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2009年8月30日 (日)

日本を分かりやすくする委員会

 政権を取ることが確実になった民主党は、マニフェストで「国家戦略局」なるものを創設すると公約しています。閣僚や有識者から30名ほどを選び出し、政策の最高決定機関にしようというのです。なんだかとても危うい構想だという気がします。例えば年金問題ひとつ取っても、それを解決に導けるのは最高の賢者30名の智恵によるものとは考えられません。これからの年金の仕組みをどうするかという問題でも、失われた年金記録の照合という問題でも、それは非常に技術的・実務的な問題であって、専門家の知識を動員しなければ答えは見付からないだろうと思います。また民主党の鳩山代表は、選挙期間中に新しい戦没者追悼施設を作ることも公約に掲げていましたが、これなんかも国家戦略局で話し合われて詳細が決まるのでしょうか。だとすれば何だか恐ろしい気がする。そもそも選挙の追い風に乗ってこんな政策を追加したこと自体が思い上がったことだし、これから国家戦略局がそうした政策をどんどん決定して行くなら、この国は自民党政権時代には想像も出来なかったような強権的な独裁国家になってしまう危険性さえあると思います。

 今回の選挙で私たち国民は、民主党の基本思想(そんなものがあったとして)に一票を投じた訳ではありませんでした。とにかくこれまでの政治のあり方を変えなければならない、その一点だけが民主党を選ぶ理由だった訳です(ちなみに私自身は民主党を選んでいませんが。笑)。こういう形で選挙に勝った民主党は、少なくとも政権第一期のこの4年間については、党派性というものがはっきり現れる政策は極力排して行く態度を取ることが重要だと思います。もしも政策決定機関のようなものを作るのなら、国家戦略局という名称がまず良くない。少なくとも私は政権1年生の民主党に、国家戦略などという大上段に構えたものを任せたくはない。自分がもし政策諮問機関の名前を付けるとしたら、そう考えて思い付いたのが「日本を分かりやすくする委員会」というものです。これはぜひ新政権に採用していただきたいコンセプトです。

 戦没者追悼問題などを論じるよりも以前に(それも重要な問題であることは認めますが)、この国にはもっと身近な問題で議論すべきことがたくさんあるような気がします。一般の生活者の目線で見た時、とにかく行政や法律の仕組みが複雑になり過ぎている、そう感じることがよくあります。役所に行って何か手続きをしようとすると、何故あんなにたくさんの書類を書かされて、窓口をたらい回しにされるのだろう? 何故法律の文章はあんなに分かりにくくて、しかもどうでもいいような細目ばかり取り決められているのだろう? これは現代という時代が複雑になり過ぎているので、それに合わせて制度も複雑にならざるを得なかったということでは決してないと思います。むしろひとつの政権が長く続き過ぎたために、加筆に加筆を重ね、修正に修正を重ねて今のような状況になってしまったに違いない。むろんそこには法律の草案作りを役人に任せて来た前政権の怠慢ということが、根本的な原因としてあるに違いありません。

 私はコンピュータの業界で飯を食っている人間ですが、この業界のコトバで「スパゲッティ・システム」という言い方があります。コンピュータ・システムに機能の修正や追加をしながら使い続けていると、ついにシステムはスパゲッティのようにこんがらがって、誰にも全容が把握出来ないお化けのようなものになってしまう。そういう状態でシステムを使い続けている会社はとても多いのです。現代はコンピュータが無ければ企業の経営も成り立たない時代ですから、スパゲッティ・システムが経営に与える悪影響には深刻なものがあります。大きな事業転換や企業の合併などという経営判断において、システムがネックになることは珍しいことではありません。いまの日本というのは、まさに「スパゲッティ国家」と呼ぶに相応しい状況なのではないだろうか。これが一企業のコンピュータ・システムなら、これまでの仕組みを全部捨てて、新しいシステムを一から作り直すという選択肢もあります。(私どもの業界はそれで商売させていただいている訳です。笑) しかし、ひとつの国家において全部のシステムを一挙にリプレースすることは不可能です。とにかく新政権は、戦争やクーデターの後のように一から国作りを始められる訳ではないのですから、負の遺産をすべて引き継いだ上で政治を行なわなくてはならない。とすれば、このスパゲッティを解きほぐす能力こそ民主党政権にとって何より重要なものである筈です。

 国家戦略局も結構ですが、むしろ民主党には現在の法律や役所の仕事の仕組みを徹底的にチェックして、その問題点を洗い出す作業から始めていただきたい。その際には国民の声を吸い上げる窓口もぜひ設置して欲しいと思います。その中で明らかな矛盾や無駄がたくさん発見されることでしょう。そしてそれがイデオロギーに関らない問題であるならば、どんどん改正して行っていただきたい。誰でも思い付くような明らかな問題がたくさんあります。何故主婦がパートで働いて、年間103万円の収入を超えると一挙に扶養家族から外れてしまうのか? 何故公的年金は25年以上掛け金を払っていなければ資格をもらえず、ひと月でも足りないと年金ゼロになってしまうのか? 何故国が指定した難病には医療費が補助されるのに、認定されていない難病ではそれが受けられないのか? こうした問題は政治思想がどうこういう話ではない、これまでの自民党政権とそれと馴れ合って来た官僚組織が放置して来た行政の怠慢と呼ぶべき問題です。民主党政権には、これまでのいびつな対米従属関係からの脱皮を期待すると前回書きました。国内政策においては、政治イデオロギーはいったん棚上げにして、こうした誰の目にも明らかな問題を地道にひとつずつ正して行ってもらうことを期待します。

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2009年8月23日 (日)

