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2010年8月 1日 (日)

「負の相続税」に関するくさぐさの考察

 ベーシックインカムを実現するための政策を考えるなかで、「マイナスの相続税」というアイデアを思い付きました。先日の記事に書いた内容です。ベーシックインカム(BI)を、人が人生の最期において支払うべき相続税と相殺するものとして、すなわち生前に〈徴税〉される〈負の相続税〉として位置付けられないものだろうかという発想です。もちろん現実には、相続税を払わなければならないほどの資産を遺す人は少数派ですから、たいていの人は受け取ったBIを最期に〈踏み倒す〉に決まっています。それどころか、私の提案では資産家はBIの受給を拒否することで相続税率の加算を免れることが出来ますから、これによって現実にBIの財源が相続税によってカバー出来るといったものでは全然ありません。むしろこの政策の狙いは、ひとつは国民経済に占めるストックとフローのバランスを回復させて、お金の循環を促進することで景気を上向かせることと、もうひとつはBIという〈新奇な制度〉に対するモラル面での基礎づけを行なうという点にある、それが先の結論でした。

 BIのモラル面での基礎づけというのはつまり、私たち国民が何故国から無条件で基礎所得を受け取ることが出来るのか、それを整合的に説明する理論を「負の相続税」は持っているということです。人は誰でもこの世に生まれて来て、大金持ちになる可能性を持っています。努力や才能によってばかりではなく、幸運によって大金を手にすることだってあるでしょう(宝くじに当たるなどして)。あなたのその可能性を、あらかじめ支給するBIで国が買い取りましょうというのが負の相続税という思想なのです。これは一種の取り引きですから、損得勘定で辞退してもらっても一向に構いません。BIは将来自分が高い相続税を払ってもいいと考える人だけが受給出来るのです。すなわち私たち国民にとって、BIを受け取ることに理由が出来るのです。

Souzokuzei_curve_1
 前回の記事でも、負の相続税という考え方のアウトラインは示し得たと思うのですが、もう一度これについていろいろな面から検討してみたいと思います。何か見落としている問題点や改良点が見付かるかも知れませんからね。まずは上のふたつのグラフを見てください(クリックで拡大します)。左側のグラフは、前回も掲載したもので、相続すべき資産額(X軸)に対応した相続税率(Y軸)を示したものです。現行の税法に基づいたものではなく、私が提案する新しい税率に基づいたものです。現行の税法では、相続人の人数や配偶者の有無でいくつもの税率曲線が現れるのですが、グラフの基本的な形は同じようなものです。これだけ見ると、相続税率は資産額が比較的小さい領域で急カーブで上昇していますから、累進的というよりも逆進的なもののようにも見えます。でも、それは錯覚です。右側のグラフを見てください。これは同じ税率で、資産額(X軸)に対応した実際の税額(Y軸)がどうなるかを示したものです。きれいな累進カーブを描いています。相続税について考える時には、このグラフの形を頭に入れておくと便利です。では、次に負の相続税を導入した場合にどうなるかを、このグラフを使って描いてみましょう。月に7万円のBI受給に対して0.07パーセントの相続税率加算というのが前回の私の提案でした。「負の相続税」というコンセプトにおいては、BIというのは月々の基礎所得と言うよりも、やがて精算されるべき(あるいは踏み倒されるべき)相続税の先取りという意味を持ちますから、BIの受給総額を相続税額のカーブに直接重ね合わすこと出来るのです。

Souzokuzei_curve_2
 左側のグラフを見てください。さきほどの基礎税額のカーブに対して新たに3本の線が書き足されました。それぞれBIを60年間、40年間、20年間受給した場合の生涯の相続税額(Y軸)を、死亡時に遺した総資産額(X軸)と対応させてプロットしたものです。仮にBIを60年間に亘って受給したとすれば、その総額は5040万円になります(7万円×720ヶ月)。もしも遺産が課税限度額の3000万円以下ならば、その人の生涯の相続税収支はプラス5040万円で確定します(税額として見ればマイナス5040万円です)。3000万円を超える遺産分については、BI受給期間に比例して定率で増加しますから(1ヶ月当たり0.07%)、相続税はかなり急勾配で増加して行き、総資産1億3000万円の近辺で(BIを受給しなかった場合の)基礎税額と交わります。これはBI受給期間の長短に関係なく同じです。さらにBIを長年受給していた人が1億3000万円を超す資産を遺した場合には、税額は基礎税額の線を突き抜けて増加して行き、グラフ領域からははみ出していますが、最高税率である80パーセントのラインに近づきます。生涯の相続税収支という観点から見た場合、1億3000万円以上の遺産を遺す予定の人は、BIを(1ヶ月たりとも)受給すべきではないということがこのグラフからも分かります。すなわち、もしも皆が経済合理的に判断するなら、実際の相続税のグラフは上記の右のようなものになる筈です。ある一定の資産額を境にして、グラフの左側がBI受給者層、右側がBI非受給者層というように、国民がふたつの階層に截然と分かれるのです。

