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2009年8月 9日 (日)

欺瞞だらけの裁判員裁判が始まった!

 今回は予定していた内容を変更して、今週行なわれた裁判員裁判についての感想を書きます。(宝達奈巳ファンの皆さん、ごめんなさい。記事は来週まで待ってね。) たぶん個人のブログとしては、これほど早い時期からこれほどしつこく、裁判員制度を糾弾し続けて来たブログもそうはあるまい、そういった自負(?)を私は持っています。制度が実際に始まってしまった今、もうこの問題についてはあらためて言うことも無いし、このテーマについては二度と書きたくもない、そう考えていたほどなのです。それでも初めての裁判員裁判に関するニュースを聞きながら、やはりこれは捨ておけんと思ってしまった。ここで何かひと言コメントしておくことは、裁判員制度に反対するブロガーとしての義務に違いない、そう自分に言い聞かせて気の進まない記事を書くのです。

 おそらく最初の裁判員裁判ということで、裁判所側は6人の裁判員の人選にも相当気を使ったものと想像されます。なにしろ50人近くの候補者の中から選抜出来たのですから、どのような意図を持った人選だって可能だった筈です。今回の裁判のテーマは、起訴事実を争うことでもなければ、死刑の適用について判断することでもありませんでした。マスコミと全国民が注目するなか、いかに裁判員による裁判が無事に大過なく遂行されるか、その一点がテーマだったのです。そのために裁判所は、最も〈無難〉だと判断される裁判員を選んだものと思われます。その結果、6人のうち5人までが女性ということになったのだろうと私は推測しています。報道では、「抽選によって6人が選ばれた」などと言っていますが、これは全くのウソに違いない。もしもこれが本当に無作為の抽選だとしたなら、裁判所はその手続きを(少なくとも召集された裁判員候補者には)公開すべきだったでしょう(目の前で全員の番号が書かれたクジを引いてみせるなどして)。裁判員の選任に当たっては、裁判所・検察側・弁護側がそれぞれ特定の候補者を不選任として候補から外すことが出来る仕組みになっているのです。しかもその不選任になった候補者の人数や理由は一切明らかにされない。もしかしたら集まった47人の候補者のうち、あらかじめ38人を不選任として除外しておいた上で、残りの9人について抽選を行ない、6人の裁判員と3人の補充裁判員を決定した可能性だってあるのです。

 連日の報道に関して言えば、とにかくマスコミ各社の記事やニュースが、どれもみな大本営発表のような内容になっていることが気色悪くて仕方ありませんでした。裁判員に選ばれた6人は、それぞれ悩みながらも真摯にその義務を果たそうとした。終わってみれば、「達成感があった」、「いい経験になった」なんていう感想を引き出すことにも成功している。小さな批判や問題点も含めて、すべてが予定調和的だった印象です。初日に「裁判員制度反対派の傍聴人が不規則発言をして退廷を命じられるハプニングもあった」と伝えている記事もありました。ふーん、「ハプニング」ね。むしろすべてがウソで固められた裁判のなかで、そこだけが真実だったかも知れないのに。(背景はどうあれ、私はこの傍聴人の勇気ある行動に拍手を送ります。数日間に亘る報道のなかで、この小さなエピソードだけが私に嫌悪を感じさせない唯一のものでした。) マスコミ報道のデタラメぶりと言えば、例えばあれほど裁判員になった人のプライバシーや安全のことを言っていたマスコミが、平気で裁判員にインタビューをして、本人たちの顔の写った映像まで公開していました。あり得ないよね。それを許す裁判所も裁判所だ。早晩、今回の裁判員になった人たちの実名はどこかで漏れてしまうのでしょう。ドラマで取り上げられるような、裁判員への報復ということだって、現実の事件となって起こるかも知れない。たとえ報道の熱は冷めても、裁判員は傍聴人に対しては顔を晒さなければならない訳ですから、一度裁判員になった人は、その後も長いあいだある種の不安感を抱き続けなければならなくなる(例えば夜道をひとりで歩く時などに)。まあ、そのことで裁判員を辞退する人が増えれば、制度反対派の私としては望ましいことではあるのですが。