二大政党制なんてまだ先の話

 いよいよ衆議院選挙が一週間後に迫りました。新聞各紙のアンケート調査によると、民主党が圧倒的な優位に立っていて、単独過半数(241議席)はおろか300議席をうかがう勢いなのだそうです。もしもこうした事前の報道によって、有権者のバランス感覚が働いて自民党に一部の票が戻るようなことがあれば、それはマスコミ報道が持つ功罪の「罪」の部分に当たると思います。というのも、今回の選挙では民主党がいくら勝っても勝ち過ぎということはないと私は考えているからです。有権者の代表的な意見として、「自民党へのお仕置き」だとか「民主党に一度政権を担当させてみる」といったコトバが聞かれますが、今日の政治の危機的状況はそんな生やさしいものではないと思う。戦後の政治体制はすでに制度疲労によって崩壊してしまっていて、仮に民主党政権が長続きしなかったとしても、我々にはもう自民党政治に戻る選択肢は残されていない。いや、むしろ自ら退路を断つくらいのつもりで私たちは今回の総選挙に臨まなければならないと思うのです。つまり自民党に対しては、「お仕置き」などというレベルではなく、解党に追い込むくらいのダメージを与えなければならないということです。

 もともと民主党は自民党から分離した政党ですし、政策面で両者に大きな違いがある訳でもありません。憲法問題にしても防衛問題にしても、それぞれの党のなかにも対立する意見がある訳ですから、たとえば民主党を選ぶことによって有権者は何かしらの政策を選択したことにはなりません。では、今回の政権交代の意味はどこにあるのか? 官僚政治からの脱却? 行き過ぎた経済格差の是正? もちろんそうしたことも重要であるに違いありませんが、もっと本質的なことは、政権交代によって戦後64年に亘って続いて来た「対米従属」という国のあり方が変わる可能性があるということだと思います。民主党にその自覚や覚悟があるのかどうか、マニフェストを読む限りでは分かりません。と言うより、これははっきりとマニフェストに書けるようなことでもない。もしも「日米防衛体制の見直し」だとか「外貨準備における米ドルの比率縮減」などという公約を掲げたら、それこそアメリカの政府と世論を敵にまわすようなもので、とても賢い戦略とは言えません。とにかく日本は64年ものあいだ、アメリカの方針に従うことを旨とする政府をずっと戴いて来てしまった訳で、そこからの脱皮ということは相当戦略的に進めなければ実現出来ないと思います。そして私が次の政権に期待するのはその一点だけです。

 この問題に関して、吉田繁治さんのメルマガにとても有益な提言が書かれていました(本文はこちらでも読めるようです)。ひとつは政権が代わることによって、これまで政府とアメリカのあいだで交わされていた「密約」が反故に出来るということです。最近も非核三原則をめぐって自民党と米政府のあいだに密約があったことが暴露されていましたが、密約というのはその名の通り非公式な秘密の約束ですから、当事者が代わってしまえば守る必要も無くなる。アメリカが自民党と交わした密約を盾に、新政権に対して圧力をかけることは出来ない、むしろ内容によってはその露呈を恐れて闇に葬ることだってあるでしょう。新政権にしても、そうした密約があったことを知ったとしても、それは国と国の正式な約束ではないと突っぱねることが出来る。つまり、政権が交代するだけで、対米従属から一歩離脱することが可能になるのです。もうひとつは財源の問題です。いま自民党は民主党のマニフェストについて、財源も明らかにしていない画餅の公約だと非難していますが、日本政府は米国債を中心にした100兆円もの米ドル資産を持っている。自民党政権はこれを絶対に売れないけれども(アメリカがそれを許さないから)、新政権になればそこから財源を持って来ることだって不可能ではない筈です。もともとは国民の資産なのです。国内経済がこんな状態なのに、それを塩漬けにしておく意味はない。すでに今回の円高ドル安によって、30兆円分くらいの国の富が失われているのですから、これを早急にどうにかすることは新政権の重要な使命でもあります。

 今回の総選挙によって、日本も本格的な二大政党制の時代に入るというのは早計だと思います。もしもこれから民主党と自民党が二大政党として政権を争うような時代が来るとすれば、それは私たち有権者が選択を誤ったことの結果であるに違いない。政界再編の波はむしろこれからやって来るでしょう。そのなかで政策の対立軸を明確にした真の二大政党が姿を現して来るかも知れない。が、それは自民党と民主党というふたつではない筈です。だから今回の選挙というのは、政権選択がテーマの選挙ではなくて、戦後政治にひとつのピリオドを打ち、日本が本当の意味で独立した国になるための契機とするべき選挙だと考えます。半世紀くらい後に中立な歴史的視点で振り返ってみれば、あの時にようやく敗戦後の体制が変わり始めた、そう認識されるのではないでしょうか。とにかくここまでが長過ぎました。毎年アメリカから出される「年次改革要望書」によって国内の政策が決まるような、歪んだ政治のあり方はもう終わりにしなければならない。民主党はこれまでの自民党政治のなかで、アメリカとのあいだでどのような密約があり、政府内でどのような隠された対応がなされて来たのかを徹底的に暴き、その総括をするべきです。それこそが次期政権の最大の使命だし、この点でもしもやり方が妥協的で追及が甘いようなことがあれば、民主党は国民の期待を裏切ったことになる。憲法問題や靖国問題などは喫緊の問題ではないので、その次に来る政権に任せておけばよろしい。が、自民党一党独裁のあとに来る最初の政府には、戦後政治の落とし前だけはきちんとつけてもらわないと困る、これが今回の選挙が持つ本当の意味だと考える訳です。(もちろん国民としては日々の生活がありますから、民主党政権には年金や福祉の政策もちゃんと運営して行ってもらわなければならない訳ですが…)

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2009年8月16日 (日)

Three Monumental Masterpieces

前回からの続き)

 デビューして16年のキャリアを持つ宝達奈巳さんは、まだ進化途上のシンガー・ソングライターですから、その作品を回顧的に分類しても仕方が無いのですが、常に新しいスタイルを追求して来たその歩みから、これまでの活動を大きく3つの時期に区分出来るのではないかと思います。そしてその3つの時期を代表する、3枚の傑作アルバムを残している。聴く人の好みによって、どのアルバムがより傑作だというような話ではありません、作者自身がぎりぎりまで彫琢して完成させた、揺るぎない3つの代表作があるのです。

1.『HOTATSU‐NAMI』(1994)

