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2010年3月28日 (日)

ベーシックインカムは企業からの人頭税で

 前回からの続きです。ベーシックインカム(BI)の財源をどうするかという問題を考えています。BIは産業の効率化による果実を国民全員で分かち合うものなのだから、その負担は主に企業部門が引き受けるのが正解だろう、これが前回の結論でした。そのためには、法人税というもののあり方を根本的に見直さなければならない。これから私が書くことは、これまでにずっと温めて来たアイデアといったものではなくて、先週の記事で風呂敷を広げてしまった手前、引っ込みがつかなくなってあわてて考え出したものです(笑)。だからひとつの試案として受け取っていただけると助かりますし、おかしなところがあればご指摘いただけるとなお助かります。

 これは誰もが感じていることだと思いますが、法人税というものは財政の視点から見てまるで頼りにならない税金です。とにかく景気の波に連動して、税収額が毎年大きく変動するので、安定した財源として期待出来ない。財政投資によって景気対策を打ちたい時に限って、法人税収入が落ち込むという根本的な矛盾があります。何故そんなことになるかと言えば、法人税というものが企業の所得に、つまり〈儲け〉の部分にかかる税金だからです。利益を出していない企業は基本的に法人税を納めなくてもいい。(自治体に納める固定資産税や事業所税などは別です。) だから利益隠しによる脱税なども横行する。いくら赤字企業でも、事業を行なうためには公的なインフラを利用している訳ですから、事業規模に応じて税を納めるべきだという議論もあります。ただ、それが正論だとしても、例えば売上高に比例させた法人税(外形標準課税)を導入するなんてことは現実的に不可能です。そんな税制のもとでは、不況期には企業はどんどんつぶれてしまうし、新しく起業しようという人も現れなくなる。企業も資本もこの国からいっせいに逃げ出してしまいます。

 もしも国が安定した法人税収入を得たいと考えるなら、ひとつだけ現実的に可能な方法があると思います。それが企業に課せられる「人頭税」というものです。このアイデアは誰かがもう提案しているのかな? 「"ベーシックインカム" "人頭税"」というキーワードでGoogle検索すると、700件弱のヒットがあります。なかにはベーシックインカムのことを「マイナスの人頭税」なんて表現している記事もありました(うまい!)。でも、上位30くらいの記事をざっと見たところ、これを新しい法人税の形として提案している人はいないようです。ということは、これは私のオリジナルと言ってもいいのかな? 簡単に説明します。企業は雇用している労働者の「労働時間」に対して一律に課税されることになります。雇われている人が正規社員であるか、非正規社員であるかには関係なし。またその人の給料の多寡にも関係なく、ただ労働時間に対して一定の単価を掛けるかたちで税額計算がされるのです。(これは人頭税というより「雇用税」とでも呼んだ方が適切かも知れません。でも、この記事では「人頭税」で通します。ブログ記事にはインパクトが大事ですからね。笑) 人頭税は社員だけでなく、会社の経営者や役員、また自営業者などにもかかります(どのように彼らの労働時間を捕捉するかという技術的な問題については今回は考えないことにします)。ベーシックインカムの実現という視点からすると、労働は出来るだけ機械やコンピュータにやらせるべきものであって、人間の労働は〈悪〉とまでは言わないまでもなるべく減らすべきものである、この思想がこの税の根拠になっているのです。

 簡単な試算をしてみましょう。現在の日本の人口は約1億2700万人。そのうち半分の6300万人が就労者です。就労者の平均年収は430万円程度だそうですから、労働による所得の合計は約270兆円。これはGDPの二分の一強を占める金額です。仮に国民ひとり当たり8万円(年に96万円)、未成年者(2300万人)には半分の4万円(年に48万円)のBIを配るとします。(ちなみに私は子供にも大人と同額のBIを配ることには反対です。そんなことをしたら、この国は少子化から一挙に多子化に反転してしまう。子供へのBI支給額は、目標となる出生率を決め、それを達成するために最適な額という視点で決定されるべきものです。) この金額のBIを支給するために必要な年間予算は約111兆円。これを6300万人の就労者で割ると、ひとり当たり年間176万円の負担になります。つまり平均176万円の所得税増税でBIは実現可能だということです。その負担を個人の所得税ではなく、企業の人頭税として徴収しようというのが私の提案です。仮に就労者の年間平均労働時間を1800時間とすると、1時間当たり1000円弱という金額になる。つまり、企業はひとりの労働者を1時間働かせるごとに、1000円の人頭税を徴収される訳です。(実際にはBI導入によって削減出来る財政支出がたくさんありますから、人頭税額はそれより低く抑えられると思います。) 下に計算に使った表を掲載しておきますので、参考にしてみてください。

