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2008年6月 8日 (日)

京都議定書、日本の採るべき道(改)

 内田樹さんの少し前のブログに、地球温暖化と二酸化炭素の排出量の間には科学的に証明された因果関係がある訳ではないという記事が載りました。一部にそういう学説があるのは知っていましたし、地球の気象というのは非常に複雑な多くの要因が集まった結果ですから、研究者は自説に有利なデータだけを集めれば、どんな仮説だって尤もらしい論文に仕立てられるのだろうと思っていました。ただ自分としては、ふだんから最悪を想定して心の準備をしておくというのが人生航路上の信条なので、こういう問題で楽観論を唱える人には警戒心があるのです。(内田さんの文章は、例によってとてもお気楽なもので、寒冷化よりは温暖化の方がよろしいんではないだろうかなんて書いています。) ところが、これも私が愛読している「経済コラムマガジン」の最近の記事に同じ問題が取り上げられていて、こちらはとても納得感のあるものでした。文芸春秋に載った丸山茂徳さんという大学教授の方の文章を紹介したものです。簡単に言えば、最近の地球の温暖化は人間の排出するCO2の影響などではなく、地球を覆う雲の量の変化によって引き起こされているというのです。つまり雲が減れば地上に到達する太陽光が増えるので地表の温度は上がる、地球の表面はほぼ50パーセントが雲に覆われているのですが、それが1パーセント減少すれば、平均気温が1度上昇するという計算なのだそうです。これは素人にも納得しやすい理屈ですね。人工衛生から地球を見れば、雲に覆われた部分は白く光って見えます、つまりそれは太陽光が地表に届かず反射されているということですから。

 丸山教授の論文の要旨は(って本文を読んだ訳ではないのですが)、地球を覆う雲の増減は人為的な影響によるものではなく、地球の磁場の変化とそれに伴う宇宙線の飛来量の増減に影響されるものであって、観測の結果によればこれからの地球は温暖化ではなく、むしろ寒冷化に向かうのだそうです。一方人間が化石燃料を燃やすことで発生するCO2は、温暖化の要因とはなり得るけれども、それは年間に0.004~0.005度の上昇を引き起こす程度でしかなく、ほとんど無視出来るものなのだそうです。確かにインターネットでいろいろな情報に当たってみると、人間社会の排出するCO2が地球温暖化の主犯だという意見には、どうも胡散臭いものがあるように感じられます。そもそも人間社会の1年間のCO2排出量は65億トン程度なのに対して、生物界全体が排出するCO2の量は1000億トン近くもあるというのです。(これは私には意外でした。人工的なCO2排出量の方が自然界のCO2排出量よりずっと多いように漠然と思い込んでいたからです。) それでも大気中の二酸化炭素濃度がほぼ一定に保たれているのは、植物が光合成を行なっているのと、海や大地がCO2を吸収してバランスを保っているからなのだそうです。地球はそれくらいダイナミックなメカニズムの中で動いている訳です。確かに人間の文明が地球全体の気象に与える影響はゼロではないでしょうが、人間の力ではどうにも出来ない地磁気の減少や宇宙線の増加の影響の方がはるかに大きい。そういうスケールで見れば、やはり人間なんてちっぽけな存在に過ぎない訳で、たかだか人間社会のCO2排出量を6パーセントだか8パーセントだか減らしたところで、地球にとっては痛くも痒くもない。