 もちろん人は自分が人生の終わりにおいてどのくらいの資産を遺せるか、はっきり予想しながら生きている訳ではありませんから、常に最善の節税法を採用しながら人生が終えられるとは限りません。BIを60年間受給した後に、高額の宝くじに当たり、そのお金を使う間もなく死んでしまった人がいたとすれば、受け取ったBIよりもずっと多額の相続税を納めなければならなくなる、そんなことも起こり得るでしょう。これは当然のルールになりますが、BIを受給して来た人が、人生の後期において金持ちになったからと言って、受給したBIに相当する額を一括返済することでBIの受給歴を帳消しにするといったオプションはありません。ですから二十歳になった人は、自分がBI受給者として生きるのか否か、よく考えて決定する必要があるのです。考えようによっては、この制度は、国民のあいだにある経済格差を、はっきりとした階級意識として定着させる制度だとも言えるかも知れません。その点をあげつらって、これに反対する意見も出て来るかも知れない。が、私はむしろこれは望ましいことではないかと思うのです。以前からこのブログでは、これからの国内経済を二重化する必要について主張して来ました。つまり、日本円が国際的にもこれだけ強い通貨になってしまうと、それを使って生活している国民にとっては、一方では恩恵を受ける場面もあるけれども(百円ショップや海外旅行などで)、一方ではひどく生きづらい状況も生まれている(なにしろこんなに強い日本円を日々のたつきのために稼がにゃならんのだから)。これを解消するためには、対外的には強い日本円のメリットを残しながら、国内向けにはそれよりも価値の低い第二通貨や地域通貨を発行して、国民経済を下支えする必要がある、そう考えていたのです。

 BI受給という選択肢を国民に突き付けることで、これに近い国内経済の二重化が自然に図られるのではないか、それが今回の私の仮説です。この問題に対して、私の目をひらかせてくれたのは、『エンデの遺言 根源からお金を問うこと』という一冊の本でした。減価するお金や地域通貨によって、〈人間のための経済〉を復興させることの重要性を説いた本です。(BIのことを考える人にとっても必読の一冊だと思います。) 地域通貨によって支えられている生活というのは、お金に過度に執着しない、むしろ人と人とのつながりを財産として、つましく、しかし心豊かに生きて行く、そういうイメージのものではないかと私は思っています(空想に過ぎないかも知れません)。そこでの私たちの合言葉は、例えば「宵越しの銭は持たない」だとか「金は天下の回りもの」だとかいったものになるでしょう。そしてこれはそのまま将来の高い相続税率と引き換えに、BIを受給する私たち庶民の合言葉でもある訳です。その一方で、BIのある社会では皆が貧乏に慣れてしまって、あまり働かなくなるのではないかという懸念もあります。すべての国民が金は天下の回りもので、宵越しの銭は持たねえといったメンタリティで生きて行くとしたら、それはそれで困ったことかも知れません。でも、これをちょうどいいバランスに落とし込むのが制度設計をする政治の役割なんですね。お金を稼ぎまくって、贅沢な暮らしをして、地位や名声も手に入れたい、そういうメンタリティの人たちも一定割合でいてくれないと困る。国の経済を牽引して行くのは、おそらくそういう人たちだから。そのためには、BIそのものの金額だけでなく、BIの対価となる相続税の加算税率や最高税率、また基礎控除額などを慎重に検討しながら設定して行く必要があるということです。

