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2010年6月27日 (日)

政策としてのベーシックインカム論(3)

 政策としてのBIを考える前提として、現在の年金制度を何とかしなくちゃならない、これが前回の問題認識でした。まずは国民年金(基礎年金)の部分から見て行きましょう。私の基本的な考え方は、国民年金はBI創設に合わせて廃止するというものでした。但し、すでに9600万人もの人たちがなんらかのかたちで国民年金を納めていて、そこに既得権を持っているのですから、いきなり廃止してBIに乗せかえるという訳にもいかない。でも、この問題を解くのは実は簡単なことではないかと思っています。世間でネズミ講が事件になった場合、事後処理としてやるべきことは決まっています。主催者が保有する資産を可能な限り保全して、それを被害者に適切に分配すること。国民年金というのは、いわば国が仕掛けた大規模なネズミ講のようなものだった訳ですから、ここでもそのやり方を適用すればいいのです。もちろん出資した金額のほんの一部しか返って来ないことに被害者は不満を持つでしょう。でもネズミ講に引っかかる人には、自己責任というものもある訳だし、それは国民年金においても同じです。なんと言ってもこれは私たちが選び出した政治家が作った制度なんですからね。前回の記事では、積立金は65歳以上になった人にBIに上乗せするかたちで返還するというアイデアを書きましたが、考えてみればそんな面倒なことはまったく必要ありませんでした。いまこの時点で一括で返金してしまえばいいんです。そうすれば国民年金を管理する組織も解散出来るし、事務処理も安上がりで済みます。

 この場合、いくらくらいのお金が私たちのもとに戻って来るのでしょう? ちょっと興味があるので試算してみました。まず現在国民年金にどのくらいの積立残高があるかということですが、厚生労働省のこちらのページを見てください。平成20年3月の公的年金の残高は、厚生年金が127兆円、共済年金が52兆円くらいあるのに対し、国民年金はわずか8兆円あまりしかないのだそうです。子ども手当を満額支給するための財源が5兆円くらいだったことを考えれば、いかにも少ない金額ですね。それに国民年金にしても厚生年金にしても、純粋な積立方式ではなく、国庫負担がある前提で運営されて来たのですから、たとえバランスシート上では厚生年金と国民年金の残高がそんなふうに分かれていたとしても、その金額に正当な根拠は無いのではないかと思います。もしも国民年金を廃止するなら、この点は調整が必要です。考えられる最も妥当な方法は、これまでに納付された実績と支出された実績に合わせて残高を計算し直すことでしょう。公的年金が国民年金と厚生年金(共済年金)の2階建て方式になった昭和61年以来、それぞれの年金でどれだけの納付と支出があったのか、ネットで調べてもちょっと分かりませんでした。(分かったのは公的年金というものが相当などんぶり勘定であるということだけです。) まあ、いまは正確な数字である必要はないので、それぞれの年金の支給金額で比較しましょう。先ほどのページの表によれば、平成19年度の年金支給額(月額)は国民年金が1.51兆円(平均5.8万円×2601万人)、厚生年金と共済年金の合計が2.64兆円(平均17.6万円×1502万人)ということになります。つまり国民年金は、規模的に言って公的年金の約36.4パーセントを占めているということです(1.51/(1.51+2.64))。同じ表から公的年金の積立残高の合計は187.8兆円であることが分かります(8.3+179.5)。このことから国民年金の実質的な積立残高は68兆円くらいであろうと想定します(187.8×0.364)。

 この68兆円を、国民年金に一度でも加入したことのある人全員で分け合います。トータルで9608万人いる加入者(被保険者7007万人+受給権者2601万人)のあいだで、どのようにこれを山分けすれば最も公平感があるでしょう? 私のアイデアは納付した月数の比率で分配するというものです。国民年金の掛け金は時代によって変わって来ていますが、それは物価にスライドしていた側面もあるでしょうから、納付金額そのものよりも納付月数で比べた方が公平だと考える訳です。すると年金加入者のあいだには最短1ヶ月から最長480ヶ月(40年)までの序列が出来上がります。あとは全員の納付月数を合計して、68兆円をその月数で割れば1ヶ月当たりの還付金が求められます。その計算を正確にやろうと思ったら、たぶんインターネットでは見付からないようないろいろな数字が必要になりますから、ここでは深入りするのはやめましょう。ここは単純な仮定で行きます。もしもすべての国民年金加入者の平均加入年数を20年(240ヶ月)と仮定すれば、加入1ヶ月当たりの還付金は約3000円になります(68兆円/(9608万人×240ヶ月))。すなわち、40年間フルタイムで年金を納めた高齢者で最高144万円が還付されるということです(3000円×480ヶ月)。年金を25年間納めて来た50歳の人なら90万円(3000円×300ヶ月)、まだ5年しか納めていない若者には18万円(3000円×60ヶ月)が還付されます。それだけの一時金がみんなに配られて、それで国民年金はすべて店じまい。その翌月からは、国民年金よりも若干高額のBIが国民に一律に給付されるとなれば、生活に支障を来す人もいないし、誰からも大きな文句は出ないのではないかと思います。

