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2009年10月11日 (日)

ベーシックインカムを減価貨幣でやる理由

 前回の記事では、ベーシックインカム(BI)の制度設計に当たって留意すべき点を表にまとめてみました。冷静になって考えてみれば、そこで私が提示した視点というのは一般的なBIの議論にとってバランスのいいものではなかったような気がします。というのも、この表が前提としているような、BIを導入するに当たってまずは〈日本円〉でやるか〈公共通貨〉でやるかという二者択一を迫ることが、そもそもノーマルな議論の出発点とは言えないからです。BIというもの自体がまだ十分に知られていない怪しい概念である上に、それを「政府発行の減価貨幣」でやるなんてアイデアに至っては、まったく「怪しさ二倍!」と言うほかない(笑)。実際、最近はインターネット上でもBIのことを取り上げた記事を多く目にしますが、そこで論じられているのは、BI支給は日本円で行なうことが当然の前提としてあって、ただその財源を所得税に求めるか消費税に求めるかといったようなことです。中立な立場でBI実現に向けた課題を話し合うなら、まずは現在ある経済の仕組みのなかでそれが可能かどうかを検討すべきで、「公共通貨」だの「減価貨幣」だのといったウルトラCはとりあえず禁じ手にするのが話の順序だろうとも思います。

 今回の記事では、以上のことを一応理解した上で、それでも減価貨幣でBIをやることのメリットは少なくない、ということについての説明を試みてみようと思うのです。少なくとも、これから日本でもBIに関する議論が活発になって行くと思われますが、BIにはこうした選択肢もあることを知っておくのは、そこでの議論を深めるためにも役立つと思うからです。「ベーシックインカム」というのは、その名のとおり生活のための「基礎的な所得」を国がすべての国民に保障しようという考え方のことです。所得制限などは一切無く、金持ちにも貧乏人にも等しく例えば月に5万円ずつのお金が配られる、そういった制度です。もしも年間60万円のBIを全国民に支給するとなれば、約77兆円の予算が必要になりますから、これは一見とても実現性の乏しい政策のようにも見えます。が、すでにこの国では社会保障費の総額が60兆円を超えているそうですから、現在の社会保障制度(生活保護、失業保険、障害者手当など)をBIに統合して行く前提なら、新しい支出はそれほど莫大なものになる訳ではない。消費税率や所得税率を多少引き上げれば、財源は確保出来るという試算もされているようです。

 ただ、これだけは絶対に押さえておくべきという重要なポイントがあります。それは、現在の税体系、現在の経済体制の枠組のなかでBIを実施することは、要するに所得の再配分を見直すということ以上ではない、という点です。よく構造改革政策によって、経済格差が広がったということが言われますが、それは過去との比較の問題に過ぎないのであって、日本も含めた先進諸国の経済を先入観なく見てみれば、そこでは自由主義経済と呼ぶのがためらわれるほどの思い切った所得の再配分が行なわれている。「ベーシックインカム」などと目新しい呼び方をしていても、要するに実態は究極の社会保障制度と呼ぶべきものです。そのカラクリは、BIが〈定率〉ではなく〈定額〉で支給されるというところにあります。金持ちにも貧乏人にも同額のBIを支給すると言えば、なにやらとても公平な制度であるかのような錯覚に陥りますが、原資は定率どころか累進課税で集められた税金なのですから、基本的には高額所得者層から低額所得者層への所得移転に他ならない。さらに制度設計によっては、それは子供のいない世帯から子だくさんの世帯への、障害者手当を受給している人から健常者への、あるいは要介護度5レベルのお年寄りから要介護度1レベルのお年寄りへの所得移転だったりする訳です。つまり現在の社会保障制度の下で比較的厚遇されている世帯からそうでない世帯への所得移転ということです。これは良い悪いの問題ではなく、限られた経済のパイの中で分配方法を見直す以上、仕方の無いことなのです。

 そこで次に登場するのが、「公共通貨」というものです。これは日銀が国債を担保に発行する日本円とは違って、政府がまったく無担保で打ち出の小槌のように発行出来るお金のことです。自民党政権末期の頃、財政再建のために「政府紙幣」を発行したらどうかという議論がありましたが、あれのことですね。確かに経済学の本を読めば、一国の政府は「通貨発行権」(セイニアーリッジ権)を持つと書いてある。実際に五百円玉や百円玉のような硬貨は、日銀ではなく政府が直接セイニアーリッジ特権によって発行したお金なのです。もしもこれと同じやり方で政府紙幣というものを発行して、それをBIの原資としたらどうだろう? この場合、税を当てにする訳ではありませんから、限られた経済のパイの中での分配ということにはなりません。誰かが得をして、その分誰かが損をするということはないのです。話がうますぎる? ええ、もちろんです。ここで問題になるのはインフレです。年間77兆円ものお金が国内にバラ撒かれるのですから、ふつうに考えればインフレが起きない筈は無い。つまりBIとして配られたお金がどこから来るかと言えば、インフレによる貨幣価値の低下で預金や給料が実質的に目減りする、その目減り分が集められてBIに化けたとも言えるのです。経済学者のなかには、現在の日本は構造的なデフレ経済に陥っているので、多少政府通貨を発行してもインフレには振れないと主張する人もいます。まあ、それが正しかったとしても、BIというのは不況期の一回こっきりの政策ではなくて、一度始めたらずっと継続していかなければならない政策な訳ですから、毎年毎年77兆円がずっと垂れ流される事態になる。それを10年間続けて、それでも日本経済がインフレを起こさないと主張する人はよもやいないでしょう。