 ホームページに掲載されている音楽的自伝によれば、宝達さんはもともとピアニストを志して、正規の音楽教育を受けた人だそうです。在学中から作曲やバンド活動にも手を広げて、シンセサイザーによる曲作りもその頃から始めていたと言います。音大卒業の翌年にはデビューアルバムの『たからたち』を出していますから、ほとんど習作時代というものも無かったのではないだろうか。今でもまったく色褪せることのない楽曲の完成度の高さを思うと、そう推測せざるを得ないのです。ただ、私たちが知っている宝達奈巳の高いレベルで統合された個性は、まだそこには姿を現していない。タイトルが示すようにきらめくような音の宝石箱といった趣の作品集です。宝達奈巳さんの名を高らしめたセカンドアルバム『HOTATSU‐NAMI』が世に出たのが、その翌年ですから、この時期の音楽家としての成長には目をみはるものがある。そしてこのセカンドアルバムこそが、「シンガー・ソングライター宝達奈巳を確立させた」記念碑的作品だったのです。おそらくこの1枚のアルバムを成立させるための、作者の〈仕込み〉の量はたいへんなものだったのではないかと想像します。しかもひとつのテーマを展開してたくさんの作品に使い回すのではなく、それを渾身の1曲に凝縮させるのもまた宝達奈巳流なのでしょう。以下、このアルバムのなかでも特に私が好きな曲についての簡単な紹介です。

「月の夢」

 アルバムの1曲目に置かれたこの作品は、その後のアルバムのなかでもアレンジを変えて取り上げられることになる、宝達奈巳のテーマソングといった印象の曲。シンセサイザーによるアップテンポで浮遊感あふれるアレンジに乗せて歌われる、澄んだハイトーンのボーカルがとても魅力的な1曲です。単にノリがいいだけではなく、作曲技法的にも高度なテクニックが駆使された巧緻な作品ではないかと思います(素人の印象ですが)。詞のテーマは、作者が夢で見たという月の世界をイメージしたものだと、どこかでご本人が書いてらした気がする。もしも私がこのアルバムからシングルカットするとしたら、有名な「へび」よりも絶対にこちらを採るでしょう。ヒット曲不在の2009年のミュージック・シーンに、突如この曲が脚光を浴びたりしたらとても面白いと思うのですが。

「かの人は」

 アルバム中、最もパッショネートでソウルフルな1曲。シンセサイザーとエレキギターの掛け合いがとてもスリリングで、特に中間のインストの部分なんてジェフ・ベックかリッチー・ブラックモアかというノリの良さ(古いね、どうも。笑)。宝達さんのボーカルは、決してビートの利いたロック調の曲に向いた声質ではないと思うのですが、この作品では演奏に負けない力強い歌を聴かせてくれています。それでいて歌詞の内容をよく聴いてみれば、これがまた古風な言葉づかいで、想う人を待ちわびる女性の気持ちを歌った、なんとも古めかしい内容の詞なのです。そのアンバランスさがとても斬新です。「かの人は夢の中現はれまた去りて/誠のことのみぞ知らまし知らまほし」 歌詞カードを見れば、すべて旧仮名づかいでカタカナ語なんてひとつも無い。これが和製英語を散りばめた最近のポピュラー音楽へのアンチテーゼだと見るのは深読みのし過ぎでしょうか(って自分もカタカナ語ばっかし使ってるけど)。ぜひステージ・ライブで聴いてみたい傑作です。

「成山」

 バイオグラフィーによれば、デビュー前の宝達さんは一時期沖縄に滞在し、三線(さんしん)を習っていたことがあるそうです。このアルバムに収められている「干瀬節」(ひしぶし)と「成山」(なりやま)の2曲は、そこで収穫したものの成果であるようです。インターネットで検索してみると、原曲である「干瀬節」と「なりやまあやぐ」のオリジナルの演奏を聴くことが出来ます。これは今回、私にとって新しい発見でした(このアルバムが出た1994年当時なんて、インターネットはまだ普及していなかったもんね)。アレンジは宝達奈巳オリジナルでも、原曲のメロディーや歌詞はそのままで、彼女の沖縄音楽に対する尊敬の気持ちがよく分かります。特にこの「成山」というのは、前作の『たからたち』にも取り上げられていた曲で(こちらの方が原曲に近い)、これがひとりの音楽家のなかでどう変遷していったかを知る意味でも興味深い作品です。沖縄の伝統的な演奏家の方々にもぜひ聴いてもらいたい1曲です。

「雲の影」

 とても美しいメロディーと詞を持つ詩情あふれる1曲。宝達奈巳さんの清らかなボーカルとアコースティック・ギターのたゆたうような演奏が心を癒してくれる。アルバムのなかで一番好きな曲です。この曲を聴くと、どこか懐かしい自然の風景が映像となって浮かんでくるような気がします。これも今回の発見ですが、この曲には「Ring Kerry」というサブタイトルが付いているんですね。調べてみたらこれはアイルランドの地名のようです。インターネットで写真を見付けました、ため息が出そうなほど美しい景色の場所ですね。宝達奈巳さんのホームページによれば、彼女は学生時代に北欧とアイルランドを旅しています。おそらくそこで見た景色が曲のインスピレーションを与えたのではないかと思います。そう言えば、この曲に続くアルバム最後の曲は「To Lappland」というタイトルですが、これはやはりこの旅で訪れた北欧のラップランドのことでしょう。彼女の旅日記では、美しいフィヨルドの写真なども見ることが出来ます。これもラストを飾るにふさわしい佳曲です。

2.『天の庭』(1999)