 考えてみれば、人間ばかりでなくあらゆる動物は呼吸によってCO2を吐き出しながら生きているのですから、CO2の排出を〈悪〉と決めつける思想は、要するに〈死の思想〉です。(ちなみにひとりの人間は1日に1キログラムのCO2を吐き出しているそうですから、地球上の60億人の人間が〈生物として〉吐き出すCO2の量は年間に20億トン以上になります。) もともとCO2は人間にとって有害物質でもなければ環境汚染物質でもありません。それがいつの間にか、「環境問題≒地球温暖化問題≒CO2排出問題」という方程式が出来上がってしまった。しかし、常識的に考えれば、いま一番緊急を要する環境問題は、温暖化の本当の原因かどうかも分からないCO2排出問題ではなく、急成長する中国のような国が苦しんでいるホンモノの環境汚染の問題であり、それによる健康被害と生態系破壊という問題でしょう。むしろCO2規制に人々の関心を向けさせることは、本当に必要な環境対策から目をそらせるという意味で、間違った方向であると言えると思う。おそらく環境先進国を目指す日本では、これから空気中に放出される二酸化炭素を固定させる技術の開発なんてことに研究予算が割かれるのでしょう。ですが、もしもこれからの地球が温暖化ではなく寒冷化に向かうのだとすれば、そんな技術は無用であるばかりか有害でさえあります。そんなところに予算をつけるくらいなら、過去に苦しい公害と戦って来た日本の技術を活かして、中国のあらゆる工場の排水口と煙突に浄化装置をどんどん取り付けてしまった方がなんぼかマシか知れない。

 昨年はIPCCとアル・ゴアさんがノーベル平和賞を受賞し、今年は京都議定書の実施年に入って、気がつけばもう誰もCO2悪玉説に異を唱えられないような国際世論が出来上がってしまいました。今年1月の記事でも、私は京都議定書の問題を取り上げました。その時はまだCO2悪玉説を頭から信じていたので、今回の記事はそれを否定することになるのですが、読み返してみるとひとつだけ正しい着眼点があります。それは京都議定書というものが、欧州連合が中心となって日本を落としいれるために仕組んだ、大掛かりな国際的詐欺ではなかったかということです。もしもCO2削減を本当に目指すなら、絶対に組み込んではならないCO2排出権の売買という逃げ道が、京都議定書には盛り込まれました。欧州連合は1990年比で8パーセントのCO2削減を約束しましたが、それは今後EUに加盟する途上国と合算すれば、自然に達成出来る数字だという目算が立っていたからこそその提案をしたのです。アメリカは無理だと分かって早々に離脱しました。日本だけがまったく達成の見込みの無い6パーセントという数字を押し付けられたのです。しかも会議の開催地は京都で、日本は議長国として絶対に後には引けないというところまでお膳立てをされてしまっていた。すでに日本は世界中でCO2の排出権を買い漁っています。以前読んだ新聞記事では、このまま行けば京都議定書の査定が終わる2012年までに、日本はCO2排出権購入のために2兆円から5兆円の出費を強いられるだろうと書いてありました。それだけのカネが動くなら、先進国の政治家たちは結束して、国際詐欺団にだって変身するということです。

 とにかく日本は冷静になって、CO2の排出権購入など今すぐにストップさせるべきです(冷静じゃないのはお前の方だろうですって? そうか、すみません。笑)。だってCO2が地球温暖化の真犯人ではないなら、京都議定書そのものが無効になる筈のものではありませんか。むろん「国際詐欺」だなんていう表現は、ブログ記事を面白くしたいからそう言ってみただけのことで、今回の記事ではそこを強調したい訳ではありません(ごめんなさい。って謝ってばっか)。日本の科学界は政治的な色合い抜きに、総力を挙げてCO2と地球温暖化の間には有意な関係が無いことを徹底的に証明すべきだと思います。そして政治的決断としては、排出権購入のための予算は、むしろ中国に対する環境汚染対策費として使い(これは隣国としての親切心でも、中国に恩を売るためでもない、環境問題はめぐりめぐって自分に跳ね返って来るという考えからです)、予算の一部はCO2固定化研究のためではなく、丸山教授のような研究者をバックアップするために使うことにする。なにしろこれは2兆円から5兆円の国益(国損?)がかかった研究なのです。そして洞爺湖サミットまでには無理でしょうが、日本の政治家は京都議定書からの離脱(さらに進んでその廃案まで)を、いかに国際世論を敵に回さないかたちで実現するか、知恵を働かせることです。どうでしょう、出来るでしょうか? どうも私の場合、〈定見〉というものを持たない人間なので、毎回コロコロ言うことが変わってしまって申し訳ありません。ただ、前々回よりは前回、前回よりは今回の方が正論に近付いているつもりで本人書いてますので、主張の一貫しない点は大目に見てくださるようお願いする次第です。京都議定書に関するあなたのご意見をお待ちします。

