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2010年7月25日 (日)

我が敬愛するエコノミスト

 インターネットで毎回欠かさず目を通しているページがあります。このブログでも何度か取り上げたことのある内田樹さんのブログを始めとして、インターネットが普及し始める以前から現代社会に対する警鐘を鳴らし続けているビル・トッテンさんのコラム、日経BP社のサイトで人気の小田嶋隆さんのエッセイなどが特にお気に入りです。最近、そんな私のお気に入りに、もうひとつのページが加わりました。大和総研という会社のチーフ・エコノミストという肩書を持つ原田泰さんの連載コラムです。原田さんの名前を知ったのは、中央公論の6月号に載ったベーシックインカム論を読んだのが最初でした。これに触発されるかたちで私も政策としてのベーシックインカムについて長い記事を書いたのですが、原田さんの論文はこれまで私が読んで来たベーシックインカムに関する文章のなかでも特に印象に残る一篇だったのです。簡単に言えば、文章のはしはしに筆者の人間性というか人柄がにじみ出ている、そういった印象を強く受けたのです。

 ブログ記事にベーシックインカムのことや財政問題のことを取り上げることも多いので、関連する情報を図書館やインターネットで調べる機会も結構あります。そこで感じることは経済学者だとかエコノミストと呼ばれる人たちの、何か前時代的なとでも呼びたいような閉鎖性や排他性です。こちらは経済学の専門家ではないので、そこで述べられている学説の正しさよりも、どうしても文章を透かして見える筆者の人間性を先に見てしまいます。最近はどんな専門的な分野の学者さんでも、その世界のことを素人にも分かりやすく語ってくれる優れたエッセイを書く方が増えて来たような気がします(例えば福岡伸一さんのような)。ところが経済学という分野だけは、いまだにケインズ派だとか新古典派だとかいった党派に分かれて、相手を攻撃することを第一の目的にしたような文章が多いように見受けられるのです。たぶん理論は精密になって来ているのでしょうが、その文章を一般の読者が読んでどういう印象を持つか、その点についてあまりに無頓着な書き手が多いように感じます。経済学というのも、他の人文系の学問分野と同じで、数式や理論によってすべてが割り切れるものではないので、もしも自説を多くの人にアピールしたいのであれば、少なくとも現代の読者のテイストに合わせた書き方という点で工夫の余地があるのではないでしょうか。

 エコノミストという肩書の人のなかでも、新しい記事が発表されるのを楽しみにしているエッセイストもいます。例えば山崎元さん森永卓郎さんなどがそうです。リベラルな立場の人たちなので、自分のような人間にとっても読みやすいという理由もあります。でも、基本は書き手の人柄やバランス感覚の良さです。(森永さんがバランス感覚がいいなんて言うと、反論してくる人がいるかも知れませんが、あれはあれでひとつの〈芸〉として意識的にやっているんだと思います。笑) 原田泰さんのコラムについて言えば、短い文章のなかに非常に簡潔に論旨がまとめられていて、しかも読者をハッとさせる着眼点が毎回提示されている、まさに名文と呼ぶにふさわしい文章だと私は評価します。何かこう世間に超然としたスタイルも含めて、現代版の「徒然草」といった趣きさえあります。でも、こんなことを私がいくら書いても説得力はありませんね、本文を読んでいただいた方が早い。いい文章がたくさんあるのですが、例えばこんな一文はいかがでしょう。

『バラマキは悪くない

定額給付金や児童手当などは、バラマキであるとして評判が悪い。しかし、なぜバラマキがいけないのだろうか。実は、財政政策を不況対策として使うのなら、バラマキ以外に方法がない。

今回の不況対策を考えると、まず、仕事と住宅を一挙に失った人を助けるために、失業保険に入っていない人にもなんらかの手当をすることに反対する人は少ないだろう。しかし、雇用保険に入っていなかった人を、入っていた人よりも優遇する訳にもいかない。すると、それほど多くの予算を使うことはできない。過去最大15兆円の景気対策を行うとすれば、従来型の公共事業の復活ということになってしまう。それに便乗してアニメの殿堂も出てきたわけだ。

時間があっても賢い支出のできない人々に、景気対策のように時間がないときに支出させれば、賢くない支出のオンパレードになってしまう。それよりもバラマキの方がマシではないだろうか。そもそも、失業しにくい正規社員は雇用保険に入っているが、失業しやすい非正規社員は雇用保険に入っていないというヘンな制度を作り、それがヘンだと分かった今になっても、まともな制度設計の議論ができない人々に、賢い支出などできるはずがない。

私は、景気対策は、法人税と所得税の減税で行うのが一番良いと思うが、大企業優遇、金持ち優遇との批判があるだろう。それなら、一律に配っても、子供の数に応じて配っても、悪くはない。

膨大な財政赤字を抱えているときに減税などとんでもないという議論があるだろうが、財政支出を増やしても赤字が増えるのは同じである。不況でも財政政策は使うなというのなら首尾一貫はしているが、従来型公共事業は良くてバラマキが悪いと主張するのは根拠がない。

ばら撒かれたお金は、国民が自分で考えて使うことができる。しかし、政府がお金を使えば、国民が自分で考えて使えるお金が減ってしまう。国民が自分で考えて使えるお金が増えるバラマキの方が良いに決まっている。 』

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2010年7月18日 (日)