 名作『HOTATSU‐NAMI』の翌年に発表された『月の夢』は、前作を踏襲したミニアルバムでしたが(こちらはピアノの弾き語りが中心)、その翌年の1996年に発表された『Stranger Than Movie』は、それまでの宝達奈巳ファンにとっては戸惑いを感じさせる1枚でした。それまで封印されていた(?)地声を使った歌は、音楽性よりもメッセージ性を重視したような内容で、悪く言えば普通のフォーク系シンガー・ソングライターの作品に近いもののような気がした。それから宝達さんは、しばらく沈黙の期間に入ります。私はCDショップに行くたびに新譜が出ていないか確認していたのですが(当時は渋谷のタワーレコードに宝達奈巳のコーナーがあったのです!)、もう諦めかけていた頃に偶然また新譜を見付けました。それがこの『天の庭』というアルバム。たぶん1999年のことです。最初に聴いた時にどのようなインパクトを受けたかは覚えていません。とにかくすぐにこれは自分にとって最も大切なCDの1枚になってしまった。その想いはいまも変わりません。このアルバムでは、壮大な宇宙意識の表現とでも呼ぶべきスケールの大きな曲と、『Stranger Than Movie』で垣間見せた若い女の子の等身大の想いを綴った曲が、不思議な調和を織りなしていて、音楽的にも精神的にも実に奥の深い世界を作り出しています。曲の配置順も心憎くて、宇宙意識→日常意識→宇宙意識という視点の移動が面白い。喩えて言えば、Google Earthで宇宙から見た地球がズームアップして、見なれた近所の景色が映し出され、それがまたズームアウトしていくような印象です。またこのアルバムでは、シンセサイザーよりも民族楽器もまじえたアコースティック楽器によるライブな音作りに主眼が置かれていて、それが非常に成功していると思います。おそらく宝達さんご自身が同じ仲間ともう一度録音しても、これと同じ緊張感のものは生み出せないだろう、そう思えるくらいの奇跡の傑作です。

「青い朝」

 作者自身のピアノ弾き語りによるシンプルだけれども、とてもスケールの大きな曲。新しい朝の訪れと、地上の生命の息吹をたたえる地球スケールの祈りの歌といった内容の曲です。「この世のすべてのいのちのために歌う」、そんな歌詞を持ちながら、決して安っぽい“Save The Earth”的なレベルの曲ではないのです。やはり宝達奈巳さんの歌は、今の時代が抱える問題や矛盾に対する警告や告発といったちっぽけな視点ではなく、もっと大きな生命の流れや宇宙の広がりにまでテーマを射程する時に最も輝きを増すものだという気がします。彼女の代表曲と言ってもいい名曲です。アルバムの中では、1曲目に置かれたこの曲と、最後から2曲目の『地球の日』が同じピアノの弾き語りによる曲ですが、このふたつの曲はテーマにおいて共鳴し合うものを持っている。生命の賛歌と呼ぶには少し語弊があります、それはもしかしたら人間が地上から姿を消したあとの生命の楽園を見据えているのかも知れません。

「極楽浄土」

 アルバム2曲目のこちらの曲は、最終曲の『癒しの神殿』と対をなす曲だと捉えます。作者のイメージする「極楽浄土」がどこにあるにせよ、それは間違いなく生命の痕跡すらない地球の引力圏外の世界であるに違いない、そんな感覚に捕えられるほど冷厳な雰囲気が漂う楽曲です。絶対零度の極楽浄土。歌詞を持たずスキャットで歌われるその歌声は、天上から舞い降りて来るものというより虚空から響いて来るもののように感じられる。これが果たしてヒーリング・ミュージックと呼べるものなのだろうか? 作者自身はこのアルバムを「癒しの効果がある」音楽と紹介していますが、私にはどうしても単純な〈癒し〉以上のものが聞こえて来てしまうのです。(だってこれが極楽浄土のテーマ曲だとしたら、誰がそんな場所に行きたいと思うでしょう?) いや、しかし、音楽の解説というのは難しいですね。だからといって決してこれは難解な曲ではないのです。シンセサイザーのアレンジも素晴らしい、美しい旋律を持つ珠玉の作品というべき1曲です。聴いてみたくなるでしょう?

「夕暮れ道を行く」

 このような荘厳な雰囲気の4曲に挟まれた中間には、これとは対照的な日常感覚から歌い出された曲が並びます。「Something Remained」、「ちょっとしたこと」、「夕暮れ道を行く」という3曲です。これを私は三部作のように捉えているのですが、これがまた実に素晴らしいのです。特にこの3番目の作品は、曲、詞、演奏、ボーカルが完璧に調和して、ちょっとこれ以上はあり得ないだろうと思われるほどの完成度に達している。いまも深夜ひとりでこの曲を聴きながら文章を書いているのですが、心がふるえてしまって、感動を言葉にしようという邪念も消えてしまうほどなのです。これほど繊細で無垢な響きを持った歌を私は他に知らない。宝達奈巳さんはハイトーンのファルセット・ヴォイスが魅力の歌い手ですが、この3曲は主に地声を使って歌っていて、それがまた絶妙な対比の効果を生み出しています。これは『Stranger Than Movie』での試みが進化して、ここにまで至ったのだと思います。その間の語られなかった3年のブランクのことを想像すると、単なる傑作と呼ぶだけでは済まない重みを感じる。誰も言わないので私は敢えて言いますが、現代において本物の天才の作物(さくぶつ)というものを知りたければ、ぜひこのアルバムを聴くべきです。

3.『16 Years Later』(2009)