 目的がBIであろうが景気対策であろうが、政府通貨での財政支出を主張する人は、その政策の持続可能性について説明する義務を負っていると思います。何の裏付けも無く発行される政府通貨が、むやみに膨張せずに社会のなかでうまく回って行くためには、それを国が回収し計画的に消却して行ける仕組みが組み込まれていなければならない。少なくとも高度経済成長期(恒常的なインフレ経済)を卒業したこの国では、これは誰もが認めなければならない政府通貨論の前提条件であると思います。目的が差し迫った財政破綻の回避というようなことなら、政府通貨を発行してあとは野となれといった考え方もアリかも知れません(実際、政府通貨発行の影響なんて、スパコンを使っても予測出来ないでしょうから)。しかし、国民の生活保障に直接関わるBIでは、そんなバクチのような政策は許されません。理論的に当たり前に考えれば、毎年77兆円の政府通貨を発行するなら、同じ額の課税をして、政府通貨を回収しなければ持続可能な政策とはならない。つまりは先ほどの日本円によるBIと同様、ゼロサム経済のなかでの所得配分に過ぎないという結論になるのです。

 で、ようやく「減価貨幣」の出番になります。減価貨幣というのは、マイナス利子の付いたお金とも呼ばれ、時間の経過とともに少しずつ目減りして行ってしまう貨幣のことです。その理論的な正当性については今回は端折るとして、電子マネーの誕生によって、毎日少しずつなだらかに減価するお金というものに実用化の目途がついた、そのことに一部の人たちが注目しているのです。これを使ってBIをやることの利点はすぐに理解していただけるものと思います。通常の(減価しない)政府通貨では、これを回収するために高い税率で課税をしなければなりません。しかし、減価貨幣であれば、税というかたちで国が回収しなくても、政府通貨は自ら目減りしてやがては消滅して行ってくれるのですから、うまく制度を設計すればインフレとは無縁の政府通貨によるBIが実現するかも知れない。むろんこのアイデアにもトリックがあって、政府がBIとして支給する金額と減価する金額はマクロで均衡していなくてはなりませんから、結果的には税で徴収したのと同じことで、政府通貨を多く貯め込んだ(貯め込まざるを得なかった)企業や資本家が、BIで日銭暮らしをしている貧乏人に、減価損をかぶるというかたちで貢いでいるに過ぎない。減価額を税の一種と見れば、そこでは税による所得再配分と同じことが起きているのです。ただ、ひとつだけ税と減価貨幣では決定的に違う点があります。

 企業や投資家には高い業績を上げれば上げるほど、高い税を課されるという宿命がある訳ですが、減価貨幣では必ずしもそうなるとは限らないという点です。売上高として蓄積された減価貨幣をそのまま内部留保に回したのでは、非常に高い税金を払っているのと同じことになる。企業は積極的にお金を使う経営に転換せざるを得ません。例えばもしもすべての取り引きにおいて、価格の3割までは政府通貨(減価貨幣)を使ってもいい、受け取り側はそれを拒否出来ないというルールを国が定めたらどうでしょう。これは商取引だけでなく、給与支払いにも適用されるルールとします。すると個人も企業も減価貨幣での支払いを急ぐだけでなく、それに引きずられるようにして日本円の支出も増やさざるを得ない。景気が一気に上向きます。これはトリックでも何でもないので、昔から減価貨幣というものを導入した場合の効果として知られているものです。現在の日本経済が抱える最大の問題は、莫大な政府の借金ということよりも、その裏返しである凍りついた莫大な個人資産ということです。この国の経済が目詰まりを起こしているのは、すべてそこに原因がある。もしも日本の経済を再生させたいなら、1500兆円とも言われる個人資産に火を点けることから始めなければならない。減価貨幣によるBIは、この大山鳴動を引き起こす起爆剤になるだろうというのが私の意見です。さて、もしもこの記事の内容に興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、減価貨幣によるBIというものを、もっと詳細に具体的に論じているこちらの連載記事もぜひ参考にしてみてください。

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