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2009年7月26日 (日)

社会信用論と自由経済思想(8)

 もしも『社会信用論と自由経済思想』というタイトルに興味を覚えて、この記事に目を止めた方がいらっしゃったとしたら、まったく期待はずれの内容でがっかりされたことと思います。今回の記事は、関曠野(せきひろの)さんの講演で「社会信用論」というものの存在を知り、それにインスピレーションを受けて書き始めたのですが、自分としてもこれほど長い連載になるとは思ってもいなかった。タイトルが意味するところは、ベーシックインカム(社会信用論)を実践するのに、減価貨幣(自由経済思想)を用いたらどうかという思い付きだけで、C.H.ダグラスやシルビオ・ゲゼルの思想を研究した成果が報告されている訳ではまったくありません(実際、何も研究などしていない訳だし)。いつものように無責任な夢物語を語っただけだとも言われそうです。ただ、連載を終えるに当たってひとことだけ言い訳をさせていただくなら、やはり経済学というのは何よりも「実学」である訳で、過去の思想家の足跡をたどるだけでは意味が無い。ダグラスもゲゼルもケインズもマルクスも、その時代の経済が抱えていた矛盾ととことん向き合って、そこから新しい経済の仕組みを切り拓くに至った人たちです。彼らの思想を研究するということが、単なる歴史研究に終わっていい筈がない。私はたまたまマルクスの思想にもケインズの思想にも、気持ちがしっくり来ないタイプの人間だったのですが、ゲゼルの思想とダグラスの思想にはたいへん心がときめいた。専門家の方から見れば、今回の私の着想には根本的な欠陥があって、検討にすら値しないものかも知れませんが、自分の心がときめいたという事実だけは報告しておきたかったのです。

 この新しい経済の仕組みのことを、関さんの講演のタイトル『生きるための経済』にちなんで、「人間の経済」という名前で呼びたいと思います。ひとつ積み残した問題は、この人間の経済に子供たちをどのように参加させるかということです。以前、このブログでベーシックインカムについて書いた時、もしも子供にも一律にベーシックインカムを支給すれば、少子化問題などいっぺんで解決するだろうと書きました。しかし、それは日本円で支給した場合です。子だくさんの夫婦が、月に数十万円の国内円を受け取っても、あまり生活の足しになるとは思えません。やはり少子化対策には、日本円での育児手当のようなものの方が効果があると思います。むしろ私がここで考えているのは、子供が成長して行く過程で初めて触れるお金は、日本円よりも国内円の方が相応しいのではないかということです。ベーシックインカムがある社会では、人はお金に対する意識そのものを変えなければならないと私は書きました。国内円というものが憲法で保障された、国民の基本的権利であることをいくら頭で理解していても、これまで日本円でさんざん苦労して来た私たちには、国が無条件で支給するお金に対しては一種の〈うしろめたさ〉の感情を拭い去れないような気がします。もしも国内円を「ネイティブ・マネー」として、心理的抵抗なく使いこなせる世代が登場するとすれば、それはこれから大人になる子供たちが最初でしょう。ですからこれは経済政策のためというよりも、教育用のツールとして子供用の電子ワレットを準備することがぜひとも必要だと思うのです。いまの子供たちは、小学校に上がる前からゲーム機を上手に使いこなしている訳ですから、これに慣れることなんて朝飯まえの筈です。

 最初は国内円を入れたり出したりするだけのシンプルなもの、だんだん学齢が上がるに従ってお小遣い程度のベーシックインカムがプレゼントされるような仕様にすればいい。その都度、電子ワレットを交換する必要などありません、これにはカレンダーと時計が内蔵されているのですから、最初からそのようにプログラミングしておけばいいのです(むろん減価機能も忘れずに)。親御さんや周りの大人たちは、ぜひこれを積極的に使って子供たちとコミュニケーションをとって欲しい。昔から子供にお金の使い方を練習させるために、お手伝い券や肩たたき券のようなものを渡している家庭も多いのではないかと思います。ところが、これは日本円に慣れるための練習としてはいいのですが、国内円にはあまり相応しくありません。あらかじめ対価として一定の金額が決まっており、自分の労働がいくらのお金に相当するのかを予測することは、日本円の経済を身につけるためには欠かせない訓練です。が、国内円の方はもっと自由で即興的なお金であるのが特長です。子供を褒める時、子供に愛情をそそぎたい時、思い付いたら国内円を贈ってあげてください。そしてママが頑張った時には、子供の方から贈られる習慣も作ってみてください。(可愛い音が鳴りますから、小さなお子さんも大喜びです。) 実際、これは大人が考える従来の意味でのお金ではなく、「ありがとう」や「うれしい」の気持ちを表す感情表現のひとつなのです。日本円の価値を支えているものが人々の「信用」だとすれば、国内円の価値を支えているものは人々の「善意」です。そのことを身をもって覚えた子供たちが、ベーシックインカムのある世の中に巣立って行く。これは幸福な社会のイメージではありませんか? もちろん、子供たちだって、小学生くらいになれば、世の中には国内円だけでは買えないものがたくさんあることを悟ります。欲しいものを買うためには、パパのように会社で働いて、日本円を稼がなければならないことも分かって来る。しかし、それを覚えるのはずっと後からでも構わない訳です。