 今年発表されたこの新作については、前回の記事でも紹介しましたから、多く語ることはありません。宝達さんはシンガー・ソングライターとして10年近いブランクがありましたが、その間に彼女の創作力が枯渇していた訳ではありませんでした。実験的で意欲的なアンビエント作品が何枚かのアルバムとなって結実しているからです。私はこれらのアルバムも聴き、それが決してシンセサイザーによる安易な環境音楽といったレベルのものではないところまでは分かるのですが、それを繰り返し聴いて自分の脳に刻印するところまではどうしても行き着けなかった。(原稿書きのBGMとしては結構いいかも知れないと、いま気付きました。『White Space』を聴きながら。) つまるところ、やはり私はメロディー・ラインのはっきりしたいわゆる「いい曲」が好きなんですね。このまま宝達奈巳は自分などには手の届かない〈現代音楽〉の世界の人になってしまうのだろうか? そう思っていた時に今年出たこのアルバムを聴いたので、喜びはひとしおだったのです。これはクラシックの作曲家でも、現代のシンガー・ソングライターでも同じですが、天性の音楽家というのは独自の旋律を持って生まれて来る人のことではないかと思う。宝達さんはよく「歌が降りてくる」という表現をされます。作曲をするということは、五線譜に向かって音符を置いて行くことではなく、心を静かにしてインスピレーションを待つということなのでしょう。(一度でいいから、そんな体験をしてみたいものですね。) この最新アルバムに収められているのは、ふつうの意味でポピュラリティのある美しいメロディーの曲たちですから、宝達奈巳の入門アルバムとしてもいいかも知れない。音楽だけを純粋に楽しみたいなら、昨年出された『Ring of Life』の方が聴きやすいと思いますが、トータルな作品として味わうなら、英語詩の朗読を付け加えたこちらの新作の方がおすすめです。詩のあいだから歌が立ち昇ってくるさまは感動的ですらあります。

「Ring of Life」

 作者自身の解説によれば、『天の庭』に収められた「青い朝」、「地球の日」の流れを受け継いだ、「宝達奈巳の歌の核心に迫った渾身の一曲」ということです。曲想が似ているというよりも、生命の大いなる連環というものをテーマとしているという点で、作者のなかでは同じ系列に連なる作品なのではないかと思います。ずっと彼女の歌を聴いて来た自分としての感想を言えば、これほど自信に満ちた力強い生命賛歌は、これまでの彼女の歌のなかにも無かったものなのです。実に驚くほどの名曲だと思う。何故この曲が今年のポピュラー・ミュージック界の一大事件として認知されないのだろう? そんなことさえ思ってしまいます。宝達さんの曲はどれも非常に映像的な印象を強く与える特長がありますから、この曲も映画音楽などにも最適だという気がします。トールキン原作の映画『ロード・オブ・ザ・リング』のテーマ曲を書いたのはエンヤですが、私が監督だったらむしろこの曲を採用しただろうな。

「I feel the light」

 英語による曲作りで、最初にしっかりした手ごたえが感じられた作品と作者が言うのがこの曲。シンセサイザーによる曲作りですが、むしろ生楽器の伴奏でライブで歌われるのに適した曲という印象です。アコースティック・ギター1本でも歌えそうなノリの良い曲で、モロ私の好み(残念ながら私はギターも歌もダメなのですが。笑)。最初の旋律が地声で歌い出され、サビの部分でファルセットに切り替わって曲が盛り上がって行く。心憎いほど巧い曲作りだと思います。それにまた英語の響きの魅力的なこと。ネイティヴな英語話者が聴いてどう感じるかは分かりませんが、詩的言語としての英語の美しさというものを久し振りに聴いた気がします(20年くらい前に大好きだったケイト・ブッシュ以来?)。これは詩の朗読でも同じですが、このアルバムには音(オン)として気分を高揚させる英語の単語ばかりが集められている。コトバも音楽の要素のひとつであるという作者の姿勢がはっきり伝わって来ます。すべての曲を解説することはしませんが、実際にアルバムを聴いて確認してみてください。「In the woods」、「Live in harmony」、「Birds fly away」、「I want to be」…どれも魅力的な旋律を持った美しい響きの曲ばかりです。

「The Dragon Song」

 伴奏の無い、声だけを重ね合わせて作られた実験的な曲。ここでも印象的な響きを持つコトバと、多重録音による美しいハーモニーが組み合わされて、とても不思議で魅力的な世界が作り出されています。映画の『ロード・オブ・ザ・リング』は第1作をビデオで見ただけだけど、この曲をバックに使いたいようなシーンが確かあったよね。アルバムの解説には、この曲の製作過程を説明した文章があって、「まるで完成図を見たことがあってそれを思い出しながらパズルのパーツをひとつずつはめ込んでいくよう」な作業だったと書かれています。今回のアルバムは、この作者自身の解説というのが重要なアイテムで、これが宝達奈巳の世界への何よりの道案内になっています。創作の舞台裏をこんなにあからさまに見せてくれるアーティストというのも珍しいのではないか。楽器やシンセサイザーを使っていないだけに、創造の源泉を直接覗き見ることが出来るという意味でも貴重な一曲です。

 ということで、私がおすすめする3枚のアルバムと、そこに収録された推薦曲を紹介して来ました。今回の記事は、これまで宝達奈巳さんというアーティストを知らなかった人に、ぜひその作品を知って欲しいという気持ちをこめて書いたものであると同時に、彼女自身にも読んでいただいて、私の解釈がどの程度核心をついているものか、評価してもらおうという図々しい意図を持って書いたものでした。というわけで、宝達さん、いつでもいいですからコメントをくださいね。(笑)

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2009年8月 9日 (日)

欺瞞だらけの裁判員裁判が始まった!

 今回は予定していた内容を変更して、今週行なわれた裁判員裁判についての感想を書きます。(宝達奈巳ファンの皆さん、ごめんなさい。記事は来週まで待ってね。) たぶん個人のブログとしては、これほど早い時期からこれほどしつこく、裁判員制度を糾弾し続けて来たブログもそうはあるまい、そういった自負(?)を私は持っています。制度が実際に始まってしまった今、もうこの問題についてはあらためて言うことも無いし、このテーマについては二度と書きたくもない、そう考えていたほどなのです。それでも初めての裁判員裁判に関するニュースを聞きながら、やはりこれは捨ておけんと思ってしまった。ここで何かひと言コメントしておくことは、裁判員制度に反対するブロガーとしての義務に違いない、そう自分に言い聞かせて気の進まない記事を書くのです。

