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2009年6月21日 (日)

社会信用論と自由経済思想(3)

 C.H.ダグラスが提唱するベーシックインカムにしても、シルビオ・ゲゼルが提唱する減価貨幣にしても、一般人受けする分かりやすいアイデアなので、私のような経済学の素人でもこれについて何か言えそうな気にさせられますが、当然のことながら分かりやすさということと、実現のしやすさということはまったく別ものです。ゲゼルの著作を読むと、この人がいかに過激な革命思想家だったかに驚くことがあります。ゲゼルはマルクスにむき出しの敵意を抱いていました。彼は単に減価貨幣というものの理論的効能を説いただけではありません、一国の通貨を丸ごと減価貨幣(自由貨幣)に転換し、全国の土地をすべて国有地(自由土地)にするというのが彼の改革プログラムでした。その背景には燃えるような理想主義と人類愛とがあって、それがこの人の思想の魅力なのですが、一方で経済学の正統派からは非現実的なユートピアンのように扱われて来たのも事実です。ダグラスの著作については読んだことがありませんが、この世界から利子というものを全廃して、すべての人に基礎所得を配ろうと考えていた人がリアリストであったとは思われない。今日、彼らの思想が私たちにどれほど魅力的に映ろうと、実現不可能な見果てぬ夢であることは、百年前と少しも変わってはいないのではないかと思います。

 私がそこに「地域通貨」の考え方をブレンドしてみたらどうかと言う意味はとても簡単な話で、国家の基本通貨を減価貨幣で置き換えるなんてことは容易なことじゃないので、とりあえず基本通貨とは別の第二通貨でやってみたらどうかということです。ご存知のように、今日地域通貨の試みは国内外のあらゆるところで行なわれています。やり方はいろいろですが、目指すところはたぶん共通していて、凶暴な経済のグローバリズムから地域の経済を守るという一点に尽きます。地域の中でだけ通用する貨幣なら、富が外部に流出することも少ないし、自然に「地産地消」ということが実現出来るからです。最近政府が実施した定額給付金を、多くの自治体が地域振興券のかたちで配ったのも、同じ考え方からですね。そこには行き過ぎた金融資本主義へのアンチテーゼという意味合いも含まれています。しかし、経済のグローバリズムで傷ついているのは、地域経済だけではありません。よその国の住宅バブルがはじけたくらいで、この国の国民経済全体がずたずたにされてしまう、それほどの影響を現実に受けている訳です。問題は単に地方の疲弊といったことだけにとどまらない、私たちがいま経験していることは、まさに日本というコミュニティ経済が崩壊しつつある、そのことなのだと思います。であるならば、国が政策として国内向けの地域通貨を発行して、国民経済をグローバリズムから守るという選択肢は充分にあり得ると思うのです。いまは世界中の国がみんな自国のことで手一杯ですから、それを保護主義だなどと言って非難する国だって、たぶんどこにも存在しない筈です。

 私たちにとって問題の根本は、日本円が強くなり過ぎたことにあると考えます。特別に秀でた能力や技術を持たない普通の労働者が、一ヶ月働いて得られる賃金は、せいぜい十数万円くらいのものでしょう(それも運よく職にありつけたとして)。その金額で一戸を構え、一家を養って行くことなどとても出来ないと常識的には思えます。が、もしもそのお金を持ってタイかマレーシアにでも行けば、プール付きの豪邸に住むことだって出来る訳だし、中国に行けば若い有能な工員さんを10人くらいまとめて雇うことだって出来る訳です。事実、この国の富裕層や大企業は、そうしたジャパンマネーの強さを活かして、世界中でやりたい放題をやっている訳だ。ところが、私たちのような貧しい国内の労働者には、いくらジャパンマネーが強くなっても、その恩恵を受ける機会はほとんど無いのです(たまに百円ショップでそのおこぼれにあずかれるくらいで)。一般の生活人にとって、現在の日本円というのは明らかにオーバースペックなのですね。何故この国では、お金というものがそんな高嶺の花になってしまったのだろう? 何故もっと手軽に稼いで、気軽に使えるお金というものが無いのだろう? 別に私たちは外国の高級ブランド品が買いたい訳でもないし、株を買ってひと儲けしようという訳でもない。日本円ほど高機能ではないもっとライトなお金があるなら、それがマイナス利子付きのお金であってもまったく構わないというのが私たちの本音なのです。だってどうせ今月稼いだお金は、今月の生活費に消えて行ってしまうのだから。

