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2008年11月24日 (月)

私の聴いて来た音楽(ポピュラー洋楽編)

 今週はエンヤの3年ぶりの新譜をiPodに入れてずっと聴いていました。やっぱりエンヤはいいなあ。好きなアーティストの、待ち望んだ新作をワクワクした気持ちで聴く、その楽しみは中学生の頃から数えてもう四十年来のものです。最近は年をとったせいか新しい音楽に接する機会がめっきり減ってしまいましたが、それでも時々こうした幸福な音楽との出会いがある。私たちがクラシックの名曲として親しんでいるたくさんの曲にも、それぞれ初演の時があって、同時代の音楽ファンを魅了したり熱狂させたりして来た筈です。二十世紀も半ばを過ぎると、現代音楽というものがすっかり一般の音楽ファンにとって手の届かないものになってしまい、新作を聴く楽しみはもっぱらポピュラー音楽が頼りということになってしまいました。きっと今の若い人も、携帯音楽プレイヤーで好きなアーティストの新譜を、期待と不安の入り混じった気持ちでドキドキしながら聴いているのだと思います。私が音楽を聴き始めた中学生の頃は、もうビートルズの現役時代は終っていました。だから自分の音楽人生は、ポスト・ビートルズの少し小粒なアーティストたちとの出逢いによって始まったと言っていいと思います。

1.サイモンとガーファンクル(Simon and Garfunkel)

 子供の頃から音楽は好きだったし、自分のおこづかいでレコードを買ったのもそれが最初ではなかったのですが、なんと言っても初めて音楽を聴くということの強烈な快楽を経験させてくれたのは彼らでした。すでにデュオを解散していた筈の1971年に、『アメリカ』という曲が日本国内でシングルカットされたことがありました。これが少年だった自分の心をヒットしたのです。いまふうの言い方をするなら、脳内快楽物質の出力スイッチが入ったという感じ。まだ英語を習い始めたばかりの頃で歌詞の意味もよく分からなかったけれど、一生懸命に辞書を引いて詞に隠された深い意味を探ろうとしていたっけ。少ないおこづかいを貯めて、LPレコードも買い始めました。今でも時々彼らの音楽が聴きたくなります。もしもこれからS&Gを聴いてみたいという若い人がいたら、ファースト・アルバムの『水曜の朝、午前3時(Wednesday Morning, 3 A.M.)』から聴くことをおすすめします。後期の洗練された完成度の高い作品群と比べると、いかにも素朴で飾り気のないアルバムですが、まだ商業主義に染まってしまう前の彼らの音楽的原点がここにあります。

2.ドン・マクリーン(Don Mclean)

 長いあいだ自分にとってのベスト・シンガーはこの人でした。1971年に発表された『アメリカン・パイ(American Pie)』が有名ですが、私はこの曲がヒットした時にはあまり心を動かされるものが無かった。これに続くシングル盤が、画家のゴッホのことを歌った『ヴィンセント(Vincent)』で、これで心をつかまれてしまったのです。この曲はアメリカのビルボード誌では上位にランクインしなかったものの、イギリスのメロディーメーカー誌では1位になっていた筈です。やっぱりアメリカ人よりイギリス人の方が音楽が理解出来るんだ、そんな生意気なことを考えたのを覚えています。いまでも私はこの曲が入った『American Pie』というアルバムを、ポピュラー音楽史上の金字塔だと思っています。もう1枚推薦盤を挙げるなら、デビューアルバムの『タペストリー(Tapestry)』を。同名のアルバムをキャロル・キングも出していますが、発表はドン・マクリーンの方が先で、しかもこちらの方がずっと傑作(と私は昔から主張している。笑)。ペリー・コモも歌った『And I Love You So』はこのアルバムからの1曲です。

3.キャット・スティーブンス(Cat Stevens)