得票で勝って選挙に負けた民主党

 とうとう現在の選挙制度の根本的な問題が露呈してしまいました。有権者の意思が選挙結果に正しく反映されないという、制度設計の根幹に関わる問題です。注意深い人なら誰でも気が付いた筈です、今回の参議院選挙で、マスコミは民主党の大敗を報じていますが、選挙区でも比例区でも民主党の得票数は自民党を圧倒的に上回っているのです。選挙区の得票率を比べた場合、民主党が38.97%に対して自民党は33.38%、比例区の方は民主党が31.56%に対して自民党は24.07%。どう見ても民主党惨敗なんて言えないじゃありませんか。獲得議席で比べると、比例区でこそ民主16議席、自民12議席と得票数に比例した議席数になっていますが(比例区なんだから当たり前です)、選挙区の方は民主28議席に対して自民39議席と逆転しているのです。これは事前に週刊誌などが予想していたように、一人区で民主党が8勝22敗と大敗したからです。要するに都市部で勝って、地方で負けたのですね(もちろんその背景には最大5倍を超す一票の格差問題があります)。前回の衆院選(政権交代)でも前々回の衆院選(郵政民営化)でも、選挙区においては得票率のわずかな傾きが大きく増幅されて結果に反映されるという結果を私たちは見て来ました。今回起こったことはもっと深刻な事態です。この二党だけの比率で見ると、得票数は54対46なのに、議席数では42対58というひどい逆転現象が起きている。これが民意を公平に反映した結果だとは誰も言えない筈です。簡単に言ってしまえば、ルールがでたらめなので、ゲームの結果もでたらめだっただけ。まあ、私は民主党にも自民党にも投票していないので、今回の結果に個人的に口惜しい思いをしている訳ではないのですが…

 選挙の仕組みひとつで、実際の得票率などおかまいなしに選挙結果がどうにでも変わってしまう、そんな制度が民主主義の根幹だなんて思いたくないし、そんなものに国政を託すことなど出来ないと強く感じます。投票は国民の義務だと言うけれど、選挙区制を中心としたいまの選挙制度はほとんどバクチのようなものですから、これはバクチへの参加を国民に義務付けているのと変わらない。(バクチなのでそれなりの面白さがあることは認めます。) 最初に小選挙区制が導入された時、これによって日本にも欧米のような政権交代がある二大政党制に向かう道が拓けると聞かされたものでした。そして確かにその通りになったのです。が、その実態は、総理大臣の不用意なひと言や政策とは関係無いスキャンダルによって、政権が振り子のように覆ってしまう不安定な政治をもたらしただけだった。政治はスポーツではないのですから、手に汗握るシーソーゲームのようなものであっては困ります。国政選挙があるたびに同じ記事を書いているような気がしますが、私の選挙制度改革案は単純です(このブログへの最初の投稿で書いたのもそのことでした)。まず選挙区を廃止して比例区だけにする、これが基本になります。政党の名前を書く投票用紙と候補者の名前を書く投票用紙の2枚を用意し、有権者はそれぞれに支持する政党と支持する候補者を書くという投票方式を採用します。政党ごとの議席数は政党票の得票率によってのみ決まります。候補者への投票は、その人が所属する政党の中での名簿順位を決めるためだけに使います。世界にはこれに近い投票方式を採用している国もあるようです。オーストリアやスウェーデンなどがそうです(出典はこちら)。

 この方式のメリットは、大きく三つあります。ひとつめは有権者の支持率が政党の議席数にほぼ正確に比例するということです(このために小規模政党も排除されにくくなります。民主主義国家としてはかくあるべきことです)。ふたつめは選挙の度に問題となる一票の格差問題が完璧に解決されることです(選挙区が全国区ひとつになるのだから当然のことですね)。みっつめはこの方式では現在の参院選の非拘束名簿方式とは違って、同じ政党内での「票の横流し」という有権者にとって納得のいかない事態を防止出来るということです。(非常に人気のある候補が比例区に出ると、その人が集めた票のおこぼれで、さほど票を集めなかった候補まで当選してしまうという問題です。これが無くなれば知名度のあるタレント候補の擁立も抑制出来ます。) これに対して、当然反対意見も出て来ると思います。まず全国単一の比例区になると、都市部に比べて人口が少ない地方が切り捨てられてしまうという意見です。(この意見に同意する人は、選挙区ごとの一票の格差を暗黙のうちに是認していることになります。) しかし、私は思うのですが、これからの国政選挙においては、有権者はもう地元の代表を選ぶという意識を卒業すべきなのではないでしょうか。これは地元への利益誘導型の政治から脱却するためにも必要なことです(その分、地方議会に有能な人を送り込んで、地方分権を推し進めればいいのです)。また選挙区が全国区に拡大することで、知名度の低い候補者が苦戦する、あるいは選挙費用が嵩むといったデメリットを指摘する人がいるかも知れません。しかし、それは選挙に出る候補者側の都合に過ぎません。これだけテレビやインターネットが普及した時代なのですから、全国を遊説行脚しなくても、有権者に訴える手段はいくらでもある筈です。

 今回の選挙結果に関連して、ひとつ気になるニュースがありました。比例区の投票において、候補者名ではなく政党名を書く人の割合が選挙の度に増加しているというのです。これも以前書いたことの繰り返しになりますが、比例区の投票で政党名を書く人は、与えられた選挙権の半分を放棄しているも同然なのです。参議院の比例代表制では、候補者名でも政党名でも投票出来るようになっています。候補者名を書いても、その人が所属する政党への投票としてカウントされるというところがポイントです。さらにそれは政党内での名簿順位を決めるのですから、一票で二度おいしいことになります。今回の選挙では政党名を書いて投票した人が全体の75パーセントもいたと言います。その人たちは、残りの25パーセントの有権者に支持する政党の名簿順位決定を委ねてしまっていることを分かっていたのでしょうか? (私だってこのブログを始めて、選挙制度について調べてみるまでは分かっていませんでした。) これはひとつには、現在の選挙制度の仕組みが国民に充分伝えられていないということと、もうひとつには衆院選の拘束名簿方式と混在していることで有権者の理解を混乱させていることが挙げられると思います。選挙区を廃止するかどうかはともかく、比例区においては両院の選挙方式を揃えるべきだと思います。その際には政党・候補者を別々に記入する非拘束名簿方式を採用すべきでしょう。民度の高い先進国の有権者にとって、衆院選のような政党の勝手な都合で決められた名簿順による比例代表制というのは納得出来る制度ではありませんから。また参院選のような1枚の投票用紙に政党名でも候補者名でも好きな方を書いていいというルールは、そもそも一票の重みに格差をつけることを許すバランスの悪い制度でしかありませんから。