 と、まあ、これ以上書くと、どんどん愚痴っぽくなるだけなので止めますが(笑)、こうした理由から機能を落とした国内限定の第二通貨を発行するというのは、とても理に適った政策ではないかと思うのですね。で、つまらない前講釈はこれくらいにして、次に具体的な新通貨発行の方法について説明することにしましょう。それが現実のものとなった時のイメージをあなたと共有して、その可能性や問題点について一緒に考えて行きたいと思うからです。すでに「減価する電子マネー」というアイデアについては説明しました。カードにお金をチャージしておくと、毎日1パーセントずつ目減りして行ってしまう電子マネー。もしもそれが技術的に不可能なものであるなら、ここでの私の議論もすべて机上の空論になってしまう訳ですが、私はこれは現在の技術で充分実現可能なものだろうと思っています。これを実現する方法は、大まかに言って二通りあります。ひとつは銀行のキャッシュカードのようにオンラインで大型コンピュータと結んで、入出金および減価の管理を中央で一括して行なうという方式。もうひとつはカード自体に〈自律的に〉減価する仕組みを組み込んでしまうスタンドアロン方式です。最初に減価する電子マネーというアイデアを思い付いた時、私は前者の方法を考えていましたが、いまは後者の方が現実的だろうと考えています。オンライン方式には、セキュリティ面でのメリットがあるのですが、これを普及させるためには日本中のすべてのお店や取り引きの現場に、専用のオンライン端末を置かなければならないという問題があります。これはライトで使いやすいお金を作るというコンセプトに反するのですね。現在普及している電子マネーは、ICカード自体に残高が記録されているスタンドアロン方式です。政府発行の電子マネーでも、こちらの方式を採用します。

 とは言え、この新しい電子マネーは、いま私たちが使っているSuicaやEdyといったものとはレベルの違う、高機能なものである必要があります。(低機能なお金を実現するために、高機能な技術を動員するのですね。) 私が考えるに、この電子マネーは以下のような性能を備えていなくてはなりません。細かい技術的な問題と思われるかも知れませんが、重要なことなのでよく読んでイメージをつかんでください。

  1. 外部から影響されない正確な時計(タイマー)を内蔵していること。
  2. タイマーに連動して、残高を増減させるプログラムが実行出来ること。
  3. 電子マネー同士が、電波または赤外線等によって1対1で通信可能なこと。
  4. 操作にロックがかけられ、暗証番号か指紋認証によりそれが解除出来ること。
  5. 取り引きの履歴が記録され、その情報が盗み見られないよう守られていること。
  6. 残高や取引額や過去の履歴を見られる表示画面を備えていること。
  7. ソーラーバッテリーで動作し、電池の交換が必要無いこと。
  8. 防水性、防塵性を備え、耐久性に優れていること。
  9. 操作性が良く、誰にでも簡単に使えること。

 いかがでしょう? これだけの要件を満たすとなると、SuicaやEdyのような厚さ1ミリのICカードという訳にはいかないかも知れません。とにかく、機能、操作性、耐久性、セキュリティのどれを取っても、すべてが完璧でなければならない(なにせ一国の新しいお金を作るのですから)。いまの日本の技術力でそれが実現出来るでしょうか? まあ、iPhoneのようなものが当たり前に普及している時代ですから、技術的な面での問題はまったく無いだろうと私は思います。(ここは専門家の方のご意見を伺いたいところです。) iPhoneと言えば、当然これを携帯電話に組み込んでしまうアイデアもありますね。「おさいふケータイ」ならぬ「ベーシックインカム・ケータイ」、これはちょっといいかも知れない。(笑)

