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2010年7月18日 (日)

得票で勝って選挙に負けた民主党

 とうとう現在の選挙制度の根本的な問題が露呈してしまいました。有権者の意思が選挙結果に正しく反映されないという、制度設計の根幹に関わる問題です。注意深い人なら誰でも気が付いた筈です、今回の参議院選挙で、マスコミは民主党の大敗を報じていますが、選挙区でも比例区でも民主党の得票数は自民党を圧倒的に上回っているのです。選挙区の得票率を比べた場合、民主党が38.97%に対して自民党は33.38%、比例区の方は民主党が31.56%に対して自民党は24.07%。どう見ても民主党惨敗なんて言えないじゃありませんか。獲得議席で比べると、比例区でこそ民主16議席、自民12議席と得票数に比例した議席数になっていますが(比例区なんだから当たり前です)、選挙区の方は民主28議席に対して自民39議席と逆転しているのです。これは事前に週刊誌などが予想していたように、一人区で民主党が8勝22敗と大敗したからです。要するに都市部で勝って、地方で負けたのですね(もちろんその背景には最大5倍を超す一票の格差問題があります)。前回の衆院選(政権交代)でも前々回の衆院選(郵政民営化)でも、選挙区においては得票率のわずかな傾きが大きく増幅されて結果に反映されるという結果を私たちは見て来ました。今回起こったことはもっと深刻な事態です。この二党だけの比率で見ると、得票数は54対46なのに、議席数では42対58というひどい逆転現象が起きている。これが民意を公平に反映した結果だとは誰も言えない筈です。簡単に言ってしまえば、ルールがでたらめなので、ゲームの結果もでたらめだっただけ。まあ、私は民主党にも自民党にも投票していないので、今回の結果に個人的に口惜しい思いをしている訳ではないのですが…

 選挙の仕組みひとつで、実際の得票率などおかまいなしに選挙結果がどうにでも変わってしまう、そんな制度が民主主義の根幹だなんて思いたくないし、そんなものに国政を託すことなど出来ないと強く感じます。投票は国民の義務だと言うけれど、選挙区制を中心としたいまの選挙制度はほとんどバクチのようなものですから、これはバクチへの参加を国民に義務付けているのと変わらない。(バクチなのでそれなりの面白さがあることは認めます。) 最初に小選挙区制が導入された時、これによって日本にも欧米のような政権交代がある二大政党制に向かう道が拓けると聞かされたものでした。そして確かにその通りになったのです。が、その実態は、総理大臣の不用意なひと言や政策とは関係無いスキャンダルによって、政権が振り子のように覆ってしまう不安定な政治をもたらしただけだった。政治はスポーツではないのですから、手に汗握るシーソーゲームのようなものであっては困ります。国政選挙があるたびに同じ記事を書いているような気がしますが、私の選挙制度改革案は単純です(このブログへの最初の投稿で書いたのもそのことでした)。まず選挙区を廃止して比例区だけにする、これが基本になります。政党の名前を書く投票用紙と候補者の名前を書く投票用紙の2枚を用意し、有権者はそれぞれに支持する政党と支持する候補者を書くという投票方式を採用します。政党ごとの議席数は政党票の得票率によってのみ決まります。候補者への投票は、その人が所属する政党の中での名簿順位を決めるためだけに使います。世界にはこれに近い投票方式を採用している国もあるようです。オーストリアやスウェーデンなどがそうです(出典はこちら)。

