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2009年9月20日 (日)

ボツになったアフォリズム集(3)

  1. 私たち有権者が肝に銘じておかなければならないことは、これは長い長い政界再編のほんの序章に過ぎないということだ。
     
  2. よほどの戦略転換と人事の刷新が無ければ、民主党の対抗馬として自民党が党勢を盛り返すことは不可能だろう。それどころか、自民党にとって受難の時代はまだまだこれからやって来る可能性がある。これまで隠されていたものが明るみに出て来るからだ。すぐに機密文書の数々が見付かることはないにしても、官僚やそのOBによる情報のリークはあるだろう。とにかくどんな小さな旧悪でも徹底的に暴くことだ。新政権の当初の役割は、半世紀以上に亘ってたまった膿を出すことなのだから、これだけは何としても果たしてもらわなければならない。
     
  3. 「官僚的」とは、要するに他人の金を自由に使えるところから来る精神の麻痺の別称である。
     
  4. アメリカの傀儡政権だった自民党の場合、総理大臣や閣僚の失言や失態は外国からの失笑を買えば済んだが、民主党の立場ではそうは行くまい。「政権交代後の新しい首相は、これまでと違ってなかなかタフな交渉相手だ」、そう相手に思わせることが出来なければ、この国の外交上の立場は少しも改善されない。この点、歴代の自民党首相や外相は気楽で良かった。
     
  5. 占領時代が終わっても、戦勝国の軍隊はこの国に当然のように居座り続け、それが奇異なことだとさえ誰も思わなくなってしまった。1945年に敗戦を迎えるまで、この国には外国の軍隊が駐留したことなど一度も無かった訳で、そう考えればこの六十余年が長い歴史のなかでいかに特異な時代であったか、改めて気付くのである。そのことを保守政党も保守派の論客も見て見ぬふりをして来た、そこがおかしいと私は思う。
     
  6. GDPが500兆円のこの国で、1500兆円の個人金融資産が貯め込まれているという意味は、すべての国民が(理論上は)3年間遊んで暮らせるということに他ならない。童話の「アリとキリギリス」に出て来るアリだって、蓄えるのはひと冬を越せる分の食料だけだ。丸々3年分とは、いくら何でも貯め過ぎじゃないのか。
     
  7. そもそもサブプライム問題とは何だったのだろう? それはちょうど落ちぶれた有名人が、過去の贅沢癖が抜けず、高級マンションで豪勢な暮らしを続けているのと似たようなものだ。実は借金で火の車なのに、それでも銀行は彼の知名度を担保に金を貸し、出入りの商人は掛けで贅沢品を売っていた。確かに彼の周りでは経済が活性化し、誰もが潤っていたのである。
     
  8. ベーシックインカムの利点を知ってしまうと、それが実現していない現実がとてもみすぼらしく歪んだものに見えてしまう。それは今の生きづらさをいっそう助長する。
     
  9. 私の二重通貨論を空想的と言う人もいるだろうが、論理的に考えれば、現在の経済の仕組みをそのまま継続させながら、つまり革命的な手段によらずにベーシックインカムを実施するには、これしか方法が無いのである。
     
  10. 金融資本主義の檻のなかにいる我々は、お金を移動するのにお金が要るということを当たり前だと思わされている。もともと銀行が振り出したお金(信用貨幣)を、銀行間で移すためにも結構な金額のお金を取るのだから、銀行というのはたまらん商売だ。
     
  11. ちなみにマルクスの思想が、いくつかの国々で実際の政体として(不完全にではあっても)実現したということの理由は、その思想がより現実的だったからではない、権力を指向する者たちにとって利用しやすい思想だったからというに過ぎない。そこにいくと、ゲゼルの思想やダグラスの思想は、権力者が利用するためには不都合なように最初から設計されているのである。
     
  12. 何故ゲゼルがいるのに、いまでもマルクスなどに心酔する人がいるのだろう?
     
  13. 自分が死せる存在であるという認識を欠いたところに、今日の経済制度の根本的な欠陥がある。
     
  14. 裁判員制度の分かりやすい欺瞞。思想信条を理由に辞退出来ないとしておきながら、裁判官との面接では思想信条のチェックをされること。
     
  15. 有罪に確信が持てない検察と、無罪を心の中では信じてもいない弁護団が、裁判官(と裁判員)の前で芝居を演じてみせる。うまく演じられた方が勝つという今の裁判制度そのものが、私にはひどく前時代的なものに思える。
     
