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2010年7月 5日 (月)

政策としてのベーシックインカム論(4)

 公的年金の抱える構造的な問題については、調べれば調べるほど、考えれば考えるほど暗澹たる気分になって来ます。きっとこの国は、人類史上最悪のネズミ講とでも呼ぶべき年金制度とともに滅んで行くのだなあ、そんな感慨さえ心に浮かんで来るほどです。しかし、ここで検討を諦める訳にはいきません。ベーシックインカムの実現に向けた私たちの戦いにおいては、道が平坦ではないことは最初から分かっていたことです。年金改革も、そのための産みの苦しみであることを信じましょう。前回の記事では、BIの支給が始まることを前提に、なるべくマイルドな仕方で国民年金を解散し、厚生年金(とそれに統合される共済年金)を国庫負担に頼らない独立採算方式に変えて行くやり方について説明しました。それが実行可能な政策かどうかということは、実は真剣に議論すべきテーマではないようにも思えます。BIがどうこういう以前に、年金改革(つまり年金に対する国庫負担の廃止あるいは大幅な軽減)ということは、この国の財政破綻を食い止めるために必要不可欠な条件であると考えられるからです。だからこれは議論の前提ではあっても、討議の争点ではない、そういう理解で話を進めます。年金問題に関しては、別途また考える機会もあると思いますが、いまはBIの財源問題に話を戻します。

 さて、もしも日本の財政が公的年金の重い鎖から解き放たれたとすれば、BIというのはどのくらい現実的な政策に近づくでしょう? それをこれから試算していく訳ですが、ここで私の前提条件をもう一度明確にしておきます。BIの支給対象は二十歳以上のすべての日本人、支給金額は月に7万円とします。以前から私はBIの月額は8万円を想定していました。これは現在の単身者向けの生活保護の支給レベルに合わせた金額だった訳ですが、この連載の第一回目で取り上げた原田泰さんの考え方(「中央公論」6月号119頁)に共感するところがあったので、1万円だけ減額したのです。最近、貧困ビジネスというものが話題になっています。これはホームレスの人たちから、月8万円の生活保護費を巻き上げて、その対価として最低限の住と食を与えるというものです。それが悪徳ビジネスであるかどうかは別にして、月額8万円でも業者に利益が残るというところがキーポイントです。現在の生活保護世帯は、行政から監視され、お互いの生活が分断されているが故に、規模の経済性を追求しにくい状況に陥っています。これがBIに代われば、新しいかたちの共同生活や互助の仕組みが自然に生まれて来るような気がするのです。(私が昔からあこがれていた、21世紀の新しい〈長屋〉の誕生です。笑) 月に7万円では生活出来ないと文句を言うのではなく、その金額でいかに快適にストレス無く暮らして行けるかを工夫するのが、BI時代の民衆の知恵ということになる訳ですね。二十歳以上の国民、約1億4百万人に年額84万円のBIを支給するための総費用は87兆円。それをいまの財政からひねり出すことは可能なのか?

 まずは所得税の増税です。この連載の第一回目で私が示した試算によれば、最低税額5%から最高税率40%までという現在の所得税率を、BI導入に合わせて最低20%から最高45%にまで引き上げれば、年間の所得税収入は60兆円ほどになると予想されます(各種の税額控除は廃止される前提です)。現在の所得税収入は15兆円くらいだった筈ですから、その差額の45兆円がBIの原資として期待出来ることになります。またBIは国民年金の代わりに高齢者にも無条件で支給されるものですから、その原資は現役世代の所得税からだけでなく、高齢者も負担する消費税にも求めましょう。いま参議院選に向けて消費税の増税が政策の論点になっていますが、今後消費税率が何パーセントになるにせよ、そのうちの5%分をBIのために回してもらうものとします。これで期待出来る税収は12.5兆円ほどです。さらに公的年金に対する国庫負担が無くなる訳ですから、その予算もBIに回せますし、当然生活保護や雇用保険に対する公費負担もBI原資に組み入れられます。連載第二回で紹介した小沢修司さんの記事に掲載されている表(「現代思想」6月号67頁)によれば、公的年金(国民年金、厚生年金、共済年金)と雇用保険と生活保護に対する国庫負担の合計は11.5兆円になります(2007年)。ここまでの合計はいくらかな? 45+12.5+11.5=69兆円。目標の87兆円には、まだ18兆円も足りません。