Bi_simulation_2

 当然そんな税の新設は不可能だと思われますよね? 中小企業は軒並み倒産してしまうだろうと? でも、考えてみてください、従業員には月額8万円、夫婦と子供ふたりなら月額24万円ものBIが国から支給されるのですよ。だったら給料を減らせるじゃありませんか! 企業がどのような割合で給与や賃金(および役員報酬)を削って人頭税に回すかということは、それぞれの企業で考えてもらえばよろしい。BIは単身者に厳しく、大家族に優しい制度ですから、これまでの扶養手当とは逆に単身手当などを設けて、世帯間の所得バランスに配慮する会社も出て来るでしょう。人頭税は給与額に関係なく一律だと言っても、すべての従業員から同額を給与天引きすることは現実的ではありません。時給800円のアルバイトさんから、時間単価1000円の税は引こうにも引けませんからね。もっとも、この制度の前提として最低賃金も廃止されますから、時給800円の従業員にも多少なら税負担してもらうことも不可能ではない。問題はそれで人が集まるかということだけです。おそらくこれまでアルバイトやパートなどの安い非正規従業員を使って急成長して来たような企業が、この新税導入で一番打撃を受けることになるでしょう。しかし、私の意見ではそもそもそういう企業は是正を受けるべきなのです。考えてもみてください、この国で過去二十年間に急成長した企業を思い浮かべてみれば、ほとんどが時給1000円以下の安い労働力を使い捨てにしながら伸びて来た企業ばかりではないですか。それがワーキングプアと呼ばれる低所得者層を構造的に生み出し、この国を出口の無いデフレスパイラルに追い込んだ一番の元凶だったのですから。

 でも、だからと言ってマクドナルドの原田社長やユニクロの柳井社長が、この新しい税制度に反対する理由は無いと考えます。国内で安い労働力が調達しにくくなるのはライバル企業も同じですし、BIのある社会になればハンバーガーは100円でなくても、ジーンズは1000円でなくても売れるようになるでしょうから。それに最低賃金の縛りが無くなるのですから、アルバイトは時給300円で募集すればいいのです。BIのある社会では、職に就きたい人の求めるニーズも変わって来ます。もちろんお金も大事ですが、それ以上に「やりがいのある仕事」、「技術や経験の積める仕事」、「目標を共有出来る仕事仲間」、「居心地のいい職場環境」などといったものが人を惹きつけることになる。もしもあなたの会社がそれらを提供出来るなら、ボランティアでもいいから働かせて欲しいという人が押し寄せて来るかも知れない。(あ、ボランティア従業員に対しても人頭税はいただきますからね。笑) それにここが重要なところですが、こういう税制のもとでは業務の効率化・省力化への動きが強力に加速されることになります。特に日本では流通業やサービス業の労働生産性が低いことが、景気低迷の大きな要因になっているのですから、こうしたショック療法で産業界に活を入れることは理に適ったことだと思うのです。そうなれば経団連の会長だって、「雇用を守る」なんて、言ってることとやってることが正反対のウソをつかなくてもよくなる。経営者はどんどん無人化を進めて、どんどん人を切ってくれればいいのです。