  16. 誰も絶対に口にしないが、「必要悪としての冤罪」というものは厳然としてある。冤罪を絶対に起こさないことと、犯人を絶対に取り逃がさないということは、両立しない矛盾した概念なのだから、裁判における冤罪率と有罪率のトレードオフに対しては、私たちの社会は許容出来る基準というものを持たなければならない筈だ(現実にはそれを計量出来ないとしても)。すなわち冤罪で処罰される人は、安寧な社会を築くための〈いけにえ〉にされたということである。
     
  17. 最近の厳罰化傾向で分かったのは、裁判員制度が始まる前から、すでに裁判官の裁判員化は始まっていたということだ。すなわち民意という見えない圧力に抗せず、プロの裁判官が個人的な道徳心に流される傾向のことである。要するに法によって人を裁くということについての確固たる基準も無ければ、心構えも出来ていないのである。例えば私は全国の裁判官にこんな質問のアンケート調査をしてみたい、「量刑に際してあなたは被害者感情を考慮しますか?」。もしも人によって答えが違うようだったらどうだろう。そんな裁判官にこれまでずっと裁かれて来たということに、あなたは愕然としないだろうか?
     
  18. 刑事事件に対して、国民の道徳心をどこで発揮すべきか? 罪を犯した人間が、犯した罪のことを自覚し、改悛し、更生の道につけるように見守ること、そして不幸にも犯罪の被害者になってしまった人が、再び生きる意味を見出し、私たちのこの社会に戻って来られるよう手助けをすること、そのふたつ以外には無い筈だ。裁判に参加することではなく、裁判が終わったところから私たちの活動はスタートしなければならない。
     
  19. 死刑に賛成する人の意見を読んでいると心が寒々として来る、感想と言えばそれだけだ。議論をしようとも思わない。
     
  20. 逆説的なようだが、死刑を支持する人はたいてい素朴な性善説を信じているタイプの人である。彼らには絶対的な善と悪の世界が見えている。要するにそれはその人の信仰の問題である。死刑制度は宗教的な絶対主義としか相性が良くない、少なくとも信仰の自由を認めている国では、死刑制度そのものに矛盾がある。だからイスラム諸国や中国では死刑は何の矛盾も無く存続し得るのである。
     
  21. 死刑を選択した高校生。高校1年生がネイティブなと言ってもいいような厳罰主義を抱いていることは、犯罪の少ない安全な日本の未来のために嘉すべきことである。
     
  22. 少し挑発的な言い方をしよう。死刑を廃止することの出来ない日本人には、まだ国民が司法に参加することへの準備すら出来ていないということなのである。
     
  23. 憲法を変えてはいけない現実的な理由。改憲派の人たちが忘れていることは、戦後六十余年を経て、若者たちはどんどん柔弱になり、もはや世界の戦場に出してもまともな戦力にすらならないだろうということだ。血に対する嫌悪と恐怖、安逸さへの無条件の帰依、そうしたものは容易にたたき直すことは出来ないだろうと思う。血気盛んだった時代の老人たちが何と言おうと、この国はもはや平和憲法という護符によって守ってもらうしか手がない。
     
  24. 今の若い人が勇敢な兵士になるか、臆病な役立たずで終わるかは、実際に戦場に出してみなければ分からない。ただ、前回の戦争で経験的に分かったことは、戦闘に慣れていない日本人は、戦場では往々にして人間が変わり、勇敢な兵士でも臆病者でもなく、残虐な殺人鬼になる場合があるということである。
     
  25. たとえ銃で敵を撃つことには臆病であっても、伝染病の蔓延する難民キャンプに入って、医療や救護に従事することには臆することなく当たれる、そういう若者はたくさんいると思う。平和な時代に生をうけた私たちは、死ぬことではなく、生きることに勇敢であるべきだ。
     
  26. 豊かな先進国から貧しい国の難民救済に向かう若者たち。彼らは新しい時代を拓くために世界中に蒔かれた種子なのだと思う。
     
  27. 知り合いの障害者女性の証言によれば、電車の中で席を譲られることは多いし、席を譲ってくれる人の男女比はほぼ半々くらいだが、たまに乗り合わせる女性専用車のなかで席を譲ってもらったことは皆無なのだそうだ。さもありなんと思ってしまう私には、当然フェミニストを名乗る資格など無い。
     
  28. 倫理学における相対性理論。痴呆症になって、それまでの性格から一転してしまい、自己中心的で怒りっぽくなった人の話。根はそういう人間だったと見るか、それにもかかわらず、それを抑える理性を持っていたと見るか。
     
  29. 「子供より親が大事」といった太宰治に倣って私も言おう、「死んだ者より生きている者が大事」と。
     
  30. 常にこれが遺言だと思って文章を書くこと。

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