« いまさらリニア新幹線はあり得ない | トップページ | これは政権交代の第二章ではないか »

2010年8月29日 (日)

解雇規制の緩和は正しい政策か?

 週刊ダイヤモンドが『解雇解禁 タダ乗り正社員をクビにせよ』という刺激的なタイトルで特集を組んでいます。なかなか熱い記事で、読みごたえがありました。その主張は特集のリード文に簡潔にまとめられています。こんな文章です。「日本の働き手たちの行く手には、処遇格差の厚い壁がいくつも待ち構えている。正社員と非正規社員、中高年と若年層、男性と女性――これらのあいだにある壁は容易に壊れず、時に圧倒的な不平等を生み出す。たとえば、世界的に有名な日本の厳格な解雇規制は正社員と非正規を分け隔てる元凶であり、さらに、その解雇規制が適用されるのは大企業だけで、中小企業では事実上、正社員も解雇自由という歪さを生んでいる。格差を縮小し、労働市場の流動性を高め、生産性向上を図るために、今こそ「解雇解禁」に踏み出すときである。」

 私自身、労働市場の流動性を高めることの必要性を説いて来たひとりですから、解雇規制の緩和ということには基本的に賛成したいのですが、記事を読みながら何か釈然としない気分になったのも事実でした。例えばベーシックインカムが実現した社会においては、労働市場の流動性は自然に高まるだろうし、それに合わせた規制緩和も必要になると思います。いや、ベーシックインカムというのは極端だとしても、必要最低限のセーフティネットが整備される前に雇用規制だけが緩和されれば、街にホームレスをあふれさせるだけの結果に終わってしまうかも知れない。では、セーフティネットの整備を前提にした解雇解禁であれば、「格差を縮小し、労働市場の流動性を高め、生産性向上を図る」ことにつながるのかというと、そんなに簡単な話でもないような気がする。何かもうひとつ大事な点が見落とされているように思えてならないのです。

 解雇解禁の必要性を説きながら、一方で中小企業では比較的自由に正社員の解雇が行なわれているというのですから、今回の特集は単純に大企業における解雇規制を緩和すべしという主張だと読み取れます。では、事実上の解雇規制が弱い中小企業では、そこで働く人のあいだに格差が少なく、労働力の流動性が高く、生産性が向上しているという成果を得ているのでしょうか。確かに人の流動性は高いかも知れないけれど、そのために中小企業の方が大企業よりも生産性が高いとはとても言えない筈です。解雇されるのは必ずしも生産性の低い〈タダ乗り〉社員ばかりとは限らないからです。今回の記事でも、中小企業で不当解雇が横行しているという事実について、いろいろな例を挙げて報告しています。(髪を茶髪に染めろと言われ、拒否したら解雇されたという例が載っています。「茶髪に染めるな」の誤植かと思ったら、アパレルショップでの事例でした。) 常識的に考えても解雇には〈良い解雇〉と〈悪い解雇〉の二通りがありそうです。ろくに仕事もしないタダ乗り社員を辞めさせるのは良い解雇、上司が能力のある部下を嫉妬して辞めさせるのは悪い解雇。中小企業では不当解雇が横行しているのに、大企業では良い解雇だけが選択的に行なわれると予測させる根拠は何でしょう?

 今回の特集記事で踏み込みが足りないのはそこです。生産性の低い正社員を解雇する(あるいは減給する。あるいは再教育する)という選択が正しいとしても、それを誰がどのように判断するかということです。大企業だから常に正しい判断が行なわれるとは限らないと思います。(そのことは長年サラリーマンをやって来て、企業の管理職をたくさん見て来た自分の実感からも言えることです。) 今回の記事では〈既得権〉という言葉がひとつのキーワードになっています。でも、それはむかし植木等が演じたようなお気楽サラリーマンだけの特権ではない、なかには経営陣が丸ごとフリーライドしているような会社だって少なくない筈です。もしも組織の中に様々なレベルでの既得権が存在しているものなら、解雇規制だけを緩和したところで、それは力の強い既得権者が力の弱い既得権者を排除するための道具として利用されるだけです。解雇権を持つのが相応しくない人たちが解雇権を持てば、それは組織の硬直化をより助長するだけの結果につながりかねない。労働市場の流動性や企業の生産性が向上するなんてお題目も絵に描いた餅に過ぎないかも知れないのです。問題は、働く人の多くが程度の差こそあれフリーライド出来るほど生産性の高まった社会において、いかにして企業のなかに地位や権力からの影響を受けない公平な評価制度を打ち立てるかということです。

 これは簡単に解ける問題ではないと思います。以前多くの大企業のあいだで流行した成果主義というものも、結局この国では定着しませんでした。日本人のメンタリティに合わないから定着しなかったというよりも、今日のような高度で複雑な産業社会のなかでは、企業活動も優秀な社員の個人プレーによって支えられている訳ではなく、それぞれに役割を分担された多くの社員の連携プレーで成り立っているものだからです。私はこれからの企業活動の基本は、固定的な組織階層を中心にしたものではなく、個別の目的のためにテンポラリーに組織されたプロジェクトを中心にしたものであるべきだと思っているのですが、これは今回のテーマではありません。長引く不況のなかで解雇規制の緩和だけを行なうことは、社会の歪みをより大きくするだけだというのが今回の結論です。経済的にも精神的にも、余裕が無くなれば無くなるほど人は既得権にしがみつくようになります。失業率が高止まりし、転職もままならない状況のなかで、誰もが既得権を守るために汲々としている。この状況を打破するために政治がやるべきことは、制度や法律を変えることではありません、何よりもまず景気を良くすることです。ほとんどの国民がやり場のない閉塞感で余裕を失っている状況のなかで、解雇解禁などという劇薬を用いることは、既得権による格差を固定化し、労働市場から自由を奪い、ひいては社会全体の生産性を低下させるだけではないかと心配するのです。

|

« いまさらリニア新幹線はあり得ない | トップページ | これは政権交代の第二章ではないか »

コメント

【雇用】解雇規制の緩和(労働市場の流動化)
http://matome.naver.jp/odai/2135358080478564501

賛成
OECD 自民党 みんなの党 日本維新の会
飯田泰之 池田信夫 伊藤元重 岩瀬大輔 小幡績
大竹文雄 大前研一 勝間和代 古賀茂明 城繁幸
高橋洋一 竹中平蔵 田原総一朗 冨山和彦 八田達夫
堀江貴文 宮台真司 八代尚宏 山崎元 渡邉正裕
【他多数

反対
共産党 社民党
内橋克人 金子勝 森永卓郎

解雇規制緩和と若者の雇用
http://togetter.com/li/272162

投稿: 【雇用】解雇規制の緩和(労働市場の流動化) | 2012年12月23日 (日) 21時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138790/49284853

この記事へのトラックバック一覧です: 解雇規制の緩和は正しい政策か?:

« いまさらリニア新幹線はあり得ない | トップページ | これは政権交代の第二章ではないか »