 「ちょっと待てよ。でも、そこには矛盾があるぞ。」 気がついた方もいらっしゃるかも知れません。もしもこうした動きが本格化して、産業の効率化が進んだあかつきには、就労者の人口が減って行く訳ですから、BIの原資である人頭税自体も減って行ってしまう。そうなるとBIの支給額も減らさざるを得なくなって、結局は元の木阿弥に戻ってしまうのではないか? そう、書いていて自分でもその矛盾に気付きました(笑)。ただ、(少し苦し紛れに)言い訳をさせてもらうなら、これはBIを考える上で私たちが陥りがちなゼロサムの発想に囚われているからこその矛盾だと思うのです。現在は効率化や省力化を進める代わりに、海外の安い人件費を利用する方向で企業は動いている。日本経済の失われた十年(二十年?)というのは、その痛いしっぺ返しとも言えるのです。国内の労働力を海外の労働力に置き換えたところで、この世界を総体として豊かにしたことにはなりません(もちろん相手国にとって技術の移転という効果はある訳ですが)。その努力を国内産業の効率化という方向に向けていたら、この国は今とはどれほど違った状況になっていたことでしょう。産業の効率化によって、社会の富は増すということを思い出しましょう。社会が豊かになれば、どこかにBIの原資はある筈だ、これが我々の出発点でした。もしも人頭税によって効率化が促進されれば、BIの原資は人頭税から従来の法人税に重心を移すことになるのだろうと思います。ベーシックインカムというのは、固定化したひとつの経済思想といったものではなく、産業の進歩による富の増加をバランス良く社会に還元する技術の問題ですから、常に工夫を凝らして制度をチューニングして行くことが重要になるのです。

 まとめます。これまでの法人税や所得税や消費税といったものは、経済の発展に対してブレーキをかける働きを持つものでしかありませんでした。企業に課せられる人頭税は、ふたつの面でこれら従来の税制度とは異なるメリットを持っています。ひとつはこれが産業効率化へのインセンティブをビルトインしている制度であるということ、もうひとつはこれが(BIと組み合わされることによって)流動性ある真に自由な労働市場というものを実現する可能性を秘めているということです。掛け声だけで全然進展しないワークシェアへの取り組み、仕事を失っている人が多いにもかかわらず一向に減らない残業時間、そしてまたうんざりするほど効率の悪いホワイトカラーの仕事ぶり(私のことです。笑)、こうした問題を抱えているこの国の産業に対しては、政治主導でこのくらい思い切った改革を仕掛ける必要があるのではないだろうか。ベーシックインカムが軌道に乗るまでの工程は、決して平坦な一本道ではなく、試行錯誤の繰り返しにならざるを得ません。なにしろ人類がこれまで経験したことのない社会制度を新しく生み出そうというんですからね。でも、道に迷いそうになった時に、自分たちに言い聞かすひとつの合言葉があります、総体として技術は進歩しつつあり、社会は豊かになって行くのだから、その豊かさをみんなで分かち合う方法は絶対にある筈だ、そういう信念の言葉です。私は「ロストジェネレーション」などという失礼な名前で呼ばれている今の若い人たちの中から、これを実行に移す行動力と信念を持った人が現れることを望みます。

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2010年3月22日 (月)

ベーシックインカムの財源問題について

 五年前にこのブログを開設してから、たぶん一番たくさんのアクセスを集めた記事は、『ベーシックインカムについて考える(1)』と題したこちらの記事です。自分が書いて来たたくさんの記事の中で、何故これがナンバーワンなのかと言うと、それにははっきりした理由があります。Google検索で、あるキーワードを入れると、この記事が一番先頭に来るのです。それは「ベーシックインカム 財源」という(AND検索の)キーワードです。(私が気が付いた半年くらい前から、トップの座を譲ったことがありません。「ベーシックインカム」単独では残念ながらトップ100にも入らないのですが。) 確かに最近はベーシックインカムというものが話題になっていて、これに関心を持った人は、「でも財源はどうするんだよ?」と考える訳ですから、この記事はそういう問題意識を持った人が最初に目にする文章になってしまった訳です。

 たいへん申し訳なく感じています。と言いますのも、この記事は私がベーシックインカム(BI)について書いた最初の記事でして、確かに財源問題に関する意見は述べられているものの、それは初学者らしい間違った考えだったからです。この記事のなかで私は消費税を60パーセント(!)にしてBIの財源に充てるべしなんて書いている。バカ言っちゃいけません(笑)。これは当時読んだゲッツ・W・ヴェルナーさんという人の本の影響なのですが、その後自分でもBIについていろいろ読んだり考えたりして、財源問題についても全く違う考えを持つに至りました。で、今回の記事は、BIの財源をどこから持って来るかという問題について、お詫びの気持ちもこめて訂正しておこうと思って書いているのです。願わくはこの記事が、くだんの過去記事を抜いて検索トップに来てくれんことを。と言っても、それはGoogle社のランキング・アルゴリズムの問題なので、こちらとしてはいかんともしがたいものなのですが…

