« 我が家の子育て十箇条 | トップページ | 北京五輪でのブーイング対策について »

2008年3月 2日 (日)

マナーの悪い国と道徳の廃れた国

 今年の八月に開催される北京オリンピックに向けて、中国では新しい競技場や宿泊施設、道路などの建設が急ピッチで進められています。当初は開幕までに間に合わないのでは、などという懸念の声もあったようですが、なにしろ小さな村にあっと言う間に高層ビル群が出現して、景観が一変してしまうような勢いのある国ですから、インフラ面での整備については国の威信にかけても間に合わせるのだろうと思います。問題は、環境の悪さや食品の安全に関して参加国のあいだに不安が広がっていることで、先進国の多くは選手団の宿泊地を日本や韓国に確保して、競技の直前に飛行機で北京入りする日程を組んでいるそうです。これは主催国にとっては、やはり不名誉なことですね。アメリカなどは、選手が中国産の食品を食べると、残留していた農薬や化学物質でドーピング検査に引っ掛かる可能性があるとして、食料もすべて持ち込む方針なのだそうです。ここまで来ると開催国に失礼なのでは?とも思いますが、中国産の食品が世界で引き起こしている問題を考えれば、まあ仕方の無いことだとも言えます。(農薬入り餃子の問題は、おそらく衛生管理の問題ではなく、どちらかの国の不届者による犯罪なので、これはまた別問題です。)

 もうひとつ中国政府が頭を痛めている問題が、一般的な中国国民の公共マナーの悪さについてです。いくら最新の設備を整えても、街なかでは人々が道路にゴミを捨てるわ、痰を吐くわ、行列には割り込むわでは、これはやはり五輪主催国としての名折れになる。中国政府は、マナー改善のキャンペーンを実施して、こちらも急ピッチで対策を立てようとしているようです。ただ、こちらは建物や道路の建設のように一朝一夕には行かないのではないかという気がします。中国の有名な景勝地が、不当に捨てられたゴミで台無しになっている様子などを見ると、やっぱりこの国は〈道徳後進国〉なんだなあと思ってしまう。たぶん同じように感じている人は多いのではないかと思います。ところが、先日の新聞の投書欄で面白い記事を読みました。北京の地下鉄のなかでは、若者がお年寄りに席を譲る光景が、ごくふつうに見られるというのです。この記事だけではありません、私がインターネット上で愛読している北村豊さんのレポートでも、北京の地下鉄について全く同じ報告がされています。奇しくも同じ主旨の記事を続けて読んだことで、自分のなかにあった中国の人たちへの偏見が少し是正されました。日本でも昔は、若者がお年寄りに席を譲る光景はふつうのものだったのだが…、北村さんの記事にはそう書き添えられています。

 考えてみれば、街なかで痰を吐かないとか、電車に乗る時はきちんと列を作って並ぶとかいったことは、道徳というよりも習慣の問題で、それ自体は道徳心の発露といったものではありません。いま東京の街でそういったマナー違反を犯せば、それはかなり目立つことですから、それをすること自体に相当な勇気がいる。都会の生活に慣れれば、必要最低限の公共マナーは自然に身につくことでもあります。ところが、電車で席を譲るとか、困っている人に声をかけるとかいったことになると、これも半ば習慣になり得ることではありますが、そこには多少は道徳心の発動が伴わざるを得ない。そこが日本人は(と言うより東京人は)駄目になっている気がします。つまり一方は、マナーにおいては劣っていても、道徳的な心情においてはまだまだ健全であるのに対し、一方は公共マナーにおいては洗練されていても、道徳心という点では枯渇していると言うか、どこか不健全なところがある、その違いなのだと思います。確かなことは、今後経済が発展するなかで、中国の人たちのマナーが全体的に向上することは間違いないのに対して(北京オリンピックまでに間に合うかどうかは微妙ですが)、日本の社会で再び若者がお年寄りに席を譲ることが当たり前になることは、自然の趨勢としては期待出来そうもないということです。(もちろんそうではない若者もたくさんいることは承知の上です。)

 新聞の投稿記事では、投稿者の友人である中国人の方のコメントとして、中国もだんだん経済的に豊かになると、日本と同じように若者も変わって行ってしまうのではないか、その点が心配だという発言が紹介されています。確かにこれは両国の国民性の違いなどといった問題ではなくて、経済的な発展に必然的に伴う利己主義の問題なのかも知れません。だとすれば、やはりこれはナショナリズムに転化すべき問題ではなくて、国を超えてこれからの時代における共通の課題として認識すべきものだと思います。敬老の心というものは、過去ニ千年以上に亘って東アジア圏では当たり前の徳目だった筈です。ところが、老人を敬うと言ったって、最近は街で見掛ける老人は若者よりも元気で溌剌としているみたいだし、席を譲られることの似合うお年寄りも少なくなって来た。やはり昔ながらの型にはまった儒教的な道徳観だけでは、これからの時代にはそぐわないという気がします。例えば、欧米からの旅行者が日本と中国と韓国を歴訪して、なるほどこの三つの国はそれぞれ古い歴史に支えられた道徳の国で、そこに住む人たちは西洋とは異なる叡智を持った人々の末裔なのだ、そう実感出来るような新しいアジアン・スタンダードが創造出来ないものだろうか? オリンピック・イヤーを迎えてそんなことを思うのです。

|

« 我が家の子育て十箇条 | トップページ | 北京五輪でのブーイング対策について »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138790/40336786

この記事へのトラックバック一覧です: マナーの悪い国と道徳の廃れた国:

« 我が家の子育て十箇条 | トップページ | 北京五輪でのブーイング対策について »