 もうひとつ私が気にしているのは、日本にいる外国人の方たちのことです。国内円は日本円で代替出来るルールがありますから、電子ワレットを持っていなくてもこの国での生活に支障はありません。それでもやはり日本に滞在しているあいだは、世界のなかでいち早く「善意本位制」に移行したこの国の経済を体験していただきたい気がするのです。ここは思い切って、外国人労働者の方や旅行者の方にも、滞在期間中のみ有効なベーシックインカム付きの電子ワレットを貸与してしまいましょう。日本で働いている人は、国籍には関係なくこの国の経済に貢献してくれている訳ですから、ベーシックインカムを受ける理由があると私は考えます。外国人旅行者にまでベーシックインカムを支給するのは、ちょっと大盤振る舞いかも知れませんが、なに、それで国庫が痛む訳でもありませんし、構わないじゃありませんか。政府はいま国内産業育成の観点から、年間1千万人の旅行客を海外から呼び込もうという計画を立てています。日本を訪れる人には、もれなく日に§3000の基礎給付が配られる。これはちょっと魅力的な観光資源になりませんか? 旅行客はたまった国内円を自国に持ち帰ることが出来ませんから、なるべく滞在中にそれを使ってしまおうとする。すると合わせて外貨もたくさん落して行ってくれるという仕組みです。誰もだまされたなんて思わないでしょう、日本人なら誰もが当たり前に享受している平均20パーセントの価格ディスカウントを、旅行客の方たちにも差し上げようというだけのことですから。

 そしてさらにこの外国人向け電子ワレットには、おそるべき壮大な国家戦略が隠されているのです。1930年代に減価紙幣で大成功を収めたヴェルグルには、世界中から視察団や観光客が押し寄せたと言います。減価するお金というものをひと目見ようとしてやって来たのですね。世界で初めて減価する電子マネーを国家として導入する日本にも、各国の政治家や経済学者や人権団体の人たちが大挙して視察にやって来ます。私の計画では、日本は「人間の経済」を実現させた華々しい成功を世界にアピールしたあと、日本発のこの経済システムを丸ごと海外に売りに出します。外国からのお客さまに電子ワレットを貸し出して、その使い心地を試していただくことで、いわば国全体をショーケースにしてしまうのです。輸出するのは電子ワレットや銀行オンラインといったハード面の設備だけではありません。国内円を導入するに当たって我々が突き当たったさまざまな困難や、それを乗り越えるために払って来た努力や培ったノウハウを、そっくりパッケージ化して売りに出すのです。これは間違いなく売れるだろうと私は踏んでいます。と言いますのも、経済大国である日本がこれを導入して成功を収めたということは、我が国の経済が従来よりも自給自足に近付いたということであり、その分海外からの輸入に頼る部分が減ったことを意味します。輸入品に直接関税をかける訳ではありませんが、保護主義政策に近い効果があるのです。もしもこれを世界のいくつかの国が採用し始めたらどうなるでしょう。周りの国々が自給自足経済に移行するなかで、自国だけがその流れに乗り遅れるとすると、その国の政府はたいへんなリスクを背負い込まなければならない。成功事例がいくつかの国で現れれば、世界中の国はなだれを打ったようにこの新しい経済システムを採用することになる(んじゃないかな?)。