 もうひとつ考えられるのは、厚生年金と厚生年金基金に対する事業者負担分の費用です。厚生年金の掛け金は、加入者と雇用者が折半して支払うことになっています。これも小沢さんの記事によれば、その額は18兆円にも上るのだそうです。おや、ぴったりじゃないか。よし、これをBIに回してもらおう…と言いたいところですが、それはダメです。私の年金改革構想では、厚生年金は(多少規模を縮小してでも)継続する前提でした(廃止したら暴動が起こる)。もしも事業者負担が無くなって、全額個人負担なんてことになったら、誰も厚生年金に加入する人などいなくなる。すると世代間扶助の仕組みはあっという間に崩壊してしまいます。だからここには絶対に手を付ける訳にはいかないのです。ただ、これも私が以前の記事で提案したことですが、BIがすべての国民に支給されることを前提に、企業は被雇用者への給与・賃金をカットすることが可能になりますから(そのために財界にはBIを支持する声もあるのです)、その分のノリシロを雇用税(人頭税)として新たに徴収することなら不可能ではないと思います。例えば労働者をひとり雇うために、事業者は月額1万円の雇用税を国に納めなければならないといった制度です。雇用税はパートやアルバイトに対しても発生します。税額は月間の就労時間が100時間以上なら一律1万円とし、90時間以上100時間未満なら9000円、80時間以上90時間未満なら8000円…と時間に応じてスライドさせ、10時間未満では非課税とするという仕組みでどうでしょう。重要なことは、雇用税の負担を被雇用者の給与・賃金に転嫁するかどうかは、その企業の判断に任されるという点です。企業が一方的に損をかぶらないように、法で定められた最低賃金というものも廃止します(私見によればBIと最低賃金法は相性の悪いものなのです)。日本には6300万人の就業者がいますから、雇用税の税収は8.3兆円になる計算です(6300万人×年額12万円)。パートタイム分の減額を加味すれば正味7兆円程度でしょうか(だんだん計算がいい加減になって来た。笑)。これは全額BIの原資に当てます。

 さあ、これで69+7=76兆円まで来ました。目標の87兆円には、まだ11兆円足りません。次に目を付けるのは相続税です。実はここが私が考えているBI財源の本丸なのです。いまの日本ではGDPが約500兆円、その中から40兆円くらいの国税が徴収されています。一方で個人の金融資産のトータルは1500兆円弱、そこに土地・建物・貴金属などの実物資産を加えれば、2500兆円もの個人資産があると言います。ところが毎年納められる相続税は、だいたい1兆2000億円程度なのです。これはいかにも少ないと感じます。現在の日本経済の根本的な問題は、高齢者が中心となって保有している莫大な個人資産が凍りついていて、経済を活性化するためにまるで役立っていないということです。将来の年金財政への不安などが、ますます資産を凍りつかせる要因として働いています。世代交代のサイクルが30年くらいだとして、2500兆円の資産のうち83兆円くらいが毎年相続されているものと考えられます(2500/30)。その10パーセントを徴税出来たとすれば、相続税の税収は8兆円くらいあってもおかしくない。それが何故1兆円余りしか徴税出来ていないかと言えば、ここにもいろいろな税控除が用意されているからです。いまインターネットで調べたところでは、年間に死亡する人のわずか4.2パーセントほどしか相続税を納めていないのだそうです。相続税なんて、自分にとって生涯縁のないものなので、関心を持ったこともありませんでした。調べてみると、これもけっこう複雑な仕組みです。相続資産が3億円以上なら、最高税率の50パーセントが適応されますが、そこには相続資産全体にかかる基礎控除(5000万円+相続人の人数×1000万円)がある上に、個々の相続人の取得額に応じた控除まであるので、実効税率はずいぶん低くなっている。10億円の資産を3人の子供が均等に相続した場合、税率は31.9パーセントしかありません。これが3億円なら、わずか15パーセントです。相続人のなかに配偶者がいれば、資産の半分は非課税になりますから、実効税率はさらに下がります。税率50パーセントなんてウソもいいとこです。国会議員には資産家が多いので、そんなゴマカシのような制度設計が平然と行なわれて来たのでしょう。