 もう少しこの電子マネーの説明を続けます。これが最初に国民に配られる時、残高はゼロになっている訳ですが、法律でこのお金が発効する日の午前3時に、すべての国民が持つ電子マネーに3000円が振り込まれます。これが我が国で最初のベーシックインカムということになります。いや、振り込まれると言っても、電波に乗ってお金が飛んで来る訳ではなく、内蔵タイマーに連動したプログラムが、電子マネーの残高に3000円を足すだけのことなのです。朝起きてみれば、あなたは残高が3000円になっていることを確認出来る筈です。そしてその日一日、あなたはそのお金をどう使おうとも自由です。そして翌朝の午前3時には、電子マネーはその時の残高から1パーセントを減額し、さらに新しい一日のためにまた3000円をチャージする。あなたが初日にお金を使わなかったとすれば、3000×0.99+3000=5970円が新しい残高になる訳です。前回の記事で、私は月に10万円のベーシックインカムというのを想定していました。日に3000円ですと、月額にして約9万円ですから、10万円には少し足りませんが、現行の国民年金や生活保護の金額と比較して、まあ妥当な線ではないでしょうか。それに私はこの毎日支給というのが、ベーシックインカムの思想にもよく合致しているのではないかと思っています。そもそも月単位で決算をするいまの会計制度は、現代の経済が負債で動いているからこその制度なのであって、本来の「人が生きるための経済」にとっては、月末の支払い期限や返済期限なんてものは必要がない筈だからです。

Bb2

 これが描き直した残高の推移グラフです。毎日3000円支給、毎日1パーセント減価であれば、「ベーシックバランス」は30万円で収束します。この金額が、国が国民ひとり当たりに保証する基礎貯蓄ということになります。人口1億2千万人で掛けると36兆円。また後ほど検討しますが、小さな子供にも同じ額のベーシックインカムを支給することはあり得ないので、実際には30兆円くらいの金額になるでしょう。時間の経過とともに増えも減りもしない、国民の生活を一番底辺から下支えする、頼もしくも貴重な30兆円です。実際にこの減価する電子マネーを、どのように世の中に流通させるか、またそこで守らなければならないルールとはどのようなものか、それについてはまた次回考えたいと思います。ただ、ひとつだけ誤解を避けるために説明しておくべき大事な前提条件があります。それはこの電子マネーが、従来の日本円(日銀券や銀行預金など)と交換の出来ない、不換貨幣であるということです。しかも電子マネーの1円と日本円の1円は等価に扱われなければならない、このことは法律で厳格に規定されます。「そんな馬鹿な! 従来の貨幣との兌換性が無い電子マネーなんてものに、一体誰が信用を与えるんだ?」、当然そういう反論が出て来ると思います。これに対する回答は断固たるものです、「だからそれは〈社会信用〉なのです。つまりこれを信用通貨として維持して行くのは、私たち国民ひとりひとりの決意と努力にかかっているのです」。しかし、また議論が先走っている。次回はそのことも含め、減価貨幣ベーシックインカム論の核心部分に迫って行きます。

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コメント

こんにちは。
アニメ「サザエさん」で描かれる暮らしは、今となっては
一種のユートピアですよね。ケータイも車も最新の家電も
ないけれど、ボクは彼らをとてもうらやましく感じます。

さて、第二通貨。国際円(外円)と国内円(内円)という
考え方は自転車でいえば、前輪と後輪に生産と消費(ペダル)の
関係のように映りました。なんていうか今の日本は一輪車か、
前輪が極端に大きい昔の自転車に乗って進んでいるような
あぶなっかしい印象を受けます。
百年に一度といわれる金融不安だからこそ、今、まさに
BIに乗り換えるチャンスですよね。

不換貨幣に関しては前回のコメント通り同意見なので、
次回の核心部分、期待しています。
それでは。

投稿: あかみどり | 2009年6月22日 (月) 11時57分

1ヶ月で使えなくなる、お金じゃダメなんですかね?

月に10万もらえるとして、そのお金は、その月にしか使えず、
次の月には、使えない。
次の月には、新しい10万円をもらう。
の繰り返しでいいのでは?

区別しやすい様に、月でお札の色を変えて(12色)、カラフルにすれば楽しいかなと。
政府は、ちゃんと使えなくなったお金を回収して、お金の数を数える。

投稿: | 2009年9月27日 (日) 18時31分

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