 これは今日の世界が向かっているグローバル化とは正反対の方向性ですが、何か問題があるでしょうか? いくら各国の国内経済が充実しても、世界から貿易が無くなる訳ではない。自国の特産物を輸出して、自国で生産出来ないものを輸入するという、本来の貿易のすがたに戻るだけのことです。またこの新しい経済システムは、貧しい国を食い物にしないという点でも、グローバリズムとは一線を画します。実際これを導入することは、先進国だけでなく貧しい途上国にもメリットがあるのです。今日私たちを苦しめている格差問題のなかでも、一番深刻なのは個人間の格差よりも国と国のあいだにある格差です。しかもこのふたつは根っこは同じ問題です。グローバル化した国際金融資本が、貪欲にお金を吸い上げることで末端が干からびるという構図に変わりはないからです。国内通貨は金融資本に対する防波堤ですから、導入の効果はむしろ金融資本主義の恩恵を受けていない貧しい国の方が大きいとも考えられます。国際的に評判の良くない独裁政権にだって、電子ワレットは喜んで販売しましょう。それでその国の国民が救われるなら、独裁政権を助ける以上の効果があったことになる。現在世界各地で見られる国家間の対立や軍事政権による圧政などは、その背後に経済問題があることを見逃してはいけません。貧しい国の政府にとっても、予算の要らない「打ち出の小槌」の導入は歓迎すべきことである筈です。特に恒常的なインフレに悩まされているような国にとっては、まずこれを導入して国民経済を安定させることが、貧困脱出への第一歩になるでしょう。貧しくてインフラも整っていない国々では、銀行オンラインの敷設は不可能ですが、その場合電子ワレットだけでも充分です。重要なのは、その国の人民が誰からも搾取を受けずに、価値を交換し合うことの出来る基盤を持つことなのです。この電子ワレットは太陽電池で動くヘビーデューティー仕様ですから、世界中どこに持って行っても使えます。しかも日本製だから故障知らずだ。

 こうして日本で成功した経済システムは世界に伝播して行きます。世界中の人々が電子ワレットを手に、日々の経済活動を(つまり生活を)営む時代がやって来る。この時、電子ワレットのもうひとつの驚愕すべき新機能がベールを脱ぎます。ある日突然、世界同時に現れるのです。それは世界中の人民が共通に使える統一通貨への変換機能というものです。説明します。各国で使われている電子ワレットは、毎日その国の通貨でその国の政府が決めた金額のベーシックインカムを産出しています。国によって貨幣単位は異なりますし、経済格差による貨幣価値の違いもある訳ですが、ベーシックインカムの金額が、ひとりの人が人間らしく生きられる最低保障額であるというコンセプトは世界共通の筈です。これを統一通貨の単位として採用します。こちらは通貨の名前ももう決まっている、「エヴァ」というのです。(エヴァというのは、シルビオ・ゲゼルが主著のなかで提案している世界統一通貨の名称です。私が考える人民統一通貨とはコンセプトが違うのですが、私はゲゼルさんへの尊崇の念からも、これ以外の名前を思い付けません。) 新しく付け加わったシステムメニューから、電子ワレットを「エヴァ・モード」に切り替えてみましょう。§3000の残高が100エヴァに変わりました。もしも中国だったら200元、インドネシアだったら30万ルピアが100エヴァに相当するのかも知れません。たとえもとの通貨がいくらであっても、100エヴァというのが世界共通で合意されている人間ひとりが1日生きて行くために必要な金額という点では変わらない。もちろん国によって、それで買えるものは違います。でも100エヴァあれば世界中どこに行ってもなんとか生きて行けるという点は共通なのです。電子ワレットは、異なる通貨間での取り引きは出来ませんが、双方がエヴァ・モードに切り替えれば、どこの国の人とも取り引きが出来るようになる。これが世界中の人民が共通に使える統一通貨ということの意味です。(もちろんエヴァに切り替えても毎日1パーセントの減価率は変わりません。国によって時差の違いがありますから、減価タイミングをどうするかについては技術者の皆さんに少し頭を悩ませてもらう必要があります。)