 振り返ってみれば、このブログでは選挙改革のアイデアを他にもいろいろ検討しています。これだけ複雑な社会になってしまったのだから、国会議員にもそれぞれの専門性を持ってもらおう、そのために地域別の選挙区を止めて、分野別の「専門区」を作ろうということも書きました。(読み返してみると、我ながらグッド・アイデアです。笑) あるいは選挙区制では自分の意中の候補がいてもその人に投票することが出来ない、そのジレンマを解消するために、ふるさと納税ならぬ「ふるさと投票」という制度を導入したらどうかという記事もあります。(おそらくこれによって有権者の投票意欲は格段に高まる筈です。) さらには選挙に立候補するために必要な供託金をうんと安くして、無党派層の支持の受け皿となる「ロングテール政党」が生まれる土壌を作ろうという提案もありました。(現在の国政選挙の大きな問題は、立候補する時に必要な高過ぎる供託金です。ひとり600万円も払って、当選しなければ全額没収です。) 有権者もマスコミも選挙の帰趨には注目しますが、その選挙がどのようなルールで戦われているかにはあまり注目しません。選挙が終わったあともマスコミは、菅総理の選挙責任だとか消費税発言だとかをほとんどワイドショーのネタのように垂れ流しています。しかし、今回の選挙結果が私たちに突き付けた一番の問題は、政権交代が起こり得る時代においてあるべき選挙制度とはどういうものか、それをもう一度考え直さなければならないということだと思います。まずはそこから改革しなければ、民主主義もへったくれもあったものではない。民主党について言えば、今回は選挙制度に負けたけれども選挙に負けた訳ではないのですから、消費税論議も含めて地に足のついた政策を坦々と継続していただきたい、そう願うばかりです。

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2010年7月11日 (日)

政策としてのベーシックインカム論(5)

 「政府通貨」に頼らず、「減価貨幣」も用いず、いまの経済体制のもとでベーシックインカム(BI)を実現することは可能だろうか? それを考察しています。二十歳以上のすべての日本人に、月額7万円のBIを支給するために必要な予算は87兆円。それを現在の逼迫した国家財政からひねり出すためには、通常の増税くらいではとても追いつきません。この国のグランドデザインを根底から見直すくらいの大きな改革が必要になります。(本当の意味での構造改革です。) 前回までの連載で、私はそのアウトラインを描いて来ました。今回はまず、これまでの考察を振り返り、その要旨をもう一度分かりやすくまとめた上で、最後にもうひとつ取っておきの秘策を紹介したいと思います。もしも初めてこの記事に目をとめてくださった方がいらっしゃるなら、過去の連載から読み直す必要はありません。それぞれの項目で過去の記事へのリンクを張っておきますので、気になる箇所があれば適宜そちらを参照してください。またすでにこの連載を読んでくださった方なら、前半は読み飛ばして、重要なアイデアを説明している後半から読んでいただいても構いません。項番6以降がその部分に当たります。

1.年金改革

 日本の公的年金は、すでに莫大な負の遺産となっています。BIを実現するためばかりでなく、この国の経済を将来に亘って持続可能なものにするためにも、抜本的な年金改革は欠かせないものです。私の年金改革案は以下のようなものとなります。まず国民年金(基礎年金)はBIの導入にともない廃止します。その際に、すべての年金加入者と受給権者に対して、これまでの納付実績に比例した払い戻し金が支払われます。その原資は68兆円と推計される国民年金の積立金です。試算では、最長40年間年金を納めて来た人で、144万円ほどの還付金を受け取れる筈です。国民年金の月額給付は最大でも67000円ですから、7万円のBI支給が始まれば年金に頼っていた人の生活も守れます。厚生年金と共済年金は統合して、現在の仕組みのまま継続します。但し、これに対する国庫負担は原則廃止し、もしも年金会計に赤字が出た場合は、120兆円の積立金から単年度当たり最大2兆円を取り崩して補填します。それでも不足する場合は年金支給額を減額せざるを得ません。この場合にも、受給者の生活を守ることを最優先に考慮して、高額の年金を受け取っている人から累進的に減額せざるを得ないでしょう。これは少子高齢化の時代において、次世代の若者を食いものにしないためにも、高齢者が引き受けなければならない義務であると考えます。年金に対する国庫負担が無くなることで、新たに捻出出来る国の予算は11.5兆円に上ると推定されます。

2.所得税の税率改定

 日本のGDPが500兆円程度であることは多くの人が認識していることだと思います。そのうち働く個人が給与や賃金として受け取る雇用者所得は約260兆円です。一方で国に納められる所得税の金額は15兆円(2009年)ほどしかなく、国民の所得の6パーセント程度を徴税出来ているに過ぎません。現在の所得税の税率表を見れば、最低税率が5パーセントで最高税率が40パーセントですから、全体として6パーセントの徴税率というのはいかにも少ないように思えます。おそらく所得税にはさまざまな税額控除があるために、実効税率が低くなっているものと考えられます。税金というものの主要な目的のひとつは、所得の再分配ということにある訳ですから、ここは見直しが必要でしょう。私の提案は、月に7万円のBIが支給されることを前提に、所得税率を最低20パーセントから最高45パーセントまで引き上げ、それにともなって各種の税額控除も廃止するというものです。これにより国の年間の所得税収は60兆円くらいになると推計されます。現在の税収との差額である45兆円をBIの原資に充てます。所得税はずいぶん高くなりますが、累進税率をうまく設定すれば、一部の超高額所得者層(年収数千万円以上)を除き、ほとんどすべての世帯で年収はアップします(特に低所得者層には恩恵が大きくなります)。これは当たり前の話で、45兆円の増税と引き換えに87兆円分のBIを国民に給付するのですから、家計は潤う訳です。