 おそらく最初の裁判員裁判ということで、裁判所側は6人の裁判員の人選にも相当気を使ったものと想像されます。なにしろ50人近くの候補者の中から選抜出来たのですから、どのような意図を持った人選だって可能だった筈です。今回の裁判のテーマは、起訴事実を争うことでもなければ、死刑の適用について判断することでもありませんでした。マスコミと全国民が注目するなか、いかに裁判員による裁判が無事に大過なく遂行されるか、その一点がテーマだったのです。そのために裁判所は、最も〈無難〉だと判断される裁判員を選んだものと思われます。その結果、6人のうち5人までが女性ということになったのだろうと私は推測しています。報道では、「抽選によって6人が選ばれた」などと言っていますが、これは全くのウソに違いない。もしもこれが本当に無作為の抽選だとしたなら、裁判所はその手続きを(少なくとも召集された裁判員候補者には)公開すべきだったでしょう(目の前で全員の番号が書かれたクジを引いてみせるなどして)。裁判員の選任に当たっては、裁判所・検察側・弁護側がそれぞれ特定の候補者を不選任として候補から外すことが出来る仕組みになっているのです。しかもその不選任になった候補者の人数や理由は一切明らかにされない。もしかしたら集まった47人の候補者のうち、あらかじめ38人を不選任として除外しておいた上で、残りの9人について抽選を行ない、6人の裁判員と3人の補充裁判員を決定した可能性だってあるのです。

 連日の報道に関して言えば、とにかくマスコミ各社の記事やニュースが、どれもみな大本営発表のような内容になっていることが気色悪くて仕方ありませんでした。裁判員に選ばれた6人は、それぞれ悩みながらも真摯にその義務を果たそうとした。終わってみれば、「達成感があった」、「いい経験になった」なんていう感想を引き出すことにも成功している。小さな批判や問題点も含めて、すべてが予定調和的だった印象です。初日に「裁判員制度反対派の傍聴人が不規則発言をして退廷を命じられるハプニングもあった」と伝えている記事もありました。ふーん、「ハプニング」ね。むしろすべてがウソで固められた裁判のなかで、そこだけが真実だったかも知れないのに。(背景はどうあれ、私はこの傍聴人の勇気ある行動に拍手を送ります。数日間に亘る報道のなかで、この小さなエピソードだけが私に嫌悪を感じさせない唯一のものでした。) マスコミ報道のデタラメぶりと言えば、例えばあれほど裁判員になった人のプライバシーや安全のことを言っていたマスコミが、平気で裁判員にインタビューをして、本人たちの顔の写った映像まで公開していました。あり得ないよね。それを許す裁判所も裁判所だ。早晩、今回の裁判員になった人たちの実名はどこかで漏れてしまうのでしょう。ドラマで取り上げられるような、裁判員への報復ということだって、現実の事件となって起こるかも知れない。たとえ報道の熱は冷めても、裁判員は傍聴人に対しては顔を晒さなければならない訳ですから、一度裁判員になった人は、その後も長いあいだある種の不安感を抱き続けなければならなくなる(例えば夜道をひとりで歩く時などに)。まあ、そのことで裁判員を辞退する人が増えれば、制度反対派の私としては望ましいことではあるのですが。

 日本中が大騒ぎした裁判のなかで、一番ないがしろにされ、割りを食ったのは被告人本人でした。3人の裁判官と6人の裁判員が話し合いの結果出したのは、懲役15年という判決でした。法曹関係者の証言では、今回の事件では懲役12年~13年が相場だということですから、裁判員に裁かれたことは被告にとって不運だったと言えます。(どうせ控訴するのでしょうが。) しかし、これは予想された当然の結果だと私は見ます。これまでにも何度も書いて来ましたが、裁判員制度というものは刑事裁判における厳罰化を目的として導入されたものだからです。もっとはっきり言えば、これは世界に対するアピールなのです。世界の先進国のほとんどが死刑を廃止し、刑事罰を軽くする方向に向かっているなかで、日本だけがそれとは反対の方向に進もうとしている、そのことで日本はいま国際的な非難を浴びています。裁判員制度によって、いわば厳罰化は国民の意思であるということの立証が出来る訳ですから、国は厳罰化や死刑存続についての口実を得たことになる。おそらく今回の事件で、弁護側が控訴したとしても、高裁や最高裁によって量刑がいままで通りの相場に戻されることは難しいだろうと思います。何故なら、光市の事件で最高裁から差し戻しがあったことなどからも分かるとおり、厳罰化は日本の司法もそれを望んでいることだからです。ちなみに私は、裁判員制度が導入されることで、死刑判決の数はこれまでよりも増えるだろうと予想しています。(記念すべきその第一号は、どこの地方裁判所から出るのでしょう?)

 裁判というものの一番の基本に立ち帰って、私は今回の事件を担当された裁判員の方々に聞いてみたいことがあります。あなたがたは話し合いの結果、懲役15年という判決を出されました。この判決のなかに、あなたがたの苦渋や智恵や良識がすべて詰まっている訳だ。しかし、その判決の妥当性をあなたがたはどこから持って来たのでしょう? 私はそこで非常に誠実な話し合いが行なわれたことを疑いません。が、たとえどんなに真剣に話し合っても、またひとりひとりがどんなに心のなかで熟考しても、この事件の判決が懲役12年であるべきなのか、または15年が妥当なのかといったことには答えが見付かる筈がない。もしも私が裁判員だったら、単純に裁判長にこう聞くでしょう、「で、今回の事件の場合、懲役何年くらいが相場なんですか?」と。どうも裁判員制度に賛成する人の意見を読んでみると、これまでは裁判官のあいだでの相場感で量刑が決まっていたが、そこに市民の感覚が加わることは望ましいと言っている人が多いようです。とんでもないことだと思います。法律ではどのような事件なら懲役何年と細かく決まっている訳ではありませんから、公平な裁判を行なうためにはこの「量刑の相場」というものが非常に重要である筈なのです。むしろプロの裁判官というのは、きちんとした相場感覚を身に付けていて、判決をこれまでの判例から大きく踏みはずさないところに落とせる人と定義してもいいくらいのものです。それを司法の硬直化だとか悪しき判例主義などと批判する方がどうかしている。抽選で選ばれた別の6人が審理に参加していれば、今回の判決も異なったものになっていたでしょう。それで構わないと言う人の理屈が私には分かりません。そんなものは公平な裁判とはとても呼べないではないか。