 私の基本的な認識は、BIというものを格差是正策や景気浮揚策の一種として捉えてはいけないということです。ほら、もう過去に書いたことと矛盾してる。でも、そこが今回の記事で説明したいキモの部分なのです。もしもBIが単なる所得再配分のためのものであるなら、あるいは(もう少し経済通っぽい言い方をして)この国のデフレギャップを埋めてGDPを牽引するためのものであるなら、そんな経済政策はBI以外にもいろいろある訳だし、実現までのハードルが高そうなBIにいま注目する意味は無い。むしろ話は逆で、BIは現代の社会が抱える問題を解決するための手段ではなく、これからの社会が向かう方向を指し示すひとつの指針として捉えるべきものなのである。いろいろ考えた結果、私はそういう結論に達したのです。つまり、まずベーシックインカムありきではなくて、ベーシックインカム(のようなもの)を実現するためには、いまの社会や経済の仕組みをどう変えていかなければならないかということ、その問題を私たちが不断に考え続けていくことにこそ、この政策の本当の意義があるということなのです。

 しかし、どうも議論が先走っていますね。この記事はベーシックインカムについて初めて興味を持った人に向けて書いているのでした。インターネットなどでBIの財源に関する議論を読んでいると、まずたいていの人は現在の財政構造のなかで、どうやりくりしてBIの原資を捻出しようかと考えている。これがそもそもの間違いだと私は思うのです。例えばBIが実現した社会では、他のいろいろな社会保障制度を廃止出来るので、そのための予算はすべてBIに回すことが出来る、そんなふうな議論があります。こういうゼロサムの発想で考えると、BIが現在の経済構造を根底から変えるブレークスルーの可能性を持った政策だということを見誤ってしまう。BIの最も基本にある考え方は、産業が効率化して豊かになった社会では、その豊かさをすべての人に行き渡らせる仕組みを持つべきだというものです。人道的見地からそうするのが正しいからというのではなく、そうしないと需給のバランスが崩れて経済の持続性が失われてしまうからです。ですから「BIは面白そうだけど財源はどうするんだ?」という問いは、BIの本質を分かっていない人の問いだと言わざるを得ない。(偉そうに言い切ってますね。笑) 財源はあるんです。いや、もしも財源が無いと言うなら、それはまだ産業の効率化が十分ではないか、あるいは効率化の果実がどこかに偏って集まっているかのどちらかでしょう。BI推進派の私たちは、そこのところの実態をよく見定めなければなりません。

 例えばいまの政治が取り組んでいる課題に、無駄な公共事業の廃止というものがあります。「事業仕分け」が多くの国民にアピールしたところを見ると、無駄な公共事業が多いということは国民的なコンセンサスになっているのだと思います。でも、無駄な公共事業の「無駄」とはどういう意味なんだろう? こういう問いの立て方が、BIの議論には欠かせないものなのです。川の上流に巨大なダムを作る、それによって二百年に一回起こるかも知れない洪水を防ぐことが出来る、過疎の町に立派な公会堂を作る、それによって地元のお年寄りがふだん触れることの無かった芸能を楽しめるようになる、こういったことについてどこまでが無駄でどこまでがそうでないかを判断するのは難しいことです。もしも赤字経営であるものはすべて無駄と言うなら、公共事業なんて廃止して、すべてを民間に委託してしまえばいいことになる。しかし、ベーシックインカムの実現ということをひとつの軸として置けば、それに資する事業とそれを阻む事業という大枠での分類は出来るのではないかという気がします。それはつまり「雇用創出効果」というものを度外視して、その事業が産出する社会的な富(アウトプット)とその事業が消費する社会的な資源(インプット)の差で、「BI実現への貢献度」を測るというやり方です。