 先ほどのグラフを見ていて、新たに気付いたこともあります。これまで説明して来たように、ある固定された金額(7万円)や係数(0.07%)で制度設計をしてしまうと、将来の貨幣価値の変動に対応出来ないかも知れないということです。この政策がうまく図に当たって、景気が回復するなかで経済がマイルドなインフレ基調に戻ったとすれば、BIの月額も8万円、10万円というように見直さなければならなくなる時が来るかも知れません。あるいは(あまり想定したくないことですが)BIによって国民があまり働かなくなって、現在よりもさらにひどいデフレ経済に陥ってしまうことも可能性としてはあり得る(その時にはBIの月額を切り下げる以前に、この政策自体が保たない訳ですが)。何度も言うように、BIというのは「国家百年の計」ですから、将来的な経済状況の変化も可能性として織り込んでおかなければなりません。「負の相続税」という政策構想において、重要なのは生涯の相続税収支の損益分岐点を一定の資産額で固定しておくということです。そうしないと、国民がBIを受給するか否かの選択をする時の基準がぶれることになりますからね。私の提案では、課税対象資産=1億円(総資産1億3000万円)が損益分岐点でした。これを固定するのは簡単です。BIの金額が1万円変動するのに合わせて、加算税率を0.01パーセントだけ変動させてやればいいのです。8万円のBIなら、1回の受給につき0.08パーセントの税額加算になる計算です。あるいは(いま思い付きましたが)BIは最高額7万円(0,07%)から最低額1万円(0.01%)まで1万円刻みで本人が金額を選べるという制度設計も可能ですね。これならBI受給層と非受給層のあいだの溝がかなり埋められることになるし、インフレに対応してBIの月額を変更する時にも混乱は避けられると思います(新しく「8万円・0.08%」というオプションを付け加えるだけだから)。うん、これはなかなかいいかも知れない。(笑)

 とにかく、いまの政治が行なっているのは、将来にツケを残すような政策ばかりです。大量な国債の発行ばかりでなく、破綻に向かって突き進んでいるように見える年金制度や、一向に進まない少子化対策など、若い世代から見れば暗澹たる未来を予測させるようなことばかりです。このところ政治の世界では、強い経済と厚い福祉が両立し得るかという議論が戦わされているようです。そんなもの両立する訳はないのです、両立させるための仕組みを作らない限りは。世代間の搾取が構造的なものなら、これを解消させるものも構造的な転換でなければならない。どう考えても、方法はたったひとつしかないと思います。高齢世代が多くを保有している個人資産に、社会転換のバネになってもらうということです。そのために必要なのは、相続税を含む資産課税の仕組みを早急に見直すことです。BIという政策は、次世代の福祉政策などといったものでは決してなく、むしろこの資産課税をスムーズに導入するための一便法と言ってもいいのではないかとさえ私には思われます。もしも相続税率の加算を条件にしたBIが実現したとしても、それですぐに相続税の税収が増える訳ではないことに注意してください。この政策がほんとうの実を結ぶのは、国民の多くが長期BI受給者となる20年後、30年後のことです。(景気回復策としてはもっと即効的な効果があると思いますが。) つまり、この政策はこの国の将来を背負う若者や子供たちへの贈り物となり得るものなのです。しかもこれはいまの高齢世代や現役世代に多くの我慢を強いるものでもありません。(相続税の負担増を避けたければ、BIを受給しなければいいだけですから。) 負の相続税と組み合わされたBIこそ、この国の八方塞がりの状況を突破する可能性を持った政策ではないか、考えれば考えるほどそんなふうに思えて来るのです。

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コメント

書中見舞い申しあげます。

このところ相続税の税率を100%にして
BIに充てろ、みたいな意見をよく見ます。
そんな中でこのブログでは冷静に計算した
モデルを提示していて、感心します。
個人的にはこの記事でのモデルをどう判断していいのか
実際の所、あまり理解できていないのですが印象としては
死ぬまで借金が…みたいな重たい気分にもなります。
国債に頼らざる負えない現実同様に。

ま、ほとんどモデルを理解していないということを前提に
ボクが考えるのは相続税率50%。つまり、個人と公共に
半分ずつというのはどうだろうか、です。
100%というのはインパクトはあるものの、ある意味
富裕層に対しての、みせしめ的なものにも思えるし、
記事にあるモデルケースでは少なくとも、ボクには
保険の話を聞いているように感じます。
やはり成功した人にはその功績を認めるべきだし、
成功しなかった人にもがんばっただけの努力は
認めるべきだと思います。
ともかく自分(と身内)に半分、世の中に半分というのは
BI(負の相続税)のためであれば納得しやすい数字と考えます。
浮世離れした意見でしょうか?

投稿: あかみどり | 2010年8月 2日 (月) 12時22分

あかみどりさん、こんにちは。毎度のことながらお返事が遅くなってしまってすみません。

BI支給と引き換えに、将来の相続税を増税するというアイデアは、自分としてはとても気に入っているのですが、分かりにくかったでしょうか。

現在の相続税の最高税率は50%で、かなり大きな基礎控除のある累進課税になっています。これは私は合理的だと思います。もしも相続税が一律50%だったとしたら、ほとんどの世帯が相続によって家を失ってしまうでしょうからね。

「自分(と身内)に半分、世の中に半分」というのは、相続税を払う側の倫理というか心がけとして、とても美しい考え方だと思います。

投稿: Like_an_Arrow | 2010年8月13日 (金) 10時32分

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