すでに中島みゆきさんと山崎ハコさんについては一章を割きましたので、今回は彼女たち以外の国内のアーティストについて書きます。若い頃から実生活では恋愛経験といったものがほとんど無かった自分ですが(そんなに特別なことでもないでしょう?)、いつも心の中には恋する女性がいました。しかも結構浮気者で、同時進行で何人かの女性に心を惹かれていたことも珍しくありませんでした。いつも彼女たちは「歌うたい」の姿に化身して、私の目の前に現れて来たものです。まあ、そんな作文をしてみたくなるほど、好きな女性シンガーが多かったのですね。もしも彼女たちの歌が無かったら、自分の青春はどんなに味気ないものだったことか。彼女たちの多くはもう音楽活動から離れてしまい、その近況も分からない人たちです。新譜を聴くことも出来なければ、昔の音源を手に入れることだって容易ではない。しかし、歴史に埋もれさせてしまうにはあまりに惜しい、まさに不朽の名作と呼ぶにふさわしい作品がたくさんあるのです。CDによる復刻は難しいとしても、せめてオリジナル・アルバムの構成のままデジタル化して、ダウンロード出来るようにならないものでしょうか。私自身は決して鋭敏な耳を持った音楽批評家ではありませんが、こうしたアーティストを音楽史のなかから掬い上げられない現代の批評精神とは一体何なのだろうと不審になることがあります。
1.稲葉喜美子
ウィキペディアの見出しにもなっているので、いまでも根強いファンのいる人なのだと思います。1982年に発表されたデビューアルバム『願ひごと~公園にて』を初めて聴いた時の、新鮮な感動は今も忘れることが出来ません。子供の頃からラジオのFENでアメリカ音楽に親しみ、ジャニス・ジョプリンに憧れて育ったという稲葉喜美子さんは、酒と煙草が大好きで、大病を患ったこともあると言いますから、ジャニスのように破滅型の生き方を指向していた部分があったのかも知れません。ひりひりするくらい傷つきやすい心を持って、それを歌の世界に写し取ることに成功したという点では、おそらく彼女の右に出るシンガーはいないのではないかと感じます。同じ失恋をテーマにした歌でも、彼女の歌には中島みゆきさんの歌よりももっとずっと生々しい当事者感覚があって、恋愛経験の少ない自分でさえ心を締めつけられるような気持ちを追体験させられたものでした。時代が移り、恋愛をめぐる風景は変わっても、こういう感受性はいまの若い人にも通じるものではないでしょうか。レコード・プレイヤーを持っていないので、いま彼女の歌を聴きなおすことが出来ないのですが、自分の記憶の中から好きな曲を選ぶなら、『雨の音で目がさめた』と『夜汽車』という2曲が特に印象に残っています。
2.大友裕子
和製ジャニスと呼ぶなら、大友裕子さんの方がさらに一枚上手かも知れません。もしも今のJポップの世界に、突如彼女のようなシンガーが現れたら、どれほどの事件になることだろうと想像してみます。その存在感のあるハスキーな歌声は、最近のポップスとは異質な世界に属するものだと感じます。いや、彼女がポプコンに優勝してデビューした1978年当時だって、私たちはたいへんな衝撃を受けたのです。宮城出身の東北弁まるだしの女の子の歌が、東京という都会の真ん中で炸裂したという感じ。デビュー曲となった『傷心』をはじめ、彼女の歌も恐ろしいような男と女の関係をテーマにしていて、この人は若いのにどんな過去を持っているんだろうといぶかしく思ったことを覚えています。だから偶然ラジオで聴いた彼女のライブのトークで、「こう見えても私って処女なんだよね」と話しているのを聞いた時は、驚きと同時に一種の親近感を感じたものです(こう見えても当時自分も童貞だったから。笑)。ウィキペディア情報によれば、数年間の音楽活動のあと、結婚されて引退したのだとか。幸せになってくれているといいなあ。いい曲がたくさんあるなかでも、自分が好きだったのは『独枕(ひとりまくら)』という曲。代表曲という意味では『傷心』ともう1曲、『死顔』という曲も恐ろしいほどの傑作です。