 参加した裁判員のなかに、この矛盾に気付き、話し合いのなかでこの点を指摘した人がいたのかどうか、私は興味があります。人を裁くということをしておきながら、「達成感があった」、「いい経験になった」などと平気で感想を言える人に、私は心底から嫌悪感を覚える。この人たちが真面目で使命感あふれる良き市民であることは間違いありません。が、そういう人たちを法廷に狩り出して、無理矢理同胞を裁かせるという酷薄な制度を私は心から憎むのです。裁判員制度というのは、日本人の真面目さ、従順さを利用して、国民に対して死刑を含む国家権力の行使の片棒を担がせるという、非常にスジの良くない制度です。司法の民主化などというウソにだまされてはいけない。日本の道徳の歴史に大きな汚点を残すこんな制度は一刻も早くつぶさなければならない。

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2009年8月 3日 (月)

ふたたび歌が舞い降りて来た!

 ここ2ヶ月にわたって、かなり根をつめた記事を書いて来たので、このへんで少し気分転換をしましょう。以前、私が好きな日本のポピュラー音楽について書いた記事に、コメントが付きました。取り上げたアーティストのひとりである宝達奈巳さんご本人が、コメントをくださったのです。やっぱりインターネットってすごいよね、昔まだインターネットが無い時代に、好きなアーティストにファンレターを送ったことがあるけど、返事なんてもらえなかったもんね。それがネット検索で私のようなマイナーブロガーの記事を見付けて、ご本人がコメントを書いてくださるんだもの。で、その宝達さんが、久し振りに新作アルバムを出されたというので、早速送ってもらい、ここ何週間かずっと毎日それを聴き続けています。これが素晴らしいのです。もう私にとって2009年のベストアルバムはこれで決まり! 私はブログの記事を書くときも、いつもiPodを手放せないほどの音楽アディクトなのですが、前回までの連載記事に漂っている一種の高揚感は、半分は彼女の歌に乗せられたものと言えるほどです。とにかくこれだけの優れた音楽性・精神性を持ったアーティストが、商業ベースではまったく無視されていて、世間にもほとんど知られていないことが実に惜しい。で、今回は自分なりに宝達奈巳ワールドの紹介記事を書こうと思うのです。まあ、宝達さんの音楽以上にマイナーな私のブログで紹介記事を書いても、何も反響は期待出来ないのですが、こういったものは草の根運動ですからね。もしも先週からの続きで、この記事に目を止めてくださっている「ゲゼル研究会」のメンバーの方がいらっしゃったなら、ぜひ彼女を応援してください。地域通貨やベーシックインカムに関心をお持ちの方なら、絶対に彼女の音楽も気に入ると思います。(根拠はありませんけど。笑)

 今年発表された彼女の新作は、『16 Years Later』というタイトルが付けられています。何が16年後なのかと言えば、デビューアルバムの『たからたち』が出てから今年で16年目なのですね。作者自らそういうタイトルを選ぶということは、この作品が彼女にとってひとつの節目の意味を持つものなのでしょうし、また新しい境地を開拓した自信作でもあるのだと思います。実は、ずっと一貫して多産な音楽活動を続けていらっしゃる宝達さんが、「歌」入りのアルバムを出されるのは、1999年の『天の庭』以来10年ぶりなのです。(『16 Years Later』の前身となる『Ring of Life』が昨年発表されていますので、正確には9年ぶりということになりますが。) この10年間は、ファンにとっては待ちわびた10年でした。というのも、この間に宝達さんは、夫君の石川高さん(笙演奏家)とのユニットでシンセサイザー主体のインストロメンタル・アルバムを何枚か出されていますが、彼女の魅力的な「声」をその中で聴くことは出来なかったからです。小さなヒットになったセカンド・アルバム『HOTATSU-NAMI』で初めて宝達さんの歌を聴いた時から、私はたいへん優れたシンガー・ソングライターとして宝達奈巳という人を捉えていました。思い返せば、初めて音楽を聴く快楽に目覚めた1970年頃から、洋楽邦楽とりまぜてたくさんのシンガー・ソングライターたちの歌が自分の青春を彩ってくれた。彼らのほとんどはフォークギター1本で歌う現代の「吟遊詩人」といったイメージを持つ人たちでした。宝達奈巳さんにフォークギターは似合いません。デビューアルバムの時から、彼女はシンセサイザーを自在に使いこなし、しかも単なるマニピュレーターとしてではなく、そこに生命を吹き込む稀有なアーティストとして私たちの前に現れた。

 日本でシンセサイザー・ミュージックが脚光を浴びるようになったのは、富田勲さんの作品が最初だったのではないかと記憶します。1970年代中頃のことです。その後、YMOや喜多郎さんの活躍などもあって、電子楽器はすっかり日本の音楽シーンに溶け込んだ感がありますが、それは何というか、手軽に安いコストで耳当たりの良い音を作り出すことが出来るという便利さの方向にどんどん流れただけのことであって、これを自己の表現に使う本当の意味での音楽家はとても少なかったのではないかという気がします。ましてや自作の詩を自作のメロディーに乗せて歌うシンガー・ソングライターというジャンルの人で、シンセサイザーに自己表現の可能性を見出した人は皆無に近かった。もちろんこの分野での偉大な先駆者にエンヤという人がいる訳ですが、現在に至るまでこの流れに連なるアーティストというのは、世界を見回してもそう多くはないのではないかという気がします(単に私が知らないだけかも知れません)。エンヤが『オリノコ・フロウ』で日本デビューしたのが1988年、宝達奈巳さんが1993年にデビューアルバムを出した時、「日本のエンヤ」と称されるようなことがあったそうです。『16 Years Later』のセルフ・ライナーによれば、エンヤは宝達さんの音楽形成史のレパートリーには入っていなかったようですし、本人としてはエンヤよりもVirginia Astreyに喩えられたかったなんて書いてらっしゃる。(バージニア・アストレイという人のことを私は知りませんでしたが、機会があればぜひ聴いてみたいと思います。) それでも電子楽器と孤独に格闘しながら、そこに音楽と詩の魂を刻みつけていくというスタイルにおいて、エンヤと宝達奈巳はとても近い位置にいるアーティストではないかと思う。フォークギターで作曲するシンガー・ソングライターにとっては、曲を生かすも殺すも編曲者次第というところがありますが、自らが演奏者かつ編曲者でもあるシンセサイザー・ミュージシャンは、作品の出来栄えに対する責任をすべてひとりで負わなければならない。もしかしてそれは、音楽家にとっての孤高にして理想的なあり方なのではないかとも思えます。

