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2010年5月 2日 (日)

子ども手当から民主党の政策を考える

 先週のニュースです。尼崎市に住む韓国人の男性が、海外で養子縁組をしている554人の子供に対して、子ども手当の申請を出したのだそうです。年間の手当総額は8600万円。まあ、本気でそれが受給出来ると考えていた訳ではないでしょうから、ジョークとしては気が利いていると言えないこともない。要するに民主党の政策立案能力の低さをからかっている訳です。なるほどこれは面白いと思って、子ども手当に関する法律を読んでみました。ほんとだ、政権交代の看板といってもいい重要な政策であるにもかかわらず、受給資格に関する記述はまったく曖昧なものです。なんとなく私が想像していたのは、親(養育者)と子供がともに日本人で、日本国内で同居していることくらいは、受給条件として当然なのではないかということでした。法律には、親(養育者)が国内に住所を持っていることと規定されているけれど、子供にはその規定が無いし、同居が条件という訳でもない。国籍に関する記述に至っては何もありません。条文どおりに読めば、海外から日本に出稼ぎに来ている外国人が、本国にいる子供に生活費を仕送りしていれば、子供の人数分、子ども手当が受給出来てしまうように読めるのです。おいおい、これは最初から制度の設計ミスじゃないのか。それとも民主党は何か意図があって、あえてそういう制度にしたのでしょうか?

 もしも自分が民主党か厚労省の政策立案担当者で、子ども手当という制度を作る立場だったとしたら、どういう支給条件にするだろう。ちょっと考えてみれば、これはそう簡単な問題ではないことに気付きます。子ども手当が〈友愛〉を実現する政策だったとしても、それを性善説をベースに実施する訳にはいきませんから、最低限の規律は必要だし、法の抜け穴もふさいでおかなくてはならない。一番基本になるのは、親が実子と一緒に暮らしていて、その子を養育している場合でしょう。でもそれを条件にしてしまうと、養子を育てている人が条件から漏れるし、単身赴任で子供と別居している人も対象外になってしまう可能性がある。養子制度というものがある以上、実子に限定することは無理があります。では戸籍上の子ということにすれば問題無いかと言えば、いろいろな理由で親と住めずに養護施設に入っている子供たちが今度は対象から漏れてしまう。養育している(法律では「監護」と言っています)という条件も定義が難しいですね。同居していなくても、養育費を仕送りしていれば養育していることになるのか。だったら離婚して、子供を引き取った元の妻に男が毎月生活費を払っている場合、その男の方に子ども手当の受給権が発生するのか。国内に居住しているという条件にも難しさがあります。海外にも家を持っていて、1年の大半をそこで暮らすという習慣を持っている就学前の子供を持つ夫婦は、子ども手当を受けられるのか受けられないのか。他の制度との関係もあります。生活保護を受けている子だくさんの夫婦は、子ども手当を満額で受け取れるのか。もちろん受け取れるでしょう、しかし、月に10万円もの子ども手当を受給している夫婦が、従来と同額の生活保護を受給し続けることには疑問を感じる人も多いと思います。

 制度はなるべくシンプルに、例外規定のようなものを必要としないように設計するのが理想です。子ども手当という考え方には私は全面的に賛成なので(子供を育てることは将来の国民経済への多大な貢献であるにもかかわらず、子育ては経済的にまったく評価されていないという現実がこの国にはあります)、なんとかこれをもう少しまともな制度に修正して行きたい。これは将来のベーシックインカム社会に向けた実験であり準備であるという側面もありますからね。まず私が提案したいのは、子ども手当は親や養育者を基準にするのではなく、子供ひとりひとりに対して支給するという考えを徹底して欲しいということです。ニュースによれば、親の所在が不明な養護施設の子供たちには手当が行かない可能性があるのだそうです。「父母手当」ではなく「子ども手当」である以上、これはおかしい。実質的に子供を育てている養護施設に手当を支給すればいいのです。施設の子供たちは、それでこれまでよりも多少は豊かな暮らしを送れるようになるかも知れない。あるいは施設職員の待遇改善にそれを使っても文句はありません。子ども手当の理念から言って、その使途にまで口を出すべきではないからです。ただこの場合には使途の開示だけは義務付けるべきでしょう。親または養父母に支給する場合は、金銭的に育児を支えている人よりも、実際に子供と同居して育児労働を行なっている人を受給者として優先すべきでしょう。これによって、海外の養子への支給だとか、別居中のDV夫への支給といった、本来の目的を逸れた制度の濫用を避けることが出来ると思います。

 子ども手当の支給は、銀行口座への振込が基本になるのでしょうが、私はこれは現金の手渡しを原則にすべきだと思います。受給者証を持つ人は、月に1回、受給対象となっている子供を同伴して、役所に子ども手当を受け取りに行くのです。これは子ども手当に限らず、給付金政策一般に言えることですが、銀行振込というのは、不正受給の防止という意味でも、消費の促進という意味でも、一番まずいやり方ではないかと思うのです。最近ではどんな会社でも給料は振込になっていますが、これがこの国の消費を減退させているひとつの要因ではないかと思います。人間、現金を持っていれば、なんだかんだと使ってしまいますからね。それに「子供同伴で」受け取りに行くことを義務付ければ、育児放棄しているような親が受給することへの歯止めにもなるし、1年の大半を海外で暮らしているような家族にとっては受け取りにくいものになる。現金を準備しなければならない役所の窓口は、ちょっと大変になるかも知れません。それならば子ども手当用に、国が専用の金券のようなものを作ればいいのです。受け取った人は、それを銀行に持って行って、現金に替えてもらうのです。もっと良いのは、いっそこれを政府紙幣でやってしまうことですね。形は新しい金券ですが、銀行で両替しなくても、そのままお店で使えるような金券になるのです。国が100パーセント保証しているので、受け取りを恐れる必要なんてありません。もちろん政府紙幣ですから、財源も不要。現在の日本のようなデフレギャップが大きい社会では、年間に5兆円くらいのマネー増発は、むしろ経済の健全化につながるのではないでしょうか。