 いや、それでも文句を言う人はいるでしょうね。この方式で国民年金を廃止するとすれば、一番割を食ったように感じるのは、長い年金納付の時代が終わってこれから年金を受け取る時代に入ろうかという団塊の世代の人たちだと思います。その少し下の50代の人間(私はそこに所属します)だって、不満は大いにあります。なにしろこれまでに数百万円は納めて来た筈なのに、戻って来るお金は100万円くらい、還付率は2割くらいしかないのですから。こんなことなら国民年金になど加入せず、自分で貯金を積み立てて来た方がずっとよかった(実際にはサラリーマンだからそういう選択肢は無かったのだけれども)。しかし、この不満はBIのある社会に移行するための心理的コストとして甘受しなければならないものだと私は考えています。厳密に言えば、すでに年金を受給している高齢者の方たちに対しては、これまでに受け取った月数に応じて還付金を減らすという考え方もあります。そうすれば、高齢者への還付率が下がるのと引き換えに、現役世代の人たちへの還付率はもう少し高くなる。その方がフェアだという意見もあると思います。しかし、私はその方法はあまり採りたくないのです。すでに年金制度の受益者になっている高齢者の多くは、戦中・戦後の苦しい時代を生き抜いて来た人たちです。団塊の世代からいまの四十代くらいまでの世代の人たちが、平和で豊かな戦後の日本に生まれて働いて来られたのも、私たちの親の世代である彼らの苦難があったからこそだとも考えられます。BIという政策の本質は、国全体がより若い世代へ投資することにより、この国の未来を切り拓くということにあります。それと同時に、この政策は高齢者を切り捨てるものであって欲しくない。そのために踏ん張らなければならないのは、団塊世代とそれに続く我々の世代だと思うのです。

 と、ここまで国民年金を廃止する方法について考えて来た訳ですが、それよりもさらに厄介なのは、厚生年金と共済年金をどのように〈国庫負担を無くす方向で〉改革して行くかということです。それが出来なければBIの財源なんて、どうひねっても出て来る訳はないですからね。しかも平均の受給月額が17.6万円という老齢年金は、BIではカバーし切れない部分ですから、うまく制度を設計して行かないと、すでに年金を受給している人たちの生活を直撃しかねない。年金問題の専門家でもない私に、妙案がある訳ではありません。これについても私の論点は、いかに国民が心理的に納得出来るストーリーを組み立てられるかという点に絞られます。問題は、少子高齢化が進み、経済成長がストップするこれからの時代に、いかにして厚生年金(共済年金)という夢を年金加入者に見続けさせることが出来るかという、その一点にあるのです。そしてそれは決して無理難題ではないと思います。もしもあなたが民間の保険会社の商品企画部に所属する社員で、これからの時代に向けた終身の老齢年金を設計しなければならない立場だったと想像してみてください。よほど掛け金を高くしなければ、そんな個人年金は成り立たない筈です。しかし、厚生年金改革を目指す私たちには、120兆円という積立金があるのです。最悪、国民年金と同じようにその積立金を加入者に分配して年金解散するという選択肢も含め、現存の加入者が納得出来るような制度の見直しは可能な筈だと思うのです。すでに年金を受給している高齢者世代には、国民年金の清算にともなう一時金返還と同時に、厚生年金部分の月額見直しに同意していただきましょう(当然、共済年金は厚生年金に統合される前提です)。但し、夫に先立たれた高齢女性の多くが受け取っている遺族年金については、たとえわずかでも減額すべきではないし、それは障害年金でも同じです。年金改革はこの国の将来を拓くために避けて通れない関所なのであり、あらゆるパターンを慎重に考慮して、これで行くという方針を決めたなら、あとは毅然として年金改革を進めることが肝要です。

 考えられる簡単な方法の一案を書きつけておきます。厚生労働省のこちらのページを見ると、平成19年度の厚生年金の保険料収入は21兆9691億円、それに対して厚生年金部分への保険料給付は22兆3179億円になっています。その差、3488億円。これを積立金の120兆円を使って埋めて行きます。たまたま平成19年は収支が均衡していましたが、これから少子化が進めばもっと多額の積立金を取り崩す場面も増えるでしょう。その最高額を例えば2兆円と決めておくのです。それでも不足した分は国庫から負担するのではなく、支給額を削ることで対応します。そして積立金を使い果たしたあとは(最短でも60年後のことです)、毎年国庫から2兆円を限度に負担することで公的年金としての優位性を維持する。そんなルールを加入者に明示すれば、脱退する人も含めて加入者が納得した上で持続可能な年金制度が再設計出来るのではないでしょうか。厚生年金に関するニュースを検索すれば、2008年は単年度で10兆円もの赤字になったということが、さも重大な事件のように報道されていました。読んでみれば、なんのことはない、サブプライム問題に絡んだ株価や債券の下落で、積立金の運用に赤字が出たというだけのことです。そんなことは大した問題ではありません(下がった株価はすでに戻して来ています)。本当の問題は、積立金の運用ではなく、毎年の年金収支を予測可能、制御可能な範囲に収めるスキームをどうやって作るかです。そのためには、大枠では数十年先までの予算方針を決め、個別には国民の気持ちに寄り添ったきめ細かな制度改定を行なって行く必要がある、というのが今回の私の結論になります。

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