 日本中が大騒ぎした裁判のなかで、一番ないがしろにされ、割りを食ったのは被告人本人でした。3人の裁判官と6人の裁判員が話し合いの結果出したのは、懲役15年という判決でした。法曹関係者の証言では、今回の事件では懲役12年~13年が相場だということですから、裁判員に裁かれたことは被告にとって不運だったと言えます。(どうせ控訴するのでしょうが。) しかし、これは予想された当然の結果だと私は見ます。これまでにも何度も書いて来ましたが、裁判員制度というものは刑事裁判における厳罰化を目的として導入されたものだからです。もっとはっきり言えば、これは世界に対するアピールなのです。世界の先進国のほとんどが死刑を廃止し、刑事罰を軽くする方向に向かっているなかで、日本だけがそれとは反対の方向に進もうとしている、そのことで日本はいま国際的な非難を浴びています。裁判員制度によって、いわば厳罰化は国民の意思であるということの立証が出来る訳ですから、国は厳罰化や死刑存続についての口実を得たことになる。おそらく今回の事件で、弁護側が控訴したとしても、高裁や最高裁によって量刑がいままで通りの相場に戻されることは難しいだろうと思います。何故なら、光市の事件で最高裁から差し戻しがあったことなどからも分かるとおり、厳罰化は日本の司法もそれを望んでいることだからです。ちなみに私は、裁判員制度が導入されることで、死刑判決の数はこれまでよりも増えるだろうと予想しています。(記念すべきその第一号は、どこの地方裁判所から出るのでしょう?)

 裁判というものの一番の基本に立ち帰って、私は今回の事件を担当された裁判員の方々に聞いてみたいことがあります。あなたがたは話し合いの結果、懲役15年という判決を出されました。この判決のなかに、あなたがたの苦渋や智恵や良識がすべて詰まっている訳だ。しかし、その判決の妥当性をあなたがたはどこから持って来たのでしょう? 私はそこで非常に誠実な話し合いが行なわれたことを疑いません。が、たとえどんなに真剣に話し合っても、またひとりひとりがどんなに心のなかで熟考しても、この事件の判決が懲役12年であるべきなのか、または15年が妥当なのかといったことには答えが見付かる筈がない。もしも私が裁判員だったら、単純に裁判長にこう聞くでしょう、「で、今回の事件の場合、懲役何年くらいが相場なんですか?」と。どうも裁判員制度に賛成する人の意見を読んでみると、これまでは裁判官のあいだでの相場感で量刑が決まっていたが、そこに市民の感覚が加わることは望ましいと言っている人が多いようです。とんでもないことだと思います。法律ではどのような事件なら懲役何年と細かく決まっている訳ではありませんから、公平な裁判を行なうためにはこの「量刑の相場」というものが非常に重要である筈なのです。むしろプロの裁判官というのは、きちんとした相場感覚を身に付けていて、判決をこれまでの判例から大きく踏みはずさないところに落とせる人と定義してもいいくらいのものです。それを司法の硬直化だとか悪しき判例主義などと批判する方がどうかしている。抽選で選ばれた別の6人が審理に参加していれば、今回の判決も異なったものになっていたでしょう。それで構わないと言う人の理屈が私には分かりません。そんなものは公平な裁判とはとても呼べないではないか。

 参加した裁判員のなかに、この矛盾に気付き、話し合いのなかでこの点を指摘した人がいたのかどうか、私は興味があります。人を裁くということをしておきながら、「達成感があった」、「いい経験になった」などと平気で感想を言える人に、私は心底から嫌悪感を覚える。この人たちが真面目で使命感あふれる良き市民であることは間違いありません。が、そういう人たちを法廷に狩り出して、無理矢理同胞を裁かせるという酷薄な制度を私は心から憎むのです。裁判員制度というのは、日本人の真面目さ、従順さを利用して、国民に対して死刑を含む国家権力の行使の片棒を担がせるという、非常にスジの良くない制度です。司法の民主化などというウソにだまされてはいけない。日本の道徳の歴史に大きな汚点を残すこんな制度は一刻も早くつぶさなければならない。