 ポスト・ビートルズのこの世代には、アメリカでもヨーロッパでも優れたシンガー・ソングライターが次々に登場しました。最近はもう名前を聞くこともなくなってしまいましたが、キャット・スティーブンスもそのなかのひとりでした。ギリシア人の父親とスウェーデン人の母親を持つエキセントリックな風貌と声を持ったシンガー。代表曲は『雨にぬれた朝(Morning Has Broken)』で、多くのミュージシャンにカバーされていると思います。他にも美しいメロディーを持つ佳曲が多くあります。美術の才能も持った人で、初期の頃のアルバム・ジャケットは自筆の絵で飾られていました。おすすめはやはり『雨にぬれた朝』が収録された『Teaser And The Firecat』、これが最高傑作だと思います。発表は1971年。その後、彼の音楽はビートの効いたロック調のものに変わって行き、曲の内容も宗教的なものに傾いて行く。私の守備範囲からははずれて行ってしまいました。インターネットで調べると、その後イスラム教に改宗して、音楽の活動からは遠ざかっていたのですが、2006年には28年ぶり(!)に新譜を出して音楽界に復帰したそうです。

4.ニール・ヤング(Neil Young)

 いまこの原稿を書きながら、久し振りに『After The Gold Rush』を聴いています。とてもいい気分。中学生の頃、クラスの悪ガキどもはみんな自分のお気に入りのアイドルを持っていて、お互いにカセットテープにダビングして自慢し合っていたものでした。ニール・ヤングやドノヴァンやピンク・フロイドに対抗するのに、軟弱なドン・マクリーンやキャット・スティーブンスではいかにも迫力不足で、なんとなく見下されているように感じて口惜しかった記憶があります(笑)。ただニール・ヤングのこのアルバムは、当時から文句なく気に入ってしまい、生涯の愛聴盤の1枚になりました。切々と訴えかけるボーカルは、余人をもって代え難いほどに個性的で、一度耳にすると忘れられないほど。深夜放送ファンでもあった自分にとって、このアルバムの中の『Till The Morning Comes』を聴くと、馬場こずえさんのパックインミュージックが思い出されて、それもほろ苦い青春の思い出となって甦って来ます。

5.レナード・コーエン(Leonard Cohen)

 確かこの人の歌を知ったのは、来日した時に話題になったことがきっかけだったと思います。年譜を調べると1975年ですから、私が高校生の時のことです。その頃にはもういっぱしの文学青年だった自分は、レナード・コーエンという人をミュージシャンというよりひとりの詩人として、自分のお気に入りリストに入れていたような気がします。実際レナード・コーエンはシンガー・ソングライターであると同時に、詩人でもあり作家でもあった人で、当時日本語に翻訳されていた『嘆きの壁』という小説を図書館で借りて読んだ記憶があります(難解で最後まで読み通せませんでしたが)。音楽の方には文句なくのめり込みました。有名な『Bird on the Wire』や、私が最高傑作だと信じる『Famous Blue Raincoat』なんて、いまでも歌詞をそらで暗誦出来るほどです。寡作ではあるけれども、息の長い創作活動を続けている人で、新作を出すごとにファンを驚かせてくれる。2004年に最新作が出ていますし、その後も人のアルバムをプロデュースしたりしています。1934年生まれといいますからちょっとびっくりです。

6.ジョルジュ・ムスタキ(Georges Moustaki)

 フランスを代表するシンガー・ソングライターのひとり。この人も両親がギリシア人だったんですね。レナード・コーエンと同年の生まれであることも、今回ウィキペディアで調べて初めて知りました。この人の歌も(フランス語の歌詞は分からないけれども)文学的な香りを強く感じさせるものだと思います。代表曲のひとつ『私の孤独』では、「私はもうひとりぼっちじゃない、だって私はいま私の孤独と一緒だから」なんて、若い人の心をくすぐる詞で歌いかけます。フランス人じゃなくても、しびれるよね。私が持っているレコードは、ディスコグラフィーで見ると1972年に発表された2枚のアルバムで、特に『内海にて』と『バールベックのバラ』という曲が好きでした。ジョルジュ・ムスタキも70歳を過ぎて、今なお現役で活動しているんですね。自分が好きだったアルバムも含めて、彼の音楽の歴史をたどってみたい気もするけど、ベスト盤ならともかく、オリジナル・アルバムはなかなか手に入れることすら難しいようです。これは愚痴ですが、音楽を聴く手段がレコードからCD、CDからダウンロードと変化するにつれて、音質だけではない何か大事なものが失われてしまったような気がします。

7.ジョン・デンバー(John Denver)