 この方式のメリットは、大きく三つあります。ひとつめは有権者の支持率が政党の議席数にほぼ正確に比例するということです(このために小規模政党も排除されにくくなります。民主主義国家としてはかくあるべきことです)。ふたつめは選挙の度に問題となる一票の格差問題が完璧に解決されることです(選挙区が全国区ひとつになるのだから当然のことですね)。みっつめはこの方式では現在の参院選の非拘束名簿方式とは違って、同じ政党内での「票の横流し」という有権者にとって納得のいかない事態を防止出来るということです。(非常に人気のある候補が比例区に出ると、その人が集めた票のおこぼれで、さほど票を集めなかった候補まで当選してしまうという問題です。これが無くなれば知名度のあるタレント候補の擁立も抑制出来ます。) これに対して、当然反対意見も出て来ると思います。まず全国単一の比例区になると、都市部に比べて人口が少ない地方が切り捨てられてしまうという意見です。(この意見に同意する人は、選挙区ごとの一票の格差を暗黙のうちに是認していることになります。) しかし、私は思うのですが、これからの国政選挙においては、有権者はもう地元の代表を選ぶという意識を卒業すべきなのではないでしょうか。これは地元への利益誘導型の政治から脱却するためにも必要なことです(その分、地方議会に有能な人を送り込んで、地方分権を推し進めればいいのです)。また選挙区が全国区に拡大することで、知名度の低い候補者が苦戦する、あるいは選挙費用が嵩むといったデメリットを指摘する人がいるかも知れません。しかし、それは選挙に出る候補者側の都合に過ぎません。これだけテレビやインターネットが普及した時代なのですから、全国を遊説行脚しなくても、有権者に訴える手段はいくらでもある筈です。

 今回の選挙結果に関連して、ひとつ気になるニュースがありました。比例区の投票において、候補者名ではなく政党名を書く人の割合が選挙の度に増加しているというのです。これも以前書いたことの繰り返しになりますが、比例区の投票で政党名を書く人は、与えられた選挙権の半分を放棄しているも同然なのです。参議院の比例代表制では、候補者名でも政党名でも投票出来るようになっています。候補者名を書いても、その人が所属する政党への投票としてカウントされるというところがポイントです。さらにそれは政党内での名簿順位を決めるのですから、一票で二度おいしいことになります。今回の選挙では政党名を書いて投票した人が全体の75パーセントもいたと言います。その人たちは、残りの25パーセントの有権者に支持する政党の名簿順位決定を委ねてしまっていることを分かっていたのでしょうか? (私だってこのブログを始めて、選挙制度について調べてみるまでは分かっていませんでした。) これはひとつには、現在の選挙制度の仕組みが国民に充分伝えられていないということと、もうひとつには衆院選の拘束名簿方式と混在していることで有権者の理解を混乱させていることが挙げられると思います。選挙区を廃止するかどうかはともかく、比例区においては両院の選挙方式を揃えるべきだと思います。その際には政党・候補者を別々に記入する非拘束名簿方式を採用すべきでしょう。民度の高い先進国の有権者にとって、衆院選のような政党の勝手な都合で決められた名簿順による比例代表制というのは納得出来る制度ではありませんから。また参院選のような1枚の投票用紙に政党名でも候補者名でも好きな方を書いていいというルールは、そもそも一票の重みに格差をつけることを許すバランスの悪い制度でしかありませんから。

 振り返ってみれば、このブログでは選挙改革のアイデアを他にもいろいろ検討しています。これだけ複雑な社会になってしまったのだから、国会議員にもそれぞれの専門性を持ってもらおう、そのために地域別の選挙区を止めて、分野別の「専門区」を作ろうということも書きました。(読み返してみると、我ながらグッド・アイデアです。笑) あるいは選挙区制では自分の意中の候補がいてもその人に投票することが出来ない、そのジレンマを解消するために、ふるさと納税ならぬ「ふるさと投票」という制度を導入したらどうかという記事もあります。(おそらくこれによって有権者の投票意欲は格段に高まる筈です。) さらには選挙に立候補するために必要な供託金をうんと安くして、無党派層の支持の受け皿となる「ロングテール政党」が生まれる土壌を作ろうという提案もありました。(現在の国政選挙の大きな問題は、立候補する時に必要な高過ぎる供託金です。ひとり600万円も払って、当選しなければ全額没収です。) 有権者もマスコミも選挙の帰趨には注目しますが、その選挙がどのようなルールで戦われているかにはあまり注目しません。選挙が終わったあともマスコミは、菅総理の選挙責任だとか消費税発言だとかをほとんどワイドショーのネタのように垂れ流しています。しかし、今回の選挙結果が私たちに突き付けた一番の問題は、政権交代が起こり得る時代においてあるべき選挙制度とはどういうものか、それをもう一度考え直さなければならないということだと思います。まずはそこから改革しなければ、民主主義もへったくれもあったものではない。民主党について言えば、今回は選挙制度に負けたけれども選挙に負けた訳ではないのですから、消費税論議も含めて地に足のついた政策を坦々と継続していただきたい、そう願うばかりです。

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