 これは私の以前からの持論ですが、詩人には一箇所に留まって円熟して行くタイプと、常に新しい境地を目指して変化して行くタイプのふたつがあるように思います。エンヤが前者のタイプだとすれば、宝達奈巳は典型的な後者のタイプの詩人です。こういうタイプのアーティストに対しては、新作が出るたびにファンはいわば挑戦状を突き付けられているようなもので、これまで作り上げて来た音楽脳のニューロン・マップを毎回書き換えなければならなくなる。これがエンヤの新作アルバムであれば、たとえ前作から7年という年月が経っていても、ファンは安心して聴くことが出来る訳ですが、宝達さんの新譜ではそうは行きません。今回のアルバムを最初に聴いて、まず私が戸惑ったことは、詩がすべて英語に置き換わっていたことでした。というのも、私が最高傑作だと考えている前作の『天の庭』では、日本語の詩(詞)による完璧な曲作りがなされていて、その意味でもこれは日本のポピュラー音楽がたどり着いた最高の到達点だと信じていたからです。(ファンですから、いくらでも賛辞を捧げちゃいますよ。笑) 新作の『16 Years Later』では、詞がすべて英語だというだけでなく、曲と曲のあいだに自作の英語詩の朗読が置かれています。これがまず作品を〈鑑賞〉することの妨げになってしまった。英語の作詞や彼女の朗読に問題があるという訳ではありません(彼女の英語での作詞や朗読はなかなかのものだと思います、私にはそれを評価する能力がありませんが)。そうではなくて、何故いま宝達奈巳が英語で表現する必然性があるのか、その点が理解出来なかったのです。だからアルバムに付けられた彼女自身の解説を読まなければ、今回の作品を自分のなかで消化するのにももう少し時間がかかっただろうと思います。

 詩も書けなければ、曲も作れない、私のような散文的な人間にとってはなかなか想像しにくいことですが、日本語で曲を作り歌うシンガー・ソングライターにとって、言語の問題はとても大きな〈躓きの石〉なのではないかと思います。現代日本語というのは、明治以降の急激な西欧化の流れのなかで人工的に形成されて来たとても〈いびつな〉言語です。古来、日本というのは「言霊の幸ふ国」であり、日本語は世界の言語のなかでも最も詩的に洗練されたもののひとつだった筈です。今日でも短歌や俳句を作る人は多いですから、その伝統が死んでしまった訳ではないでしょう。しかし、私たちの日常を振り返った時、詩を朗読をしたり聴いたりする機会はほとんどありませんし、日本語を口のなかでころがしていい気分になるという経験もなかなか味わえない。それにこれは自分のような宝達さんよりも上の世代の人間でも同じですが、戦後生まれの私たちは英語の歌を聴いて育って来たという事実も一方にある訳です。だから英語で歌うことは、彼女自身が言うように原点回帰であり、とても自然なことなのかも知れません。アルバムの解説には、今回の作品を解く鍵になる作者のこんな言葉が記されています。

 『その後日本語との関りは、万葉集などの古語の朗読へと導かれ、別の形で言葉の響きを追求していくこととなるが、英語のほうは数年に渡ってJRRトールキン作品などを徹底的に自分に刻みこみ、(かつて琉球古典音楽やケルト民謡などをそうしてきたように)、遂に07年初頭に「歌が降りて」きて、歌わずにはいられなくなる。英語の言葉の響きのままメロディーとなって歌詞が湧き上がる』

 なるほど、詩人の創造ということの楽屋裏を垣間見させてくれるような解説だと思います。もともと彼女は多作な作家ではありませんでしたが、このように何かを徹底的に自分にたたき込むことによって、その作品世界のリアリティは支えられていたのですね。これはまた現代において詩的創造をしようとすることの苦しさと同時に、可能性をも示唆している言葉だとも思います。1970年代くらいまでのシンガー・ソングライターは、それぞれ個性を競いながらも、先行する世代から引き継いだフォークソングの流れを汲んでいた人たちでした。宝達さんのようなそれより新しい世代の音楽家になると、むしろ自分の音楽のルーツをどこに求め、どこから創造の養分を汲み上げて来るかということすら、自己決定しなければならなくなった。そうして彼女自身がそうしているように、同時代の流行などには背を向けて、禁欲的とも言える自己陶冶を自らに課さなければならなくなったのです。これは一面、とても苦しいことであるに違いありませんが、見方を変えれば時代の制約に囚われずに、自分の飛びたい世界に向かって創造の翼を羽ばたかせることが出来る時代がやって来たとも考えられる訳で、才能あるアーティストにとっては本当に面白い状況になったとも言えるかも知れない。我々の前には、万葉集の世界も、琉球古典音楽の世界も、トールキンの世界も、すべてが開かれている。そこから養分を得て生み出された作品が、決してトラディッショナルなものの真似事ではなく、新しい真正な個性の表現になり得るということについては、彼女の音楽のすべてがそれを証明しています。

 宝達奈巳さんの音楽を紹介する記事を書くつもりだったのに、また三流の批評家みたいな文章を書いていますね。もう一度次回は、私がおすすめする作品について今度はきちんとした紹介を書きたいと思います。本当に素晴らしい作品群なので、少しでも多くの人に聴いてもらいたいと思うからです。それまで待ち切れないという方は、ぜひ彼女自身のホームページを覗いてみてください。アルバムの注文も出来ますし、1曲ずつのダウンロードも出来るようです。

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