 私がよく引き合いに出す例で言えば、産業の効率化と集積化が極度に進んで、あらゆる製品(工業製品も食料品もすべて)がたったひとつの工場から産み出されているような未来の社会を想像してみてください。これは究極のオートメーション工場で、人間はひとりも働いていない。つまり雇用はゼロです。原材料やエネルギーも、地下数千メートルの〈マグマ溜まり〉から自給しているので、外部から買い入れる必要が無い。むろん野菜や食肉なども自社工場で育成しているものを使用しています。イメージとしては、これがBI社会における理想の企業像ということになる(あくまで私個人のイメージです)。これはまた言ってみれば究極の平等社会の到来とも言えます。なにしろすべての人は等しく失業者なのですから。それでも決して貧しい社会という訳ではありません。そこではBIが当たり前であるばかりか、お金というものも単なる配給チケットのようなものとしてしか見なされなくなります。これは「賃金労働」こそが正しい人間の労働であり、それを奪われた人間には生きがいも尊厳も無いと考える人にとっては、とうてい受け入れ難い社会のあり方だと思います。また人間と自然の共存を目指している〈環境派〉の人たちから見ても、唾棄すべき思想であるかも知れない。BIという思想を突き詰めていくと、どうしてもそうした価値観の対立にぶつかる、そのことはBIに賛成するにせよ反対するにせよ認識しておいた方がいいと思います。

 おっとベーシックインカムの財源問題を考えていた筈だったのに脱線しました。ただ、以上のような考察からも、BIの財源を消費税や所得税に求めるのは間違いだということは結論出来るだろうと思います。産業の効率化による果実は、まずは企業部門に集まるのですから、BIの原資は第一義的には法人税に求めるのが正解でしょう。そもそも失業者ばかりの社会では、税金を納められるのは企業しかない訳ですからね。いま国の税収のうち、法人税が占める割合は二割程度です。しかもこれは景気の変動によって大きく振れる不安定な税ですし、また日本は他の先進国に比べて法人税が高いのだそうですから、これをさらに増税してBIの財源に充てようなどというのは非現実的です。しかし、それは現在の法人税の仕組みを前提に考えているために、そう思われるだけかも知れません。ベーシックインカム実現のためには、この法人税というもののあり方を根本的に見直すことが欠かせないと私は考えるのですが、これについては次回の記事でまたあらためて考察したいと思います。ベーシックインカムの財源問題について、ここからが本題ということになります。

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2010年3月14日 (日)

巷間哲学者流「日本を救う10の方法」

 我ながら辛気臭い記事が続きました。ここらでうつむいていた顔を少し上げて、前方に目を向けたいと思います。昨年民主党による政権交代が実現した時、私たちはこれでやっと日本の政治が変わるかも知れないという期待を持ちました。その後の民主党の奮闘ぶりと迷走ぶりは、やはりこの国を根本から変えることは容易なことではないのだという、諦めに近いヘンな納得の気持ちを私たちにもたらしただけでした。ここに来て民主党への支持率はどんどん低下していますが、有権者はべつだん期待を大きく裏切られたなんて思ってはいない。いまの政治に対する国民の気分をひと言で表すなら、「やっぱりね…」というコトバが一番ふさわしいような気がします。今年は参院選の年に当たります。いまのところ間違いなく予想出来ることは、前回の衆院選と比較して今回は投票率が大幅に落ち込むだろうということだけです。

 正直なところ、私はいまの民主党政権は過去の自民党政権よりも百倍くらいマシだと思っているのですが、この政権に日本の未来を託せないことにもまた100パーセント同意するしかありません。鳩山首相の脱税疑惑や小沢幹事長の不正献金疑惑なんて実はどうでもいい話で(おふたりに辞めてもらえばいいんだから)、もっと根本的な問題はこの政権が日本の未来に対して何のビジョンもロジックも持っていなかったということです。「コンクリートから人へ」なんて口で言うのは簡単でも、それにしたって先立つものはお金です。もしも国家予算が十分にあるなら、子ども手当だって年金改革だって、おそらく基地問題だってすぐに解決出来る。言ってみれば民主党は、破産管財人の立場で入って来たのに、債務整理もそっちのけで明日の買い物の計画ばかり立てているようなものです。(誰が思い付いたのか知りませんが、予算編成で各省別のシーリングをはずしてしまった時点で、民主党の命運は尽きましたね。日本国の命運も尽きたかも知れん。) 国の財政がこれほど悪化してしまったのは、無駄な公共事業のせいでもないし、公務員の数が多過ぎたせいでもない、時代の転換期に特有な構造的な問題があるのです。それを見ずに小手先の事業仕分けなどで財政問題が建て直せる訳がない。国民は変革を期待して国政を預けたのに、何故その期待に応えるような思い切った政策を打ち出せないのか?