 さあ、これを持って世界に飛び出しましょう! 世界の国々が国内通貨を採用して以来、従来の米ドルによる貿易額は確かに減りました。その代わり、国をまたいで人々が直接価値を交換し合うエヴァの取り引きはどんどん増えています。このことが世界経済をどれほど豊かにし、また安定した平和を築くために貢献しているか、そのことを想像してみてください。これまでにも世界には、ユーロのような国家をまたいだ国際通貨が存在しました。アジア圏でも統一通貨「アキュ」を導入出来ないかという議論があったようです。しかし、ユーロにしてもアキュにしても、どう考えても人民のためのお金ではない、それは国家同士の損得勘定が生み出した一種の〈強者連合〉による国際通貨です。そして私たちはすでに経験を通して知り過ぎるほど知っているのです、強者連合が出来るところ、必ずそこには食い物にされる弱者が生み出されるということに。そんな経済、そんな政策はもうたくさんだ、と私は思います。20世紀に生まれた私たちは、21世紀になればもう少しマシな世界が実現するのではないかと思っていました。いま21世紀も最初の10年が過ぎようとしているのに、世界は何ひとつ変わっていません。むしろ10年前よりも、国家間、世代間、個人間の経済格差は増すばかりです。私たちはもう自国に救世主のような政治家が登場して来ることにも期待はしていません。重要なのは、政治に期待することではなく、私たちが世界市民として価値を共有し交換出来る手段を持つことなのです。それさえあれば、国籍の違いも人種の違いも宗教の違いも、もう私たちの絆を引き裂くことは出来ない。いま私たちが手にしているこの小さな「エヴァ」さえあれば、愚かな政治家どもによって歴史の針が戻される心配もなくなるのです。


(今回の連載をひとつのPDFファイルにしました。まとめて読みたい方は、こちらをご参照ください。)

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コメント

私どものHP「BI・実現を探る会」に目をとめていただき
ありがとうございます。お書きになられた文章、いつも
拝読させていただいていおります。

最近、以下のような形で、関さんに、講演会をめぐって
の質疑・応答をまとめていただきました。合わせてお読
みいただければと思います。

http://bijp.net/sc/

また、7月12日に開催いたしました、古山明男さん講
演会でのご提案が、パブリックカレンシーによる
電子減価マネープランでした。この講演録も近々、公開
いたします。また、ご意見など伺えればと思います。

ダグラスは、ゲゼルの減価マネーを批判しているようで
すが、私としては、いろいろ実践的に工夫すれば
合体も可能ではないかーーとは考えていますが。
ここのところ、ヘンリー・ジョージの土地論とゲゼルの
関係が頭をめぐっておりまして(栃木県北でBI提言とWIR
型通貨をやろうとするためにはーーというところからで
すが)、いろいろ、盛りだくさんに考えることがあるな
~~という気分です。

では、また、よろしくお願いいたします。

投稿: 白崎一裕 | 2009年7月27日 (月) 09時05分

白崎さん、こんにちは。ご丁寧なコメントをありがとうございます。ご返事が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

また、ゲゼル研究会のメーリングリストでは、いつも貴重な情報をありがとうございます。今回の私の記事も、白崎さんが関曠野さんの講演について教えてくださったことで生まれたものです。いや、ベーシックインカムというコトバを初めて知ったのも白崎さんのメールでだったかも知れませんね。

講演録の質疑・応答も拝見しました。関さんのお話はとても明快で分かりやすいですね。ただ、政府貨幣でベーシックインカムを発行し続けて、何故インフレにならないかという点については、まだよく飲み込めません。私の頭のなかで社会信用論の肝の部分がまだよく理解出来ていないせいかも知れませんが…

>ダグラスは、ゲゼルの減価マネーを批判しているようですが、

そうなんですか、ダグラスはゲゼルを読んでいたんですか。面白いですね。私はろくに勉強もせずに偉そうなことばかり書いていますが、このへんの歴史のドラマはぜひ調べてみたい気がします。ダグラスの著作が日本語で読めるといいんですが、なにせ「忘れられた思想家」ですから、翻訳も無いんですよね。(いまアマゾンで検索したら、1929年に中央公論社から1冊出ているみたいです。へえーっ!)

私は遅れて来たゲゼリアンなので、まだまだ勉強しなければならないことがたくさんあります。ぜひまた情報交換をさせてください。よろしくお願い致します。

投稿: Like_an_Arrow | 2009年8月 1日 (土) 08時23分

おつかれさまでした。

(恐らく)シリーズ連載の最後ということで、話は途方も無く
大きなものに思えますが、たとえばタイムマシンで20年前の
日本に行って、現在のケータイのサービスや世の中の仕組み、
コミュニケーションの変化を伝えても、きっとほとんどの人は
真剣には信じないだろうなあ。(たぶん、当時の自分でも)
それは現在のベーシック・インカムと同じような状況かも。