 もうひとつ、これだけは譲れないと思うのは、支給対象を日本人に限定するということです。いまの民主党は、この点に関して非常に基準が緩いと言うか、けじめがついていないように感じます。議論を巻き起こした高校無償化の問題でも、地方参政権の問題でも同じですが、発言がぶれまくっている鳩山さんを見ていると、この人はいったいどこの国の首相なのだろうと思ってしまう。私はどちらかと言えばリベラルな思想を持った人間だと思っていますが、そんな私から見ても、いまの民主党のけじめの無さは危ういものに見えるのです。何故、他国に籍を持つ外国人にこの国の参政権を与えなければならないのか? 何故私たちの税金で外国人の子供を育てなければならないのか? 他に選択肢が無いならともかく、彼らには帰化するという選択肢があるのです。(もしも国籍取得の条件が厳し過ぎるなら、それを緩和することは必要でしょう。) あるいは外国人でも日本で税金を払っている人は、国からのサービスを受ける権利があると反論する人もいるかも知れません。でも、それを言うなら日本人でも外国人でも税金を払っていない人はいくらでもいる訳ですし、それを根拠にこれら制度の資格条件とすることには無理があります。子ども手当に関して言えば、子供を基準に考えるという原則からしても、日本国籍を持つ子供に限定すべきでしょう。親や養育者の国籍を問う必要はありません。この国の将来の国民を育てていることに対する支援というのが、子ども手当の基本的なコンセプトなのですから、そうすることが政策としても整合的です。このままけじめのつかないバラ撒き政策を続けていれば、民主党は保守層からだけでなく、リベラル層からも見放されることは必至だというのが、とりあえず今回の結論になります。

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コメント

まったくその通りです。
「個人に支給」
と言った時、個人本人に支給するのか、その個人の監督者に支給するのかで全く意味が変わります。
個人支給なのか、世帯支給なのか、今のBI論議と同じレベルでぶれてますね。
「日本人限定」も賛成します。ついでに「日本在住」も必要。
そのような縛りを作らないと、日本の子ども達を育むための手当てがドンドン海外に流れてしまいます。
政府通貨もそれを防ぐ一手段です。しかし兌換不可にしておく必要はありますが。
「子ども手当て」の実施はBIの予備実験的な見地からも注目しています。

投稿: turusankamesan | 2010年5月 5日 (水) 05時04分

こんにちわ。
民主党の掲げるマニフェストや政策の方向性は
基本的に支持しています。
が、それが政治的判断なのか単に未熟なのか、
マスコミの世論調査と参院選を意識し過ぎて
手当たり次第にやり散らかしてる感が
どうしても拭い切れません。
「子ども手当」にしても逆算すれば、自ずと
「国民ID制度」のような国民一人一人を正確に
把握するシステムや税制体系の見直しなど
土台の構築がまず先だと分かるはずなのに…。

マニフェストを手元にある英和辞書で調べると
「明らかな」「指示ビラ」といった意味でした。
もちろん政治用語と用法は異なるでしょうが、
「子ども手当」や「基地問題」は公約であって、
マニフェストはコンセプトやヴィジョン、夢など
どの方向へ日本を導くかを明らかにすることだと
思うのですが、ともかく政権発足後すぐに、
というより未だにそういうコンセプトなりが国民に
提示して(届けて)いないことが民主党最大のミス
だと考えています。
もしかすると総理的には「友愛」がマニフェストかも
知れないけど、総理だけって感じだし…。

投稿: あかみどり | 2010年5月 7日 (金) 11時15分

もう既に来年度子ども手当て満額支給が厳しい情勢のようですね。公約が膏薬(どこにでも貼り付けられる理屈)になっては本末転倒ですよ。
現物給付、サービス利用券、政府通貨、税に頼らずとも支給可能な手段はいくらでも有ります。
民主党自身が、自ら甘ったれ集団てのを晒すつもりでしょうか。
このように軸の振れる政党がBIなぞやろうものなら、国民は混乱をきたすだけですね。
故に、BIに関しては事前の徹底した制度設計が必要です。
BI政策を「フレキシブルに対応出来て良い」的なことを言ってる人達は何を考えてるのやら。

投稿: turusankamesan | 2010年5月 8日 (土) 10時10分

子ども手当というのは、この先何年にも亘って安定した制度として続いて行くだろうという信頼感を国民に与えてこそ、政策としての意味を持つのです。それが無いなら、こんな制度は即刻廃止した方がマシ。たぶん近い将来、国の財政は破綻に近いところまで追いつめられるでしょうが、その時に振り返って、あれは歴史的な愚策だったと気付く筈です。

民主党には期待を裏切られることばかりですね。私は一国の総理大臣が「友愛」なんて浮世離れしたスローガンを掲げることにも、さほど抵抗は感じません(共感も感じないけど)。いろいろなところで抵抗勢力に遭って改革が進まないことだって、国民は長い目で見る必要があると思っています。でも、この政党が日本をどうしたいのかという基本的なコンセプトやヴィジョンを持っていなかったという点は、いまの世界状況のなかで致命的だと思います。

ドロ舟から逃げ出すようにいくつも新党が立ち上がっていますが、私たち国民が瞠目するようなメッセージを発している政治家はいませんね。とりあえず小鳩ラインが身を引いてくれれば、何か新しいものの芽くらいは生えてくるのではないかとも思うのですが…

投稿: Like_an_Arrow | 2010年5月15日 (土) 01時01分

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