 いま国政は八方塞がりの状況ですが、それは政権党が従来の枠組の中でしか政策を発想しないからだと思います。インターネットで検索すれば、日本を救う方法なんてすぐに十個やそこら見付かります。別に経済学者や社会学者でなくても、私たち庶民のなかにだってアイデアはいろいろある。その中にはもちろん空想的で実現性の薄いものも多い訳ですが、現代のように大きなパラダイムシフトが求められている時代には、一見荒唐無稽であるようなアイデアの中にこそ、八方塞がりの状況を打破する可能性を秘めたものがあるかも知れない。…という訳で、私のおすすめする救国の秘策、十項目です。過去にこのブログで書いたものもあるし、インターネット上で見付けた他人のアイデアもあります。それぞれ参照先の記事のURLを載せておきますので、リンク集としてもご利用ください。

1.政府貨幣発行

 いわゆるセイニアーリッジ政策です。国の財政がピンチだったら、政府がお金を刷って自分でそれを使えばいい。日銀の国債引き受けでも同じだという人もいますが、それは違うでしょう。誰が持とうと国債は国債、借金証書であることに変わりはないからです。政府貨幣と聞くと、すぐに「とんでもない!」と反応する人がいますが、そういう人は800兆円とも言われる国の借金のうち、どのくらいが利子で積み増されたものなのか、また1400兆円の国民資産のうち、どのくらいが本当の元本だったのかをよく考えて欲しいと思います。借金は一定限度を超えると、もはや借り手にとっても貸し手にとってもコントロールの利かないものになる、そんなことは誰でも常識として知っている訳です。債務超過の民間企業なら倒産という選択肢もあるけれど、国の場合はいったんつぶしてやり直す訳にはいかないのですから、こういう非常時にはふだんは使わないカンフル剤的な政策も必要だと考えます。政府がそれをやらないのなら、国民が声を上げてそれをやらせるくらいの覚悟を持つべきです。

2.資産課税

 とにかく問題は、凍りついた国民資産1400兆円にどうやって火をつけるかです。いくら所得税や消費税の税率を上げたところで、それは痩せ細ったフローをさらに細くするだけのことです。税制改革を考えるなら、むしろこの巨大なストックに目を向けなくてはいけない。いまでも相続税や贈与税といったストックに対する課税はありますが、あまりに控除額が大きいのと捕捉の目が粗いのとで、有効な徴税手段となっていない。国民の金融資産はGDPの3倍近くあるのに、国の税収内訳を見れば、資産課税の割合は2パーセントにも満たないのです。格差問題だって、所得格差はよく話題になるけれど、もっと深刻な資産格差はあまり話題になりません。これからの時代、政府は所得の再配分よりも資産の再配分を真面目に考えるべきです。このための税制改革案として、例えば預金課税なんてアイデアもありますが、なんたって私のおすすめはマイナス利子の付いたお金、つまり減価貨幣の導入です。これについてはもうたくさん書き過ぎました。とりあえずどんなイメージのものか知りたい方はこちらをどうぞ。

3.ベーシックインカム

 最近話題のベーシックインカムです。もう「BI」という略称でも通じるようになって来ましたね(一部の人には)。国民ひとりひとりに月額5万円から10万円くらいの基礎所得を、国が無条件に配ってしまうという政策です。そのメリットについてはもうさんざん書いて来たので、ここでは繰り返しません。ひとつだけ強調しておきたいことは、これからの社会はもうBI(的なもの)が無ければ、うまく回って行かないだろうということです。自動化された機械やコンピュータなどによって業務を効率化することは、個々の企業の経営者や株主にとっては嬉しいことです。人件費がカット出来ますからね。しかし、社会全体で見れば失業率のアップと慢性的な需要不足が起きる。まさに現在の日本の状況です。要するにこれまでの経済の仕組みでは、産業の効率化は資本家により多くの富をもたらすだけで、労働者はせっかく豊かになった社会の恩恵を受けられないという構造だった。これは双方にとって不幸なことです。BI(的なもの)があって初めて、産業の効率化は社会の持続的な発展と結びつく。逆に言えば、BIの無い社会でこれ以上の効率化を追求しても、それは経済格差を広げ社会の歪みを大きくすることにしかつながらないということです。