3.消費税からの充当

 BIというのは若者にも高齢者にも一律に配られるものですから、その主な原資を現役世代が負う所得税だけに求めることはバランスが悪いように感じます。私は消費税というものが経済学的にどういう理屈で正当化されるのか、どうしても理解出来ないのですが(そう言えば、消費税というのは、国民が消費することを国が罰するための罰金だと誰かが言ってましたっけ)、これがすべての人に同じ税率で課せられる、最も公平性の高い税金だということは認めます。もちろん所得の低い人ほど家計に占める消費税の割合は大きくなる訳で、消費税の逆進性ということを言う人もいますが、これは消費と貯蓄という本来税制上では分けて考えるべきものを一緒くたにした乱暴な議論に過ぎません(詭弁と言ってもいい)。もしも消費税によって高所得者層と低所得者層の税負担率に不公平が生じるとすれば、それを是正するのは消費税の廃止ではなく、貯蓄される資産に対する適正な課税です。現在の税制の最大の問題は、この資産課税が適切に行なわれていない点にあると私は思っているのですが、これについてはまたあとで論じましょう。ということで、近い将来に増税されることが既定事実化している消費税から、5パーセント分だけをBIのために支出してもらいます。ここで期待出来る財源は12.5兆円です。よく消費税を5パーセント増税することで10兆円の税収増になるという記事を目にしますが、現在の消費税の仕組みでは、5パーセントの税率のうち4パーセントが国の税収、1パーセントが地方の税収となり、そのトータルが12.5兆円なのです。消費税については、単純に1パーセントにつき2.5兆円の税収と覚えておけば分かりやすいと思います。

4.雇用税の新設

 BIという考え方が面白いのは、ふだんは意見が真っ向から対立しているようなさまざまな思想・信条を持つ人たちが、それぞれの立場からこれに秋波を送っているという点です。経済格差を問題視する左派がこれに賛同するのは当然としても、経済のいっそうの自由化を主張する財界からもこれに期待する声があるのです。その理由はとても簡単で、国がBIによって国民の最低生活を保障してくれるなら、いまよりも労働者を安くこき使えるからです。だからBI導入を主張する人に対しては、どういう背景や真意があってその論を展開しているのか、よく見極める必要があるのですが、そのことはそのこととして、私はBI導入にともなって国内の労働者の賃金が下がることには大賛成です。(断っておきますが、私はばりばりの左派を自認しています。マルクス主義者ではありませんよ、ゲゼル主義者です。) というのも、いま私たち日本の労働者が闘っている本当の相手は、資本家や企業ではなく海外の低賃金の労働者だと思っているからです。昔からの労使対立の構図の上で賃上げ要求などしていたら、日本は労も使もつぶれてしまう、そういう危機感を持っています。むしろ雇用側はもっと自由に賃下げをしてくれていい、そのために法律で定める最低賃金も撤廃しましょう。BIのある社会では、安過ぎる賃金では誰も働かなくなる、それだけのことです。これによって労使双方のあいだに本当に自由な労働市場が形成される、それがBI導入の大きなメリットです。ただ、企業は国だけにBI支給の義務を押し付ける訳にはいかない、法人税は据え置きますが、BIのための新税を負担してもらいます。それが雇用税です。フルタイムの労働者ひとりを雇うために、月に1万円の雇用税を納めてもらいます。パートやアルバイトでは、就労時間に応じて税額を減らしましょう。私の大雑把な計算では、これによる税収は7兆円程度になります。

5.相続税の税制改革

 日本人の個人資産は1500兆円だとか1400兆円だとか言われます。つまり株価や為替レートの変動で、1500兆円と1400兆円のあいだを行ったり来たりしているのです(現在の価格は1450兆円くらいのようです)。これはあくまで金融資産に限定した金額で、そこに不動産などの現物資産を加えた総資産になると、2500兆円くらいの個人資産があるのだそうです。全人口で割ると、ひとり当たり平均2000万円くらい。ちょっとびっくりですね。それなのに、この国で1年間に死亡する人(108万人くらい)のなかで、1円でも相続税を納める人の割合はわずか4パーセント余りしかないのです。税収の総額でも1兆2000億円くらいしかない。これは相続税の基礎控除がとても大きくて、相当な資産家でなければ納税義務が発生しないからです。所得税と違って、もともと脱税がしやすい税金である上に、控除額が非常に大きいので、有効な徴税手段となっていないのです。(何故そんなことになっているかですって? 決まっているじゃないですか、政治家には資産家が多いからですよ。) 私の相続税改革案では、非課税枠を現在の5000万円から3000万円に引き下げ、さらに相続人の人数による控除も廃止します。また相続人の数が多いほど、税率がさらに逓減する今の仕組みを改め、被相続人の資産額に応じてワンナンバーで税率が決まるようにします。その代わりに、最高税率は現在の50パーセントから40パーセントに引き下げます。この税制改定によって、現在は年間に45000人くらいしか相続税を払っていないのが、18万人くらいに裾野が広がります。ただ、私の試算によれば、これによる税収増はわずか1.1兆円くらいにとどまります。これには自分としてもちょっとがっかりでした。

6.「相続税を担保にしたBI」というアイデア

 さあ、ここからがいよいよ今回の本題です。以上の施策によってかき集められたBIの原資は約77兆円、まだ目標の87兆円には10兆円ほど届きません。これから私が説明するアイデアは、この不足分の10兆円を捻出するためといったケチなものではありません、むしろベーシックインカムの導入によってこの国の景気を一気に回復し、国の税収もどんどん増やし、10兆円や20兆円の財源不足なんて屁でもなくしてしまう、そういう可能性を持った政策です。BIの実現方法を論じる人の多くは、現在の財政のなかで何とかやり繰りをして財源を確保しようとします。つまりゼロサムの発想なのです。しかし、それではたとえ単年度で財源が確保出来たとしても、持続可能な政策とはなり得ない。もっと根本的なブレークスルーが必要なのです。

