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2008年3月23日 (日)

昭和三十年代生まれという幸福

 昭和三十年代がブームだそうです。リリー・フランキーさんの小説『東京タワー』や、安倍前首相も激賞する映画『三丁目の夕日』といったところがブームの火付け役だったようです。あるいはその頃に建てられた古い団地が、若い人のあいだで隠れたブームなんだとか。昭和三十年代の始めに生まれ、しかも生まれた時から公営団地で育った自分としては、このブームには何となく心にしっくり来ないものがあります。そんなにいい時代でしたっけ、あの頃って? まあ、今の若い人にとってみれば、昭和三十年代の団地族文化も江戸時代の長屋文化もたいして違いが無いように見えるのかも知れません。しかし、実際にその時代を生きて来た者の目から見れば、あの時代と現代とは当たり前に地続きで、この間に世の中の人間関係が著しく希薄になったとか、人々の心から温もりが失われてしまったいうようなことはないような気がします。現代に無いものは、たぶんあの頃にだって無かったのだと思う。もしも昭和三十年代が格別に輝いて見えるという人がいるなら、その人はいつの時代にもいる〈古き良き時代を回顧する老人〉と同じメンタリティに陥っているだけなんじゃないか、そんな気さえします。

 ただ、明らかにあの頃と今とでは違う点がひとつあります。現代人の多くが昭和三十年代をまぶしく思い出しているのとは反対に、昭和三十年代に生きていた私たちは、未来を、とりわけ二十一世紀という遠い未来を、限りなくまぶしいものとして眺めていたということです。なにしろ昭和三十年と言えば、まだ戦後十年が経過したばかりで、本格的な経済復興が始まったばかりの頃です。家庭にテレビや冷蔵庫や洗濯機やマイカーが普及し始め、物質的な豊かさが運んで来る幸福に誰もが心を奪われていた時代です。貧しいけれども、未来には希望があった。おそらくこの点がふたつの時代を隔てる一番の違いなのだと思います。だいたい人間って、欲しいものを手に入れた後よりも、それを手に入れようと頑張っている時の方が幸福だというのが一般的じゃないですか。もちろん生存を脅かされるほどの極端な貧困は別として、適度な貧しさや欠乏感は人の心に張りを与え、努力に対するインセンティブを与えます。そういう意味で、昭和三十年代の貧しさというのは、人間にとってちょうど良い貧しさのレベルだったのではないかと思うのです。しかも貧しさにおいては皆がほぼ横一線だった訳だし。現代のような経済格差の広がった時代では、貧しさも個人的なものなので、豊かになりたいという思いも個人的な渇望にとどまります。ところが、あの時代はそれが社会全体の渇望だった訳ですね。戦後の奇跡のような経済成長の裏には、この社会全体の豊かさへの渇望があった訳です。

 同じような状況は、いままさに成長のただ中にある中国やインドにも当てはまるでしょう。ただ、日本が幸運だったのは、高度経済成長の時代が科学技術や工業技術の急速な発展と軌を一にしていたことだと思います。中国がいくら経済的な急成長を遂げつつあっても、その中で豊かになる人たちは先進国がすでに達成した生活スタイルに追い付くだけで、自分たちの時代が新しい未来を切り拓いているというワクワクした気持ちは持ちにくいのではないだろうか。例えば、中国の内陸の村で、固定電話が引かれる前に携帯電話のサービスが始まる。それはそれで素晴らしいことだと思いますが、私たち昭和三十年代っ子にとっては、携帯電話というのは子供の頃からずっとずっと夢に見続けていた憧れの対象だったのです。まさかスーパージェッターや国際救助隊のペネロープが持っていたあの夢の機械を、自分が持てる日が来るなんて!(笑) まあ、実際に持ってみれば、すぐにそれは単なる便利グッズのひとつに成り下がってしまう訳ですが、それを待ち望んだ三十年分のワクワク感は、ある世代の人たちだけに与えられた特権だったようにも思えます。考えてみれば、夢見がちな少年期にテレビや電話(固定電話だよ)が初めて家にやって来て、たくさんのアニメや特撮のヒーローが登場し、人類がロケットで宇宙に飛び立った、そんな経験が出来たというのは人類史的に見てもまれな幸運だったのではあるまいか。そう考えると、生まれた時には既に何もかも揃っている、いまの子供たちが可哀想にも思えて来るのです。

 以前どこかで書いたような気がしますが、私が子供の頃、小学館の図鑑シリーズに『未来の図鑑』というものがありました。小学生だった自分は、この一冊をことさら愛読していたものです。そこには二十一世紀の輝かしい未来が魅力的なイラストとともに描き出されていました。我が家の三歳の息子にはまだ少し早いのですが、父親が夢中になったあの図鑑を買い与えることは出来ないだろうかと思って、書店に行ってみました。案の定、科学の図鑑や宇宙の図鑑はあっても、未来の図鑑は無いのですね。アマゾンで検索しても無い。この事実を知った時、やはり現代というのは未来を失ってしまった時代なんだと実感しました。未来の図鑑に描かれていたのは他愛も無い空想的な世界です。しかし、それは子供の心をときめかすには充分なものだったのです。私たち大人のことはともかく、子供に明るい未来のビジョンを見せてやれない時代は、やはり不幸な時代というべきなのかも知れません。

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