4.国内限定通貨

 これが私のイチオシの政策です。これと上に述べた政府通貨、減価貨幣、BIを組み合わせることでいろいろな政策が考案出来ます。簡単に言えば、日本全国で使える〈地域通貨〉を国が発行してしまおうということです。地域通貨が目指すのは「地産地消」ということですが、これこそが経済のグローバリズムが進んだ世界で日本が目指さなければならない方向だと思うのです。中国が何故世界の工場と言われるほど急速な工業化を達成出来たかと言えば、通貨(人民元)のドルペッグ制を頑なに維持していることが一番の要因と言えるのではないかと思います。これは成長著しいベトナムなども同じです。もしも日本だって1ドル360円の固定相場制を守っていれば、製造業で新興国の追随は許さなかった筈です。でも、そんなことは国際経済のルール違反ですよね。これをやられている訳だから、先進国の国内産業はたまったものではない。いまさら固定相場制には戻れないけれど、国内の産業を守るために国内だけでしか使えない第二の通貨(もちろん政府通貨)を発行することなら国際ルール違反にもなりません。国内人件費には主に国内通貨を使い、輸出入や金融取引には強い日本円を使う、これは最強の通貨政策になると思います。

5.土地の国有化

 結果の平等はあり得なくても、機会の平等は保証されなければならない、これは今日の私たちの基本的な合意事項であろうと思います。人間が産み出したものでもない土地というものが私有されていることの理不尽さは、改めて説明するまでもないことです。すべての土地を国有地にすることなど、一見非現実的に思われるかも知れませんが、そうでもありません。共産主義のようにいきなり国が私有地を召し上げるのではなく、地主にはしかるべき保障をしながら段階的に土地の国有化を進める。今でも高い相続税は地主にとって悩みのタネですから、条件によっては国に土地を売り払ってしまった方が得だという認識も生まれて来るでしょう。接収された土地は入札によって民間に貸し出されます。そこで入って来るレンタル料が税金に代わる国の収入になります。所得税や法人税は大幅に下げることが出来ます。実際のところ地主が得ている地代というものほど、社会にとって非生産的なものはありません。人間が住む土地や事業を行なう土地がすべて国からの借地であるなら、まさに機会の平等が実現されたことになる。これはシルビオ・ゲゼルという昔の偉い経済学者が考えたことです。

6.トービン税

 トービン税のことを書くのは初めてですね。これはジェームズ・トービンさんという経済学者が提唱した税制度だそうです。国際間の金融取引に極めて低率の(例えば0.05%程度の)課税をすることで、投機目的の取引を抑制しようというものです。40年も昔に発表されたアイデアだそうですが、先見の明がありましたね。なにしろ最近は金融取引が実体経済の100倍の規模にも達しているそうですから。国際的な為替取引に適用するためには、一国だけの制度改正では難しいのではないかと思います。例えばこれを日本では証券取引に応用してみてはどうでしょう。〈投資〉と〈投機〉を見分ける最も簡単な方法は、売り買いが頻繁にされているかどうかです。その会社の将来性に投資しようという人にとって、低率の証券取引税はさほど問題になりませんが、「サヤ取り」を狙って売り買いを繰り返すデイトレーダーにとっては結構痛手になるでしょう。私が以前提案したのは、株を買った人は最初の一年間はそれを売れないというルールを作ることでした(売れば超高率の課税)。株券が電子化された今なら出来ますよね。日本人は昔からカタギが「株に手を出す」なんてことはしなかったものです。