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コメント

もうどうやら僕のコメントには反応しないと決められたようですが、一応。また余りにも感情的になっておられるようなので疑問に思った個所について。

>報道では、「抽選によって6人が選ばれた」などと言っていますが、これは全くのウソに違いない。

というのは失礼ですがどういう理由からこのような結論に至ったのでしょうか?何らかの独自の取材によってその様な大変な「陰謀」を突きとめられたのでしょうか?これはJFK暗殺の陰謀や世界経済を牛耳るユダヤの陰謀といったレベルの話とどう違いがあるのですか?まさかとは思いますがご自身の頭の中からの「タレコミ情報」があった、というのは理由にはならないはずです。

>裁判所はその手続きを(少なくとも召集された裁判員候補者には)公開すべきだったでしょう(目の前で全員の番号が書かれたクジを引いてみせるなどして)

とありますが、その陰謀論でいけば、もしそうした所でLike_an_Arrowさんは「ただのパフォーマンスに過ぎない。最初から決まっていたはずだ」と言うのではないでしょうか?だとしたらその提案には何の意味もないはずです。

>早晩、今回の裁判員になった人たちの実名はどこかで漏れてしまうのでしょう。ドラマで取り上げられるような、裁判員への報復ということだって、現実の事件となって起こるかも知れない。・・・・・・一度裁判員になった人は、その後も長いあいだある種の不安感を抱き続けなければならなくなる(例えば夜道をひとりで歩く時などに)。まあ、そのことで裁判員を辞退する人が増えれば、制度反対派の私としては望ましいことではあるのですが。

これは非常に悪質な脅しではないでしょうか?テロの正当化と言っても過言ではない。制度反対に利するのならこうした報復行為をも願うというのはまっとうな人物とは言えません。本気でおっしゃられているのではないと願いたい。取り消すべきですね。大体それは裁判員に始まった事ではないでしょう?これが本当なら裁判官は被告からの報復を恐れて裁判官の辞退が相次ぎ、法制度が崩壊するのではないですか?何故こんな当たり前の事が想像できないのか不思議です。

>あなたがたは話し合いの結果、懲役15年という判決を出されました。この判決のなかに、あなたがたの苦渋や智恵や良識がすべて詰まっている訳だ。しかし、その判決の妥当性をあなたがたはどこから持って来たのでしょう? 

それはそのままこれまでの裁判官に言える事ではありませんか?「どうしてこのケースは懲役5年であり、どうしてこれが懲役15年なのですか?」

何故かLike_an_Arrowさんは「プロの裁判官」に絶大な信頼を寄せておられるのですが、全く理由が分かりません。裁判官が完璧に大岡裁きをしているという空想的な信仰心がある、としか言いようがありません。裁判官だって判決に際して悩むし間違いも起こす普通の人間である事を忘れているように見えます。(まあ、持論は裁判はボタン一つで結審すればいい、と本気でおっしゃられているのですから、不思議ではないですけど)


多分Like_an_Arrowさんはこのコメントに対して何の反応も示さないでしょう。上で書いた理由からもあなたの文章からは不誠実さしか感じませんから。

ただ、一つ言っておきたいのはたとえ裁判員制度に反対であったとしても、フェアなやり方で批判するべきだ、ということです。頭の中で作り出した陰謀を声高に叫んだり、法秩序が存在する社会の一員としてあるまじき、元被告による報復を歓迎するかのようなコメントをしていたら、一体誰があなたの主張を真面目に聞き入れると言うのですか?