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コメント

今回はすばやくコメントします。というのは、あまり考える必要がない、
というのは、内容にはほとんど賛成だからです。

世間が(世界が)が一方向に大騒ぎしているとき、冷静になるのは
非常に重要です。科学に関係ある最近の出来事だけでも、あれほと騒いでいた
環境ホルモンはどうなったのでしょう。ダイオキシン問題は?オゾンホールも
フロンと関係ないという説もあるようです。マイナスイオンが身体に
いいなんでオカルトが多くの家電製品にまかり通っていました。
私は理科系人間ではないので、専門家である科学者の説を信用するほかは
ないのですが、その場合でも、政治的、経済的、バイアスがかかっていないか
疑ってかかる必要があります。最近読んだ本で知ったダイオキシン問題の
バカばかしさには開いた口がふさがりませんでした。
京都議定書など歴史的な不平等条約で、外交担当者は切腹ものです。
福田首相は内政で名を残せないと判断したためか、外交、それも環境外交で
名を残そうと暴走しています。

以下、私が最近読んだ本です。興味があったらチェックしてみてください。

「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」(武田邦彦)
「環境問題はなぜウソがまかり通るのか2」(武田邦彦)
「暴走する地球温暖化論」(著者複数、武田邦彦 池田清彦 他5名)
「本当の環境問題」(池田清彦 養老孟司)
「擬似科学入門」(池内了)

養老孟司みたいにある程度有名な学者が発言を始めたのはよいことです。
「擬似科学入門」は温暖化対策には賛成なのですが、道徳原則として
予防措置原則をあげています。といっても、「あとがき」を読むと分かり
ますが著者自身、予防措置原則の適用の条件には考慮すべき点がまだまだ
あると言っていて気持ちの揺れが読み取れます。

それにしても、何で日本ってこんなに外交下手なんだろう。国益を主張するのが
恥ずかしいとでも思っているのだろうか。外交はアメリカまかせなら、
温暖化問題でもアメリカに右ならえでよかったのに。それにしてもヨーロッパは
老獪ですね。陰で国益を得ながら表面上は正義づらをする。クラスター爆弾の
禁止条約も結局日本が一番損をした。安全保障上の条件がまるで違うのに
比較的軍事的脅威が少ないヨーロッパと歩調を合せたりして。
あらら、話題がそれちゃいましたね。では。

投稿: Saitaman | 2008年6月 8日 (日) 23時16分

Saitamanさん、コメントありがとうございます。

ようやく賛成してもらえる部分が見付かって嬉しいです(笑)。
私たちのような専門家ではない人間にとっては、いろいろな人の考えをとりあえず率直に聞くしかありません。でもまあ、ふつうの生活人の常識でもっていろいろな考えを比較して行けば、少しずつは正論に近付けるのではないかと思う訳です。それにしても、言論の自由が当たり前になった現代社会で、これだけ特定の思想だけが市場を独占していくというのは気味の悪いことです。おそらくそこには資本の論理が働いているのだと思います。ご紹介いただいた本、機会があれば読んでみたいと思います。

投稿: Like_an_Arrow | 2008年6月15日 (日) 03時38分

「環境問題のウソ」( 池田清彦 ちくまライブラリー新書)
なんてのもありました。新書なので読みやすいですよ。

投稿: Saitaman | 2008年6月15日 (日) 23時59分

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