3.佐々木好(ささきこのみ)
稲葉喜美子さんが1957年生まれ、大友裕子さんと佐々木好さんは1959年生まれ。へえ、みんな自分と同年代の人たちだったんだ。私たちの世代は、後世にろくな作品を残せなかった〈不作〉の世代だったと思うのですが、彼女たちだけは別です。北海道小樽出身の佐々木好さんがデビューしたのは1982年、私が彼女の歌を知ったのは翌年に発表されて小さなヒットになった『ストレート』という曲ででした。彼女のアルバムは全部レコードで持っていたし、CDで再版されたものも出来るだけ集めていました。冷たい北国の空気のように透明で、冬の到来を告げる雪虫のようにはかなげな彼女の歌声は、さりげない日常の風景の向こうにある別世界から響いて来るもののように感じられ、一種畏敬の念を感じながら聴いたものです。似たような作風の人なんて誰もいない、実に得がたいアーティストだったと思います。5枚あるアルバムの中では、2枚目の『にんじん』が代表作、名作『ストレート』はそこからのシングルカットです。佳曲揃いのなかでも私は特に『You』という曲が好きだったなあ。後期のアルバムのなかには、『縄文』だとか『雨雪風』といった何か歴史の魂にふれるような不思議な曲が散りばめられていて、これにも心を奪われました。
4.新保牧代(にいほまきよ)
インターネットで検索しても、新保牧代さんの情報はほとんど得られません。かろうじて分かったのは、彼女のデビューが1978年だったこと、そして彼女の生まれが1958年だったことくらいです(おおっ!)。1枚のアルバムと、2枚のオリジナルのシングル盤だけが遺産でした。CDになったこともないし、再版を求めるファンサイトがある訳でもない。でも、新保牧代さんの『二十歳のエチュード』というアルバムは、私にとっては一生のたからものなのです。『ジルバ』という曲が小さなヒットになったことがありますから、覚えている方もいるのではないかと思います。古風な、と言ってもいいくらい端正な叙情性と、青春の暗さを振りはらうサバサバした明るさを合わせ持った人だったと思います。とても曲作りのうまい人なので、もっと活躍してもらいたかった気がするのですが…。アルバムのすべての曲が素晴らしいなかでも、特に私は『ひとりしずか』や『由比ヶ浜』といった曲が好きでした。レコードにはなっていないのですが、ライブ録音で聴いた『わが心のジプシー』という曲は、自分にとってまぼろしの名曲です。もうカセットテープも無くしてしまった。「♪電車に揺られて車の流れや、人の流れを見てると血が騒ぐ。どうしようもなく遠いところに行っちまいたくなるんだ。」そんな詞を持った歌だったと記憶します。そのメロディーを口ずさむと、私のなかでも血が騒ぐものがあるのです。
5.石黒ケイ
山崎ハコさんと同じ事務所で、最初はアイドルのような扱いをされた人でしたが、シンガー・ソングライターとしての実力も相当なものだったと思います。彼女も1958年生まれですね。初期のアルバムにはハコさんが書いた曲が含まれている一方で、石黒ケイさんの方もハコさんに曲を提供したりしています。「幻想旅行」に収められていた『サンクチュアリーへ』なんて、実にカッコいい名曲だったよなあ。彼女にとって2枚目になるアルバム『女は女』(1978年)で自分の世界を確立して、4枚目の『アドリブ』(1980年)で作家としての頂点に達したというのが私の評価です。『女は女』は曲の順序を並び換えると、男と女の出会いから別れまでがひとつのストーリーとなって現れて来て、私は自分でそういうオリジナル・テープを作って聴いていました。『アドリブ』の方はアート・ペッパーやトゥーツ・シールマンスと共演した豪華なアルバムでしたね。好きな曲を挙げるなら、シングル盤にもなった『ひとり暮らし』と『サフランのように』を。インターネットで検索したら、彼女のオフィシャル・サイトが出来ていて、最近音楽活動を再開されたのだそうです。もしも機会があれば、いまの彼女のライブを聴いてみたい気がします。
6.小川美潮(おがわみしお)