 いや、もったいつけるのは止めましょう。それがどのようなアイデアなのか、簡単に説明出来ます。まず第一に、BIを受給するかどうかは本人が決められるものとする、これが基本のルールです。二十歳になったら誰でも、自分がBI受給者になるかならないかを選択します。いったん受給者になったとしても、止めたければいつでも止められますし、生活が苦しくなればいつでも再開出来ます。その前提の上で、月に7万円のBIを受給する人には、その代償として、将来自分が死んだ時の相続税率を0.07パーセントだけ加算するというルールを導入します。ひと月の受給に対して0.07パーセントです。例えば40歳から受給を開始して、70歳で亡くなった人は、30年(360ヶ月)×0.07%=25.2%の相続税率が、その人の資産額に応じた本来の相続税率に加算されることになるのです。もしもこの人が5000万円の総資産を遺したとすれば、3000万円の基礎控除を除いた2000万円に3パーセントの相続税がかかりますから(私の新税率表によれば)、最終的な相続税率は、3+25.2=28.2パーセントということになる訳です。もちろん総資産3000万円以下の人であれば、いくらBI受給期間が長くても相続税はゼロです。相続税の加算税率には上限を設け、50パーセントを超えた分の加算はされないものとします。加算税率が50パーセントに達するのは、60年間に亘ってBIを受給した場合です(正確には59年7ヶ月)。つまり二十歳から80歳までBIを受給した人は、最高加算税率の50パーセントが課せられますが、それ以上の長生き分には税率加算は無くなるということです。またこの方式での計算上の最高税率は90パーセントになりますが(相続税40%+加算税50%)、これは上限を80パーセントまでに制限するものとします。

 どうです、シンプルな仕組みでしょ? しかし、これでどういうことが起こるかを想像すると、いろいろと面白いことに気付きます。まず、高額資産を保有している人は、BIを受給すると生涯の収支では損になるということです。その分岐点は課税対象資産が1億円を超えるかどうか、つまり(基礎控除を含めて)遺産が1億3000万円を超えるかどうかです。これはBIの受給期間の長短には関わりません。課税対象資産1億円を保有する人にとって、月に0.07パーセントずつ相続税率が加算されることは、7万円ずつ税額が加算されるのと同じことですから、(金利を考えなければ)それでBIと相殺されてしまうのです。それを超える資産を持っているなら、BI受給による収支はマイナスになります。BIに反対する人の多くは、金持ちにまでBIを配るということに心理的な抵抗を持っていると思います。私はこの心理的な抵抗感は乗り越えなければならないと考えていますが、金持ちにも無条件でBIを支給することがマクロ経済的に無駄であることもまた認めざるを得ません。そのお金は消費に回されず、貯蓄に回されるだけですから。ところが、私の提案するこの方式なら、金持ちは自発的にBIを辞退してくれるのです。これによってどのくらい財源が節約出来るだろう? 政府の正式な調査では、総資産額が1億3000万円以上の人口なんて統計は取られていないようです。が、民間の調査機関の資料には、総資産1億円以上の人口が90万人程度だというデータが見付かりました。もしも1億3000万円以上ということになると、60万人くらいに減るかな? その人たちは(経済合理的に考えれば)BIを受給すべきではない人たちです。さらにその人たちの家族(相続人)のなかでも、自分が1億3000万円以上の資産を相続出来ると期待する人たちは、BI受給者にはならないでしょう。さらに今は貧乏でも、将来大金持ちになってやるという野心を持つ若者も、BIを辞退するかも知れない。そんなこんなで100万人くらいはBIを受給しない階層が出て来るのではないか。ただ、それで節約出来るBI予算は、年間8400億円に過ぎませんが(100万人×84万円)。

 むしろこの制度により税収増が期待出来るのは、総資産3000万円以上、1億3000万円以下の、ふつうの金持ち層が払う相続税です。この階層は、死んだら相続税でBIの何割かを返済しなければならないと分かっていても、BI受給をやめられない階層です。何故なら支払う相続税よりも受け取るBIの方が高額だと分かっているからです。前回の相続税改革の記事で、3000万円以上の総資産を遺して死ぬ人の数は、年間に18万人程度と推定しました(政府統計がもとになっています)。この人たちの平均総資産が6000万円だとして、またBIの平均受給年数を日本人の平均寿命から逆算して60年とすれば、平均の相続税率は、基本税率4%+加算税率50%(最高税率)=54%。すると平均納税額は、課税対象資産3000万円×54%=1620万円。国の相続税収の増加分としては、1620万円×18万人=2兆9千億円が期待出来ることになります(相当いい加減な概算です)。先ほどのBI辞退額8400億円と足しても4兆円弱。まあ、大きいと言えば大きいけれども、BIの主要な財源とまではなりません。ただ、実を言えば、ここで我々が期待しているのは税収そのものではないのです。計算で導き出された相続税の2兆9千億円というのだって、実はまぼろしか蜃気楼のようなものかも知れません。長年BIを受給して来て、数千万円の資産を蓄えてリタイアした高齢者の身になって想像してください。どうせ50パーセント以上も相続税で持っていかれるのなら、子供には3000万円分の資産だけを遺して、残りは自分が生きているあいだに使い切ってしまった方がお得です。あるいはもう少し計画的な人なら、まだBI受給期間の短い若いうちに、資産を子供に贈与してしまうという節税法を思い付くかも知れません(40代で二十歳になったばかりの子供に資産を譲るイメージです。私の改革案では贈与についても相続と同じ仕組みで課税されます)。