 なんというか、「アメリカの良心」といったイメージの人だったと思います。飛行機事故で亡くなったのでしたね。もしも彼が今も生きていて、イラクやアフガニスタンの戦争をテーマに曲を作ったとしたら、どんな歌になったことだろう。ベトナム戦争の頃、『鷹と鷲(The Eagle And The Hawk)』という反戦歌を書いたジョン・デンバーを、21世紀になる前に失ったことは、アメリカにとって大きな損失だったと思います。(ちなみに2003年にイギリスの歌手ジョージ・マイケルが歌った反戦歌『The Grave』は、ドン・マクリーンの『American Pie』からのカバーです。) 何枚かLPレコードを持っていたなかで、特に好きだったのが『友への誓い(Aerie)』というアルバムでした(『鷹と鷲』もその収録曲の1曲です)。私はアルバムの中の『Casey's Last Ride』という曲が特に気に入っていて、これがクリス・クリストファーソンという人の曲だと知って、この人のアルバムも買ってみました。ところがオリジナルよりジョン・デンバーのカバーの方が(私にとっては)百倍も素晴らしくて、がっかりした経験があります。

8.ハリー・ニルソン(Harry Nilsson)

 ニルソンと言えば、『Without You』が代表曲ですね。シンガー・ソングライターとしてよりも、七色の声を持つボーカリストとして存在感があったのではないかと思います。名曲『Without You』は、いろいろな人がカバーしていますが(と言うか、そもそもニルソンのこの曲自体がカバーでした)、誰も彼のようにこの曲を永遠のスタンダード・ナンバーにまで高めることは出来なかった。ニルソンのアルバムも何枚か持っていましたが、私が一番聴き込んだのは、1973年に発表された『夜のシミュルソン(A Little Touch Of Schmilsson In The Night)』というアルバムでした。これはジャズのスタンダードナンバーをストリングスのアレンジで組曲ふうに編曲したもので、ニルソンのボーカリストとしての本領が遺憾なく発揮された作品です。とにかく選曲も編曲ももちろん歌も、文句なしの完成度で、こんな充実したスタンダード・アルバムは他に聴いたことがない。あまりに聴き込んだものだから、今でも私は全曲を歌詞カードなしで歌えると思います(笑)。最近は新譜が出ないと思っていたら、ニルソンは1994年に若くして亡くなっていたんですね。

9.エンヤ(Enya)

 最初にエンヤの曲を聴いたのは、出世作の『オリノコ・フロウ(Orinoco Flow)』だったと思います。私が彼女の音楽にはまったきっかけは、テレビのドキュメンタリーでも使われた『The Celts』という曲でした。これは同名のファースト・アルバムからの1曲ですね。私がEnyaのベスト曲集を作るとすれば、どうしてもこの曲を冒頭に持って来ずにはいられません。Enyaのアルバムはどれも完成度が高くて安心して聴ける一方で、どの作品も似たような印象で、一種のマンネリズムに陥っているのではないか、そんなふうに思ったこともあります。おそらく彼女は常に新しい境地を拓こうとするタイプの芸術家ではなくて、ひとつところに留まって円熟して行く職人タイプの芸術家なのだと思います。いにしえの仏師が鑿一本で来る日も来る日も同じテーマに挑み続けたように。(シンセサイザーが彼女にとっての鑿なのですね。) エンヤふうの音楽は世間にいくらでもあるけれど、聴けば聴くほど輝きを増すヒーリング・ミュージックなんてそうそうあるものではない。この季節、彼女の新作は素晴らしいクリスマス・プレゼントになりました。

10.エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)

 といったような音楽趣味の私が、プレスリーというのは意外なチョイスに思われるかも知れません。私が好きなのはロックの帝王としてのプレスリーではなくて、「ゴスペル・シンガー」としてのプレスリーです。彼は生涯に4枚のゴスペル・アルバムを出しています。スキャンダラスなまでに華やかだった彼の音楽人生の、そこにだけは穏やかな静謐さが漂っているような、そんな雰囲気を感じさせるアルバムです。どこでその魅力に取りつかれたのか、いまではもう思い出すことも出来ませんが、ずいぶん長いあいだ私はこの4枚のLPレコードを手に入れるために探し回ったものでした。だから最後の1枚を偶然中古レコード店で見付けた時の嬉しさは、いまでも忘れることが出来ません。なかでもおすすめの1枚を挙げるならば、『How Great Thou Arte』というアルバムを。いや『His Hand In Mine』も捨て難いな。どちらも今ならAmazonでCDが簡単に手に入るようです。

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