 私の相続税改革案を説明します。まず相続税の最高税率を現在の50パーセントから40パーセントに下げます。その代わりに基礎控除は相続人の人数に関係無く、一律3000万円にまで引き下げます。これで現在は4.2パーセントの世帯しか相続税を納めていないのが、もっと裾野の広い層が納税義務を負うことになります。但し、現在は最低税率が10パーセントですが、もっとなだらかな累進課税を採用するので、相続資産が数千万円程度の小金持ち世帯にとってはさほど大きな税負担にはなりません。例えば4000万円を相続するなら、基礎控除の3000万円を引いた1000万円に1パーセントの課税がされる(相続税10万円)といったイメージです。ほんとうは基礎控除も廃止して、すべての国民に遺産相続に対する納税意識を持ってもらいたいところなのですが、そうするとたぶん徴税を行なう税務署の実務が追いつかない。基礎控除3000万円は、実務が耐えられるぎりぎりの線ではないかと思う訳です(もちろん納税者番号制度の導入が前提になります)。下のグラフは、相続する子供の人数によって現行の相続税率がどのようになっているかを示したものです。線が微妙に凸凹しているのは、現在の税制が大雑把な税率設定と調整のための控除によって成り立っているからです。(いつも疑問に思うのですが、厳格な様式美を重んじる日本の役人が、何故こんなアバウトな制度設計をするのでしょう。もっときめ細かな税率設定をすれば、見た目にもきれいな税率カーブが描けるだろうに。これは所得税の税率についても言えることですね。これだけパソコンが普及した時代なのだから、累進税率の目が細かいことは何も問題にはならない筈です。)

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 グラフを見て気付くのは、相続人(子供)の人数が増えると、トータルの税率が驚くほど軽減されることです。資産総額数億円というふつうの金持ちの場合、相続対象の子供が1人か4人かによって税率はほとんど倍くらい違います。これにはどういう合理的な理由があるのでしょう? 子供が多いと、ひとり当たりの相続資産が減ってしまって気の毒だから税率を優遇している? バカ言っちゃいけない。それじゃあ相続する財産など持たない我々庶民はどうなるんだ? と、まあ、庶民の怒りはともかく、こういう不合理な制度は是正されるべきだと考えます。私の改革案では、基礎控除における相続人の人数に応じた控除(1人につき1000万円)を廃止すると同時に、相続人それぞれの相続額に応じた二次控除も廃止します。これによって実効税率は(基礎控除分を除けば)基準の相続税率にほぼ等しくなる。相続する子供が多ければ多いほど、相続税率が下がるというようなことはなくなります。さらに相続資産の二分の一までは非課税という配偶者控除も廃止します。全体的に女性の方が平均寿命が長いという現実のなかで、配偶者控除があるために資産の世代間移転が阻害されている事実があるからです。次のグラフは、先ほどのグラフに私の提案する新しい税率のカーブを追加したものです。この新方式では、相続人の人数に関わりなくグラフの線は1本です。現行の税率と比較して、相続人が1人だった場合よりは税率が低くなるが、相続人が2人だった場合よりは高くなる、そのくらいの線を狙っています。あとは資産3000万円以上に例外無く相続税がかかることと、最高税率を50パーセントから40パーセントに引き下げるところが改定のポイントになります。何故最高税率を下げるかと言えば、これは税制改革に対する心理的な反撥に考慮したのと、現行の相続税は一般の富裕層に優しい反面、数の上ではマイノリティーである超富裕層(資産総額が数十億円以上の層)が狙い撃ちされているように見える、その点を是正したのです。

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 これによって年間の相続税収がどれだけ増えるか、それを正確に見積もるのは難しいところですが、インターネットを探していたら参考になりそうなデータを見付けました。経済産業経済所という独立行政法人のサイトに掲載されていた資料にあった表です(元は国税庁の統計だそうです。PDFの52ページをご覧ください)。2005年の相続税に関する統計資料なのですが、よく見るとなかなか面白いことに気付きます。例えばこの表から、2005年に100億円を超す遺産を遺して死んだ人が全国で7人いたことが分かります。50億円超なら28人。へえー。それはともかく、この表で注目すべき点は、課税価格1億円以下で相続税を払った人が、全国でたったの9270人しかいなかったという事実です。一方、総務省のこちらのページを見れば、貯蓄資産高が3000万円以上ある世帯は全世帯の16.4パーセントであることが分かります(貯蓄資産なので土地や建物は含まないのだと思います)。これも統計によれば、2005年に死亡した日本人は約108万人ですから、その16.4パーセントの18万人くらいは3000万円以上の金融資産を遺していたと推測されます(この他に実物資産がありますし、また資産は高齢者に多く偏っていますから、3000万円以上の財産を遺していた人の数は実際にはもっと多い筈です)。ここでは少なく見積もって、課税資産1億円以下の死亡者のうち14.4万人くらいは相続税の納税者になると仮定します(18万人からこの表の1億円超の人数を引いた数です)。この人たちが遺す遺産の平均が6000万円とすれば、基礎控除を引いた課税対象価格の平均は3000万円、私の税率表では遺産6000万円の場合の税率が4パーセントですから、平均納税額は120万円となります。この層の人たちが払う相続税のトータルは、14.4万人×120万円=1728億円。さらに課税資産が1億円を超える層について言えば、相続税を納める被相続人の人数はほとんど変わらないでしょうから、税率の改定分だけが納税額に反映されることになります。新しい税率表から拾った税率によって納付税額を計算し直してみると、下の表のようになります。(右側の色の付いた部分が新税制でのシミュレーションです。クリックで拡大します。)