 そうすると、結果として期待していたほどの相続税収入を国は得られないことになります。しかし、実はこれこそが「相続税を担保にしたBI」の狙い目なのです。資産をあまり貯め込まないで、生きているあいだに使ってしまうこと、あるいは資産をなるべく早い時期に若い世代に譲り渡してしまうこと、それは要するにこれまで退蔵されていた2500兆円の個人資産を国内経済に還流させることです。これによって景気はよくなり、国の税収も増える、それがこの政策の真の狙いである訳です。考えてみれば単純で当たり前の話だと思います。現在の財政状況のなかでは、年金も社会保障も頼りにならないので、みんなが生活防衛的にお金を貯め込んでいる。が、みんなが納得するかたちで持続可能な仕組みとしてのBIが実現すれば、そんなに無理をしてまで老後の蓄えを残したり、子や孫に遺産を遺したりする必要も無くなるからです。BIという考え方が多くの国民にとって受け入れ難いのは、働きもせずに何故国から無条件でお金が貰えるのか、その理由が分からないからだと思います。ところがこれを相続税と組み合わせることで、明確な理由が説明出来るようになります。国は次のようなメッセージとともにベーシックインカムを国民に配ればいいのです、「いまは貧しいあなたを国が応援します。でも将来あなたが成功してお金持ちになったら、出世払いで返済してください。返済はあなたが死んだあとで構いませんから」。これは一見、日本の未来にツケを残すだけの政策に見えるかも知れません。しかし、それは違います。国は本当にBIの原資として相続税を当てにしている訳ではないからです(相続税なんていくら増税してもせいぜい3兆円が限度でしょう)。むしろこの説明によって国民が納得してBIを受け入れ、その安心感のもとで景気が回復することこそが重要なのです。

 どうでしょう。基本的な考え方としてはけっこう行けそうではないかな? この2週間ほど、私はずっとこのアイデアに夢中になっていました。考えれば考えるほど、BIがある社会ではこうした相続税のあり方が自然なものではないかと思えて来るのです。(BIのことを「負の所得税」と呼ぶ場合がありますが、私の提案は、BIはむしろ「負の相続税」であるべきだというものです。) もちろん実際の政策ということになれば、もっと詳細な検討が必要になるのは当然です。月当たりの加算税率が0.07パーセントが適当なのか、それは綿密な計算によって確認されなければなりません。(自分としては、7万円のBIに対して0.07パーセントというのは、分かりやすくて気に入っているのですが。) また、相続税の課税控除を3000万円まで引き下げることで、多くの人が相続税を払えずに家を失うことになるかも知れない、その点は特に考慮が必要です。(これについては、持ち家があるために生活保護を受けられない場合に利用出来るリバースモーゲージという制度が参考になるのではないかと思います。) また、相続税を払う人の数が激増しますから、徴税業務を効率的に行なうためには、納税者番号制度を導入して、さらにその番号が預金や株式や不動産の所有ともリンクされていることが必要になります。(これに対しては反対する人も多いと思います。その反対意見があまりに強いようなら、当面は納税者番号はBIを受給する人に対してのみ義務付ければいいでしょう。) まだまだ検討しなければならない問題はたくさんあると思います。ぜひこれを読んでくださった方のご意見も伺いたいところです。それと同時に、政策としてのBIを考察するというテーマにおいては、さらに重要な問題が残されていることも指摘しておかなければなりません。それはBIのある社会では、何が私たちの目指すべき本当の豊かさであるのか、そしてその豊かさを実現するためには社会の仕組みをどのように変革しなければならないのか、そのことを根本的に問い直すということです。――しかし、今回はもうたくさん書き過ぎました。この先はまた項を改めて論ずることにしましょう。

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2010年7月 5日 (月)

政策としてのベーシックインカム論(4)

 公的年金の抱える構造的な問題については、調べれば調べるほど、考えれば考えるほど暗澹たる気分になって来ます。きっとこの国は、人類史上最悪のネズミ講とでも呼ぶべき年金制度とともに滅んで行くのだなあ、そんな感慨さえ心に浮かんで来るほどです。しかし、ここで検討を諦める訳にはいきません。ベーシックインカムの実現に向けた私たちの戦いにおいては、道が平坦ではないことは最初から分かっていたことです。年金改革も、そのための産みの苦しみであることを信じましょう。前回の記事では、BIの支給が始まることを前提に、なるべくマイルドな仕方で国民年金を解散し、厚生年金(とそれに統合される共済年金)を国庫負担に頼らない独立採算方式に変えて行くやり方について説明しました。それが実行可能な政策かどうかということは、実は真剣に議論すべきテーマではないようにも思えます。BIがどうこういう以前に、年金改革(つまり年金に対する国庫負担の廃止あるいは大幅な軽減)ということは、この国の財政破綻を食い止めるために必要不可欠な条件であると考えられるからです。だからこれは議論の前提ではあっても、討議の争点ではない、そういう理解で話を進めます。年金問題に関しては、別途また考える機会もあると思いますが、いまはBIの財源問題に話を戻します。

 さて、もしも日本の財政が公的年金の重い鎖から解き放たれたとすれば、BIというのはどのくらい現実的な政策に近づくでしょう? それをこれから試算していく訳ですが、ここで私の前提条件をもう一度明確にしておきます。BIの支給対象は二十歳以上のすべての日本人、支給金額は月に7万円とします。以前から私はBIの月額は8万円を想定していました。これは現在の単身者向けの生活保護の支給レベルに合わせた金額だった訳ですが、この連載の第一回目で取り上げた原田泰さんの考え方(「中央公論」6月号119頁)に共感するところがあったので、1万円だけ減額したのです。最近、貧困ビジネスというものが話題になっています。これはホームレスの人たちから、月8万円の生活保護費を巻き上げて、その対価として最低限の住と食を与えるというものです。それが悪徳ビジネスであるかどうかは別にして、月額8万円でも業者に利益が残るというところがキーポイントです。現在の生活保護世帯は、行政から監視され、お互いの生活が分断されているが故に、規模の経済性を追求しにくい状況に陥っています。これがBIに代われば、新しいかたちの共同生活や互助の仕組みが自然に生まれて来るような気がするのです。(私が昔からあこがれていた、21世紀の新しい〈長屋〉の誕生です。笑) 月に7万円では生活出来ないと文句を言うのではなく、その金額でいかに快適にストレス無く暮らして行けるかを工夫するのが、BI時代の民衆の知恵ということになる訳ですね。二十歳以上の国民、約1億4百万人に年額84万円のBIを支給するための総費用は87兆円。それをいまの財政からひねり出すことは可能なのか?