投稿: 勝手批評 | 2009年8月 9日 (日) 22時53分

ほぼ全面的に同意です。

>すべてが予定調和的だった印象
同感です。

この記事が存在して、私がそれを読めて良かったと思います。

投稿: 通りすがり | 2009年8月10日 (月) 02時09分

「勝手批評」さん、こんにちは。

まず最初に苦言です。「勝手批評」と名乗るあなたは、かつて「法哲」というハンドル名でしばしばコメントをくださった方と同一人物でしょうか。だとすれば、もしもハンドル名を変えたのであればそのことを最初に断るべきです。お互いに匿名同士の無責任な関係とは言っても、そのくらいはコメント者としての最低限のマナーではではないでしょうか。

それから私がコメントに返事をしないことを面白くなく思われているようですが、この不満もお門違いというものです。私はコメントには一応すべて目を通していますし(今のところ大した数でもありませんから)、お答えする必要があると思ったコメントには答えを返すようにしています。私が回答しなかったということは、とりもなおさず回答するに値せずと判断したことを意味します。それがブロガーとして不遜な態度ということにはならないと思います。「勝手批評」さんだって私の記事のうち、コメントしたいものだけを選んでコメントしている訳でしょう。私の方だって自分の心を捉えたコメントを選んでコメントバックをしているだけです。

>何らかの独自の取材によってその様な大変な「陰謀」を突きとめられたのでしょうか?

私の文章をどう読めば「陰謀」説などが導き出されるのか、まるで理解が出来ません。このパラグラフで私は、「想像される」、「可能だった」、「推測される」といった表現を多用して、読者に誤解を与えないよう注意を払っています。問題は陰謀があるかないかといったことではなく、司法側に一方的に不選任の権限が与えられており、しかも不選任とした候補者が誰で、理由は何で、人数は何人だったかといったことが一切明らかにされないという点にあるのです。これは制度設計として根本的にまずいだろうと言っている訳です。

>その陰謀論でいけば、もしそうした所でLike_an_Arrowさんは「ただのパフォーマンスに過ぎない。最初から決まっていたはずだ」と言うのではないでしょうか?

これも浅い読みです。現代は内部告発の時代ですから、くじ引きに細工をして選任者を操作するといった明らかな不正があれば、それは必ずどこかで露見します。なにしろこれから日本中で毎日のように裁判員裁判が行なわれるのですから、組織ぐるみでそんな不正を隠し通せる訳がない。ところが現状の仕組みでは、裁判所は完璧に合法的に選任したい裁判員だけを選び出すことが出来るのです。ここが問題だと私は言っています。公開方式によるくじ引きを導入すれば、間違い無く制度の透明性は増す筈です。

>これは非常に悪質な脅しではないでしょうか?テロの正当化と言っても過言ではない。

裁判員の顔や名前が知られることで、犯人やその関係者から逆恨みの報復があるかも知れないということは、すでに多くの人が指摘していますし、テレビドラマのテーマにもなっているようなことですから、そのことを書いたからと言って「悪質な脅し」と言われる筋合いはないと思います。今回の文章は、元被告による報復を歓迎するという言明ではなく、これから裁判員に選ばれるかも知れない人たちに、辞退を促すことを目的として書かれた政治的文章です。そのくらいは読解してよ。プロの裁判官よりも、素人の裁判員の方が報復の標的になりやすいということについては、心理的な理由も含めて様々な点から説明が出来るような気がしますが、それはここでは書きません。

>何故かLike_an_Arrowさんは「プロの裁判官」に絶大な信頼を寄せておられるのですが、全く理由が分かりません。

同じことをかつて「法哲」さんと名乗る方から言われた覚えがあります。ですからこれについては割愛します。
http://philosopher.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-a072.html#comment-34197254

>多分Like_an_Arrowさんはこのコメントに対して何の反応も示さないでしょう。上で書いた理由からもあなたの文章からは不誠実さしか感じませんから。

インターネット上には不誠実な言説なんていくらでもあふれていますよ。あなたが私の文章に不誠実さしか感じないのであれば、何故あえてコメントで批判するような手間をかけるのでしょう? いつも私が不思議でならないのはその点です。コメントを書く時の簡単なコツをお教えしましょう。どんなに反論したい記事であっても、まずはどこか共感出来るところを探すのです。そして「この点については共感出来るけれども…」という前置きに続けて、ご自分の批判を展開してごらんなさい。それだけで印象はガラっと変わる筈ですよ。

投稿: Like_an_Arrow | 2009年8月11日 (火) 06時17分

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