そういえば、数年前に公開された映画「ペイ・フォワード~
可能の王国」の中で主人公の少年が提案するアイデアを思い
出しました。
そのアイデアは誰かに親切にされたら、誰でもいいから3人に
親切にする。親切にされた3人はまたそれぞれ他の3人に…
という具合に親切な行為をどんどんと広げればこの世の中は
どんなステキになるだろう、という一種のおとぎ話です。
また、数年前のベストセラー「世界がもし100人の村~」も
善意のチェーンメールから生まれたものでした。

たしかにニュースを見ればチャンネルを変えたくなるような
ことばかりを四六時中伝えるので、正直殺伐とした世の中に
思えてくるものですが、ボクはどこかで良心や愛情、熱意の
ようなものがお金(BI)で左右されない人間がいて、それは
決して少なくはないと信じています。
わざわざ時間と手間とアタマを使って無償でこの記事を書いた
Like an Arrowさんのように。

ともかく長かったですが、楽しませてもらいました。

投稿: あかみどり | 2009年8月 1日 (土) 08時46分

あかみどりさん、こんにちは。いつも心のこもったコメントをありがとうございます。またご返事がいつも遅くなってしまって申し訳ありません。

とにかく今回の連載については、楽しんで読んでいただければ筆者としては本望です。限りなく現実味の薄い話ですが、夢を見ることは自由ですからね。その夢を共有出来る人がいれば、もっと素晴らしいことです。

このテーマに関心をお持ちでしたら、ぜひ「BI・実現を探る会」や「ゲゼル研究会」のページもご覧になってみてください。閉塞感がただよう暗い社会情勢のなかで、「人間の経済」の明るい未来を模索している人たちの会です。白崎さんのコメントにもあった古山明男さんの講演録も待ち遠しいですね。

このテーマについては、私もまた断続的に何か書いていくと思いますので、その時にはぜひまた感想をお聞かせいただけたらと思います。

投稿: Like_an_Arrow | 2009年8月 9日 (日) 08時10分

こんにちは、現在、BI・実現を探る会のHPの最新情報に
関さんの「減価貨幣」についての文章が掲載されています。3月8日の講演の補足のようなことですが、この文章からあらたな議論がされることを期待いたします。

以下です。

http://bijp.net

投稿: 白崎一裕 | 2009年9月 5日 (土) 15時56分

白崎さん、こんにちは。貴重な情報をどうもありがとうございます。

減価貨幣についての関さんのご意見を読みました。うーん、予想した以上にきっぱりとした否定でしたね。関さんの講演録に感動して、「社会信用論と自由経済思想の幸福な結婚」を提唱した仲人としては、ちょっと複雑な気持ちです。(笑)

ダグラスvsゲゼルの思想的な優劣という話になると、とても自分などには手の出せないテーマですが、関さんのご回答にはいろいろと考えるヒントが含まれていると思います。BIを考える上では避けて通れないテーマのひとつなのでしょう。私も自分なりに少し考えてみようと思います。

投稿: Like_an_Arrow | 2009年9月 7日 (月) 00時22分

はじめまして。
ベーシックインカム反対派の者ですが、その主張をするつもりは無く、ちょっと気になった事を感想をコメント。

1%/dayの減価紙幣という案ですが、これは年間365%のインフレターゲットを伴ったリフレーションと同じですよね?(もちろん詳細は違いますがこちらの方が再分配機能が強いのでかまわないでしょう)
このようなインフレ期待から生まれる国民の行動の変化は、どのようなものになるだろうかといろいろ考えてしまいます。

投稿: 最低生活保障 | 2009年9月19日 (土) 13時15分

>貧しい国を食い物にしないという点でも、グローバリズムとは一線を画します

昨今のグローバリゼーション…というか植民地支配から続く北の南に対する搾取はずっと疑問に感じていたことでした。
経済学原理からいえば、本来貿易とは双方が利益を得るためにするものであるはずなのです。
共通通貨を作ることに関しては、難しい議論がありそうですが、本来お互いの等価値を交換し合うことが原則なんですから、導入されてもいいのではないかなあと思います。

ちょっと思ったのですが、もしその通貨が信用を失ったら?というリスクに関しては、議論する必要があるのでしょうか?
個人的には、他と比べて価値が下がったから通貨危機が起こったわけで、一度すべての通貨が統一されてしまえば、その価値は変わらず、通貨危機など起こるはずがないような気がするのですが…?

