を壊すのは、労働市場の中だけのことではありません。行政がもっと直接的にコントロール出来るものとして、社会福祉分野における既得権の見直しということがあります。BIを論じる人のなかには、現在の福祉予算をすべてBIの財源に振り向けるといった乱暴な意見を口にする人もいますが、これについては個々の制度が持つ条件を慎重に考慮した上で見直しを行なって行くべきです。私にそのための知見がある訳ではありません。でも、BIの導入とともに無条件で廃止出来るのは生活保護くらいなものだろうとは思っています。日本の生活保護制度は、非常に厳しい資力審査を経た人だけが受給出来る、まさに既得権の典型のような制度だからです。(生活保護を受けているのは100万世帯ですが、それより貧しい世帯が400万世帯も存在すると言います。) 失業保険というのも、徴収される保険料の他に国庫負担があって成立している制度ですから見直しの対象になります。原田泰さんも指摘するように、現在の失業保険は失業しにくい正規社員だけが加入していて、失業しやすい非正規社員は加入出来ないという変な制度ですから、国の制度としては廃止してしまっても構わないように思います。介護保険や障害年金のようなものは、より慎重な対応が必要になる分野です。しかし、それでも決して聖域という訳ではないので、BIの支給を前提に制度が縮小されることは当然だと思います。老齢年金についてはすでに書いたとおりです。基礎年金部分はBIの導入とともに廃止、厚生年金と共済年金は統合して、国庫負担に頼らない制度に作り変えて行きます。

 もうひとつ、もしかしたらこれが一番見逃がせない既得権かも知れないと思われるものがあります。税金に関する不公平さです。昔から個人の所得税については、クロヨンとかトーゴーサンなどと言って、職業によって納税率が大きく異なっていることが問題とされて来ました。つまり所得の捕捉率に差があるので、サラリーマンと自営業者と農家では、納税率が9:6:4または10:5:3というくらい違っているという意味です。言い換えれば、自営業者は平均50パーセント、農家は平均70パーセントの脱税をしているということです。私にはこれが事実がどうか分かりませんし、またこれを既得権と呼ぶのが相応しいかどうかも分かりませんが、昔からサラリーマンだけが馬鹿正直に税金を納めているという事実には変わりはないので、現在のような慢性的な財政難の時代には、特に是正が必要なところだと思います。納税格差を是正するためには、納税者番号制度の導入が大前提になります(国民総背番号制なんて呼ばれ方をすることもあります)。ところがこれに反対する人が多いのですね。自営業者や一部の高額所得者がこれに反対する理由は分かりますが、ふつうのサラリーマンのなかにもこれに反対を唱える人がいることは解せません。

 私の提案は、BIの導入と合わせて納税者番号制度もスタートさせるというものです。つまり、BI受給の前提条件として、納税者番号制度への加入を義務付けるのです。これは完全な任意制度であり、BIを受給しないなら納税者番号の登録も不要になります。これなら納税者番号制に反対の人も異を唱えられますまい。とにかくBIというのは、最低限の生活費を国が無条件に保障するという、たいへん気前のいい制度ですから、そのくらいの義務には従ってもらわなくちゃならない。そして私の案では、納税者番号は銀行の預金口座や電子化された株式や不動産の所有などともシステムでつながっていて、登録者の資産状況をある程度国がつかめるようにしておくのです(それが嫌ならBIを受けなければいいだけです)。最近の記事で、私は将来の相続税と引き換えにBIを支給するアイデアを書きましたが、そのほかにもこれからは預金や株式などへの〈資産課税〉が財政上の重要なテーマになると考えられますから(なにしろに日本には1400兆円以上の個人資産があるのです)、これは次世代の税制を構想する上で欠かせないインフラになるでしょう。重要なことは、たとえ納税者番号に登録していてもいなくても、この国に住む以上は同じ税制度に従う義務を負っており、脱税は重い犯罪であるということです。仮に国民の9割がBIを受給するために納税者番号を持ったとすれば、国は残りの1割の国民に対して正しく納税を行なっているかのチェックをすればいい訳で、これによって納税率は格段に公平化されるものと期待されます。

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