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 なんだ、あんまり大した変化はありませんでした。1兆1520億円だった相続税収が、2兆2998億円になっただけ。増加分は1兆1500億円程度にとどまります。相続税はBI財源の本丸だった筈なのに、意外にしょぼかったですね。やっぱり税制改革というのは難しいものです。民主党の苦労がよく分かりました。(昔のように相続税の最高税率を70パーセントくらいにまで引き上げることも考えましたが、それでも税収の増加は微々たるものです。そのこともシミュレーションしてみて分かりました。) ここまでに集めたBIの原資は、76兆円+1.1兆円で77.1兆円。まだ目標の87兆円には10兆円近く不足しています。所得税を増税して、消費税を増税して、企業には雇用税を新設して、相続税まで増税したのにまだ足りない。さあ、どうしたものだろう? やっぱり政府貨幣の発行か? いやいや、実はもうひとつだけ取っておきの奥の手があるのです。たぶんまだ誰も思い付いたことのない画期的なアイデアです。その説明は…、また来週のこころだ。(笑)

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コメント

雇用税はザービス残業増加につながりそうですがどうでしょうか

頭数減らそうとするのでワークシェアとも逆行していますし

投稿: ああああ | 2010年7月19日 (月) 15時10分

> 雇用税はザービス残業増加につながりそうですがどうでしょうか
> 頭数減らそうとするのでワークシェアとも逆行していますし

私の当初の考えでは、雇用税(人頭税)は被雇用者の月間労働時間に応じて徴収するというものでした。つまり1時間当たり千円といったようにです。

これなら1人の労働者が100時間働こうと、2人の労働者が50時間ずつ働こうと、企業が支払う雇用税は同じですから、頭数を減らすことの意味は無くなります。ワークシェアにも逆行しません。

サービス残業というのは、雇用税があろうが無かろうがそれ自体が問題な訳で、現状でも改善が必要だと思います。ただひとつ言えることは、現在のサービス残業問題は、職を失うという恐怖感があるために、労働者の方でも「サービス残業もやむなし」という気持ちがあるために問題となりにくい面があるのだと思います。ところが、時間当たりの雇用税が設定されると、サービス残業は労使間の暗黙の合意では済まされなくなります。それは端的に脱税行為になるからです。つまり、雇用税によってサービス残業が社会問題化するという効能も期待出来ると思います。

今回の記事では、雇用税の税額を低く抑え、厳密に労働時間に応じた課税ではない簡易的な方式を提案しています。でも、ご指摘のとおり、雇用税の税額決定に関してはいろいろな場合を考慮して、綿密に制度設計をする必要がありますね。コメント、どうもありがとうございました。

投稿: Like_an_Arrow | 2010年7月19日 (月) 23時19分

丁寧なご回答ありがとうございます、なるほどです。

僕としましては、一人の労働者を適切な時間働かせることと長時間酷使することは意味が違っていると思っています。
前者は国家の共有財産たる人材を正当に利用していますが、後者は共有財産をかすめとり不正利用するのに等しいからです。
それゆえ長時間労働になるほど右肩上がりに急カーブで雇用税は高くなるべきだというふうに思っています。

投稿: ああああ | 2010年7月20日 (火) 23時46分

昭和58年頃の基礎控除を調べてみてください。
たぶん3000万円だと思います。
今の最高税率に引き下がるまで、段々高かくなっていきました。
税負担は今の比ではありません。
全体のプロセスを見て、論じた方がよいです。
基礎控除を安易に引き下げればいいと言う訳ではありせん。
基礎控除を引き下げるまでは多くの人が、苦しんでいました。(地価が上昇し続けたためとバブル崩壊後の地価下落)
経済活動全般を通して判断した方がよいです。
資産デフレ下で論じてもしょうがないからです。
経済活動が収縮するだけです。

投稿: | 2010年10月16日 (土) 23時58分

参考にさせていただくべき意見だと思いますが、昭和58年(1983年)頃と現在では住宅価格もだいぶ違うと思いますし、いろいろな要素を見ながら総合的に検討すべき問題ですね。相続税の基礎控除については、住んでいる家を失うという問題に直結する訳ですから、特に慎重に検討することが必要です。コメント、どうもありがとうございました。

投稿: Like_an_Arrow | 2010年10月17日 (日) 09時11分

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