投稿: HAMAH | 2011年1月25日 (火) 16時18分

めちゃめちゃ長いですが読んでいただき返事をもらえると嬉しいです


スイングトレーダー兼ファンドマネージャーを目指すものとして幾つか意見を言わせていただきたくコメントをするに至りました。
ただ文章を書くのはあまり上手くないため箇条書きに近い形にします
社会信用論と自由経済理論(1)~(8)に対するコメント

私も減価する貨幣を地域通貨などではなくインフレデフレを抑制する目的で使うことは賛成です
しかしベーシックインカムを使う前に減価する貨幣の実現する社会ではお金が常に行き先を探しているため働く気のある人にとっては失業率は限りなく0に近づくと思います。
つまりにベーシックインカムを入れずに今の時代のような生活保護など、障害者への補助をもう少し洗練させるだけでいいと思うのです。

それと毎日1%の減価率は高すぎます
私は投機によって流動性が生まれ、取引が活発になると信じております
お金が現在の極端な優位性→極端な劣位性になってしまうと流動性に問題が生じます
また、起業家としてもやりきれなくなりますし、生活の発展に最も貢献してきたのではいつでも起業家であり、発明家ではありません。
つまりトレーダーはまだいいとして彼らのヤル気を削ぐことは絶対に行ってはいけないのです

現在は成金になるためには比較的信念をもったりした考え方のしっかりしたような方が、なれるような社会であるのでまだ有意義に使われている方だと思います。
そういう人達とそうでない人達の間に金銭面で差がないのは個人的にも腹立たしいですし、そんなそうでない人達にお金が分散させすぎてしまうとくだらない目的にお金が使われそうでよくないと思います。

税制はもっとシンプルにほぼ0になると嬉しいですね

貿易に関しては積極的に行えばいいと思います
貧しい国を食い物にするというのは利子の存在が原因だとゲゼルも行っていらっしゃいましたよね?

またベーシックインカムは現金で支給するとすれば一体何を持って決めればいいのか?だったり、物で支給するにしても農薬まみれのものでもいいのか?などこれらの答えのない課題と永遠に経済の中で付き合っていかなくてはいけなくなります。
そしてこういう主観的な意見に関してはたいてい際限がなく難しいと思います。

確かに地域通貨という考えは魅力的ですが現在の貨幣と平行して行うとマネーサプライを増大させることになるのが問題だと思います。

真面目に働くと考えて働くは違うと思います。
本当に考えて働く人はどこへ行っても必要とされていますし、復活だって出来ますよ。

原価する貨幣は流通し始めれば悪貨は良貨を駆逐するの法則で受け入れられますよ。問題は受け入れられないことでなく、利権、政治に影響力を金持ちの意見、などのせいだと思いますよ。

これらのことから私は減価率として適当なのは(指数平均インフレ率+インフレ率変動を吸収する程度の減価率)+社会保障費+インフラ整備費+国にかかる費用 などに合わせたものが適当で、ベーシックインカムはいらない、国有地は難しいので一旦は見送り、こんな感じで通貨と物の価値の比率を一定にとどめておく政策がよいと思うのですがいかがでしょうか?


ちなみにコメントをさせていただいた理由は私の意見を確認すると共に、誤りがあれば指摘していただきたかったからです

投稿: 高2トレーダー | 2011年10月 6日 (木) 03時17分

高2トレーダーさん、こんにちは。コメントをありがとうございます。

この記事はもう2年以上前に書いたものです。いま読み返してみても、それなりに面白いとは思いますが、やはりあまり現実的なアイデアじゃなかったように思います。

これ以外にも、このブログには減価貨幣やベーシックインカムについて書いた記事がたくさんあります。お互いに矛盾したところもあると思いますが、それはその都度いろいろな可能性を探求した結果です。(現在書いている記事も、このテーマを扱っています。)

高2トレーダーさんのご意見には、何もコメントすることが出来ません。正直、おっしゃっていることの意味がよく分からないのです。減価貨幣の適正な減価率という議論も、それをどのような目的で導入するかによって変わって来ると思います。

「スイングトレーダー兼ファンドマネージャー」を目指していらっしゃるそうですが、そういう方が私の記事に興味を持ってくださるのは意外なことです。私がゲゼルを知ったのは『エンデの遺言』という本でした。これはお勧めです。高2トレーダーさんはもう読まれましたか?

投稿: Like_an_Arrow | 2011年10月 7日 (金) 23時52分

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