7.地方分権

 最近は国政の中からも地方分権ということが言われるようになりましたが、これは地方への負担の押し付けをカムフラージュしているだけのコトバでしょう。もしも本当に地方分権を言うなら、徴税権や立法権も自治体に委譲して、国の役割は国防と外交と皇室の運営くらいに限定すべきです。国政の財源も自治体からの供託金だけになります。そこまで徹底してやるなら地方分権にも意味がある。いまの仕組みのままで地方の権限を強くすることは、大きな政府をますます大きくするだけのことだと思います。もしもこういう真の意味での地方分権が実現すれば、メリットはたくさんあります。税制度を自治体ごとに変えられるなら、ベーシックインカムや自治体発行の地域通貨という政策だって、がぜん現実味を帯びて来る。地方の特徴に応じた「国づくり」が可能になるのです。よく福祉の発達したスウェーデンやデンマークのことがモデル国家のように語られることがあって、しかし日本は国の規模が違うのだから、そんな北欧型の福祉国家は目指せないという人がいます。だったら道州制か連邦制を採用して、国のサイズを適正規模に分割してしまえばいい。そうなったら私は、多少貧しくてもBIのあるのんびりした地域に住みたいと思います。

8.環境政策の転換

 鳩山総理大臣は、2020年までにCO2を25パーセント削減することを国際公約として掲げました。あれって一体何だったのでしょう? 事前に国会での話し合いや国民の理解を得るというプロセスはあったのでしょうか。少なくとも私は知りません。何故あの発言が国内で大問題にならなかったのか不思議でしかたない。あれひとつでも鳩山さんが辞任する理由としては十分だったと思うんですが。ともあれ、日本はいい加減CO2削減を最大目標にした環境政策から脱却すべきです。私は京都議定書も日本を陥れるために先進国が仕組んだ陰謀だったという認識を持っていますし、地球が温暖化しているという通説にも疑問を持っています。そういう仕組まれた国際世論から日本は早く目を覚ますべきです。むしろ日本は、CO2削減といった後ろ向きの目標を立てるより、例えば空気中のCO2を固定化するといった環境技術で世界に貢献すべきでしょう(本当にCO2が問題であるならば)。環境保護が重要なことは認めますが、この地球を人類誕生の前に戻すことは不可能です。これからの環境対策は、技術によって環境に働きかけ、地球を人類(とその他の生物)が住みやすい惑星に作り変えていくという視点で論ずるべきだと思います。

9.インターネット・カジノ特区

 最近の記事で書いたアイデアです。日本にも「カジノ特区」を作ろうという意見への反論として書きました。特定の地域に「ハコものカジノ」を作るのではなく、インターネットの世界に国営のカジノを作ってしまおうという主張です。救国の秘策と呼ぶのは大袈裟だと思われるかも知れませんが、そんなことはありません。ここでの眼目は、年間に二十数兆円もの売上を上げている(GDPの5パーセント!)パチンコ業界への規制とセットにすることです。日本人が世界に類を見ないギャンブル好きで、全国に13000もあるパチンコ店がそのニーズを受け止めている以上、これに対抗するためにはインターネットを利用するしかない。国が本気でギャンブルとしてのパチンコ(つまり換金制度)を規制するなら、それに代わるものを用意しておかなくてはなりません。裏社会の資金源にもなっていると言われるパチンコ産業に流れ込むお金を、国の財政収入に振り替えるなら、子ども手当の財源くらい簡単に捻出出来る。財政難で苦しんでいる民主党は、何故ここに目を向けないのでしょう。やっぱり業界との癒着があるのかな?

10.基地問題の解決策

 これも最近の記事で、普天間基地は硫黄島に移転するのがベストだろうと書きました。もっとお金をかけずに出来る、いいアイデアがあります。今週茨城空港が開港しました。発着便が1日2便だけという寂しいスタートです。全国の都道府県には、同じような赤字空港がたくさんあるそうです。だったら簡単なこと、収益率で比較してワースト10くらいの地方空港をすべて米軍基地に転用してしまったらどうでしょう。基地の誘致は地方経済の振興になるという一面を持っていますから、国がその方針を決めたなら財政難の自治体にとっても内心歓迎すべきことであるに違いない。地域住民の中には反対する意見も出るでしょうが、空港建設を決めた自治体議員を選んだのは自分たちなのですから、その反対意見にはあまり説得力がありません。私は日本に米軍基地は要らないと考える人間ですが、もしも当面それを認めざるを得ないものなら、国全体でその負担を分かち合うべきだと思います。赤字空港の基地転用によって、沖縄に集中していた基地が全国に散らばれば、これは将来の地方分権にとってもいいことです。本来の国防という視点からしても、基地は全国に分散していた方が軍事的にも好都合であるに違いありません。

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