私が大学生のころ、チャクラという不思議なグループが人気を博したことがありました。とにかくボーカルが印象的で、一度聴くと耳について離れないほど個性的なのです。(『福の種』という曲が頭から離れずに困った経験があります。笑) そのリード・ボーカルが小川美潮さんだったのですね。その後ソロシンガーになって、何枚かの素晴らしいアルバムをリリースされています。彼女の場合は、ソングライターとしてよりもやはりシンガーとしての個性が際立っていたと思います。(いや、もちろん自作曲にも傑作が多いんですよ。) もしも最高傑作を1枚挙げるなら、『4to3』というアルバムを。詞の多くを工藤順子さんが書かれていて、それが素晴らしい楽曲とあいまって、美潮ワールドの魅力全開という感じ。「輪廻転生」がその隠されたテーマだったと私は解釈しています。愛の輪廻をテーマにした1曲目の『デンキ』から、死と再生の物語をつづった終曲の『窓』までをしみじみ聴かせたあと、人を食った大傑作『おかしな午後』でどんでん返しを演じてみせる、まったく心憎いアルバムだと思います。小川美潮さんと言えば、遊佐未森さん、甲田益也子さんとユニットを組んだ、細野晴臣氏プロデュースの『Love,Peace And Trance』というアルバムも素晴らしかったですね。
7.おおたか静流(おおたかしずる)
今回取り上げたアーティストの中で、一番ポピュラーで安定した活動をしているのが彼女だと思います。おおたか静流の名前を聞いたことがない人でも、彼女の歌声を聴いたことのない人は少ない筈です。なにしろCMソングを数百曲も歌っている歌の職人といったような人ですから。自らボイス・パフォーマーと自称するほど、表現力豊かな七色の声を持った歌い手で、ソングライターとしても実力があるし、また人の曲をカバーする時の選曲も素晴らしい。傑作アルバムが多くて迷うのですが、この1枚を選ぶとするなら1997年発表の『Lovetune』というアルバムを。佳曲揃いのなかでも、あまり知られていない『Joy』という曲を、私はおおたか静流さんの最高傑作に挙げたい気がします。聴きようによってはとてもエロティックな、性と死のたゆたいといったものを感じさせる不思議な曲です。さらに好きな曲を挙げるなら、『Return』(1992年)というアルバムの『冬の花火』や『風の中に』も良かったなあ。昔の歌謡曲をカバーしている『リピート・パフォーマンス』というシリーズの中では、1969年のヒット曲だった『みんな夢のなか』が必聴の1曲です。
8.宝達奈巳(ほうたつなみ)
宝達奈巳さんも実力あるクリエーターなのに、世間的には相応の評価をされていない人だと思います。1994年に『へび』という曲が話題になって、確かにそれは宝達ワールドの広告という意味では重要な曲だったのかも知れませんが(私もこの曲で彼女を知りました)、彼女の真髄を誤って伝えるものだったようにも思います。私はこの曲の入った『HOTATSU-NAMI』というアルバムを買って、いっぺんでファンになってしまった。インディーズ・レーベルから出ていたデビューアルバムの『たからたち』も手に入れたし、彼女がたぶん自ら転機を求めた『Stranger Than Movie』というミニアルバムも結構聴き込みました。そしてその後、たぶんJポップの評論家にだってほとんど知られていない大傑作『天の庭』がリリースされるのです。1999年のことです。私はこのアルバムを、日本のポピュラー史の十指に入る傑作だと信じています(まあ、ここに書いているアーティスト以外ほとんど聴かない人間の言うことですから、信憑性はありませんが。笑)。曲の良さとライブ感覚あふれるスリリングな演奏があいまって、奇跡のような傑作集になっている。ウソだと思うなら聴いてみてください。いまでも彼女のホームページで申し込めば、彼女自身が郵送してくれる筈です。『夕暮れ道をいく』だとか『Something Remained』だとか、ほんとは誰にも教えたくない私自身の〈たからたち〉です。
9.鴉鷺(あろ)