 まずは所得税の増税です。この連載の第一回目で私が示した試算によれば、最低税額5%から最高税率40%までという現在の所得税率を、BI導入に合わせて最低20%から最高45%にまで引き上げれば、年間の所得税収入は60兆円ほどになると予想されます(各種の税額控除は廃止される前提です)。現在の所得税収入は15兆円くらいだった筈ですから、その差額の45兆円がBIの原資として期待出来ることになります。またBIは国民年金の代わりに高齢者にも無条件で支給されるものですから、その原資は現役世代の所得税からだけでなく、高齢者も負担する消費税にも求めましょう。いま参議院選に向けて消費税の増税が政策の論点になっていますが、今後消費税率が何パーセントになるにせよ、そのうちの5%分をBIのために回してもらうものとします。これで期待出来る税収は12.5兆円ほどです。さらに公的年金に対する国庫負担が無くなる訳ですから、その予算もBIに回せますし、当然生活保護や雇用保険に対する公費負担もBI原資に組み入れられます。連載第二回で紹介した小沢修司さんの記事に掲載されている表(「現代思想」6月号67頁)によれば、公的年金(国民年金、厚生年金、共済年金)と雇用保険と生活保護に対する国庫負担の合計は11.5兆円になります(2007年)。ここまでの合計はいくらかな? 45+12.5+11.5=69兆円。目標の87兆円には、まだ18兆円も足りません。

 もうひとつ考えられるのは、厚生年金と厚生年金基金に対する事業者負担分の費用です。厚生年金の掛け金は、加入者と雇用者が折半して支払うことになっています。これも小沢さんの記事によれば、その額は18兆円にも上るのだそうです。おや、ぴったりじゃないか。よし、これをBIに回してもらおう…と言いたいところですが、それはダメです。私の年金改革構想では、厚生年金は(多少規模を縮小してでも)継続する前提でした(廃止したら暴動が起こる)。もしも事業者負担が無くなって、全額個人負担なんてことになったら、誰も厚生年金に加入する人などいなくなる。すると世代間扶助の仕組みはあっという間に崩壊してしまいます。だからここには絶対に手を付ける訳にはいかないのです。ただ、これも私が以前の記事で提案したことですが、BIがすべての国民に支給されることを前提に、企業は被雇用者への給与・賃金をカットすることが可能になりますから(そのために財界にはBIを支持する声もあるのです)、その分のノリシロを雇用税(人頭税)として新たに徴収することなら不可能ではないと思います。例えば労働者をひとり雇うために、事業者は月額1万円の雇用税を国に納めなければならないといった制度です。雇用税はパートやアルバイトに対しても発生します。税額は月間の就労時間が100時間以上なら一律1万円とし、90時間以上100時間未満なら9000円、80時間以上90時間未満なら8000円…と時間に応じてスライドさせ、10時間未満では非課税とするという仕組みでどうでしょう。重要なことは、雇用税の負担を被雇用者の給与・賃金に転嫁するかどうかは、その企業の判断に任されるという点です。企業が一方的に損をかぶらないように、法で定められた最低賃金というものも廃止します(私見によればBIと最低賃金法は相性の悪いものなのです)。日本には6300万人の就業者がいますから、雇用税の税収は8.3兆円になる計算です(6300万人×年額12万円)。パートタイム分の減額を加味すれば正味7兆円程度でしょうか(だんだん計算がいい加減になって来た。笑)。これは全額BIの原資に当てます。

 さあ、これで69+7=76兆円まで来ました。目標の87兆円には、まだ11兆円足りません。次に目を付けるのは相続税です。実はここが私が考えているBI財源の本丸なのです。いまの日本ではGDPが約500兆円、その中から40兆円くらいの国税が徴収されています。一方で個人の金融資産のトータルは1500兆円弱、そこに土地・建物・貴金属などの実物資産を加えれば、2500兆円もの個人資産があると言います。ところが毎年納められる相続税は、だいたい1兆2000億円程度なのです。これはいかにも少ないと感じます。現在の日本経済の根本的な問題は、高齢者が中心となって保有している莫大な個人資産が凍りついていて、経済を活性化するためにまるで役立っていないということです。将来の年金財政への不安などが、ますます資産を凍りつかせる要因として働いています。世代交代のサイクルが30年くらいだとして、2500兆円の資産のうち83兆円くらいが毎年相続されているものと考えられます(2500/30)。その10パーセントを徴税出来たとすれば、相続税の税収は8兆円くらいあってもおかしくない。それが何故1兆円余りしか徴税出来ていないかと言えば、ここにもいろいろな税控除が用意されているからです。いまインターネットで調べたところでは、年間に死亡する人のわずか4.2パーセントほどしか相続税を納めていないのだそうです。相続税なんて、自分にとって生涯縁のないものなので、関心を持ったこともありませんでした。調べてみると、これもけっこう複雑な仕組みです。相続資産が3億円以上なら、最高税率の50パーセントが適応されますが、そこには相続資産全体にかかる基礎控除(5000万円+相続人の人数×1000万円)がある上に、個々の相続人の取得額に応じた控除まであるので、実効税率はずいぶん低くなっている。10億円の資産を3人の子供が均等に相続した場合、税率は31.9パーセントしかありません。これが3億円なら、わずか15パーセントです。相続人のなかに配偶者がいれば、資産の半分は非課税になりますから、実効税率はさらに下がります。税率50パーセントなんてウソもいいとこです。国会議員には資産家が多いので、そんなゴマカシのような制度設計が平然と行なわれて来たのでしょう。

 私の相続税改革案を説明します。まず相続税の最高税率を現在の50パーセントから40パーセントに下げます。その代わりに基礎控除は相続人の人数に関係無く、一律3000万円にまで引き下げます。これで現在は4.2パーセントの世帯しか相続税を納めていないのが、もっと裾野の広い層が納税義務を負うことになります。但し、現在は最低税率が10パーセントですが、もっとなだらかな累進課税を採用するので、相続資産が数千万円程度の小金持ち世帯にとってはさほど大きな税負担にはなりません。例えば4000万円を相続するなら、基礎控除の3000万円を引いた1000万円に1パーセントの課税がされる(相続税10万円)といったイメージです。ほんとうは基礎控除も廃止して、すべての国民に遺産相続に対する納税意識を持ってもらいたいところなのですが、そうするとたぶん徴税を行なう税務署の実務が追いつかない。基礎控除3000万円は、実務が耐えられるぎりぎりの線ではないかと思う訳です(もちろん納税者番号制度の導入が前提になります)。下のグラフは、相続する子供の人数によって現行の相続税率がどのようになっているかを示したものです。線が微妙に凸凹しているのは、現在の税制が大雑把な税率設定と調整のための控除によって成り立っているからです。(いつも疑問に思うのですが、厳格な様式美を重んじる日本の役人が、何故こんなアバウトな制度設計をするのでしょう。もっときめ細かな税率設定をすれば、見た目にもきれいな税率カーブが描けるだろうに。これは所得税の税率についても言えることですね。これだけパソコンが普及した時代なのだから、累進税率の目が細かいことは何も問題にはならない筈です。)

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 グラフを見て気付くのは、相続人(子供)の人数が増えると、トータルの税率が驚くほど軽減されることです。資産総額数億円というふつうの金持ちの場合、相続対象の子供が1人か4人かによって税率はほとんど倍くらい違います。これにはどういう合理的な理由があるのでしょう? 子供が多いと、ひとり当たりの相続資産が減ってしまって気の毒だから税率を優遇している? バカ言っちゃいけない。それじゃあ相続する財産など持たない我々庶民はどうなるんだ? と、まあ、庶民の怒りはともかく、こういう不合理な制度は是正されるべきだと考えます。私の改革案では、基礎控除における相続人の人数に応じた控除(1人につき1000万円)を廃止すると同時に、相続人それぞれの相続額に応じた二次控除も廃止します。これによって実効税率は(基礎控除分を除けば)基準の相続税率にほぼ等しくなる。相続する子供が多ければ多いほど、相続税率が下がるというようなことはなくなります。さらに相続資産の二分の一までは非課税という配偶者控除も廃止します。全体的に女性の方が平均寿命が長いという現実のなかで、配偶者控除があるために資産の世代間移転が阻害されている事実があるからです。次のグラフは、先ほどのグラフに私の提案する新しい税率のカーブを追加したものです。この新方式では、相続人の人数に関わりなくグラフの線は1本です。現行の税率と比較して、相続人が1人だった場合よりは税率が低くなるが、相続人が2人だった場合よりは高くなる、そのくらいの線を狙っています。あとは資産3000万円以上に例外無く相続税がかかることと、最高税率を50パーセントから40パーセントに引き下げるところが改定のポイントになります。何故最高税率を下げるかと言えば、これは税制改革に対する心理的な反撥に考慮したのと、現行の相続税は一般の富裕層に優しい反面、数の上ではマイノリティーである超富裕層(資産総額が数十億円以上の層)が狙い撃ちされているように見える、その点を是正したのです。

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 これによって年間の相続税収がどれだけ増えるか、それを正確に見積もるのは難しいところですが、インターネットを探していたら参考になりそうなデータを見付けました。経済産業経済所という独立行政法人のサイトに掲載されていた資料にあった表です(元は国税庁の統計だそうです。PDFの52ページをご覧ください)。2005年の相続税に関する統計資料なのですが、よく見るとなかなか面白いことに気付きます。例えばこの表から、2005年に100億円を超す遺産を遺して死んだ人が全国で7人いたことが分かります。50億円超なら28人。へえー。それはともかく、この表で注目すべき点は、課税価格1億円以下で相続税を払った人が、全国でたったの9270人しかいなかったという事実です。一方、総務省のこちらのページを見れば、貯蓄資産高が3000万円以上ある世帯は全世帯の16.4パーセントであることが分かります(貯蓄資産なので土地や建物は含まないのだと思います)。これも統計によれば、2005年に死亡した日本人は約108万人ですから、その16.4パーセントの18万人くらいは3000万円以上の金融資産を遺していたと推測されます(この他に実物資産がありますし、また資産は高齢者に多く偏っていますから、3000万円以上の財産を遺していた人の数は実際にはもっと多い筈です)。ここでは少なく見積もって、課税資産1億円以下の死亡者のうち14.4万人くらいは相続税の納税者になると仮定します(18万人からこの表の1億円超の人数を引いた数です)。この人たちが遺す遺産の平均が6000万円とすれば、基礎控除を引いた課税対象価格の平均は3000万円、私の税率表では遺産6000万円の場合の税率が4パーセントですから、平均納税額は120万円となります。この層の人たちが払う相続税のトータルは、14.4万人×120万円=1728億円。さらに課税資産が1億円を超える層について言えば、相続税を納める被相続人の人数はほとんど変わらないでしょうから、税率の改定分だけが納税額に反映されることになります。新しい税率表から拾った税率によって納付税額を計算し直してみると、下の表のようになります。(右側の色の付いた部分が新税制でのシミュレーションです。クリックで拡大します。)

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 なんだ、あんまり大した変化はありませんでした。1兆1520億円だった相続税収が、2兆2998億円になっただけ。増加分は1兆1500億円程度にとどまります。相続税はBI財源の本丸だった筈なのに、意外にしょぼかったですね。やっぱり税制改革というのは難しいものです。民主党の苦労がよく分かりました。(昔のように相続税の最高税率を70パーセントくらいにまで引き上げることも考えましたが、それでも税収の増加は微々たるものです。そのこともシミュレーションしてみて分かりました。) ここまでに集めたBIの原資は、76兆円+1.1兆円で77.1兆円。まだ目標の87兆円には10兆円近く不足しています。所得税を増税して、消費税を増税して、企業には雇用税を新設して、相続税まで増税したのにまだ足りない。さあ、どうしたものだろう? やっぱり政府貨幣の発行か? いやいや、実はもうひとつだけ取っておきの奥の手があるのです。たぶんまだ誰も思い付いたことのない画期的なアイデアです。その説明は…、また来週のこころだ。(笑)

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