白鳥英美子さんと言えば、30年前のトワ・エ・モアの時代から今日に至るまで、日本の音楽シーンを代表する女性シンガーのひとりと呼べる人でした。しかし、トワ・エ・モアとソロシンガー白鳥英美子のあいだに、「鴉鷺」というグループでの活動があったことはあまり知られていないのではないかと思います。素晴らしい3枚のアルバムを残したにも関わらず、いまではほとんど忘れられた存在と言ってもいい。1988年に発表された『鴉鷺』というファースト・アルバムを聴いて、ふつうにファンになってしまいました。たぶん非常に人気を博したグループだったとしたら、レコードを買うほどの動機も持てなかったかも知れません。アルバムのなかでは『萩』という曲が出色で、この1曲だけでも鴉鷺の名前は日本のポピュラー音楽史に残る資格があると思います。日本的な叙情がこのような完成度の高いポピュラー音楽となって結実した時代があったのですね。インターネットで調べると、鴉鷺のベスト盤のCDが発売されたことがあったようですが、その中にも『萩』は収録されていなかったようです。マスターテープは無事に保管されているのでしょうか?
10.五堂新太郎(ごどうしんたろう)
ここまで9人の女性シンガーを紹介して来ましたが、最後はひとりの男性シンガー・ソングライターで締めくくりましょう。決してプロの歌手ではなく、放浪の人生のなかでただ一度だけ偶然の出会いがあって、その結果として1枚のレコードが我々の手元に残った、そんな解説をしたくなる稀有なアーティストです。「たむたむたいむ」という番組のDJだったかぜ耕士さんが、(確か)パチンコ屋で偶然隣り合わせたことが五堂新太郎さんがレコード・デビューをするきっかけだったと記憶します。1977年のことです。どんな経歴の人かも分かりません(一時期、小椋佳さんのバック・ミュージシャンをしていたという話を聞いた覚えがあります)。もしも歌詞の内容が自伝的なものであるなら、こんなプロフィールを想像します。奥さんには死に別れ、ひとり娘はもう嫁いで、わびしいひとり暮らしを続けている中年男。その彼の目に映るよしなしごとを実に叙情的に切々と歌っているのが『FADE IN』というそのアルバムです。かぜ耕士さんの作詞による曲も何曲か入っていた筈です。代表曲はシングル・カットされた『雪景色』ですが、その他にも『飛んでった日曜日』だとか『吊り橋』だとか、実に印象的な曲がたくさん入っていました。もちろんCDになったことなどありませんし、その1枚のレコードを残してご本人は沓としてゆくえをくらましてしまった。あれから30年が過ぎ、私もあのころの五堂さんと同じような歳になりました。いまもどこかで旅を続けていらっしゃるのでしょうか、それだけが気がかりです。
(追記です。今回取り上げたアーティストのことをインターネットで調べていて、気付いたことがありました。YouTubeのような動画サイトに昔の懐かしい曲が多くアップされているということです。しばし原稿を書く手を止めて、聴き惚れてしまいました。さすがにここに取り上げたような人たちは、ライブの録画が残っている訳ではありませんが、名曲のいくつかを聴くことなら出来ます。おすすめの曲にリンクを張っておきますので、もしも今回の記事で興味を持った方がいらっしゃいましたらクリックしてみてください。
稲葉喜美子 『夜汽車』
大友裕子 『傷心』
佐々木好 『ストレート』
小川美潮 『おかしな午後』
チャクラ 『福の種』
おおたか静流 『水の恋唄』
山崎ハコ 『やさしい歌』
最後の山崎ハコさんのライブは、安田裕美さんとのご夫婦での共演ですね。昔からハコさんはギターが下手で、私たちファンはハラハラしながらライブを聴いていたものですが、さすがギタリストの安田さんとの息の合った演奏は安心して聴いていられます。それに歌っている彼女の表情の明るいこと。これはいいものを見せてもらった。眼福、眼福。)
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